乙女ゲーム迷宮~隠れゲーマーの優等生は、ゲーム脳を駆使して転移を繰り返す先輩を攻略する!~

森の木

第25話 ハート編 女子高生、日常を繰り返す



 目が覚める。頭上にあるスマートフォンのバイブレーションの音がする。うるさい。
 これで何回目の目覚めだろう。
 何度も何度も、やり直す。
 だって自分の思い通りの展開にならないから。


 アラキヒカリとして生きている。でも、幸せになれない。誰もがうらやむ人と、結婚した。誰もがうらやむ仕事をした。親が自慢できる子どもになったこともある。たくさんのひとにもてれば、幸せになれるかもしれない。でも心は満たされない。なぜ?
 アラキヒカリとして目覚めた10回目の朝。また同じことを繰り返す。アラキヒカリになれば、運命に愛されるはず。ハッピーエンドになるはず。アラキヒカリの中の、魔女は泣いた。




******


「不幸な人だよね…………」


「自業自得ヤン」


 スマートフォンの中の世界に閉じ込められた、ヒカリとヤンヤン。ハート世界のゲームに入ったとき、はじかれたようにスマートフォンに吸収された。魔女がヒカリのかわりに、現実世界に酷似した世界で生きている。何度も何度も、高校生になり、誰かと付き合ったり、誰かと結婚してみたり。
 だけれど、魔女は不幸であった。どこか満たされなく、自ら生活が嫌になりリセットしてしまう。そしてまた高校生のアラキヒカリに戻るのである。


 その様子を早送りのように見ているヒカリとヤンヤン。スマートフォンの中の世界は、ファンタジックであり、大きなテーブルがある。そのテーブルにはたくさんのお菓子がある。ケーキに、マカロンに、ホイップがたくさんのったフルーツパフェもある。香り高い紅茶をのんびり飲みながら、不幸な魔女の人生を見ている。


「この世界の主人公は、わたしなのに。わたしだと思えないな、だってわたしだったら魔女の選択肢はとらないから」


「ヒカリとは別の基準で、選択肢を選んでいるヤン」


「うん。魔女って、結局ひとりになっちゃうよね。なんでお姉ちゃんとか、家族から離れちゃうのかな。お姉ちゃんたちいい人だよ」


「基本的に魔女と、ヒカリたちのお姉ちゃんは性格が真逆ヤン。ヒカリたち3姉妹はよく性格が似ているヤン。見た目は違っても」


「雰囲気は違うみたいだよね。姉妹とはあまりみられないから。確かに、似ているから気が合うのかな」


「相性もあるヤン」


「でも、わたしが絶対仲よくならなそうな人とばかり付き合っている。無理しすぎだと思うな、魔女は」


「身の丈を知らないヤン」


「うん、無理はよくないよ。楽しくないと」


 優雅にお茶を飲む。このアールグレイは、渋みも軽い。先ほどから砂糖をひとかけら。それにレモンも一枚。喉の奥がさっぱりする。この紅茶にあうスコーンも最高だ。一緒に添えられている生クリームも、甘すぎず、かといって濃厚で、紅茶と合う。今までゲームクリアばかり考えていたから、やっと少し休憩ができた。


「結局、魔女ってわたしになって何がしたいのかな。幸せになるって、簡単なことだよ」


「ヒカリの幸せはどんなヤン? 」


「自分が楽しいかどうか。それが最優先だよ」


「それがないと確かに不幸ヤン」


「そう。魔女って能力はあるのに、不満そう。もっと楽しめばいいのに、いろんなこと。魔女は人の目ばかり気にしている気がする。誰にどう思われたいとか、どう評価されたいとか」


「そうヤン、魔女はいつもそうヤン」


「ヤンヤンは魔女のこと知っているの? 」


「腐れ縁ヤン、ここまでくるとバカな女ヤン」


「本当に思うけど、ヤンヤンってさ。絶対現実にいたら、わたし嫌いなタイプだと思う」


「ヤンヤンはヒカリ好きヤン、付き合っていて楽ヤン」


「それ本当に言っている?うさんくさいの、全部。信用できないなあ」


 のんきにお茶を飲む二人。その間に、魔女はまた人生に悲観してリセットしていた。懲りない人だ。自分の目指す完璧なハッピーエンドを目指しているようだ。魔女はリセットした朝決まって泣いている。なぜ何度も繰り返すのだろう。


「ねえ、ヤンヤン。こっちから魔女に話かけることはできないの? 」


「魔女がこのスマホを頼らないヤン、力は感じているはずヤン。助けを求めないヤン」


「このままじゃ、魔女かわいそう。見ていてこっちも辛いよ。自分が不幸になっているのも、何度もみて気持ちのいいものではないし。もし少しでもよくなるなら、助けたい」


「お人好しヤン」


「乗りかかった舟というか。そうしないと、いつまでも現実世界にもどれないから」


 ヤンヤンは指を振った。そうするとアラキヒカリの世界に置いたスマートフォンがけたたましく鳴った。アラキヒカリは、最初は無視を決め込んでいたが、仕方がなさそうに通話ボタンを押した。


「もしもし、表示に光の天使って出ているけれど。ヒカリ?」


「天使なんだ、わたし。魔女、しんどそうだけれど大丈夫」


「大丈夫…………、なわけないじゃない!!なんで、わたくしばかり…………なんでわたくしばかりこうなるの?運命に嫌われるの? 」


「そうかな?そんな不幸というわけではないと思うけれど。でも魔女もいけないと思う。いつも一人で突っ走って。誰にも頼らないで、人を信じないで。自分ばかり優先して」


「それで何が悪いの?わたくしは幸せになりたいの。誰もが自分のために生きているでしょう?自分を優先して何が悪いの? 」


「悪くないよ。でも自分を優先するってことは、自分を幸せにしてあげることじゃない?自分に厳しすぎて、自分をいじめていない?いつも痛々しそうに生きていない? 」


「自分を高めるためには、多少のことは仕方ないでしょう? 」


「違うよ、いつもメリットばかり見ている。誰と比べてどうとか。誰に見られているとか。自分の幸せは自分の心で決めないと」


「どういうこと? 」


「ああ、これやっていて幸せだなとか。楽しいなってこと。それをしているのかな?魔女は人のことばかり気にして、自分を後回しにしている。それってつらいよね。とりあえずだまされたと思って、朝起きて。お母さんにおはようって言ってみて。そしておいしくご飯を食べて。今日ははやく帰ってきて。一緒にゲームしよう! 」


「ゲーム?そんなもの、興味がないわ」


「いいから、いいから。また電話するね」






 ヒカリは通話を切った。そしてまたお茶を飲み出す。


「はあ、魔女って結構こじらせているよね。いろんな部分を」


「長年生きていると、こじらせてしまうのかもヤン」


「そうか、ヤンヤンも結構長生きなのかな?こじらせているところが似ている、魔女と」


「魔女と一緒にしないでほしいヤン」


 ヒカリは、魔女が自室に戻ったのをみるとまた電話をした。


「もしもし、魔女? 」


「まっすぐ帰ってきたわ。ゲーム…………やったことがないから」


「もったいない。テレビの電源いれて、ゲーム機起動させて。中にやりかけのゲーム入っていると思うから」


「テレビ…………、ゲーム。電源はこれかしら? 」


「そう、それ。お姉ちゃんに頼まれて攻略しているゲームなんだ。学園ものの乙女ゲームで、オーソドックスなのだけれど、キャラがいいの!絶対おすすめ」


「乙女ゲーム…………それって楽しいの?ヒカリは好きみたいだけれど」


「楽しいよ。魔女みたいな不幸な恋愛にはまる人は、これで楽しい恋愛を学ぼう! 」


「不幸な恋愛って…………、仕方ないわ。やってあげる」


 そしてヒカリが説明をしながら、魔女が乙女ゲームを始めた。1時間後、そこにはすっかりゲームに前のめりになっている魔女がいた。それをのんびりとお茶をのみながら、会話をしているヒカリ。


「これ共通ルートだから、しばらくは攻略キャラのイベント中心でね」


「わたくし、このキャラと付き合いたい! 」


「ああ、このキャラね。俺様属性だ、メインのキャラの一人だから、いいシナリオだった気がする」


「そうなの?うん、こういう強気な人好きかな?あの人に少し似ているもの」


「あの人って、昔別れたって彼? 」


「ええ、そうなの。俺様でも、頼りがいがあって、格好良くて…………」


「はいはい、俺様王子気質がいいんだね魔女は。ダメ男にひっかかりそう」




 魔女は、話を聞いてみると、典型的な夢見る少女であった。少し古い理想をもっている。王子様が迎えにきてくえるのを待つタイプ。綺麗なお城で、美しいお姫様がいて、かっこいい王子様がいつか迎えを待つタイプ。それはそれでいいと思うが、ちょっとめんどうくさいとヒカリは思った。相手への要求が高すぎないかと思った。それに、なんというか相手への期待が大きく、それでは相手にとって重荷になるよなという言動も気になった。


「好きになってくれるなら、わたくしだけを好きになってほしいの。ほかの人と話してほしくもないの」


「話すくらいはいいんじゃないかな?話したくらいで、人は心変わりしないでしょう? 」


「心配なの。わたくしなんて、すぐ飽きられてしまうから。怖いの、わたしから去ってしまうと考えると」


「それって、昔に魔女から去った人のこと? 」


「そうわたくしから、去って。もうずっと現れない人。ずっと探してはいるのだけれど。気配は感じるの、どこかにいるって。でも出てきてはくれない」


「いいひとだったの? 」


「ええ、たぶん。たぶんと言ってしまうくらいに、もうずっと昔のことすぎて。顔も思い出せないこともあるの」


「次の恋愛は? 」


「さっきのわたくしを見たら分るでしょう?どうしても満足できないの。こころの中がぽっかりと空いたような。この恋愛でいいかしらって思ってしまう」


「うーん、もしかして。自分から好きにならないとダメなのかな」


「え…………」


「サユリお姉ちゃんにきいたのだけれど。自分から好きにならないとだめなひとがいるって聞いたことがある。どんなにいい人がいても、選べないことがあるって」


「そうなのかしら」


「恋愛って難しいよね。わたしはそんな複雑な恋愛をしたことがないからわからないけれど。頭ではわかっていても、ひとを好きになることって単純ではないのだって」


「ええ、みんなそうなのかしら? 」


「完璧な恋愛もないと思うよ。だって、魔女がいいなって思っている昔の恋人のこと。わたしはいいとは思わないよ。だって、もう何年も現れない人が、魔女のことほんとうに思っているかわからないから。友達なら、やめておけって言っちゃうと思う」


「ヒカリからみて、だめだと思う? 」


「うん、わたしはね」


 魔女は少し悩むようにゲームのコントローラーを持つ手を休めた。魔女はもしかしたら、闇におちてから、こういう風に相談する相手がいなかったのかもしれない。気軽に恋バナができたり、過去の彼氏の愚痴を言って憂さ晴らしをしたり。
 だから自分で自分を追い詰めていったしまった可能性だってある。魔女は、思い込みは強そうだが、素直な性質も感じた。だから、こうやって素直に話をしてみると、ヒカリは嫌な気分にはならなかった。


「わたくし、今回はヒカリみたいに家族とも向き合ってみる」


「わたしだって向き合ってない部分もあるよ。まあ、嫌なひとたちではないから。いろいろ話してみていいと思うよ。それに、もし魔女が嫌でないなら…………先輩を見てみたら?現実のマジマサトル先輩。彼は、魔女にとっては地味で平凡かもしれない。でも、影ながらがんばって誰もが認めなくても、誠実に生きているひとっているの。そういうひとをわたしは尊敬できる」


「マジマサトル…………、かつてのあのひとに面影はあるけれど。能力や容姿が特出はしていない…………、でもヒカリがいうなら、彼を観察してみるのはいいかもしれない」


「でも、だめだよ。魔女は先輩を好きにならないでね? 」


「どうかしら? 」


 ふふふとお互い小さく笑って、電話の着信を切った。
 そうするとヒカリの部屋の扉がノックされ、夕飯の時間になったことを母親が教えてくれた。ヒカリとして魔女は、母親や父親とも接するようになった。母親は相変わらず、ちょっと口うるさく、魔女と衝突していることはある。


 ヒカリだって、母との距離がわからないときは喧嘩があった。ヒカリは母が、ふと夜に泣いているのをみてしまい、母の悲しさを知ったことがある。それから、母は母だけれど、一人の人間だと気がついた。いままでは親だと思って、甘えすぎていた部分が自分のなかであったのだと思った。
 気が合わない部分もあるが、母との距離を少し離したら、付き合いやすくなった。そうするとむやみに喧嘩にはならずに、お互い距離をとることで、嫌な気持ちになる回数も減ってきた。家族であっても、べったりと仲良くはできない関係もあるのだ。ヒカリはその点、父とは距離は近くても安心だ。


 ヒカリにとっては二人の姉が、誰よりも仲が良い相手である。母との距離があっても、特にさびしくもない。家族だからみんながみんな仲良くするなんて無理なのだなと気がついた。母は不器用で、寂しがり屋ではあるとは思う。そういうところは魔女と似ているように思えて、少し可愛らしくも思うのだ。


 今度、魔女はどんな選択をするのだろう。そっと見守ることにした。



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