20.

「もうダメだ……」


　その光景を見て、ジェフは諦めの言葉を呟いた。タカオの呪いを解く事や、自分達が助かる事を諦めかけていた。この森は救われない。水の精霊であるウェンディーネが今やただの化け物となってしまった。


　ジェフは頭を地面に伏せて攻撃に備えた。けれどふと、思い出していた。そして、それはイズナの口から発せられた。


「大丈夫。タカオはあのサラを救えた。みんなに化物って言われてたあのサラを。ウェンディーネも大丈夫」


　ジェフは顔を上げてタカオの背中を見つめた。相変わらず頼りない後ろ姿だった。けれど、そんな事は関係なかった。


「うん.....うん。僕もそう思う！大丈夫だよ。うん。大丈夫」


　ジェフは自分に言い聞かせるように言い続けた。


「大丈夫。うん、大丈夫だ」


　グリフの手を握る力が、強くなる。次の瞬間。攻撃が始まった。


　浮いていた水の球体は刃と化し、グリフ達を襲った。グリフが横たわっているすぐ側の地面をえぐり、ジェフの頭の先をかすめ、イズナのすぐ横をかすめて行った。衝撃音と共に地面の土は空を舞い、拳ほどの塊がばらばらと降っている。


　グリフ達がそれを沢山浴びる事はなかった。今や、切り倒された木々の下敷きになり、姿は見えない。


「オンディーヌ！止めるんだ！止めてくれ！」


　タカオの声は衝撃音に負けて、どこへも届かなかった。タカオは湖のぎりぎりの所まで行ってひざまずいた。


「オンディーヌ！俺の体を引き裂け！」


　タカオの唐突に発した言葉にウェンディーネは攻撃の手を止めた。しばらく、何もない時が流れた。


「正気か……？」


　男は呆然とタカオの後ろで呟いた。ジェフやイズナは、倒れた木々の隙間にいた為に怪我はなく、その中から湖の様子をうかがっていた。


「タカオが変な事言ってる！どうしたんだろう……」


　ジェフは木に引っかかったコートを引っ張りながら見守った。


　ウェンディーネは少しの静寂のあと、突然に水の刃をタカオに向けた。大きな衝撃音、倒れる木々。タカオはよける事もせず腕から血を流していた。


けれど、なぜか水の刃がわずかに当たっただけだ。


「おい！大丈夫か？」


　男はやはりこの場を離れさせようと、怪我をしてない腕を掴んで立ち上がった。けれど、腕を掴んでいられたのは一瞬だけの事だった。


　その一瞬後、ウェンディーネは水を蛇のように扱い、タカオを湖の中に引きずり込んだ。男が再びタカオを掴もうとした時には遅く、もう届かなかった。


　男が不思議だったのは、タカオには驚きや恐怖の表情がなかった事だ。


「アイツ、まるで分かっていたみたいだった」


　男は後から木々の隙間から抜け出たジェフ達にそう言った。