契約の森 精霊の瞳を持つ者

thruu

25.

「ウェンディーネ!聞きたい事があるんだ」


 タカオは湖に近づくと、そこに座り込んだ。ウェンディーネは静かに湖から上半身だけを現し、タカオの近くまで来た。


「湖の中で、俺が何を言ったのか教えてくれないか」


「そんな事……」


 ウェンディーネは少し呆れた表情で、体の向きを変えた。今はまた、タカオに背を向けていた。


「変な果実を食べてから何かがおかしい。知らない記憶を思い出したり……」


 タカオはため息をつくと、続けた。


「とにかく、湖の中での記憶もない。それなのに何か自分に起こっていたりする……これも、呪いの一種なのか?」


 ウェンディーネは空を見上げた。今は夕陽は沈み、頭上には星が密かに輝いていた。 


「思い出すのなら、それは自分自身の記憶でしょう。あなたがその記憶を忘れて、そして受け入れられないだけ」


 ウェンディーネは他人事のように気のない返事をした。


「そうか。でも……」


 タカオはどこか納得のいかない様子だった。


「今は思い出せなくても、そのうちに全てを思い出すでしょう」


 ウェンディーネはそれだけ言うと、そのままタカオから離れて行く。ウェンディーネはもう何も話したくないのだろうと知ると、タカオは立ち上がった。


「最後に一つだけ聞いてもいいか」


 ウェンディーネは湖の中央に進み続けた。姿を消さないという事は聞いてもいいという事だろうとタカオは理解した。離れて行くウェンディーネに聞こえるように、少し声を張って言うタカオの声は、どこか、非難の色が混ざって聞こえた。


 ずっと気になっていた事。精霊であるウェンディーネに聞きたかった事だった。


「何故、町を襲ったんだ」


 町を攻撃し、多くの被害者を出した。命ばかりではなく、生き残った者の生活の場まで奪った理由。タカオの言葉にウェンディーネは動きを止めた。


 予期せぬ言葉だったのだろうか、ウェンディーネは湖の中央で身動き一つとらなかった。


「何故だ。どうして呪いなんて!罪のない人達をどうして!」


 タカオの言葉が辺りに響く度に、辺りは薄暗く、霧までもタカオの周りに現れ始めた。言い終わる頃には、ウェンディーネの姿が見えなくなっていた。ウェンディーネどころか、足元すら見えないほど濃い霧となっていた。


 手を伸ばせば、指先は霧の中に溶けてしまったように見えない。


「ウェンディーネ?」


 どこかで見た光景の中でタカオは手を突き出し、探るように進んだ。湖にいるはずのウェンディーネに近づく為に。

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