偽悪皇帝アルヴィクトラ・ヴェーネ

月島しいる

17話 決戦の時

「帝国騎傑団序列九位。ウィンガー・トロン。司る魔力特性は"風圧"。虐殺幼帝よ、その穢れた魂を今この時、精霊の名に於いて遂行するがよい」
「帝国騎傑団序列十一位。ベリー・ベナ。司る魔力特性は"隆起"。指令により、その命頂戴いたします」
「帝国騎傑団序列十九。ダイン・クォーツ。司る魔力特性は"倒壊"。その幼き魂に救いを与えよう」
 陽炎の向こうから、黒衣を纏った三人の騎傑団員が新たに参戦する。
 アルヴィクトラは腹部を押さえながら、退路を探るようにゆっくりと後ずさった。逃走を防ぐように、強風が吹き荒れる。森に広がった火が大きく揺らめき、アルヴィクトラを熱風が襲った。
「傀儡の子よ。宿命の子よ。全てを精霊に委ね、楽になるがよい」
 風の魔術師ウィンガー・トロンが右手を突き上げ、強風を巻き起こす。燃え広がった炎が煽られ、より大きく育っていく。
 熱風が場を支配し、アルヴィクトラの動きが封じられている間にベリー・ベナとダイン・クォーツが両手を広げ、術式を組み立て始める。
 発動が遅い。
 術式形式を制圧級魔術と推測し、アルヴィクトラはこれから発動するであろう広範囲魔術から逃れる為に、燃え上がる木々の間を風に逆らうように走った。それを追うように、次々と周囲の木々が倒壊し、大規模な破壊が始まる。魔力特性"倒壊"による大規模な制圧攻撃により木々が崩れ、周囲が森の形を失っていく。
「……これは!」
 次々と倒壊する木々とは反対に、周囲の地面が次々に隆起し、足場を崩していく。魔力特性"隆起"による足場の破壊が始まっていた。
 アルヴィクトラの華奢な身体は、崩れる大地と降り注ぐ木々によって木の葉のように翻弄される。
 三人の魔術師の大規模な制圧攻撃に対抗する為、アルヴィクトラは咄嗟に術式を展開し、拡大させた。崩れ去っていく世界が凍結し、秩序だった氷の世界へと書き換えられていく。その大規模な奇跡の代償としてアルヴィクトラの心臓を強い脈動が打った。腹部の創傷に激痛が走り、身動きが取れなくなる。その間、アルヴィクトラの創りだした氷の世界を破壊するように、強風が炎を押し上げてくる。
 アルヴィクトラは荒い息を繰り返しながら、徐々に迫る炎の壁を見つめた。
「制圧級魔術か。敵陣地の突破では比類ない力を見せるが、少数戦では決定力に欠ける精度の低い技術でしかない」
 熱線が煌いた。
 大地が大きく波打ち、あらゆる構造物が倒壊した氷の世界を駆け抜けて、風の魔術師ウィンガー・トロンの頭部を消し飛ばした。
「帝国騎傑団序列一位。このリヴェラ・ハイリングを舐めるな」
 魔術の反動で跪くアルヴィクトラの目の前をリヴェラの黒衣が舞った。
 リヴェラが、滑るように氷の大地を駆けていく。それを食い止めるように氷に覆われた大地が裂け、土の柱が隆起する。リヴェラはその柱に飛び乗ると、それを踏み台にするように大きく跳躍した。
 いくつもの柱が隆起し、いくつもの柱が倒壊する。砕ける大地の欠片が降り注ぐ中、リヴェラ・ハイリングは足を止めることなく二人の魔術師へ距離を詰めていく。
 終わった、と思った。
 二人の魔術師にはリヴェラを捕捉する術がない。リヴェラの熱線が二人の頭を貫くのは時間の問題だった。
 しかし、その予想を裏切るような嫌な風が吹いた。
 木々の向こうで、巨大な炎の柱があがる。延焼の魔術師ネル・ワインが反撃に出たようだった。森の向こうから炎の壁が木々を呑みこんで迫ってくる。
「リヴェラ!」
 炎の壁が迫るのを確認したリヴェラが踵を返して反転する。それを追うように炎が勢いを増して燃え上がる。
 残る敵は"隆起"を司るベリー・ベナ。"延焼"を司るネル・ワイン。"倒壊"を司るダイン・クォーツの三人。
 いずれも大型の魔術を得意とする制圧型の魔術師。リヴェラが序列一位の英傑とはいえ、これを一人で破るのは難しい。アルヴィクトラが援護に動くべきだったが、大規模魔術の連発で既に魔力的限界が訪れていた。
 撃破は不可能。撤退するべき、という結論に辿りつく。
 この大規模な山火事を見て、更に他の騎傑団員が集まってくる可能性もある。
 しかし、リヴェラは退かない。炎を迂回するように森の中を駆け、何度も熱線を放ち、敵を息の根を止めようと動く。
「リヴェラ! 一回下がりましょう!」
 リヴェラは、振り返らない。
 燃える世界。
 大地が隆起と倒壊を繰り返し、森がその姿を失っていく。
 リヴェラ・ハイリングは壊れていく世界を駆ける。
 全てを貫く熱線が、片方しかなくなってしまった腕から放出される。それは崩壊する大地が作り出す土砂を貫いて、その向こうに立つ倒壊の魔術師ダイン・クォーツの右足を撃ち抜いた。
 悲鳴。
 足を失ったダイン・クォーツが倒れ、攻撃の波が薄れた。
 リヴェラ・ハイリングはその機に乗じて一気に距離を詰めていく。
 大地がめくり上がるように隆起し、リヴェラの動きを止めようと波打つ。リヴェラ・ハイリングはそれを踏み台にして、大きく跳躍する。リヴェラ・ハイリングは止まらない。
 延焼の魔術師ネル・ワインが防御体勢をとるように炎の壁を展開する。
 リヴェラ・ハイリングの前進を炎の壁が食い止めようと大きく燃え上がる。それでも、リヴェラ・ハイリングは止まらなかった。
 躊躇することなくリヴェラはネル・ワインが展開した炎の壁に飛び込んだ。
 リヴェラ・ハイリングが炎を突破して、ネル・ワインを射程に捉える。黒衣の裾が燃えていたが、リヴェラはそれを無視してネル・ワインに向かって指先を突き出した。術式が組み立てられ、ネル・ワインが回避行動をとる前に熱線が放たれる。それはネル・ワインの頭部を正確に跡形もなく吹き飛ばした。
 リヴェラ・ハイリングは止まらない。
 防御を担当していた延焼の魔術師を失い、隆起の魔術師ベリー・ベナが無防備な姿を晒す。
 リヴェラは燃える裾を大きくはためかせて、ベリー・ベナに向かって駆け出した。ベリー・ベナが逃走を図るように踵を返すが、その瞬間を狙って熱線が放たれ、彼女の腹部に風穴が開いた。
 二人の魔術師を片付けたリヴェラ・ハイリングはゆっくりと方向を変えて、足を撃ったまま放置していたダイン・クォーツへ目を向けた。ダイン・クォーツは低い唸り声をあげながら、地面を這いつくばっている。リヴェラは彼のもとへ進むと、無感動に問いかけた。
「追跡はどれほどの規模で行われている? 各方面の割合は?」
 ダイン・クォーツが苦痛に喘ぎながらリヴェラを見上げ、ただ荒い息を繰り返す。
 リヴェラは淀みのない動作で右手を彼の残った左足に向けると躊躇せず熱線を放った。彼の左足が吹き飛び、血肉が散乱する。
「追跡の規模は? 各方面の割合は?」
 ダイン・クォーツの悲鳴を無視するように、リヴェラが質問を繰り返す。
 その光景を見ていたアルヴィクトラは、ゆっくりと立ち上がるとリヴェラの元へ歩き始めた。魔力の使いすぎで、身体に力が入らない。
「リヴェラ……」
「ダイン・クォーツ。答えろ。追跡の規模は? 各方面の割合は?」
 リヴェラが質問を繰り返し、熱線を放つ。右手が消し飛ぶと同時にダイン・クォーツの身体が大きく脈打つように跳ねる。もう、悲鳴は上がらなかった。
「もう一度言う。追跡の規模は?」
 ダイン・クォーツは喋らない。ぐったりと倒れたまま動かない。
 リヴェラ・ハイリングの右腕が、ダイン・クォーツの唯一残った左手に向けられる。
「答えろ!」
 リヴェラが叫ぶ。
 アルヴィクトラはふらふらとリヴェラのそばへ寄ると、そっと彼女の右手に手を添えた。
「リヴェラ……もう死んでいます」
 リヴェラの瞳が一瞬、大きく見開かれた。
 次いで、彼女は目の前の死体を見つめると、疲れたように右腕を下ろした。
「リヴェラ……火傷が……」
「心配ありません」
 彼女は短く答えて、それから崩れるように膝を折った。アルヴィクトラは咄嗟に彼女の身体を抱えた。
「リヴェラ……?」
 声をかける。しかし、反応はない。
「リヴェラ……」
 気を失っているようだった。
 右手を失い、全身に火傷を負った従者をアルヴィクトラはそっと抱きしめて、それから燃え続ける森に視線を向けた。
 もう、リヴェラ・ハイリングは戦える状態ではない。ずっと前から、そうだった。もう、そんな状態を超えてしまっていた。
 アルヴィクトラ自身も、抵抗臓器の酷使によって既に魔術が使えない状態にある。
「逃げないと……」
 アルヴィクトラはリヴェラの身体を引きずるように燃える森から離れようと動き出す。
 逃げないと。それだけが頭の中にあった。このままではリヴェラが死んでしまう。恐怖心が、満身創痍のアルヴィクトラを突き動かした。
「どこに?」
 誰かの声が、響いた。
 振り返ったアルヴィクトラの瞳に、絶望の色が宿った。
 燃える森を背景に、五人の男が立っていた。
 その先頭に立つ男――バルト・リークは正面からアルヴィクトラを見つめると、全てを見透かしたような声で繰り返した。
「どこに逃げる? 帝国に貴方の居場所はない。王国も、そうだ。まさか教国に助けを求めるつもりか?」
 クーデターの中心人物。アルヴィクトラを討つ為に起った新鋭の魔剣士。これから皇帝として君臨するであろう男は、瀕死のリヴェラ・ハイリングを守るように抱えるアルヴィクトラ・ヴェーネを見下ろすと、静かに終わりを告げた。
「貴方の役割は終わった。生きることは、辛いだろう。逃げることは、惨めだろう。宿命の子よ。聞こえるか? 精霊がお前の死を祝福している。お前の皇帝としての在り方は貴きものだった。それがディゴリー・ベイルから与えられたものであったとしても、それを遂行したお前は祝福されるべきだ。それを誇りに思うがよい」
 バルト・リークの剣がゆっくりと抜かれる。
「帝国騎傑団序列二位。そして序列零位を簒奪する者。司る魔力特性は"貫通"。名をバルト・リークという。さあ、虐殺の系譜に連なる最後の子よ。剣をとるがよい」

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