契約の森 精霊の瞳を持つ者

thruu

16.

 闇は、異常なほどの殺気を膨らませて近づいてくる。恐怖で足が上手く動かないまま、タカオは必死で足を動かした。あの闇に捕まったら、そう考えるだけで恐ろしかった。


 目の前は真っ白で、どこに向かっているかも分からない。祭りの音のするほうへ走るしかなかった。背後からはゆっくりとした狂気の声が執拗に聞こえていた。


「なぜ、逃げる?おいで、おいで、おいで……おやぁ。水の精霊だな。また私の邪魔をするのか……この霧さえなければ……」


 狂気の声は大きくなったり小さくなったりと、タカオは追いつかれそうなのかどうかも分からない。そばにウェンディーネがいる。そう思うと走り続けられた。


「覚えておけ。次に会う時はお前の体を八つ裂きにして血という血は全て、森にばらまいてやる!!!!」


 狂ったような笑い声が辺りに怪しく響く。今の言葉を聞かなければよかったとタカオは思った。心が折れてしまいそうだった。その中で、ウェンディーネの声がタカオを支えた。


「大丈夫」


 気丈で揺るぎない声。透き通った美しい声に、タカオは心さえ洗われるようだった。恐怖に染まった心が、希望に変わる時、目の前は強い光で溢れていた。


 光が矢のように鋭く落ちて、タカオは眩しくて目を閉じる。それなのに、今度は目を閉じてはいられなかった。眩しい。それは外からの光のせいと、内側からの光のせいだった。


 左目が光を放っていたのだ。耐えきれずに目を開けると、痛いほどの光が窓から差し込み、外からは陽気な音楽が聞こえていた。この音楽を頼りに走っていたのだ。


 走っていたままの勢いで、タカオは飛び起きた。見渡せば見知らぬ部屋だったけれど、あの森にいるのだとすぐに分かった。窓の外は鬱蒼とした木々しか見えなかった。


 タカオは革張りのソファーの上にいて、近くにある暖炉では遠慮がちに火が燃えていた。先程まで真夏だったはずなのに、こちらの世界は秋か冬の季節だ。自分が大量の汗をかいている事に気が付くと、あの黒い影を思い出して背筋が寒くなった。

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