契約の森 精霊の瞳を持つ者

thruu

17.

「動けなくなったら、置いて行けって」


イズナはうつむいていた。


「グリフがそう言ったのか?」


タカオが聞くとイズナは無言で頷いた。


「グリフが急いでるような気がしてたけど、こういうことだったのか……」


自分の命が長くないと知っていて、急いでいたのだ。


「水の精霊を説得したかったんだと思う。……私は、ここに残る」


 イズナはそう言うと、グリフのカバンから地図を出しタカオに差し出した。それは精霊の場所を書き記した王家の地図だ。タカオはしばらく差し出された地図を見たまま動けなかった。


 ただ、グリフが自分の腕の中で確実に弱っていく事だけは理解していた。


 そしてどこかから、懐かしい香りがした。水の香り。それはぼんやりとしたものだったけれど、懐かしくて、悲しい香りだった。


 そして、見たのだ。いくつもの光景が写真のように何枚も何枚も頭を駆け巡った。その中には、不可解な光景もあった。今なら何故か、それが写真ではなく音や香りまで蘇りそうだった。


 ジェフはグリフの手を握りしめて、祈るように目を閉じていた。


「ジェフ、行こう」


 祈りの途中だったジェフは悲しそうに、グリフの手を離さない。


「グリフの手、すごく冷たいんだ」


 そう言うと諦めて手を離した。涙を堪えているのが痛いほど分かる。


「それ、イズナが持っていてくれるか?」


 タカオはそう言うと、困惑したイズナを放って、グリフを背中に担いだ。


「軽いな。急ごう」


 呆然としているイズナとジェフを置き去りにして、タカオは慎重に坂を下っていく。


ーー転んだりしたら、グリフに睨まれるだけではすまなそうだ。


 そんな事を考えながら、タカオは懐かしい香りに誘われるように歩いていく。イズナは慌てて立ちあがるとタカオを追いかけた。


「今からじゃ助からない。精霊から受けた傷は普通とは違うから。薬が効かないの。今から戻っても……」


 イズナはタカオに追いつくと珍しく慌てている。


「ウェンディーネの居場所を思い出したんだ。このまま会いにいく」


 タカオはさらりと言うと、岩の階段を上らず、横に沿うように歩いていく。


「思い出したってどういうこと!?」


 ジェフはタカオの後ろから覗きこむように聞く。


「分からないけど、ウェンディーネに見せられているんだと思う。どのみちグリフをここに置いては行けないし、ウェンディーネならグリフの傷も治せないかな」


「自分の命と引き換えにするつもり?」


 イズナはうつむいて、小さな声で呟いたけれど、それはタカオには届かなかった。





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