英雄は愛しい女神に跪く
王都に向けて 盗賊襲撃
何だかんだ、依頼をこなして早1ヶ月。
遂に王都に向けて出発する日が来た。北門に向かうと、そこには既に伯爵家の馬車が待っていた。
「やぁ、トーヤ君。これから王都までよろしくね」
「……あぁ」
大層な馬車。この世界の街道なら、盗賊に襲ってくださいと言ってるものだな。
回りを見ると、全く執事には見えない体格の男もいる。本当に大丈夫だろうか?
「紹介するよ、執事服を着ている彼らは私が良く依頼をする冒険者パーティーでね。Aランクパーティー『狩人の鉄剣』だよ」
「俺はリーダーのトラビスだ。よろしくな!」
トラビスと名乗った男は見たことがある。
似合わない執事服を着て、1ヶ月前俺を案内した不躾な冒険者だ。
「お前も鑑定持ちか。次にやったら殺す」
「怖いな、気を付けるよ。つーか、俺達お前らの先輩なんだけど?」
「敬ってほしければ、相応の態度を示せ」
「十夜ぁ!もぉ!ケンカ売らない!」
「……優理に感謝するんだな」
優理に窘められ、俺は挑発するのをやめた。
「すみません。お仕事はちゃんとやりますので」
「いやいや、後輩のミスは笑って許すのがいい先輩ってやつだ」
優理は不貞腐れている俺をよそに、トラビスという男に謝った。
軽く笑って流してはいるが、実のところトラビスは十夜を恐れている。
鑑定を弾かれたのもそうだが、十夜から発せられている雰囲気は重く存在感があり、殺気は足が震えて立っていられなくなりそうなほど強烈だ。ただの新人冒険者ではないと、本能が告げていた。
トラビスも伊達にAランクにまでなったわけじゃない。こういう危険察知は冒険者にとって不可欠な要素だ。そんなトラビスの危険察知が警報を上げていたからだ。この男は危険だと。
だから、なるべく刺激しないように努めていたのだ。
「一ついい忘れていた。優理に手を出したらどうなるかわかってるだろうな?」
「十夜!」
「……フン」
一発触発の雰囲気を出したのは、このトラビスとかいう男は身の程をわきまえているが、他の冒険者達は不快感を露にしている。 
「さぁ、ケンカしないで仲良くね?そろそろ出発するんだから」
 
伯爵が仲裁に入り、出発することとなった。
馬車が出発すると、景色はゆっくりと移り変わっていく。俺達にとっては、カザリア以外の大きな街に行くのは初めてだ。
王都と言うくらいだ。きっとカザリアよりすごいのだろう。
「楽しみだねぇ十夜」
「あぁ」
「ホントにそこでいいのかい?」
「かまわん」
「そ、そうかい?」
伯爵は心配そうに聞いてくるが何も問題はない。その理由は、俺も優理も馬車の上を陣取っていたからだ。
主発前に優理を抱えて馬車に飛び乗り、優理に膝枕をしてもらいながら優雅に寝そべっていた。当然、あのうるさい騎士に叫ばれたが無視。冒険者達の嫌悪の目も無視。そのまま出発した。
勿論、風魔法で結界を張っているので、摩擦もなく馬車に優しい。そして俺達は快適だ。
「十夜、思い出すねー?二人でサバイバルしてたときみたい」
「どっちのだ?」
「んー…あっちでの」
「……そうだな」
あっちでは、アイツ等にぶち壊される前は、いつもこうして優理と何気ない緩やかな時間を過ごしていた。
ずっとこんな日常が続けばいい。いや、続かせる。何がなんでも、どんな手を使ってでも。
「で?どうだ優理」
「んー…多いねぇ。なんか偵察っぽいのが待ち伏せの人たちと合流したっぽい。あっちの森のなかで待ち伏せてるよ?」
「そうか」
「教えなくていいの?」
「しなくても変わらないだろ」
「いや、報告してよ」
馬車から顔を出したラクス伯爵が突っ込んだ。どうやら盗み聞きしていたらしい。
わかっていたけどな。
「盗み聞きとはいい度胸だな」
「ごめんね…ってそうじゃなくて、ちゃんと報告してよ?大事なことは」
「大事か?」
「大事でしょ!」
ツッコミご苦労様だな。
「にしても、彼女すごいね。森までまだ距離があるのに」
「優理なら当たり前だ」
そう言うと、優理は恥ずかしそうに笑った。
「さて、行くか」
「うん、行ってらっしゃい」
「え!?行ってらっしゃいって?!」
俺は伯爵の話を聞く前に、起き上がって馬車から飛び降りた。
走り去る俺はものの数秒で馬車からは見えなくなった。
「えぇー……」
「きっとすぐ帰ってかるから大丈夫ですよ」
「いや、そう言うことじゃなくてね…」
伯爵は唖然とした。
十夜はとても優しい。ただそれには「優理には」がつく。十夜にとって優理だけが、彼の世界を形作っているのだ。
だからこそ、優理はこの世界でなら十夜を自由にさせてあげられると考えていた。しかし、その自由は十夜にとって意味が違っていた。それを優理は幸せな気持ちになりながら享受していた。
長い間、十夜との時間を過ごしてきた優理だからこそ、彼の少ない言葉で、だいたいのことは理解できてしまう。
「君は……随分彼を信頼してるんだね」
「えぇ、付き合いは長いですから」
こうして離れていても、十夜は守ってくれる。どんなことがあろうと、十夜は守ろうとしてくれる。
でも、もう守られるだけじゃない。
この世界にきて、ようやく守るための力を手に入れたのだから。
「このまま進んで構いません。十夜に追い付く頃には終わってますから。」
その頃俺は森のなかを疾走していた。
ここまでこれば俺でもわかる。100人規模の盗賊が森のなかで息を潜めている。だが、俺達にとってはお粗末なものだ。
盗賊からも目につきやすい場所で止まった。
「おい、いるんだろ?盗賊ども」
森の中から返事が帰ってくることはなかった。
「知ってると思うが俺は、伯爵に雇われた冒険者でな。お前らは全員死ぬか捕まるかだ」
一人言のように俺は続けた。
「でも、俺はそこら辺のやつと違って優しくなくてな。捕まえらより殺す方が得意なんだ。大人しく出て来てもらえると楽なんだがな?」
ビュっと空を切って飛んできた矢を見もせず片手で掴んだ。盗賊にしては上等な弓と矢だが、俺には通用しない。
こんなもので俺を殺れると思っているのか?
盗賊達は俺がやったことに驚いているようだが、こんなもの序の口だ。
「これは、返答ととってもいいよな?」
その言葉と共に、蹂躙が始まった。
地面を蹴ると一瞬のうちに盗賊の目の前まで行き、首を撥ね飛ばす。
「まず一つ」
「う、うわぁぁぁ!この野郎!!!」
襲ってきた盗賊を次々に屠っていく。 
俺に斬り飛ばされ、どんどん数が減っていく。次々に仲間が死んでいき、俺に恐れをなした盗賊達の生き残りは逃げ帰るようにして走っていく。
「あぁ、逃げていいぜ?もっとでかい獲物のところまで」
俺はバレないように隠密で盗賊達の後を追った。
暫くして、大きな洞窟のような場所に出た。どうやらここが盗賊の塒らしい。
「お、お頭ぁぁぁ!!」
「なんだぁ?お前、馬車を襲う班だったろ?何でこんなところにいやがる?」
「た、大変だ!ほとんど殺られちまった!」
「伯爵の護衛騎士に冒険者の二人組だけなんだぞ!逃げ帰って来たのか?!この役立たずが!!!」
お頭と呼ばれた男は、始めに報告した部下を斬り殺した。
「ヒッ!ち、違うんだ!」
「あぁ?何が違うんだぁ?」
「お、俺達は伯爵の雇った冒険者の男にやられたんだ!アイツは化け物だ!!たった一人にほとんど殺られちまった!」
「化け物とは酷いな」
「誰だ?!」
俺は盗賊の前に姿を表す。
俺を見ていた何人かは、「割に合わねぇ!俺は抜ける!」といって逃げていく。
だが問題ない。例えここで俺が見失っても、優理の索敵からは逃れられないのだから。後でどうとでもなる。
「てめぇ、何者だ?」
「伯爵の雇った冒険者だ」
「冒険者?伯爵が雇ったのは男女二人組の冒険者…てめぇがその一人ってか?」
「そうだ。悪いがお前らに選択肢はないぞ」
「俺達も危ない橋を渡って受けた仕事だ。てめぇみたいな餓鬼に邪魔されるわけにはいかねぇ!」
そう言うと、持っていた武器で襲いかかってきた。
さすが盗賊団の頭。そこら辺の雑魚とは違い、そこそこなスキルを持っているようだ。体捌きも様になっている。鑑定すれば、『身体強化』と『剣術』のスキルをもっていた。
俺はそれを軽々と避けながら観察した。
男のステータスには、他にも『見切り』『危険察知』『斬擊』のスキルを持っていた。レベルは低いものの、これだけのスキルがあれば中堅冒険者でもやっていける。
盗賊なのが不思議なくらいだ。
「ほぉ?なかなかスジがいい。だが相手が悪かったな」
せめてもの情けで、首を切り落とし苦しませずに殺した。
「見た目で判断しない方がいい」
きっと、何が起こったのかすら分からないまま逝っただろう。
その後の戦闘は、特に手こずることもなく、言わば作業のように殺した。わざと逃がした数名を除き、盗賊団は壊滅した。
盗賊団の塒だった洞窟を探査すると、いくつかの部屋があった。
ほとんどが寝床だったが、奥には戦利品を置いていた部屋があった。かなりのものが置かれていた。これだけあれば一財産だなと思うくらいには。
金と宝石や武器などがほとんどだったが、香辛料や食料などもあったし、何点か魔道具もあった。
予定通りこの7割は俺達のものになるのだ。
他にもないか探査すると、隠し扉のようなものを発見した。完全看破のスキルで調べれば、ここだけ罠が仕掛けられていた。
「この部屋には罠を張っていなかったのに、この扉だけか……なにかあるな」
俺は迷うことなく扉を開けて、飛んできた罠の魔法や弓矢を正面から吹き飛ばした。
中には戦利品置き場に置いてあったものとは比べ物にならないほどの魔道具が数点と、質素な鍵付きの箱があった。
錠を壊して中を開けると、羊皮紙が何枚か入っていた。
「そうか……この世界に紙はまだないのか。何々?依頼書か?」
羊皮紙に書かれていたのは、これを書いた者には他に知られれば色々マズイ内容だろう。
金や武器を援助したこと、今回のクーベルト伯爵の襲撃依頼などだ。
おそらくあの盗賊団の頭が、保険の意味で保管していたのだろう。
「これはいい土産だ」
俺は魔道具を自分のイベントリに収納して、隠し扉のあった部屋を地属性魔法で埋めた。
「この書類と交換でいいな」
と、くすねた事を正当化した。
(……優理にバレたら怒られるかも知れんがな。)
俺は後から来るであろう優理達を待つため、洞窟の前で座って待つことにした。
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