オタク気質が災いしてお妃候補になりました

森の木

4-8 兄の帰宅

 印刷工房が始動して、完成した作品をテトが屋敷に持ってきた。版画を刷る形のこの印刷手法は、印刷する部門と、版画を彫る部門に分かれる。版画を彫る部門は、工房の新人たちが請け負う。そして元となる絵本の絵を板に彫っていく。印刷は慣れるためには、何度も繰り返すしかない。工房の女性たちもテトと話し合いながら、一定した質になるまで何度もやり直した。そしてある程度の完成形ができた。


「……………すばらしいわ。まだにじみがあるところはあるし、版画の掘りも改良の余地がありそうだけれど。初めてでここまでは、大変だったでしょう? 」


「はい。実は東の貴族が治める国で、印刷技術をしっている職人がいたもので。細かい作業工程はその人から学びました。時間ができたら、東の地域に行き、もっと学んで来たいと思っています」


「それはいいことね。テトには今抜けてもらうのは困るけれど。本場で学ぶことはいいことよね」


「ザッカスもそれには興味があるみたいで。あいつの顔の広さは助かっています」


「東の地域の職人もザッカス経由だったのかしら? 」


「はい。ほかの地域の工房については詳しくはないのですが、ザッカスの知り合いの知り合いに聞いたら紹介してくれました」


「まあ」


「ザッカスは女性たちをうまく取りまとめもしてくれるので。作業も順調です」


「それはよかったわ。お母様にはザッカスの報酬についても、ちゃんと話しておきます」


「ありがとうございます。助かります」


 アリーシアは製本された本を何部か書庫に置いておくことにした。できあがった製品はこれからもっと進化していくだろう。でも新しい工房ができ、そしてできあがった本はとても貴重だし、思い入れもある。アポロにも渡したら大喜びだった。今まで見たことない絵の形式に興味深そうにしていた。まして好きなサンパウロ様の絵本だったから余計だろう。
 しかしうまくいってばかりではなかった。テトの話によれば、職人がある程度掘る技術が出てくると、ほかにも何か作るものはないかということになった。
 アリーシアは子どもたちに向けての、絵本から教科書を作るもととなる組織が必要かとも考えた。印刷技術がもっと手軽にできれば、様々なことが大勢の人に知ってもらえるようになる。それこそ大量に冊子を作ることが可能になる。そういう意味で、先を見越して、出版社のような組織もあるといいのかもしれない。
 アリーシアはそれについて良い案がないか考えていた。


 アリーシアは一人で考えても仕方ないので、今度の休みに返ってくる兄・アランに助言を求めようと考えた。久々に兄とゆっくり話したいこともある。兄は長い休みには帰ってくるが、家にきても領地への視察などでほとんど時間がつぶれてしまう。じっくり話すことがなかった。兄は数え年で19歳になる。見事に成長期を過ぎた兄は、誰もがはっと振り返るほどの美形である。もともと華奢な体躯ではあったが、その印象は今も健在ではある。しかし兄は学校でも剣術の腕前はトップクラスであり、座学に関してはもちろん最優秀の成績を修めていると執事から聞いた。兄はそういったことを言わないので、家族以外から聞くことが多い。父も母も元気にやってくれていればよい、ということであれこれ言ったりしない。   
 兄がいるとその場所が輝くように明るくなる。まさに王子といった風貌である。ハンサムであり、優しく、正統派の美形である。アリーシアはそんな兄を自慢に思っているし、見ているだけで本当に癒やされる。あくまで兄としか思っていないので、モテモテで大変だろうなと思っているし、美形って見ているだけでいいなとも思う。アリーリアの好みの顔の系統が、地味系であるので、兄のことはアイドルを見ているような気分だ。兄はアリーシアの疑問に対して、毎回とても真摯シンシに考えて助言してくれるので、内面もとてもイケメンなのである。見た目も中身もイケメンな兄は本当に自慢である。


「……アリーシア。君は素晴らしいことを考えているね」


「え………。いえいえ、お兄様恥ずかしいからやめてください」


 兄が帰宅して、家族4人で夕飯を囲んでいるとアリーシアは孤児院の話をした。兄にはアポロと一緒に孤児院へ行っていることは話したが、絵本を印刷する工房を作ったことはまだ話していなかった。アリーシアがみんなの協力で、ここまでやってこられたことを報告し、製本された本を兄に見せた。兄はとても驚いたように本を眺めた。そしてアリーシアを見つめて褒めてくれたのである。
 アリーシアは褒められるようなことはしていないと謙遜した。確かに人のためになればという思惑もあるが、自分の楽しみのためにしているのだ。


「アリーシアはあまり何かをしたいって自分からは言わないだろう?だから驚いたよ。でも僕はとても嬉しい」


「わたしは相談されて、どうしたらいいか?って少し考えただけです。お母様にいろいろやってもらっていますし、みんながとてもよくしてくれるから」


「でも、アリーシアの気持ちが伝わってみんなやろうと思うんだと思う」


 兄はとてもまっすぐに褒めてくれるので気恥ずかしい。アリーシアは嬉しくもあり、くすぐったい気持ちである。


「さて…………、アリーシアの相談なのだけれど」


 話をかえるように兄が言葉を発する。夕飯を食べ終わり、アポロは父と剣の修行について楽しそうに話している。母は黙ってそれぞれの話を聞きながら、夕食のあとのお茶を楽しんでいる。


「はい。工房はあくまで印刷をするためだけのものです。だから、原稿をつくったり、本を制作する工房なども必要かなと考えたのです」


「そうだね。それはいい発想だ。確かに今までは絵の制作といえば、工房がすべて一貫して作業を引き受ける形だね。それを分けるということだね」


「はい、女性達の仕事ぶりをみて思ったのです。工房の職人しかできないことも、分担して作業を練習すれば、誰でも出来るようになることもあるかもしれないと」


「そうだね。仕事をわけることによって、職業も増えるからたくさんの人が働く場所を作ることもにもなるね。そうすれば、みんなにとっても暮らしが安定するということだ」


「はい、それも工房を作って感じたことです」


「アリーシアはまた新しい工房もあるといいと思ったわけだね」


「本の企画というのでしょうか。計画をする工房があってもいいと思って」


「面白いね。では作ってみようか」


「え!? 」


「だから作ってみよう。僕がいくつか新事業を考えているのもあって、人も集められそうだから」


「お兄様、ありがとう」


 兄が笑顔で答えた。アリーシアはさすがに兄だと感心してしまった。そうして始まるのは新しい工房の計画だった。



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