乙女ゲーム迷宮~隠れゲーマーの優等生は、ゲーム脳を駆使して転移を繰り返す先輩を攻略する!~

森の木

第30話 女子高生、リスタート

 唐突に目が覚めた。
 キリがよく映画が終わって、視点がかわる感覚に似ている。まず目に入ったのは天井。オフホワイトの天井は、見慣れたものだった。自分の部屋。すぐに窓を見ると、カーテンがしまっていて、外から朝日がさし込んでいるのがわかった。寝間着を着て、普通にベッドに寝ていた。今までのことが、すべて夢だったように。


 何もかわらない日常。


 ベッドヘッドに置いてあるスマートフォンは、あの世界のようなタヌキの柄ではなかった。シンプルな透明ケースにいれただけの、何の変哲もないスマートフォン。時間を確認してみると、朝の6時。平日だ。学校へ行く日だった。メールをチェックしてみると、ミドリお姉ちゃんからゲームの受け取りをお願いされていた。そうだ、今日はあの世界にとばされた日だ。時間が戻って、朝になっているのだろうか。いや、単なる夢だったのか?


 「まさかの、夢オチって…………」


 現実的に考えると、あんなこと夢だったと思う方が自然かもしれない。長い夢をみていたのだ。いつもの通りに制服に着替え、朝食を食べ、早めに登校する。今日はいつもより、少し遅い登校になるかもしれない。だから先輩とすれ違うことはないだろう。先輩は、いつものように早く部活に行って、朝練をしているのだから。


 朝の光景も見慣れたものだ。まだ通勤や通学ラッシュの時間ではなく、それほど道には人がいない。この少ない道も、ヒカリはお気に入りだ。駅について、まだすいている電車にのる。そしてメールをチェックすることにした。


 ミドリお姉ちゃんからお願いされたゲーム。人気のゲームで予約さえできなかった。だが、いつもはいかない街のゲーム屋で、予約できた。個人商店だったから、ダメ元でも聞いてみてよかった。ヒカリはそこでゲームを違うものを渡され、ゲームの中へ入ってしまった。そのゲームを渡してくれたのは、マジマ先輩のお母さん。


 マジマ先輩のこと。母子家庭で、家事が得意。ゲームはあまりやらないけれど、昔はやっていたこと。夢に熱くがんばり屋かと思えば、意外と冷静で、現実を見ているところ。先輩のお母さんは、ヒカリの母と職場が同じであること。先輩のお母さんは、いくつかのお店をもっていて、カフェを経営していること。休日は、知り合いに頼まれて、先輩のお母さんは店番などをしていること。


 あの夢のなかで知ったことは、全部作り話だったのか。それも確認するすべはない。少し寂しい。


 「そんな、都合がいいこと。あるわけないよね…………」


 ヒカリはちょっとだけ、涙が出そうになった。


 すべてが夢だったなんて。
 もちろん先輩と過ごした時間がなくなったことも悲しい。でも魔女と過ごした時間、少し腹が立つけれどヤンヤン…………リュシュアンと冒険したこと。それが全部なかったことになったのは悲しかった。あの非現実なことが夢だったと気がついて泣くなんて、あまりにも滑稽すぎる。


 ヒカリは、こぼれそうな涙をそっとぬぐって前を向いた。
 学校へつくと、グランドではいつも通り運動部が朝練をしていた。もちろん野球部も朝練をしていた。ヒカリは横を通り、教室へ向かった。そして授業を受けて、掃除もそこそこにまっすぐに昇降口へ向かう。ゲームを取りにいくのが、今日の最大の試練だ。昇降口で靴を履き替えると、大きな姿とすれ違うのを感じた。


 顔をあげると、見知った顔だった。マジマ先輩だ。じっと見ているわけにもいかず、そのまま会釈もしないで、通り過ぎた。少し気まずい。でもヒカリだけかかえている気持ちだろう。


 そのまま、ゲーム屋へ向かった。


「予約のゲームですね。はい、こちらのゲームでいいですか? 」


「あ、はい」


 ゲーム屋に行って、パッケージを出された。ミドリお姉ちゃんが指定してきたものであるとしっかり確認して、会計を済ませる。あっけないものだ。ヒカリはゲームを受け取り、そのままゲーム屋を立ち去ろうとした。


「あの、アラキさん? 」


「は、はい…………」


 遠慮がちに、ゲーム屋のスタッフさんが話かけてきた。その人はすっかりヒカリの中では、馴染みのある顔である。綺麗な人。スタッフのネームプレートには、「マジマ」と書かれている。マジマ先輩のお母さん。店番を頼まれたのだろう。


「この近くの高校よね?息子が同じ高校で…………唐突なのだけれど、今バイトってしている? 」


「バイトはしていません」


「この先で、カフェをオープンすることになってね。あと1人どうしてもスタッフさんがほしいのよ。もしよかったら、アルバイトしてみない? 」


「え…………」


「わたし、実はこのお店のオーナーさんに頼まれて店番をしていて。実はカフェを経営することになっていてね。今日は、このあとオーナーさん戻ってくるから、ぜひお店を見にこない?お店気に入ってくれたら、放課後数時間入ってもらえると嬉しいな。もちろん学業優先でいいの。学生は学業が最優先だから」


「えっと…………、はい」


 ヒカリは驚いてしまった。まさか声をかけられるなんて思わなかったのだ。カフェというならば、エレノアがアルバイトしていたのもマジマ先輩のお母さんが経営していたカフェだった。偶然一致だろう、とヒカリは思い込んだ。


 期待したら、きっと失望する。少し待つことにして、マジマさんが店番を終わるのを待った。個人商店のゲーム屋は、近所の子どもたちがきて、レトロなゲームもあって、人が途切れなかった。


「お待たせ、じゃあ行きましょうか。急にごめんなさいね」


「いえ、ちょうどアルバイトしてみてもいいかなと思って」


「だめよ。そんなに簡単についてきちゃ。変な人も世の中にはいるのだから。なんてわたしが言うのはおかしいわね。これ、名刺です。いくつかお店をもっているから会社の名刺になっちゃうけれど」


「いえ」


 名刺をもらうなんて、初めてのことだ。名刺をみると、「マジマ ノゾミ」と書いてあった。まさに希望の天使だ。また偶然の一致を見つけてしまった。株式会社 ワンダーの代表取締役とかいてあった。社長さんなのか。


「社長とか書いてあるけれど、肩書きだけだから。好きなお店やっているおばちゃんだと思って。おいしいもの作るのと、食べるのが大好きなだけだから」


「すごいです」


「あら、ありがとう。お礼にデザート奮発しちゃう」


 マジマ先輩のお母さんにつれていかれたカフェ。そこは、夢のなかでみたカフェの外観そのままだった。木造の建物であり、古民家を改装したようだ。中はレトロな雑貨がおかれて、レトロモダンでおしゃれな空間だった。お店もやっている傍ら、雑貨も売っているスペースがあった。まだオープン間もないようで、人が少ない。


「今日シフトに入っているのは調理担当の子が1人、ヒカリちゃんと同じでフロア担当の子が1人。同じくらいの年齢だから、気が合うといいわね」


「はい」


 ヒカリはそんなに愛想がある方ではないから、初対面の人と気軽に話すことはできない。またヘタに変なことを言ってしまって、警戒されてもまずい。相づちをうつことがほとんどで、こんな有様でカフェの接客ができるのだろうかとヒカリは思った。


「いらっしゃいませ」


 フロア担当の人が出てきた。ヒカリはその人を見ると目を見開いた。それは知っている顔だったからだ。





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