オタク気質が災いしてお妃候補になりました

森の木

3-9 読み聞かせ





「いい?アポロ、侯爵というのは言わないのよ? 」


「え、なんで? 」


「説明したわよね!もう、すぐ忘れるのだから」


 アポロにアリーシアは孤児院へ行くときの心得を教えていた。アポロはわずらわしい親戚回りではない上、外出できるととても嬉しそうだ。もちろんなかなか城下街へ出ることはないアリーシアも嬉しい。しかしアポロは外で騒ぎを起こさないか心配でもあるのだ。


「侯爵というと、いろいろ警備が大変になるの。今回は少人数で行くから身分は明かさないの」


「わかった! 」


「わかってないわよね? 」


 アポロは嬉しそうに頷く。だが、たぶん意味がわかっていない気がする。アポロは熱中すると周りのことを忘れてしまうのだ。


 それを感じたのは、本を読んでいるときだ。
 アポロは剣も本も大好きだ。本は特に絵本が好きで、もちろん難しい本は嫌いである。しかしアリーシアが兄・アランに勧めてもらったように、アポロにも楽しい本は自分の感想をいれながら熱心にすすめた。
 アリーシアは兄のようにうまく説明ができている自信はない。だが、アポロも何度も熱心にすすめてくる姉に、面倒くさそうに話を聞いてくれるようになる。そして暇であると本を読むのだ。アリーシアがすすめる本は基本的に兄がすすめてきた本。その本が面白くないはずがない。アポロも熱心に本を読む。


 文字を学び始めたときは、座って本を読むこともままならなかったアポロだが、今では好きな本は何時間でも読む。立派なオタク道に足を突っ込んでいるのだ。


 アリーシアは弟の成長とオタク化に成功しつつあることが嬉しかった。しかし、いいことばかりではない。アポロは自分の世界に入ってしまうと全然話を聞かないのだ。今も外に出られることのうれしさに夢中になっていて、アリーシアの注意を聞いていない。


「アポロ!だからね、目立たないように。姉さまのあとを付いてくるのよ」


「はーい! 」


 返事だけはいいのだ。アリーシアは不安で仕方なかったが、まずいことになってしまったらそのときに考えることにした。それにレインも一緒に行くのだ。結局そのあとも何度が心得をアポロに伝授してみたが、まったく手応えがなかった。


 アリーシアは不安を抱えながら当日を迎えた。アポロもアリーシアと同様、庶民の服に着替える。ズボンとシャツを着る。布の厚さはぺらぺらであるし、色も鮮やかではない。アポロは珍しそうに服を眺めていた。そして着替えて鏡の前に立っていて、自分の格好が気に入ったらしく母に自慢げに見せていた。
 母は帽子をアポロにかぶせる。金髪でいつも丁寧に整えられた髪が隠れる。アポロの髪質はやわらかく、癖がある。アリーシアはアポロが飛んだりはねたりすると、髪の毛も同様にピョンピョンと跳ねるのがかわいらしいと思うのだ。たまに寝癖がついたりしているのもかわいらしい。
 屋敷の者はみなそう感じているらしく、今も楽しそうにはねているアポロを微笑ましそうにメイド達は見ている。


「こんにちは! 」


 元気に母の仕事部屋に通勤してきたのは、レインだった。レインも今日もとても元気そうで、首まで襟があるかっちりした私服を着ている。レインをみたアポロは最初少しびっくりしたようだ。最近、アポロは見知らぬ人に警戒をする。レインはアポロの姿をみるとニッコリ笑みを浮かべた。アポロは少しレインを見てから、レインが明るい笑顔を浮かべているのに安心して傍に近寄った。


「アポロね?今日はよろしく、リリア姉さまの妹のレインです」


「レインちゃん」


「そう、レインちゃんって呼んでね」


「うん、姉さまにレインちゃんの話聞いたよ」


「そう、アリーシアに? 」


「うん、クッキーとかもらったって」


「城下街には美味しいパンとかお菓子もいっぱいあるのよ。アポロも見てみたい? 」


「おいしいパン!?おかし!?食べたい! 」


「じゃあ、今日は一緒に視察がんばりましょう。アリーシアのいうことはしっかり聞くこと」


「はーい」


 さすがレインである。アポロの操縦方法を即座に理解したようだ。子どもなんてこんなものよね、と思いながらもアリーシアもほとんど食べ物で釣られていることに気がついた。アポロとアリーシアは同レベルなのか、と一瞬思ったが大してレインから見たら変わらないのだろう。若干複雑な気分になったが、アリーシアも深くは考えないことにした。


 レインと母が簡単な打ち合わせが終わると、いつもの馬車で、いつもの警備の人が屋敷の前に到着する。アポロはレインにすっかり懐いたようで、楽しそうに馬車へ乗り込む。母に見送られて一行は城下街へ向かうことになる。


 次第に邸宅が建ち並ぶ場所から、城下街へ風景が変化していく。アポロも視察は初めてのことだ。ちょっとした旅行気分であり、アポロはキョロキョロと興味深そうに街の風景を見つめている。アポロの手前、アリーシアははしゃぐのはためらわれて、落ち着いた態度で椅子に座っていた。


「今日は、本を渡す日だね。きっとみんな喜ぶね」


「そうだといいけれど。ちょっと不安もあるの」


「うーん、こればかりはどうしようもないかな。でもプレゼントは嬉しいでしょう」


「テトも、本を作ってくれた職人さんなのだけれど。とてもよく作ってくれたと思うから」


「いやー、見習いの職人さんでしょう?私は絵のことはよくわからないけれど、素敵だと思ったよ。職人さんってすごいね」


「わたしもそう思う! 」


 レインの言葉はアリーシアも内心感じていたことだ。一冊一冊、お手製の本はアポロに贈ったものよりはかなり簡素な絵ではある。しかし人物をかき分けはキャラクターとしてわかりやすく、かえって子どもは特徴があった姿の方が人物を判断できると思った。文章は試作品としてアポロに試した絵本・改と同じものである。表紙は簡易な装丁ではあるが、子どもたちが読んでも壊れにくいよう、縁取りを革にしてある。多少のことがあっても壊れない。


 そうして孤児院へ着き、レインは警備の人と2人で本を運ぶことにした。アリーシアはアポロの手を引いて、勝手に走らないように傍にいることにした。


 マリアが出迎えてくれて、事務局へ異動する。アポロは初めて見るマリアに目を丸くしていた。マリアは母親のリリアに雰囲気が似ている。そこで安心したのか、挨拶を済ませ施設の中に入った。
アポロは物珍しそうに施設を眺めている。遠くから子どもたちの声が聞こえるから、興味津々(キョウミシンシン)なのであろう。


「素敵なものをありがとう、レイン。アリーシア。サン様とリリア姉さまによろしくお伝えください。本当に素敵な絵本ですね」


 事務局の女性たちとマリアは制作した本を見比べていた。彼女たちはその出来映えに驚きながらも、感心したように本をめくっていく。レインもまた本を手にする。


「では子ども達のところへ行きましょうか」


 警備の人は馬車へ戻り、事務局の女性達が本を運んでくれることになった。マリアとレインを先頭に、アリーシア、アポロが続く。そして事務局の女性達が通路を歩いて行く。そしていつも子ども達が集まっている遊び部屋へ到着する。にぎやかな声がする。マリアが扉をあけると視線が集まり、自然とマリアの前へ集合する形になり始める。


「皆さん、今日はサン様とリリア様からプレゼントがあります」


 年長者が年少者を引き連れて中央に集まってきた。プレゼントと聞けば、皆期待のまなざしを向けてくる。そして事務局の人が、年中くらいの少年少女を10人前に呼んだ。彼ら彼女らに本を一冊ずつ渡していく。子ども達はあまり本を持つ機会がないのか、不思議そうに互いを見つめる。


「プレゼントは本です。サン様たちが皆さんへ工房に頼んで絵本を作ってくれました。この国の英雄・サンパウロ様のお話です。絵が描かれていますでしょう?そこの横にあるのは、お話を説明している文章です。これを使ってすこしずつ文字もお勉強していきましょう」


 年少の子どもたちは何のことかわからないが、年長者はその意味を察するものもいた。知っている物語なら、文字の勉強も頭に入りやすい。まずは年長者へ本を読み聞かせ、物語を振り返り、それからゆっくり年中者、年少者へ教えていくことにした。


 アリーシアは自分より年齢の高い、年長者へ文章を読み、一字ずつ文字を教えていった。アポロは絵本を暗記しているらしく、文章を読まずに本を朗読していた。それを見ながら子ども達は絵だけを追って本をめくっていく。アポロはもともと人に対して物怖じしないところはあったので、同じくらいの子ども達の前で楽しそうにサンパウロ様の話をする。そんなアポロは特に男の子と気が合ったらしく、楽しげに話して飛び回っていた。


 本を皆で読み、学習する。そんな体験だったが、同じ物語を読み、楽しむことはアリーシアにとって念願であり夢として叶えたかった一つである。まだまだこれから文字を学習したあと、さらに勉強が必要だとは思うが、文字を知るという意味できっかけが出来たように感じた。


 それから何度か本を読み聞かせることを目的に、孤児院へ行くようになった。アポロも子ども達に剣を教えることにもなった。些細ササイなことだが自分の出来ることをして、人の助けになるのは嬉しいことだ。アリーシアの試みは、まだ始まったばかりであるが、今回は成功できたようである。



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