契約の森 精霊の瞳を持つ者

thruu

15.

 タカオはこの嫌な予感を必死に考えた。


――どこかであったはずだ、同じような事がどこかで。


 タカオは足元の小川に目を落とす。


「何で、水が坂道を上るんだ?」


 あの岩の階段の場所から水の流れは完全に方向を変えていた。ウェンディーネが呼んでいると思っていた。


 瞬時に頭の中では、真っ暗闇の中にある光を思い出していた。夏の虫。高圧の電気の塊。ウェンディーネの夢の中。


――まるで、罠みたいじゃないか……。


 ウェンディーネへと続くはずの水筋は、暗い森を抜けた光に向かっている。


――誰だって、暗闇にいれば当たり前に光を救いだと思う。


 タカオの頭上で、葉が揺れてざわめいた。


――水筋ばかりを信じるなよ……呪われし者……


 それが今聞こえたのか、それともいつか聞いた声だったのか。けれど、そんな事はどうでもよかった。タカオは自分がやるべき事をすでに決めていた。


「ここにいろ!」


 タカオはグリフにそう言うと、転ぶ事も気にせず坂を一気に上って行った。


「ジェフ!止まれ!罠だ!!」


 タカオは出来る限りの大声で叫んだ。しかし、すでに遅かった。イズナは振り返り止まったけれど、ジェフは光の射す茂みに進んでいた。


 ジェフが振り返った時、悲鳴と共にその姿が消えた。まるで光の茂みに吸い込まれるように。イズナが急いでジェフの消えた茂みに走る姿が見える。


 タカオもすぐに坂の上に到着すると、イズナと同じように茂みに体を折り込むように入れた。茂みの葉や枝が顔を刺すけれど気にもならなかった。


 茂みの向こうは青空が広がり、森が途中で途切れたような崖になっていた。木々の下には豊かな地層がいくつも重なっていて、その下には流れの早い川が豪快に流れている。


 タカオ達がいる所も崖になっていて、ここから落ちたら後はあの川に落ちるしかない。落ちたところで助かる高さではなかった。タカオがその光景を見た時、ジェフの姿はどこにもなかった。


 ジェフがいたはずの場所は地面が変に崩れていた。逆流している水は弱々しく崖の先まで来るとそのまま崖の下へ落ちていく。


 崖下の川をどんなに探してもジェフはいない。あまりのことで、イズナの声すら耳に入らなかった。


「どうしてジェフなんだ!」


ーー呪われたのは自分なのに、どうしてジェフが……。


 タカオは草を強く握りしめて、体を前に乗り出しながら必死に探し続けた。何度もジェフの名前を呼んだ。雄大な景色にそれは虚しく響くだけで、タカオ自身も少しの間違いで崖から落ちてしまいそうだった。


 タカオが呼び続けていると、イズナはタカオの衿のあたりを両手で掴むと後ろへ投げ飛ばした。タカオは尻餅をついて呆然とする。


「無事」


 イズナは短くそう言って、バツが悪そうに苦笑いをするジェフを指差して怪我の手当ての続きをした。


「崖から落ちたんじゃ……」


 タカオはジェフが本物か確認するようにじっと見つめた。


「タカオが罠だって言うから、すぐに草の根っこを掴めたんだよ。ちょっとびっくりしたけど、すぐに這い上がれたんだ!」


 ジェフは腕から血を流して苦い顔で言った。


「たいした怪我じゃない」


 イズナがそう言うと、タカオはやっと安心した。


「良かった。何かあったらどうしようかと……」


 そう言ってジェフの頭を力強くなでた。ジェフは寝起きのような髪型になったけれど気にせず、自分がどれだけ機敏に動いたかを意気揚々と説明した。

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