契約の森 精霊の瞳を持つ者
15.
ミサキ神は、あの森にいる。人間にイヅナと呼ばれ……。タカオには、白狐の言葉はあの森にいるイズナがミサキ神であると言っているようにしか聞こえなかった。
あのイズナがミサキ神だとしだら、自分をイズナだと名乗るだろうか。妖怪の名を、名乗るのだろうか。タカオは白狐の消えたあたりを見つめて、ため息をこぼした。
ミサキ神なのかどうかは本人に聞くのが一番早い。けれど、
「もし、イズナがミサキ神なら、人間を憎んでるはずだよな。本当は俺の事も憎んでるんじゃ……」
そう考えると、人間である自分が聞けるわけがなかった。
タカオは白狐の置いていった木の箱を拾い上げた。何の変哲もない木の箱だった。可愛らしい赤い紐で蝶々結びがしてあり、蓋が開かないようになっている。
箱の中を見ようと、赤い紐に手をかけたけれど、結局は開けずに歩き始めた。
「勝手に見たらまずいよな……」
中を見たい気持ちを抑え、自分に言い聞かすようにタカオは呟いた。しばらく歩くと、遠くから聞こえるお祭りの音は少しずつ大きくなっていく。
その音は松嶋のいたお祭りとは音楽が少し違った。リズムや音色。今までに聞いた事のない音楽だった。それに紛れて笑い声や歌声まで聞こえてきた。それは聞き覚えのある声だった。
「ジェフ?」
そう気が付くと走り出していた。
霧はますます濃くなっていく。走るのは危険だけれど、タカオは早くみんなに会いたかった。走れば走るほど、霧は異常なほど濃くなる。
膝はすでに霧にのまれて見えなくなっていたし、手を前に出して歩かなければ、いつ、何にぶつかるかも分からなかった。陽気な音楽を頼りに進む。もうすぐだ、もうすぐだとタカオは自分に言い聞かせていた。
そんな時、背後から嫌な気配がした。誰かに見られているような、後を付けられているようなそんな不気味さだった。タカオが後ろを振り返ろうとしたその時、それは不気味に霧の中に響いた。
「君……迷子かね?」
タカオは以前にも同じセリフを聞いた事がある。
「ゴブリン」
思わず口にしてしまう。けれど、すぐに違うと分かった。同じセリフなのに、背筋が寒くなるほど、その声には冷酷さや非情さが滲み出ていた。冷たくて、重たい声。その一言で心臓が押し潰されそうだった。
陽気な音楽とは裏腹に緊張が走る。
「誰だ?!」
声がした背後を振り返ると、真白い霧がくすんだ灰色をしていた。何かの影のようにも見えるが、その正体はタカオには分からなかった。
灰色の何かは一度動きを止めると、その後迷う事なくタカオの方へ向かってきた。灰色の霧は、黒さをどんどん増していく。それは闇そのものだった。暗くて冷たい狂気の闇。
闇は霧を吸い込み、まるで辺りの霧を食べているかのようだった。闇は手探りをするように大きく動きながら迫ってくる。
このまま立ち尽くしていれば、確実にあの闇に見つかるだろう。
ーー闇の者って、ゴブリン達のことじゃない。こいつのことなんだ。
タカオはこんな時にそんなことを考えていた。闇は呼吸するたびに大きくなって、タカオの見える視界すべてが真っ黒になっていた。
思考はいっさい動かず、恐怖と焦りはどこかにあって、けれどそれは、どうしてか自分から切り離してしまっている。
「走りなさい!!!!」
怒鳴り声が背後から声がしたかと思うと、腕を掴まれ引っ張られていた。
「その声……ウェンディーネ?!」
引っ張られた拍子によろめきながら前を向くと、ウェンディーネの細く白い腕が霧から現れて、タカオの腕を掴んでいた。けれど、姿は霧にのまれて見ることができなかった。
あのイズナがミサキ神だとしだら、自分をイズナだと名乗るだろうか。妖怪の名を、名乗るのだろうか。タカオは白狐の消えたあたりを見つめて、ため息をこぼした。
ミサキ神なのかどうかは本人に聞くのが一番早い。けれど、
「もし、イズナがミサキ神なら、人間を憎んでるはずだよな。本当は俺の事も憎んでるんじゃ……」
そう考えると、人間である自分が聞けるわけがなかった。
タカオは白狐の置いていった木の箱を拾い上げた。何の変哲もない木の箱だった。可愛らしい赤い紐で蝶々結びがしてあり、蓋が開かないようになっている。
箱の中を見ようと、赤い紐に手をかけたけれど、結局は開けずに歩き始めた。
「勝手に見たらまずいよな……」
中を見たい気持ちを抑え、自分に言い聞かすようにタカオは呟いた。しばらく歩くと、遠くから聞こえるお祭りの音は少しずつ大きくなっていく。
その音は松嶋のいたお祭りとは音楽が少し違った。リズムや音色。今までに聞いた事のない音楽だった。それに紛れて笑い声や歌声まで聞こえてきた。それは聞き覚えのある声だった。
「ジェフ?」
そう気が付くと走り出していた。
霧はますます濃くなっていく。走るのは危険だけれど、タカオは早くみんなに会いたかった。走れば走るほど、霧は異常なほど濃くなる。
膝はすでに霧にのまれて見えなくなっていたし、手を前に出して歩かなければ、いつ、何にぶつかるかも分からなかった。陽気な音楽を頼りに進む。もうすぐだ、もうすぐだとタカオは自分に言い聞かせていた。
そんな時、背後から嫌な気配がした。誰かに見られているような、後を付けられているようなそんな不気味さだった。タカオが後ろを振り返ろうとしたその時、それは不気味に霧の中に響いた。
「君……迷子かね?」
タカオは以前にも同じセリフを聞いた事がある。
「ゴブリン」
思わず口にしてしまう。けれど、すぐに違うと分かった。同じセリフなのに、背筋が寒くなるほど、その声には冷酷さや非情さが滲み出ていた。冷たくて、重たい声。その一言で心臓が押し潰されそうだった。
陽気な音楽とは裏腹に緊張が走る。
「誰だ?!」
声がした背後を振り返ると、真白い霧がくすんだ灰色をしていた。何かの影のようにも見えるが、その正体はタカオには分からなかった。
灰色の何かは一度動きを止めると、その後迷う事なくタカオの方へ向かってきた。灰色の霧は、黒さをどんどん増していく。それは闇そのものだった。暗くて冷たい狂気の闇。
闇は霧を吸い込み、まるで辺りの霧を食べているかのようだった。闇は手探りをするように大きく動きながら迫ってくる。
このまま立ち尽くしていれば、確実にあの闇に見つかるだろう。
ーー闇の者って、ゴブリン達のことじゃない。こいつのことなんだ。
タカオはこんな時にそんなことを考えていた。闇は呼吸するたびに大きくなって、タカオの見える視界すべてが真っ黒になっていた。
思考はいっさい動かず、恐怖と焦りはどこかにあって、けれどそれは、どうしてか自分から切り離してしまっている。
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「その声……ウェンディーネ?!」
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