英雄は愛しい女神に跪く

シーチキンたいし

三大海業組合 『シーズ』と災難との遭遇



「昨日は、私の護衛が申し訳ありませんでした!」

朝、テントを出ると馬車の持ち主であろう商人が謝ってきた。どうやら、なくした食料に気付き、辛うじて残っていた携帯食料で賄おうとしたところ、護衛の冒険者が食料を持ってきたので、どこで手にいれたか聞き出して今に至るらしい。

俺は話す気がないので、そのまま横を素通りしたが、後ろにいた優理が対応した。

「構いません。失礼でしたけど、食料を渡したら大人しく引き下がってくれましたし」

「本当にすまない……」

「いつもあの冒険者を?」

「いえ、私はサーベストの身を置く者で、海運組合で働いております」

「海運組合…」

「ご存じないですか?サーベストには三大海業組合『シーズ』があります。そのうちの一つ、海で船を使った流通や運搬を取り扱うのが海運組合です」

サーベストには、3つの大組織がある。漁業を生業とし、街に海産物を卸す『漁業組合』。商品の流通や運搬、果ては人の移動まで船を使って行う仕事の全般を請け負う『海運組合』。そしてそれらの仕事で重要な船を作る仕事を受け持つ『造船組合』。

これら三つの大組織をまとめて、三大海業組合『シーズ』というのだ。

イーシュリン領内だけでなく、ルマニアン王国の全ての海に関する生業を纏めている。

「今回は王都のお役所に報告を兼ねて、建国祭を見て回っていたのです。そもそも、サーベストから出ることが少ないので、王都の冒険者事情も知らず…、言われるままにあの護衛をつけられたのです。Bランクと聞いていましたが、魔物が出たさいもどうも頼りない。それに私の知らないところで、他の方と問題を起こす。困ったものです。」

「B?それはねぇな」

そこで初めて俺が話に入った。

「王都の冒険者のなかには、貴族に気に入られて実力もねぇのに高ランクになってる奴がいる。あれはその口だろ」

「そ、そうなのですか?!」

「食料の件、対価を払えないなら譲らないと断ったら、王都で口利きしてやると言ってきた。そんな奴がまともか?」

「なるほど…。本当にご迷惑おかけしてすみません。教えていただいてありがとうございます」

ちょうど、サーベストに行くし、海業組合には興味があった。こいつをつれていけば話が早くなるのではと考えて、目線を向ける。

「あの、何か?」

「よし、サーベストまでもう少しだろ?俺達も一緒にいく」

「え?!良いのですか?こちらはとても助かりますが……」

護衛の冒険者を気にしているのだろう。確かに気に入らない奴等ではあるが、それは俺達にとってはなんの問題にもならない。

「大丈夫だ」

「こ、これは!Aランク!しかもカザリア支部の?!」

俺はギルドカードを提示した。それを見て、驚く男。慌てて自分も、身分証をみせた。そこには「海運組合 組合長 ダイト」と書かれていた。

「アンタが組合長だったのか」

「えぇ、サーベストではそれなりに顔が利きます。よければ、サーベストに着いたらお礼をさせてください」

「ちょっと待ってください」

話に割り込んで来たのは、昨日の護衛の冒険者達だった。

「そいつらも一緒ってどういうことよ!」

「報酬はどうなるのよ!」

後ろの女達が何やら喚いているが、今気にするところはそこか?冒険者ならもっと大事なことがあるだろ。

コイツらは昨日も今日も、俺達の身分証を確認もしてない。盗賊だったらどうするんだよ。そして、今の言い方じゃ、一緒に行く事が確定している。その前に警戒しろ。

「ダイトさん、彼等も一緒となると……僕たちだけでは護衛の手が足りませんよ?」

おいおい、コイツら本当に冒険者か?

昨日は冒険者扱い、今度は民間人扱い。こんなバカが俺達を護衛?寝言は寝て言え。

バカすぎて、笑いが出そうだ。

「……彼等の身分証を確認しました。信頼できます。それに護衛ならあなた達より彼等の方が出来ますよ。Aランク冒険者ですから」

「Aッ?!」

「え!うちらより上!?」

「嘘よ!」

今度は嘘つき呼ばわりか。

「本当です。きちんとギルドカードも確認させてもらいましたから。心配なさらなくとも、報酬は提示した分きちんと払いますよ」

「ッ!」

「おい、行くのか?行かねぇのか?俺達は今日中にはサーベストに着きたいんだが?」

「すみません!今馬車を出します」

俺達は馬車の荷台へさっさと移動した。その後に続くように護衛の冒険者達が乗った。

勿論、俺を睨みながら。













その後の道中は、それなりに平和だった。うざったい奴等さえ居なければなお良かったが。

魔物との遭遇戦もそれなりにあったが、優理のスキル『完全感知』の前では、バレバレで予期せぬ不運エンカウントとはならない。

適当に討伐したりしていると、調子に乗った護衛のリーダー、ウィルとか呼ばれてた奴が優理にだけ話しかけてくる。パーティーメンバーが女二人と言うことは、こいつもしかして…あわよくばって考えてるんじゃないだろうな?

よし、殺そう!

思考が物騒な方へシフトしかけたとき、優理が俺に寄りかかってきた。

どこか呆れたような、疲れたような顔の優理。こいつの相手が面倒になったか。

「ふ、二人はパーティーなのかな?」

俺達を見て、男が話しかけてきた。

「パーティーというより、もっと大事な人ですよ。家族であり、友人であり、恋人であり、半身。私の最も愛する人です」

「ッ!」

当たり前のように断言する優理を見て、男が嫉妬のこもった目で俺を睨みつけた。お門違いだ。

なんだ、やっぱりコイツ、優理を口説こうとしてたのか。

優理はいい女だ。俺にとっては極上の、これ以上のないたった一人の女。周りが優理を放っておかないのも分かる。だが、それを許す俺ではない。

「あぁ、俺も愛してるよ」

「十夜!」

まるで三流喜劇のようなやりとりだが、どんな言葉でも、優理への気持ちを繕うことなど出来ない。それほどまでにお互い依存している。

他の男が入る余地など、何処にもない。

「ちょっと、顔がいいからって調子に乗らないでよね!」

「余所でやってよ!」

イライラしたようすの女達。それに反応などするわけもなく、完全に無視を決め込んでいると、優理が俺の服の裾を引っ張った。

(十夜、魔物が来てるよ?結構レベルも高いし、ここら辺では見ないやつ)

(どこだ?)

(もうすぐ十夜の探知県内にも入るよ)

(……ホントだな)

俺がやったアーティファクトのイヤリングから念話で話しかけてきた優理。このイヤリング型のアーティファクトは、俺の持つスキル『念話』を応用して作った通話用のアーティファクトだ。

何処にいようともあらゆる場所でも、盗聴も妨害もされることなく通話可能だ。

「おい、馬車を止めろ」

「どうかなさいましたか?」

「魔物だ。こっちに向かってきている」

「わ、わかりました!」

「ちょっと待て!魔物なら、このまま馬車を飛ばして、サーベストに駆け込めばいいんじゃないか?何故馬車を止めるんだ!」

また馬鹿がなにか喚いているが、ダイトは俺の言葉に従って馬車を止めた。

大体、サーベストに駆け込んでどうする?突然魔物を引き連れて馬車が駆け込んだって、門の前で止められるだけで、門を守護する憲兵に無駄な負担をかけるだけだ。悪ければ、魔物を誘引した罪に問われる可能性だってある。

「だったらお前一人で逃げろよ。お前と押し問答している暇はない」

「ッ!なんだと!」

「ほら、来たぞ」

グオオオオオオオッ!!!

雄叫びを上げながら、こちらに一心不乱に走ってきている魔物を目視した。

「へぇ、ワイバーンか…」

「え、Aランクモンスターッ!」

ワイバーン。空を飛ぶ蜥蜴だ。揶揄でも何でもなく種族がそうなのだ。見た目はドラゴンの様だが、本質は全くことなる。

ドラゴンはドラゴン、龍種と言う種に分類され、ワイバーンは有鱗種という種になる。つまり純粋な龍種とは違い、魔物の毛が、毛じゃなく鱗であるようになっただけの種族とでは自力が違う。

それでも、巨体に飛行能力があり、ドラゴン並みとはいかなくとも、固い鱗におおわれたワイバーンはそれなりの脅威である。

そもそも、戦闘種族のようなドラゴンとは違い、ワイバーンは比較的温厚な魔物だ。暴れれば脅威とはなるが、本来温厚なワイバーンは何か理由がなければ、人を襲うことがない。しかも、この馬車めがけて真っ直ぐ突っ込んでくるなど有り得ない。

まぁそれも、この中の誰かがワイバーンにちょっかいをかけていなければの話だが。

「き、昨日の!」

「ちょっとウィルッ!!あいつ死んでなかったの?!」

「しぶといわね!!」

「昨日…?」

「は、はい、昨日も魔物に襲われたと話したでしょう?それが、このワイバーンなのです!」

どうやら、昨日ダイトの馬車を襲ったのは、このワイバーンらしい。よく見ると、所々傷が目立つ。

「ワイバーンは本来温厚な魔物だ。何かしたのか?」

「とんでもない!ワイバーンが温厚なのは誰もが知っています!好んでAランクのモンスターに襲われたい人などいますか!」

「なら……」

どうもこのワイバーン、馬車を追ってはきたが、俺や優理、ダイトには目もくれず、護衛の冒険者達を執拗に襲っている。

まさか、この馬鹿達がなにかしたのか?

「おい、襲われてるのはお前らだけだぞ!お前ら何かしたのか?」

「し、知らない!」

はい、嘘確定。

俺のスキル『完全看破』の前には、嘘も偽装も通用しない。

「ちょっと!アンタAランク冒険者なんでしょ!うち等を助けなさいよ!」

「そ、そうよ!ギルドに言い付けるわよ!」

「死人に口なしってわかるか?別に俺は困らない。そもそも、俺にお前らを守る義務なんかねぇ」

「くそッ!」

「もう!ウィル!どうするの?!」

「アアァ!返してやるよ!さっさと俺の前から失せろ蜥蜴!!!」

そう言うと男が、懐からマジックポーチを取り出し、中から何か取り出してワイバーンに向かって投げつけた。

投げられたのはバスケットボールほどの丸い何か。

「卵か?!」

アイツら卵をワイバーンから奪ったのか!?子育て中の魔物に手を出すとか馬鹿すぎるだろ!

男はその後も卵を続けて二個投げた。合計三個のワイバーンの卵を巣から持ち出したのだろう。そりゃワイバーンも怒るわ。

このままでは地面に落ちて割れてしまう。

ワイバーンも必死で卵を受け止めようとするが、冒険者達から受けた傷のせいでフラフラだ。間に合わない。

「優理!」

「任せて!」

優理が直ぐ、魔法を使う。俺も使えるが、攻撃に特化した魔法ばかりなので、俺では卵を割ってしまう。スキルを持つ優理なら何とか出きるだろう。

優理は卵の落下地点に水属性で水を生み出し、風魔法で、落下の威力を弱めた。卵を割らない繊細な魔力操作で、なんとか卵をキャッチした。

さすがだ。さて、俺は俺の出きることをするか。

拘束バインド

「きゃ!何?!」

「う、動けない!」

「逃げるなよ卵泥棒」

「くっ!!」

卵を投げつけて逃亡しようとした護衛の冒険者を俺は魔法で捕らえた。



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