オタク気質が災いしてお妃候補になりました

森の木

3-13 仮の申し込み



 木の上でエドワードと話したことは誰にも言わなかった。国王が大変なときに、他人の家に勝手に忍び込んでいたとも言えないし、特に話す必要性もなかったからだ。ただアリーシアはエドワードに偉そうに口をきいてしまったのではないか、という後悔があとから出てきて落ち込んできた。あのときはエドワードがいつもとは違い、ネガティブなオーラが出ていたし、その場のノリで砕けた感じで話しかけてしまった。もしまた怒りを買ってしまったらと思って、父から何かお咎めがないだろうかと心配であった。


 しかしそれよりもひどく憂鬱にさせる出来事が起こった。
 実は国王の病のこともあり、エンドリクには側室の話も出てきた。エドワード一人が世継ぎであるから、後継者という点も不安材料になったのだろう。あくまでこの国は一夫一妻制だが、国王は側室がいることも珍しくない。現在の国王にも、エンドリクにも側室はいない。ただエンドリクはまだ世継ぎを望める年齢であるし、妻のサラも若い。そこで焦点になったのは、エドワードのお妃候補の擁立ヨウリツであった。エドワードの年齢は14歳であり、社交界デビューとともにお妃候補を発表するのでは憶測が広がった。


 そこで国中の貴族は年齢が近い娘からお妃候補をと動き始めた。そこで隣国から、大商人、大神殿、そして南北東西の貴族など娘を出す動きが見られるようになる。


 アリーシアは自分も近い年齢だけれど、お妃候補にはなりたくないので、黙っているのが一番だと思った。父も母も政略結婚は特に勧めてこないので、気楽さもあって無理には婚姻をすすめはしないだろうと安心していたのだ。しかし、事態はそう簡単なことではなかった。


「お父様、お帰りなさい」


 父がひさしぶりに家に帰ってきた。アポロとアリーシアは父を迎えて、ゆったりとお茶を飲みながら久々の家族の団らんを楽しんだ。父は家の留守中にどんなことをしたか、などアポロとアリーシアの話を楽しそうに聞いてくれた。母も微笑んでいて楽しそうで、家族はリラックスした雰囲気で時間が過ぎる。 アポロが夕食後眠くなってしまったので、メイドに連れられ退出した。アリーシアも部屋を出ようとすると父から声をかけられた。


 アリーシアは母と父が真剣な眼差しだったので、何かあるのだろうと察した。椅子に座り直し話を聞くことにした。


「アリーシア、これから大切な話をする」


「はい、お父様」


「リリアとも話し合ったのだが、判断を決めかねている。これは侯爵家だけの話ではないからだ」


アリーシアは重大なことがあるのだと固唾をのんだ。


「はい」


「実は、エドワード様の社交界デビューが決まった。そこでアリーシアが14歳になる時期をみてエドワード様とアリーシアの社交界デビューをすることになった」


「社交界デビュー、エドワード様と? 」


「これから準備のこともあると、時間もかかる。そこでエンドリク様のお考えもあって、アリーシアのデビューも兼ねれば盛大な式典になるのではということだ」


「そ、そんな盛大にやらなくても」


「アリーシアも乗り気ではないだろうとは思っている。ただ国の元気がないからこそ、何か催し物で国を明るくしたいというエンドリク様のお考えもわかる」


「そうですか、エンドリク様のお考えなら」


「ただ、エドワード様が社交界デビューの時のパートナーをアリーシアにしたいと言われたのだ」


「………………………………」


 アリーシアは絶句した。現在、エドワードのお妃候補を国中で騒いでいるのに、明らかに自分の立場を悪化させることが予想された。しかし、断りにくいのも事実だろう。国事である。


 アリーシアは木の上での出来事を思い出した。そこで借りは返すと言われたこと。まさかあの赤毛の王子は、借りを返すつもりで大きな迷惑をアリーシアに持ち込んでいないだろうか。エドワードは国の王子にパートナーとして指定してもらうなんてと頭を抱えた。
エドワードからすれば、きっとアリーシアは光栄を思うはずだと、彼の勝手な思い込みのもと大きなお世話をやいてくれたのだろう。このタイミングでやめて欲しい。


「わたしはそんな大役をつとめる自信がありません。ええ、駄目と言われても人でなしと言われてもいいです。お願いします。お父様、お断りしてください。非礼で無礼な娘と言ってくれて構いません」


 ここまで流ちょうにアリーシアは言葉を発せたことを褒めて欲しい。ここで無礼者と言われても、その先にあるお妃候補に加わる状態を想像しただけで憂鬱になる。社交界デビューだって憂鬱なのに、さらにお妃候補として世間に知られたら行動に制限がかけられる。


「そうか。だったら断ってはみるが………。一度は断ったのだが、エドワード様がたっての希望でな。どうしたものかと考えていたのだ」


「たぶんエドワード様はお優しいから、仲違いをしているのを気にしているのでしょう。でもわたしはちっとも気にしていませんし、このままが一番だと思っています。お父様もそう思っていますよね? 」


「うーん、エンドリク様もエドワード様の希望を叶えてあげたいと思っているところはあってなあ。アリーシアは乗り気ではないから伝えたが、とりあえず話だけはしてみてくれと言われてしまったんだ」


「ごめんなさい、お父様」




 父はアリーシアの頑なな態度に、正式にお断りを申し込んだ。しかしエドワードのパートナーは空席になったままになった。社交界デビューということもあり、エドワードのふさわしいパートナーとなると侯爵家またはそれに準ずる爵位の娘になるだろう。アリーシアは兄にパートナーを頼もうと思っている。
 パートナーというチャンスに乗ることで、それだけお妃の地位が近くなる。国中の権力者が、エドワードの社交界デビューのパートナーを射止めるべく動き始めた。アリーシアは、これ以上話に巻き込まれないよう、静かに日常が過ぎるのを待ち望んでいた。


 国王の容態は小康状態から、安定した状態へ移行し、ある程度静養すれば国務に復帰する見通しがついた。


 しかし一度論じられた、お妃候補擁立の話は口火を切られてしまい加熱していくばかりだ。アリーシアは社交界デビューに向けて、お作法やダンスを本格的に開始し、約一年半後のデビューに向けて動き出すことになる。



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