契約の森 精霊の瞳を持つ者

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18.

 しばらく歩くと、木の茂みの行き止まりだった。タカオは迷う事なく、茂みを片手でどけながら一歩づつ慎重に歩いていく。


 気がつくと茂みはなくなり洞窟の中に入っていた。明かりはなく真っ暗で、はぐれないようにイズナはタカオのコートを、ジェフはイズナのコートを握りしめた。


 イズナはタカオのコートを掴みながら、自分の手に力が入っていることに気がついた。


「ねぇタカオ。もしかして、本当は……」


 そしてそのまま黙ってしまった。


「どうした?」


 タカオは振り向かずイズナに聞き返す。イズナはますます手に力を入れた。そして暗闇の中でタカオの背中にいるグリフを見る。イズナは言いかけた言葉を飲み込んだ。


「ううん。なんでもない……そんなわけない」


 イズナはそういうと、手の力を緩めた。洞窟の中は入口は狭いけれど中は広く、色々な方向に空洞の道が伸びているようだ。時々違う方向から風が吹いたりする。しばらく歩くと、暗闇の中で目の前に木の葉の感触があった。


「ここだ」


 タカオはそう呟くと入口と同じ様に枝や葉をかき分けて進んだ。茂みを抜けると、目の前は美しい湖だった。水はエメラルドグリーンに輝いていた。その言葉にぴったりなほど、宝石のように美しい。


 湖に辿り着くまでは平坦な芝生があり、頭上は木が覆っていた。湖は低い木や高い木によって守られ、木々の隙間から光が漏れてそれが湖に落ちると、この世とは思えないほどの神秘的な美しさだ。


 タカオ達からはこの湖の一部しか見えていないけれど、奥まで続くその景色に、この湖の広大さを推測できた。


「すごい!きれーい……」


 ジェフでさえも途中で喋るのを止めたほどだった。タカオ達が湖に近づこうとした時、湖の水面がゆらりと揺れた。


「あれ、今……」


 ジェフが口を開きかけた時、水面は歪に盛り上がった。


「伏せ……ろ」


 それはグリフの声だった。全員慌てて地面に伏せる。グリフを下ろした時、タカオの頭上を鋭い何かが通り過ぎた。その後、タカオの後ろにあった木々が一斉に倒れた。洞窟の入り口はその倒れた木によって塞がれてしまった。


 最初の狙いはそれだったのだ。倒れた木々の切り口はすっぱりと切れていた。


「朝見たやつと同じだ」


 ジェフはやっと朝の光景が誤解だと知る。そして目を覚ましたグリフの手を握って離さなかった。


「ウェンディーネ!止めてくれ!」


 タカオは立ち上がると湖の方へ歩いていく。その度に、あの攻撃が繰り返えされたけれど、どれもぎりぎりの所で当たらなかった。


 当てる気がないのかとも思ったが、それは間違いだった。当たらなかったのは妨害されていたのだ。水面ぎりぎりの所を鷹が低く旋回し、歪んだ水の辺りを飛び回っていた。


 ウェンディーネは静かに動きを止めていた。タカオは「それ」がウェンディーネだと思った。事実、「それ」はウェンディーネだ。


 その姿は精霊とは思えないほど不思議なものだった。湖の一部の水が盛り上がり、その中に黒い目のようなものが2つあるだけの異様な姿。今のウェンディーネはあの時のサラのように、形を成してさえいなかった。


 ウェンディーネを前にすると、タカオの左目には痛みが走った。それは突然に、まるで刺されたような痛みで、思わず手でかばったほどだった。それと同調するようにウェンディーネの後ろの水面が細かく波打ち始めた。


 次の攻撃が成功すれば、みんな死ぬかもしれない。波打つ力が強まると、タカオの痛みも大きくなった。次の攻撃で、体は中から破壊される。タカオは急に形のないウェンディーネが恐ろしくなった。

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