契約の森 精霊の瞳を持つ者

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6.

 タカオが理解できたのは、このワニが「サラ」だということだった。呑気にそんなことに気がついている時、グリフ達は険しい形相をしてサラを見つめていた。

 どこかでジェフが泣いているような声が、微かに聞こえた。

「タカオ、こっちに来い」

 グリフはサラの美しい瞳を見ながら、タカオのことは見もせずにそう言った。グリフの命令口調に戸惑いながら、タカオは渋々それに従おうとしていた。

 サラに向き直り、名残惜しそうに手を鼻先から離そうとする。その時、サラの体は熱くなっていた。もう手を置いてはいられないほど熱い。

 手を離すとサラの瞳の色が濁りはじめていることに気がつき、その瞳を見つめる。瞳の端から浸食されるように色が変わる。美しい黄金から、濁りのある血のような赤へ。

 赤から今度は黒に変わっていく。こんなに光を浴びているのに、まるで光を吸い込んでいるかのような漆黒だった。光を反射しない黒い瞳を恐ろしいと思ったのは初めてだった。恐怖が増幅する。

 サラの体は美しい青の炎から、赤黒い炎へと変化した。タカオは静かにサラから離れた。あの澄み切った青い炎、美しい瞳を見てしまったから、今のサラは地獄の炎で焼かれているようだ。

 タカオがサラから離れるたび、その黒々しい炎は強くなるようだった。風が通り抜けるような、悲鳴に似た音が倉庫の中に響く。サラはその大きな体をよじると、尾を振り上げて壁に叩きつける。

 倉庫全体が揺れ、トタンの壁はその衝撃で大きな音を立てて外へ吹き飛び、吹き飛んだ箇所はぽっかりと穴があき、そこからは明るく平和な庭園が見えた。

 サラが体を起こすと炎は激しくなる。まるで痛みに耐えるように、サラの唸りは悲鳴そのものだった。

「あの化け物、やっぱり暴れだしたぞ!」

 後ろの男達が慌て始めた。サラの瞳に恐怖を感じるのは、サラも何かに恐怖しているからなのだろうか。タカオはそう考えながら、この場はきっとグリフが何とかしてくれると信じていた。

 サラは低く唸り、赤黒い炎を吐き出す。炎は地を這うように吐き出され、吐き出された炎で石の床は真っ黒に変色した。

「あいつはもうダメだ!体があるうちに始末する」

 そう言うとグリフは男達が用意した剣を握りしめた。グリフの体には大きすぎる剣だ。

 グリフの言葉の意味を、タカオは理解できなかった。

ーー体があるうちに。

 見れば、サラは赤黒い炎をまとい、今ではその炎に焼かれながら、サラ自身がその炎になりかけていた。

 グリフは、逃げられなかったタカオの前に立ちはだかると振り返る。

「邪魔だ」

そう吐き捨て、頑丈そうな剣先を下に向けたままグリフはサラに向かっていた。

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