オタク気質が災いしてお妃候補になりました

森の木

5-5 基金

「外が騒がしいわ。何かしら? 」


 アリーシアは町でマンガが流行していることがうれしかったが、次第に自分の生活に影響が出始めていることに戸惑いを感じていた。最初は貴族の知り合いが、それほどアリーシアに興味がなかったにもかかわらず、会いたいという手紙を書いてきたことから始まった。アリーシアは特に知り合いでもなく、その目的がよくわからなかったので断った。しかし立て続けに何度か同じことが起こった。
 そこで母親に相談してみることにした。母に聞いてみると、アリーシアに直接届いただけの手紙だけでなく、母を通じて、父を通じてアリーシアに会いたいという貴族がいるという。アリーシアは不思議に思った。
 そこで兄だったら事の真相を知っているのではと考え、夕食時に兄に尋ねた。


「それは、たぶん今出している本をみて、アリーシアに会いたいというファンだろうね」


「ファン? 」


「アトリエAで作った本が、貴族で話題になっていてね。本を作り慈善活動をする立派な令嬢はどんな人なのか気になっているようだね。寄付の申し込みも問い合わせがきているよ」


 アリーシアはファンといわれても、困ってしまうばかりである。最初は売れるかは分からなく、ザッカスたちの熱心な作品に対する姿勢に折れ、軽い気持ちで作品のモデルになってしまったことを事後承諾した。しかし、明らかに自分の想定外の事態が起き始めている。ひっそり暮らすはずの生活に暗雲が立ち込め始めた。


「お兄様、寄付の問い合わせはうれしいけれど。人の前に出たいわけではないから、本に関してのことで面会は断ってほしいわ」


「ああ、侯爵令嬢が見世物にとなってしまうのはね。断っているよ」


お兄様ならいいようにしてくれるだろうが、不安になってきたアリーシアだ。


「アリーシアが立派なことを考えていたのは知らなかったなあ、エンドリクに聞いて初めて知った」


父は感心したようにアリーシアをほめた。


「お父様、この本はあくまで物語ですから。わたしのことを書いたわけではありません。物語の女の子は、純粋に子どもたちを助けたいと思ってのことですから」


「ん?アリーシアも困っている人を助けたかったのだろう?立派なことだ」


「いえ、お父様…。そういうのではないのです」


 お父様はアリーシアのことを立派だというが、アリーシアはそんな立派なことはしていないのだ。もともとはオタク活動をしたくて、弟をオタク化するため、本を頼んだ。そして今度は孤児院で子どもたちにもっとオタク話をしたくて、本を作って渡した。今度は仲間ができたので、本を作り、この世界でもマンガができたら自分が楽しめると思った。
 人のためではなく全部自分のためなのだ。善行ではなく、私利私欲なのである。他者を思い、全力で献身するような聖女のような行いをしたわけではない。物語の主人公の少女は、サンパウロ様に憧れ、ヒーローのように聖なる存在である。しかし実際のアリーシアは、そんなきれいな気持ちでしたことではない。


「わたしはみんなで本が読めて、いろんな話ができたら楽しいと思っただけです。決してサンパウロ様のように立派な存在ではないのです」


「アリーシアは母様に似て、えらいな」


 お父様にはこの話は通じないだろう。困ってしまい母を見て助けを請う。
 母はアリーシアのことは大体わかっているようで、父になんといえばよいか考えているようだった。兄も父が上機嫌であるのに、それに水を差すのはどうかと迷っているようだ。


「ぼくの絵本も作ってほしいな」


 その空気を破ったのはアポロだった。アポロは発売された本を早速読み、興奮したようにアリーシアにいろんな話を聞いてきた。アリーシアから聞いてあくまで物語だとわかったようで、そうだったら自分の物語も作ってほしいと言っていた。自分は剣でサンパウロ様のように冒険する話がいいとまで言い始めた。


「そうね、アポロが主役の本も楽しそうね」


「第二弾の企画作りかな?アリーシアたちに任せるよ」


「お兄様、わたし少し大きなことをやりすぎたかもしれないって。今更不安になってきているの」


「そうだね。事態は大きくなってきているのは確かだね。でも誰もがこの波に乗れるわけではないよ。自分の恵まれた環境をいかすのも、自分の器だと思う」


「わたしはそんな器ではないです」


アリーシアはいつも味方をしてくれる兄が自分を試すような言い回しをしたのが気になった。


「確かにアリーシアは自分がとるに足らないことをしたと思ったかもしれない。でも実際あの本で勇気や希望をもてたという人だっていると聞いている。自信をもっていいことだと思う」


「本をみて喜んでくれた人がいることはうれしいのです」


「だったら、その恩恵をみんなに還元するという手があると思うよ」


「どういうことですか? 」


「幸い今回の売り上げは大きなものになった。しかし僕自身はその収益はアリーシアに回したいと思っている。僕は侯爵家の領地のこと手いっぱいだし、新しい事業もいくつかもっているからね。だからアリーシアがしたいように、その資金を使ってくれていいと思うよ」


「わたしが好きなように? 」


「本を作ってもいいと思う。でもアリーシアにしかできないことはあるのではないかな。例えば子供たちの教育のためにお金を使うことだってできるんだ」


「お兄様!それは素敵」


「うん、だから今回のお金をもとに一般の人も学校に通えるように基金を作るのはどうかな?その名もサンパウロ基金」


「ええ、孤児院の子どもたちでも優秀なら学校へ通うことができ。さらに国の中枢で役職につければ素晴らしいことだわ。」


「そうだね、きっともっと優れた人が出てくるだろうと思うよ」


「お兄様、ありがとう」


 兄はやはり優れた人だ。アリーシアは兄の提案により、本の売り上げで基金の創設を考えた。両親もそれについては賛同してくれ、国王たちにもそれが耳に入ると侯爵家として立派な行いとお褒めの言葉を頂けた。基金の開始は、サラ様のお子がうまれたら考えることにした。アリーシアは寄付をしてくれるという相手に対して、兄や母と話し合い、会うべき人には面会し、基金の協力を呼び掛けた。また大きな流れが見えてきたのである。



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