婚約破棄したら、人畜無害の(元)婚約者がいろいろ面倒くさい
3.待っていました、婚約破棄が叶う日を 3
「ソフィア、ココ、キキ!荷台を持ってきたぞ」
「「お父様!」」
一階のエントランスで、持って行くおもちゃの整理をしていたココとキキ。大好きなお父様の声を聞いて、玄関に現れた父に飛びついていった。ココとキキも、お父様が大好きなのである。それから母と叔父が現れた。荷台を持ってくるといった母は、今はドレスを着ていない。男装の麗人のように、すらっとした男性用の作業着を着ているのである。
母の美貌は、エレガントでありながらクール。そんな母が髪を一つに結い、作業着を着ている。母のことを知る貴族がいたら、嘆くに違いない。
だがソフィアは、そんな母の姿が凜々しくまぶしかった。新作のドレスについての構想が膨らむ一方である。
「お母様、そのお洋服の着心地はどう?」
「ああ、可愛らしいソフィア。今日もお父様にそっくりなこの綺麗な髪。ええ、さすがわたくしの娘だわ。最高に着心地がいいの。もうドレスなんて着られなくなりそうよ」
「お母様ったら大げさなのだから。でもお母様とっても素敵。女性もスカートはやめて、もっと動きやすい服を作っていいと思うの」
「フレーベル叔父様に相談してみなさい。フレーベルったら、事業を畳むのに、もう次の事業を考えているのですって」
「叔父さん働き過ぎだよ」
母・ビアンカと叔父のフレーベルは、昔はお似合いのカップルと言われた美男美女である。本人たちは父の取り合いで、一時は顔も合わせないほど関係は悪化したらしい。だが、ソフィアが生まれてから、フレーベル叔父さんはソフィアやココやキキを溺愛している。父からも溺愛されているが、フレーベル叔父さんの溺愛具合も相当なものである。
「ソフィア、ココ、キキ。君たちのお母様は、わたしには厳しいのだよ」
「だってフレーベル叔父さんって、仕事に夢中になると、ご飯とか全然食べなくなるじゃない?お父様がよく心配しているよ」
「フレデリック兄様が?そうなのか……食事など興味がないのだが。兄さんが言うなら改善しようか」
「もう、フレーベル叔父さん。何かあったらお父様が悲しむから、自分のことも大切にしてよ」
フレーベル叔父さんはワークホリックなのである。仕事に集中したら、ご飯を食べるのを忘れ、睡眠もとらなくなる。本人は趣味が仕事しかないと言っているから、フレーベル叔父さんの健康管理は、ほとんど父がしている。父は経営者であったが、実質経営を指示していたのはフレーベル叔父さんだった。父は叔父の補佐役が多かった。フレーベル叔父さんは、父はただ椅子に座っているだけで、意味があると言っていた。だが、そんな父もふらふらになっている叔父をみて心配になっていた。
今回事業をたたむことになったら、雇っていた従業員は、すべて事業売却先が雇ってくれた。つまり失業する人もいなかったのだ。
仕事はなくなったのだし、フレーベル叔父さんには休暇を存分に楽しんでもらいたいと思うのだが―――。
「お母様、荷物を分けていたのだけれど。処分するものもあって、それほど持って行くものが少ないの。荷物って案外いらないんだなと思ったわ」
「ええ、これからは装飾品も多くはいらないでしょうからね。わたくしもこういった生活は初めてだから、ワクワクするのよ」
「お母様、お祖父様とお祖母様から連絡あったと言っていたけれど大丈夫?」
「そうね。暮らしに困窮したら、いつでも帰ってきなさいだそうよ。わたしはフレデリック様のおそばから離れるつもりはないから、断ってしまったけれど。万が一一家が路頭に迷うことがあっても、実家が衣食住は提供してくれるから、ソフィアは何も心配することはないのよ」
「お母様、たくましい。素敵!」
「うふふ、そうよ。お母様にはフレデリック様がいる。ソフィアがいる、ココもキキもいる。無敵なのだから」
長年この社交界を牛耳っていた、農業王の男爵家。それがまさかの事業を廃業して、爵位を売ってしまうことになる。世間ではそれほどお金に困っているのかと、いわれのない噂や悪口をいう人もいるようだ。だが、家族は暗くはならない。新しい生活をみんなで楽しみにしていて、みんな楽しく過ごしている。
ソフィアは、貴族だからこそ我慢していることがたくさんあった。これからは、気軽に市場へ買い物に行けるし、出かけるときもお付きの人をつけなくていい。
自分の行動が、婚約者に影響をして、いろいろ婚約者の家からも言われなくてすむ。ソフィアは自由なのである。
「ソフィア、申し訳ない。お父さんが情けないから、生活に不便をかけてしまうよ」
母・ビアンカ、それに叔父・フレーベルは新しい生活を楽しそうに待ち望んでいる。それはソフィアも同じであって、キキやココも楽しそうにしている。ただ一人を除いては。そう父は、祖父の代から続いていた大事業を畳むことになり、ご先祖さまに対して申し訳ないという気持ちがあるようだ。
「お父様、先の生活の心配はありますけれど。みんな元気で、楽しく過ごすことが一番ですわ。誰かの命がとられたわけでもありませんし、わたしは全然不幸ではありません」
「だが、そのせいでオスカーとの婚約が破談になってしまって。お父さんは情けないよな」
「あら、これからは政略結婚よりも恋愛結婚を目指せるのは嬉しいです。だって、わたしはお母様とお父様みたく、好きな人と結婚したかったのですもの。家柄がよくても、結婚してから苦労するお話は、社交界で嫌と言うほど聞いていますわ。わたし、結婚だけが人生ではないとも思っていますの。叔父様みたく、働いて、家族と楽しく過ごす人もいるでしょう?わたしも結婚しなくてもいいと思っていますわ」
「うんうん、独身の気楽さもあるからね」
落ち込んでいるお父様に対して、率直な意見を言ったソフィアであったが、父はまだ落ち込んでいた。それを見かねたフレーベル叔父さんが話に入ってきた。絶賛独身を謳歌している叔父さんの話なら、お父様も聞くだろう。
「フレデリック兄様、これからは結婚をしなくてもいい自由もあるでしょう。わたしの知り合いには、オールドミスの方もいらっしゃいますよ。しっかり自立して生きていますから。そういう女性も、素敵な人ばかりです。事業としても、彼女たちの力を借りて成功していますから」
「そうなのか、フレーベル。わたしは世間にうといところがあるから。ソフィア、これから困ったときはフレーベルにいろいろなことを聞いてみなさい。ソフィアも、環境がかわって大変なことがあるだろうから」
「お父様こそ、あまり気に病まないでください。わたしお父様が笑顔でいるのが好きなんです」
「ああ、ソフィアは優しい子だな。そうだな、父様も悲しんでばかりではいられない。ビアンカと、ソフィアとココとキキ。みんなを支えるために、まずは職探しをしなくては」
「お父様、もう少し休暇をとられてはいかがですか。引っ越しもありますし」
「いや引っ越しは、ビアンカがやると言っていてね。父様はフレーベルと一緒に、新しい仕事場を見つけに明日から動くつもりだよ」
「じゃあ、わたしもお母様のお手伝いをしないと」
「ああ、よろしく頼むよ。ソフィア」
荷台に家具を積んで、何回か往復をすることになった。往復ができる距離に今度の住まいがあるのだ。今住んでいるのは、王都でも一等地。そこに広大な屋敷を構えていた。だが、その屋敷も売り払う。次に住むのは、叔父さんが持っていたプライベートハウスである。貴族は住んではいないが、裕福な商人や知識階級、役人が住まう閑静な場所である。どの家も、あたたかみがあり、過ごすには十分な大きさの家が並んでいた。
「新しいベッドと、新しい家具は……叔父様が明日頼んでくれたと言っていたし。今日はお夕飯の用意をしないと」
父と叔父は、叔父の仕事場兼住まいの家に行くことになった。叔父の家は、すぐ隣である。叔父もいくつか所有していた家をすべて売り払って、隣の家に引っ越してきた。
今日は、キキとココも引っ越しのお手伝いをがんばってくれた。母とソフィアは、二人でキッチンにたって料理をした。こんな小さなキッチンで、母と肩を寄せ合って料理をする。こんな経験も初めてであるソフィア。まだキッチンが使い慣れていないから、母もソフィアも手間取った。
調理器具もいろいろそろえなければならない。買っておいたパンをスライスして、チーズとハム。それと野菜たっぷりのスープを用意する。
簡単な夕ご飯。だがみんなで楽しく夕食を囲む。新しい家での生活が始まった。
「「お父様!」」
一階のエントランスで、持って行くおもちゃの整理をしていたココとキキ。大好きなお父様の声を聞いて、玄関に現れた父に飛びついていった。ココとキキも、お父様が大好きなのである。それから母と叔父が現れた。荷台を持ってくるといった母は、今はドレスを着ていない。男装の麗人のように、すらっとした男性用の作業着を着ているのである。
母の美貌は、エレガントでありながらクール。そんな母が髪を一つに結い、作業着を着ている。母のことを知る貴族がいたら、嘆くに違いない。
だがソフィアは、そんな母の姿が凜々しくまぶしかった。新作のドレスについての構想が膨らむ一方である。
「お母様、そのお洋服の着心地はどう?」
「ああ、可愛らしいソフィア。今日もお父様にそっくりなこの綺麗な髪。ええ、さすがわたくしの娘だわ。最高に着心地がいいの。もうドレスなんて着られなくなりそうよ」
「お母様ったら大げさなのだから。でもお母様とっても素敵。女性もスカートはやめて、もっと動きやすい服を作っていいと思うの」
「フレーベル叔父様に相談してみなさい。フレーベルったら、事業を畳むのに、もう次の事業を考えているのですって」
「叔父さん働き過ぎだよ」
母・ビアンカと叔父のフレーベルは、昔はお似合いのカップルと言われた美男美女である。本人たちは父の取り合いで、一時は顔も合わせないほど関係は悪化したらしい。だが、ソフィアが生まれてから、フレーベル叔父さんはソフィアやココやキキを溺愛している。父からも溺愛されているが、フレーベル叔父さんの溺愛具合も相当なものである。
「ソフィア、ココ、キキ。君たちのお母様は、わたしには厳しいのだよ」
「だってフレーベル叔父さんって、仕事に夢中になると、ご飯とか全然食べなくなるじゃない?お父様がよく心配しているよ」
「フレデリック兄様が?そうなのか……食事など興味がないのだが。兄さんが言うなら改善しようか」
「もう、フレーベル叔父さん。何かあったらお父様が悲しむから、自分のことも大切にしてよ」
フレーベル叔父さんはワークホリックなのである。仕事に集中したら、ご飯を食べるのを忘れ、睡眠もとらなくなる。本人は趣味が仕事しかないと言っているから、フレーベル叔父さんの健康管理は、ほとんど父がしている。父は経営者であったが、実質経営を指示していたのはフレーベル叔父さんだった。父は叔父の補佐役が多かった。フレーベル叔父さんは、父はただ椅子に座っているだけで、意味があると言っていた。だが、そんな父もふらふらになっている叔父をみて心配になっていた。
今回事業をたたむことになったら、雇っていた従業員は、すべて事業売却先が雇ってくれた。つまり失業する人もいなかったのだ。
仕事はなくなったのだし、フレーベル叔父さんには休暇を存分に楽しんでもらいたいと思うのだが―――。
「お母様、荷物を分けていたのだけれど。処分するものもあって、それほど持って行くものが少ないの。荷物って案外いらないんだなと思ったわ」
「ええ、これからは装飾品も多くはいらないでしょうからね。わたくしもこういった生活は初めてだから、ワクワクするのよ」
「お母様、お祖父様とお祖母様から連絡あったと言っていたけれど大丈夫?」
「そうね。暮らしに困窮したら、いつでも帰ってきなさいだそうよ。わたしはフレデリック様のおそばから離れるつもりはないから、断ってしまったけれど。万が一一家が路頭に迷うことがあっても、実家が衣食住は提供してくれるから、ソフィアは何も心配することはないのよ」
「お母様、たくましい。素敵!」
「うふふ、そうよ。お母様にはフレデリック様がいる。ソフィアがいる、ココもキキもいる。無敵なのだから」
長年この社交界を牛耳っていた、農業王の男爵家。それがまさかの事業を廃業して、爵位を売ってしまうことになる。世間ではそれほどお金に困っているのかと、いわれのない噂や悪口をいう人もいるようだ。だが、家族は暗くはならない。新しい生活をみんなで楽しみにしていて、みんな楽しく過ごしている。
ソフィアは、貴族だからこそ我慢していることがたくさんあった。これからは、気軽に市場へ買い物に行けるし、出かけるときもお付きの人をつけなくていい。
自分の行動が、婚約者に影響をして、いろいろ婚約者の家からも言われなくてすむ。ソフィアは自由なのである。
「ソフィア、申し訳ない。お父さんが情けないから、生活に不便をかけてしまうよ」
母・ビアンカ、それに叔父・フレーベルは新しい生活を楽しそうに待ち望んでいる。それはソフィアも同じであって、キキやココも楽しそうにしている。ただ一人を除いては。そう父は、祖父の代から続いていた大事業を畳むことになり、ご先祖さまに対して申し訳ないという気持ちがあるようだ。
「お父様、先の生活の心配はありますけれど。みんな元気で、楽しく過ごすことが一番ですわ。誰かの命がとられたわけでもありませんし、わたしは全然不幸ではありません」
「だが、そのせいでオスカーとの婚約が破談になってしまって。お父さんは情けないよな」
「あら、これからは政略結婚よりも恋愛結婚を目指せるのは嬉しいです。だって、わたしはお母様とお父様みたく、好きな人と結婚したかったのですもの。家柄がよくても、結婚してから苦労するお話は、社交界で嫌と言うほど聞いていますわ。わたし、結婚だけが人生ではないとも思っていますの。叔父様みたく、働いて、家族と楽しく過ごす人もいるでしょう?わたしも結婚しなくてもいいと思っていますわ」
「うんうん、独身の気楽さもあるからね」
落ち込んでいるお父様に対して、率直な意見を言ったソフィアであったが、父はまだ落ち込んでいた。それを見かねたフレーベル叔父さんが話に入ってきた。絶賛独身を謳歌している叔父さんの話なら、お父様も聞くだろう。
「フレデリック兄様、これからは結婚をしなくてもいい自由もあるでしょう。わたしの知り合いには、オールドミスの方もいらっしゃいますよ。しっかり自立して生きていますから。そういう女性も、素敵な人ばかりです。事業としても、彼女たちの力を借りて成功していますから」
「そうなのか、フレーベル。わたしは世間にうといところがあるから。ソフィア、これから困ったときはフレーベルにいろいろなことを聞いてみなさい。ソフィアも、環境がかわって大変なことがあるだろうから」
「お父様こそ、あまり気に病まないでください。わたしお父様が笑顔でいるのが好きなんです」
「ああ、ソフィアは優しい子だな。そうだな、父様も悲しんでばかりではいられない。ビアンカと、ソフィアとココとキキ。みんなを支えるために、まずは職探しをしなくては」
「お父様、もう少し休暇をとられてはいかがですか。引っ越しもありますし」
「いや引っ越しは、ビアンカがやると言っていてね。父様はフレーベルと一緒に、新しい仕事場を見つけに明日から動くつもりだよ」
「じゃあ、わたしもお母様のお手伝いをしないと」
「ああ、よろしく頼むよ。ソフィア」
荷台に家具を積んで、何回か往復をすることになった。往復ができる距離に今度の住まいがあるのだ。今住んでいるのは、王都でも一等地。そこに広大な屋敷を構えていた。だが、その屋敷も売り払う。次に住むのは、叔父さんが持っていたプライベートハウスである。貴族は住んではいないが、裕福な商人や知識階級、役人が住まう閑静な場所である。どの家も、あたたかみがあり、過ごすには十分な大きさの家が並んでいた。
「新しいベッドと、新しい家具は……叔父様が明日頼んでくれたと言っていたし。今日はお夕飯の用意をしないと」
父と叔父は、叔父の仕事場兼住まいの家に行くことになった。叔父の家は、すぐ隣である。叔父もいくつか所有していた家をすべて売り払って、隣の家に引っ越してきた。
今日は、キキとココも引っ越しのお手伝いをがんばってくれた。母とソフィアは、二人でキッチンにたって料理をした。こんな小さなキッチンで、母と肩を寄せ合って料理をする。こんな経験も初めてであるソフィア。まだキッチンが使い慣れていないから、母もソフィアも手間取った。
調理器具もいろいろそろえなければならない。買っておいたパンをスライスして、チーズとハム。それと野菜たっぷりのスープを用意する。
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