契約の森 精霊の瞳を持つ者

thruu

1. 星空の下の焚き火

 夢だ。いつも見る夢もそうであるように、これは夢だと直感的に感じる。そしてそれを疑う事なく、夢を見る。いや、体験するというほうが正しいのか。


 そして夢だと分かると、普段以上の行動力を発揮する。どうせ夢なのだから、と。






 タカオは気が付くと、黒い空間にいて漂っていた。流れにまかせて。そのうちに夢だと気が付くと、泳いでみたくなった。暗い水の中を、息つぎの心配もなく泳ぐのだ。その考えと同時に行動し、ふと上を目指そうと思った。


 けれど暗闇が深すぎて、どちらが上かなんて分からない。ぐるりと見渡すと、頭上はうっすら光が見える。


ーーあっちか。


 そう思うと、光のほうへ泳ぎだす。まるで、夏の虫を思い出す。夜に蛍光灯の光に集まる虫達。時にその光は罠だったりするのだから可哀想なものだ。


 真っ暗闇にいれば虫だろうが、人だろうが同じ行動をとるに決まっているのに。そう、光を目指すのだ。この暗闇から抜け出す出口。虫だって抜け出したいのかもしれない。


 けれど、抜け出した先に虫達の前に現れるのは、高圧の電気の塊だ。希望をどんなに持っても、現実はそんな風に凄惨なものだ。そんな考えに捕らわれていると、嫌でも頭を過ぎる。


ーー罠?


 それが薄暗い光をやけに怪しく見せて、タカオは泳ぐのを止めてしまった。


ーーまあ、夢なのだから。


 たとえあの光の先に高圧の電気の塊があっても、別に構わなかった。光の正体を突き止められるかもしれないのだから。もしかしたらあれは、夢から抜け出す為の出口かもしれない。


 そうこうしている間に足元を漂う水の温度が変わっていた。気が付けば、冷たい水流がまるで蛇のようにゆっくりタカオに近づいていた。それから足元に注意を払うと、ずっと下の暗闇で誰かの泣き声が聞こえている事に気が付いた。


 深く考える事もなく、今度は潜って行く。怪しい光を目指すのと、怪しい泣き声を目指すのは、どちらが愚かなのだろうか。途中でそんな事を考えながら。


 しばらく潜ると、泣き声は鮮明に聞こえた。女の泣き声だった。けれど、暗闇では何も見えない。この辺りにいる事は確かなのに。


「誰?」


タカオはそう言って、自分がおかしな質問を投げかけたと気が付いた。


 何故だか、泣いてる誰かは知り合いのように思えたのだ。誰、と聞いて、名前が返ってくれば、この声の主のことをすっかり思い出せる気がした。


 泣き声はタカオの質問に驚いたのか、突然止んだ。それからタカオを取り巻く冷たい水は急速に冷えていく。それにタカオは恐怖を感じた。このまま温度が下がれば死んでしまう気がした。


 声はまたどこかから聞こえた。


「ウェンディーネ」


 その言葉が聞こえた頃には、水は凍りつきそうな冷たさだった。息がうまくできないとタカオは思い、そもそもここは水の中だと気が付いた。


 すると今まで空気を吸っていたはずが、突然水の現実的な感触に変わった。聞こえていた音も今ではくぐもった音に変わり、息ができずに口を開けば水を大量に飲んでしまった。


 死ぬかもしれない。パニックに陥り、今までの出来事がフラッシュバックのように蘇る。本能的に水面を目指そうと体を動かすと、何かに足を掴まれた。


 タカオは必死でもがき、振り払おうとしたけれど無駄だった。最後に耳元で聞こえた言葉は鮮明に耳に残った。


「逃げるな」


その言葉と同時に、何かがはじける音がした。



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