ファフロツキーズの悪魔

飯田三一(いいだみい)

7

いよいよ日が完全に沈み、月明かりで辛うじて視界が獲得出来る程度になってしまった。よくよく考えると、ほぼみんな手ぶらみたいなものだった為か視界を確保できる灯を誰一人持っていなかった。
3人で左から私、ニーナ、クラインの順番で手を繋いで歩くことにした。
「あの大草原を進もうと思ったらこの軽装はまずいですね。引き返して良かったかもです。」
「う、うん。」
やめて!焦りから出た私の行動を無理矢理美化しようとしないで!
「ていうかそもそもなんでそんなに焦ってたんですか?」

そうだ。
何故私はあの場面で焦ってしまったのだろうか。
何故「恐怖」してしまったのだろうか。その答えははっきりと分からないが、おそらくこの記憶の部分の記憶に関係しているのだろう。そんなような気がする。
何故そのような気がするかといえば、多分それが元はあったからだろう。
多分この記憶の残りカスのようなものを見つけたということは、私がロボットだというぶっ飛んだ理論は破綻したわけだろう。
本当に精巧に作られていて、そういう記憶の残りカスみたいなのまで再現されたものであれば…いや、それは無いか。
とりあえず自分がロボットかもしれないという仮説は頭の中で圧縮して隅に配置することにしよう。

「あのー、すいません。熟考するのはいいんですがせめて質問に答えてくれません?」
「じゅくこう」
あ、完全に自分のワールドに入ってた。
「ごめん、完全になんとなくだ。」
「はあ…」
「実は私この街のこんな端まで来たこと無いんですよね。親が結構過保護だったので。」
「ニーナはあるよー」
「へぇー、すごいねー!
「って、ニーナの足でも来れるような距離なのに行かせてもらえないって相当だな。」
「はい…なんていうか…ほぼ家から出たこと無いんですよね。」
それって…
「それってクライン実は病弱だったりする?」
「いえいえ、そんなことは無いんです。ただただ親が過保護で、過保護すぎて軟禁まがいのような状況になっていたってだけです。」
「なんきん」
えっ…
「学校は?」
「行かなくても大丈夫と言われました。」
なんて酷い親なんだ。それは結局親のエゴじゃないか。自己中心的すぎる。
「でも別に恨んだりとか、なんでこんな育て方にしたんだとか、そういうのは特に思ってなくて、居なくなっちゃった時も、只々悲しかったんです。多分好きでした。そんな親のことが。それに…」
そこでクラインは喉を詰まらせた。
「言いたく無いことなら言わなくていいよ。」
しかし、しかしだ。こんな家族の形が上手くいってていいのだろうか。
「本当に嫌だなと思ったことは無いのか?」
「軟禁まがいとか言ってる時点で察して下さい。多少は嫌な時がありました。でもほんの少しです。」
少し…か。多分客観的に見るだけじゃわかり得ない何かがあるんだろうな。
というか重要なキーワードを置いてけぼりにして話した記憶があるのだが…

「そうだ、ニーナちゃん。」
「なーに?」
「さっきのところまで行ったことあるの?」
ちょっとこの時の顔は怖かったかもしれない。少し怯えた表情をしながら会釈した。
「ごめん!怖かったね。」
「ううん。だいじょうぶ。」
まだ声のトーンは低いし、怒られた後の子みたいになっているが続けよう。
「じゃあ訊くね。前からあそこ急に草原だった?」
ニーナは頭を左右に振った。
「ちがったよ。もっともっとまちがつづいてた。」
やっぱりそうか。自分が怯えた理由は多分そこだ。
ありがとうと笑って返すと、ニーナも笑顔でどういたしまして返した。
そしてこの情報で確定した。この2人に胸を張って言える。
「私、言わなきゃいけないことがある。」
「あ、僕大体読めました。」
そういうこと言うなよクライン!ノリってものを持ち合わせて無いのか!

「私、記憶喪失なんだ!」

そう。そう本当に胸を張って、立ち止まって言った。
そして、3秒間か5秒間位に感じる暫くの沈黙を挟んで、ニーナとクラインは同時に話し出した。私には「でしょうね」と「きおくそうしつってなにー?」と言ったように聞こえた。いや多分そうである。
「被りましたね」
「かぶったー!」そうやって順に確認していっていた。
「えっとねニーナちゃん。記憶喪失って言うのは、頭の中の記憶が少しの時間だけにどっかいっちゃうことなんだよ。」
「それっていつかえってくるの?」
「それが人によって違うんだよ。長いと死ぬまで帰ってこないし、早ければ1日もかからない。」
「ふーん。じゃあなんでしゃべれるの?」
「それが記憶喪失って言っても、全部忘れちゃう人と、一部忘れちゃう人が居るみたいで、私はその、一部を忘れちゃった人なんだ。」
だってニーナの記憶は何故かあったし。
それ以外は大学への道、楽器の技術と知識、自分のこのファッションセンス、言葉くらいだもんね。
ほんとになんでニーナの記憶だけあったのだろうか。
もしかしたら記憶がなくなることに気付く迄は必要な情報だけ出すことが出来たとか、何かそういうやつなのかも。
出来すぎた話のような気もするが、そうで無い限り私が記憶喪失になっていることを気付かないということは無いはずだ。
しかしそうなると何故過去は出てこなかったのだろうかという疑問が残る。
そして実際、そこにアクセスしようとしたことで私は記憶が欠けていることに気づいた。
私の過去にはどんなものがあるのか。おそらく、というか多分確実なのは、記憶がなくなってしまった原因は過去にあるということ。
というか過去にないとおかしいな。未来になんてあるわけないし。
「へぇー!ありがとー!」
「どういたしましてー」
記憶喪失だと気づくともう頭から情報が提供されないと時考えた時、過去にどうしてもアクセスさせる訳にはいかない事情があったか、過去が濃過ぎて圧縮ファイルから取り出すのに時間がかかったかで気づいてしまった。そうやって仮定して、一旦この頭の中での話題を終わらせよう。
「クラインは気付いてたんだな。」
「不自然に過去の話逸らしたり、なんとなくの理由を見つけようとしてたり。そういう行動見ていたらなんとなくわかりました。」
少しだけにんまりと笑ってこう続けた。
「あとはカンです。この1日でありえないくらいあなたを知ったことによるね。」
彼女は言い終わりに、もう少しだけ口角を上げた。

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