crew to o'linthart (VRMMO作品)
9話. ダスト砂漠 / 001. グスタフ領
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【パーヴェル領・南部・南領門前】
その後、猫耳をピンと立てながら怒るシズルにうちの騎士と双剣士様は仲良く二人でごめんなさいをして、全員分のジュース代を払うことで許してもらえた。
酒場をあとにしたパーティー一同はダスト砂漠に向かうため、領土の南にある領門に移動した。
「レコード誰にする?」
全員の準備が整って、出発する雰囲気になったところでソラがパーティメンバーの注意を集めた。
レコード者はいわゆる(記録係)のようなもので、マップの開拓をパーティーで行動するさいには必ず一人がその役を担わないと行けない。
ソロでプレイしている時には、知らない場所やまだ未踏のエリアに侵入するとシステムタブ内のマッピング機能が勝手にマップに新しい情報を記録してマップを更新してくれるのだが、
パーティーで行動する場合は、一つのマップを全員で共有する事になっているため、メンバーの一人だけがマッピングの機能を発動させることが出来るシステムになっている。
便利な点はというと、
パーティー全員でマップを共有しているので全員が揃っていなくてもマッピング役の人さえINしていればその人が行動してマップを更新すると、ログアウト中の他のパーティーメンバー全員のマップも更新する事が出来る点だ。
そんな訳で必然とIN率が1番高い俺がレコード役になる。
「まあ、異論はないよな」
全員が文句なしに了解をすると、まだ俺が引き籠もりゲーマーだって知らないはずのユイナさんとアルナまでもがうんと答えた。
レコード役の申請を承認すると俺の視界の右上の端っこに【RECORD】という黒枠に赤い文字が現れた。
申請完了を確認したリーダーが「それじゃ」と言って俺達はパーヴェルの領門を抜けた。
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【ダスト砂漠北部・パーヴェル領外周】
雲一つない透き通るような星空に、広大な荒涼たる砂の海が広がっている。昼間に吸収した太陽の熱を放出しているため蒸し暑いうえに時折肌にあたってくる夜の冷気が合わさって気持ち悪い。
辺りには、ゴツゴツとした岩やいかにも砂漠にありそうな刺々しい植物がちらほら視界に入る。
領門を出てから30分、
振り返ればパーヴェル領の堂々とした石造門がまだ遠くの方でそびえ立っているのが見える。
先ほどマップ確認をしたが、今自分たちはオープン公開されてる一般マップのダスト砂漠のほんの片隅にしかいないのだと分かってから、一気に士気を失いそうになる俺とは裏腹に他のメンバー達は元気いっぱいだ。
情報が正しければダスト砂漠をずっと南の方に下って行くと噂になっている人工物の建物を目にすることができるはずだ
「30分歩いてこれかあ」
「パーヴェルからフリストヴォールまでは確か2、3時間かかるからそれと同等かあるいは…」
「それ以上になりそうだな」
男性陣は距離の話や予測などで盛り上がっていた。女性陣はというと
「アルナちゃん、もう行くよ?」
「・・・あとすこし・・アルナ・・これ好き・・ティアも欲しぃ?」
「アルナさんもうみんな先に行っちゃいますよー」
「この子は学校でもこうなんだよねえ」
珍しい物や、気になるものが目に入るたびに立ち止まるアルナに手を焼いていた。やれやれとその様子を見ながらソラは呟く。
「まだ領の外周なだけあって、出てくるモンスターはみんな大人しいな」
「全然タゲにされないし、体力温存も兼ねてここは基本スルーだろうね」
トカゲを模した二足歩行のモンスター達があたりを徘徊しているが、イナトの言うとおり、こちらに攻撃してくる様子は今のところまったく無い。
もちろんターゲット範囲まで近づけばタゲにされて、攻撃を仕掛けてくることには変わりないが。
モンスターの中にはターゲット範囲がやたらと広く設定されている奴らがいて、距離が何十メートル離れていてもこちらに気づき襲いかかってくる。そういうモンスターは基本ダンジョンの最奥地やボス部屋前にしか現れないのだが、ごく希にフィールドボスとして配置されていることもあるので気を抜けない。
そういう個体にボス級の強敵ってのがRPGの鉄則だからだ
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「にしても、拠点がないんじゃなあー」
「確かに。この様子じゃあ長時間IN出来る日じゃないと、フィールドの開拓は難しそうだね」
一般のMMORPGの多くでは、拠点などの安全圏内以外でのログアウト、つまりモンスターや敵が潜むフィールドでログアウトした場合、次回のログイン時に多少のペナルティーは課せられるものの、ログアウトをした場所に召喚されるのが一般的。
だが、クヲーレではそれが出来ない。
ゲームやめるためにはわざわざ安全圏内に移動しなきゃいけない、面倒なルールがあるからだ。これに関してはユーザの間で賛否両論があり、設定を廃止した方がいいのか、それともこのままでいくのかと運営も悩んでいるとの噂だ。
仮に今俺が安全圏内外の場所であるここでログアウトしたらどうなるのか?
もちろん出来なくはない。
というか、プレイヤーが好きな時にゲームからログアウト出来ないようなゲームだったら、それはそれで大きな問題になる。そんな事があったりしたら一時的にとはいえ、人間の意識がゲーム内に囚われてる状態のこのゲームは特に運営するにあたって非常にまずい問題になりかねない。
なので、
ログアウト出来なくはないのだが問題は【DEAD】扱いにされるところだ。安全圏内外でログアウトしたペナルティーとして、所持ガレルの半分を失い最後に立ち寄った領土まで『強制帰還』させられてしまう。
なので余程の急ぎの用が無ければ、ほとんどのプレイヤーは安全圏内まで足を運んでからログアウトしている。
そういう足枷もあってクヲーレのフィールド開拓は本当に苦労を強いられる
なぜこんな面倒な設定があるのかというと、マッピングの面白さとやりこみ度を下げないためだと俺は思っている。
好きな時にやめられてそして好きな時にまたその場所でやり直せるようじゃ、フィールド攻略は簡単な物になり、さらにエリアの開拓もどんどん進み、ゲームの面白さ自体が下がってしまう。それを踏まえた上でこの設定が未だに廃止されていないのだろう。
もちろん運営だって鬼ではない、フィールドやダンジョンには小さな町や宿屋などが設定されていて、必要ガレルさえ払えばそこを一時的な拠点にすることができる。
と、まあ残念ながらダスト砂漠ではまだ民家のひとつも見つかっていないのが現状なのだが―――
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「まず拠点を見つけることからだな」
「そうだね、グスタフ領が見つかってから一ヶ月以上経ってるけど、いまだに一つも見つかっていないってのが少し気になる」
「気になる?」
「そっか、ティアはエリア開拓初めてなんだっけ?」
先日読んだ雑誌にも書いてあったように、プレイヤーの中には二日間も連続でコネクトしている強者がいて、エリアを開拓してマップを新しく広げたり、ボスモンスターの攻略方法を懸命に探ってくれたりしてくれる。そういう人達のおかげで新エリアのダンジョンやフィールドの安全地帯は、長くても1週間や2週間で見つかり、一般プレイヤーも知ることができる。
しかしダスト砂漠に関しては、砂漠のフィールドが見つかって以来まだ一度も安全地帯が見つかったという情報はない。ただ単に、みんな砂漠での探索がしんどくてあまり進んでいないのか、それとも見つかってはいるが、見つけた者が情報を流してないだけなのか。
どちらにせよ、こんなに攻略に時間が掛かってしまっているフィールドはここが初めてなのは間違いないはずだ。
「確かにここを何時間も探索するのは、なかなかの根性がいるだろうな」
「だから言っただろ?後悔するって」
「イナトくんなんだっけ?探索をしようって言い出したの?」
「私は楽しいですよ?みんなでこうして冒険するの」
まあ、俺もそうなんだけどなあ・・砂漠じゃなければと内心で思いつつあたりを見渡した。
相変わらず、視界に映るのはどこまでも広がっている砂の海と所々にある様々な形をした大きさが3階建てのビルほどある岩石の山だけだ。
少し離れた場所には、サボテンの様な植物に顔を近づけようとしているアルナとそれを止めようとするティアがいた。
「なあ…クラウン」
しばらくティアとアルナを見ていると、横にいたイナトが俺の肩を叩きながら言った。なに?と返し、イナトが見ている方に視線を向けた。
「……なんだよ…あれ」
岩石?いや、違う。あれは岩石とかではない。
遠すぎてよく見えないが大きさはそこらへんにある巨大な岩並かそれ以上はある。ただ違うのは
「クラウンくん、あの岩なんですけど」
いつの間にか俺をクラウンくんと呼ぶユイナさんも気づいたらしい
「わかってる・・・」
「動いて・・いや、移動してるな」
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ここからじゃ良くは見えないけれど、間違いなく移動している。大きさはこの距離から見ても移動しているのが分かるくらいだから、とてつもなく大きいのであろう。
その正体不明の物は確かなスピードで砂漠を横断していた。
「やべえ…すげえ気になる」
まさに俺が心の中で思っていたことをイナトが言ってくれた
「なんだろうな…あれ」
俺たちが何かを見つけたのに気づき、ソラとシズルもその移動する物体を見つめていた
「だめだ、全然見えねえ」
「ダッシュで追っても、あのスピードじゃあ追いつかないだろうしね」
「はあ~、視力のパラメーター上げとくんだったなあー」
頭を掻きながら、イナトが悔しそうに言った。クヲーレ内のアバターステータスは、細かい部分までカスタマイズすることが可能で、プレイヤーの反応速度の様な脳内の思考速度とは関係の無いものなら基本、レベルを上げることによって能力値を上げることができる。そのうちの一つが、視力や聴力などの五感だ
接近戦のイナトやソラ達にはあまり必要のないスキルなので前衛組は初期値のままのはずだ。
俺は索敵スキルやターゲット距離を上げるために、多少はステータスを上げているが何キロも先となるとさすがに厳しいものだ。精々イナト達よりは少しだけ遠くまで見える程度
「無理だ、俺もシルエットらしきものが見えるのが限界」
俺がそう言うとイナトが残念そうにした。
「・・・・・へび・・」
「え?」
いつの間にか俺とイナトの間にアルナが立っていた。こころなしかフードがいつもより少しだけ捲られている気がしたがそんな事より、いまなんて言ったんだ?
「アルナちゃん見えるの?」
猫耳をパタパタ動かしながらシズルがアルナのフードを覗き込む。
「・・蛇・・・おっきい・・蛇・・動いてる・・・」
「蛇?あれが!?」
アルナの言葉に驚いてるイナトを横目に俺の視界にちらっとパーティーのメンバー覧が映った。
「そっか、アルナはアーチャーだからか!視力ステータスは近距離組の倍以上はあるはずだ」
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「なるほど、すげえなアルナ」
「へ、蛇っ!?」
俺の言葉に納得したイナトは、もう一度その大蛇がいる方向を見ながら何か考えている様な仕草をしてみせた。一方、爬虫類が苦手なティアはおどおどしながらユイナさんの側まで行き、ユイナさんの手を握った。
「あの大きさからして、フィールドボスか何かだろうね」
「間違いないな」
「出来れば出会いたくないわーあんなの」
俺の言葉にうんうんと首を懸命に縦に振るティア
「バカ、もったいないなくね!?あれ絶対レアなフィールドボスだって!まだ情報とかにないしレアなアイテムとかくれそうじゃん?」
「俺もイナトに賛成かな。大蛇型のボスモンスターなんて今のところ、出現したなんて記録は無いしね」
「倒したりしたら…俺たち有名人になるんじゃね?!」
「うわぁ…あたしも蛇苦手かも」
「・・・蛇・・ニョロニョロ・・」
大蛇型のボスは確かに珍しい。
クヲーレがサービス開始してから約1年が経とうとしているが、まだそのようなモンスターを見たなんて情報は確かにない。アルナを信じてないわけではないが、もしあれが本当に大蛇型のフィールドボスなら近くで見てみたい気持ちは俺にもある。
「戦えるか云々は、またあれに出会えるかにもよるけどな」
「情報に無い以上、珍しいモンスターだろうしそうそう会えるもんじゃないだろうね」
そう言ってから俺は、砂の海を這うようにして移動する大蛇のシルエットを見つめ、その影が遠くに消えていくのを確認するまで見つめていた。
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「消えちゃったな」
「まあ、発見しただけでもすごいと思うよ?掲示板に情報を載せたら、報酬で何かもらえるんじゃない?」
「そうかもね、でもスクリーンショット撮ってないし、信憑性に欠けるってことで却下されそうだ」
肩を少し竦めながら残念とイナトが言った。そう言うけど、イナトだって情報屋のように報酬が目的じゃないことくらい俺だって分かっている。あくまで戦えなかった事が悔しいのだろう。この戦闘民族め。心の中でそんな冗談を言っているとシズルが冷めた目で俺を見つめた
「なにか?」
「別にー?何ゴンボールだよーなんて思ってないよ?」
人の心の中を勝手に読まないでください。
ジト目で見つめてくるキトゥン族の少女から目をそらし、誤魔化すように俺は前の方でイナトと話をしているソラに話しかけた。
「時間も時間だしそろそろ行くか?」
「そうだね、これ以上遊んでたらこいつが明日遅刻しかねない」
隣のイナトを指で指しながらソラが答える
「そっちも大変だけど、こっちには眠り姫がいるしな」
片方の頬を膨らませながらティアがそっぽを向いた。イナトも朝練で遅刻しそうだけど、俺は学校自体を寝坊で遅刻しかねないティアのが心配だ。
「そうですね、私もアルナちゃんもそろそろ親に怒られてしまいそうです」
「アルナも・・・眠い・・少しだけ・・眠たい・・すこし」
「とりあえずここからだとグスタフ領の方が近いだろうから今日はそこでログアウトしよっか」
ソラの意見に全員が賛成し、ここら20分ほどの距離にあるグスタフ領を目指すことにした。
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【グスタフ領・傭兵区・東門前】
薄暗い白のゴツゴツとした一個の大きさが人一人分のレンガで造られたグスタフ領の領門は、パーヴェルの巨大な領門に比べたら威厳さには欠けるが、それでも堂々としていて厳かさを備わっている。領門前には重装な鎧を身にまとった屈強さが滲む二人の門番が立っている。
「傭兵区の市街で適当な宿屋を探してくるからちょっと待ってて」
ソラに了解と言って、俺達は領内に足を踏み入れた。
西洋風のお店や住宅の窓から漏れる光で幻想的な雰囲気になった夜の街は様々な武装をした兵士達で溢れている
その大半がNPC(ノンプレイヤーキャラクター)なのは確かだが高いクオリティーを誇るクヲーレのNPC【AI】達は行動や言語だけじゃ本物人間が操っているプレイヤーと区別がつかないほどに人間らしさがある。
区別の仕方は、近づいた時に頭上に名前などのステータスがポップするかしないかくらいだ。NPC達は基本こちらから話をかけないとキャラクター名が現れない仕組みになっている
「すごい街ですね」
「あれ?ユイナ達グスタフ領初めて来たの?」
「はいっ、領土については耳にしていたんですけど来るのは初めてです」
目をキラキラとさせながら街中を見渡すユイナさん。
「今日はもう遅いから、案内することは出来ないけど、次回来た時にでもゆっくりと散歩がてらに案内するよ」
「本当ですか!ありがとうございますっ」
イナトとユイナさんの会話を聞きながら俺も夜の街を見ていた。確かにたくさんの兵士達で溢れる街ではあるが、もう夜中にも近い時間帯になるのにまだ外にこんな多くのNPCがいるのはおかしい気がする。
俺の気のせいなのかもしれないけど。
「どうしたの?」
俺が難しい顔をしていたのか、ティアが俺の顔を覗き込む
「いや、別に。なんでもないよ」
「そう?」
「うん。それよりお前平気なのか?眠くない?」
「また子供扱いして。大丈夫だよっ」
「ならいいんだけど。にしてもソラのやつ遅いなあ」
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「わるい、遅くなった」
俺達に手を振りながら、まるでタイミングを見計らったかのようにソラがやってきた。
「宿なんていくらでも空いてるんじゃないの?」
「それが、なぜか満室のとこが多くて。なんでだろ?」
「さあ?というか、もうかなり遅い時間なのにNPC多くないか?」
「俺も思った」
俺の気のせいじゃなかったらしい。なぜならNPC達だって人間のプレイヤー達のように、夜になれば民家や宿に帰り眠るからだ。NPCだからって、いつもいるわけではない。もっとすごいところは、病気にもなったりするし、商人達のように街から街へと移動する住人だっている。もっとも、その多くはゲーム内でイベントが発生した時に起きることが多いのだが。
たとえば武器屋がいきなり閉まったりすることもある。その場合は、店主が病に陥ったり、領土内で問題に巻き込まれたりしたかなんかが一般的なパターンなので、NPCに話しかけたりして問題を解決してあげると、レアなアイテムなどをくれたりする事がある。
「イベントかな?」
俺の問いにソラはまさかな、と答えて苦笑いをした。
苦笑いする理由もなんとなく分かる。先にあげたイベントの多くは小規模での突発イベントで、イベントに関わってくる重要な人物(NPC)は多くてせいぜい5人てところだろう。こんな領土中の兵士達を巻き込んでのイベントなんて聞いたことがないし、あったとしても規模が多すぎる。
俺はそうだよなとソラに返し、もう一度夜の街を見渡した。
相変わらず多くの兵士達がグスタフ領の傭兵地区を歩いていて、宿に帰る様子はなかった。中には何か怪訝そうな表情をする者もいるようにすら見える。
「とりあえず宿は取れたから、これでパーティーの自動解散は無いはずだから。みんなも全員が揃っていない時は、悪いけどここの宿屋を利用してくれ」
そう言うと、メンバー一人一人にアイテムを渡すソラ。受け取ったアイテムを開くと宿屋の鍵らしき物がリアライズ(具現化)し、アイテム名が確認できるようになる。
【非売品・アイテム】
イーグルズ・イン206号室
ソラから鍵をそれぞれに受け取り、全員が了解して俺達は宿屋に向かった。
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そろそろ日をまたぐ時間にも関わらず、いまだに人通りの多い道はまるで街から人がいなくなるのを拒んでいるようだ。夜の街の窓からこぼれ出す灯影をぼーっと眺めながら、ソラに案内された宿屋に着いた。
見た目はさほど立派ではないものの、この近辺の宿にしては大きい方だ。両開き式になっている宿の入口付近でソラが立ち止まり、ここだと言った。木で出来た扉の奥では、人の話声が時折聞こえてくる。
「リーダーの特権でパーティーのガレルを4500ガレルほど使わせてもらうね」
一人あたり700ガレルなので、普通の値段だろう。宿代込みで、宿内のドリンク(ポーション)を一日3本までもらえるらしいので、良い物件だ。
普段なら宿なんて借りずにその場でログアウトすればいいのだが、その場合パーティーなどは自動的に解散状態になってしまう。なので、せっかくレコード役を決めたりしたのに全てダメになってしまうわけだ。そういう事態を防いでくれるのが宿の役割。
パーティーリーダーが全員の登録で宿を借りれば、パーティーは解散せずに済むのと、次回以降ログインをしてメンバー全員が揃っていなくてもパーティー機能は持続させる事ができる。
いわば、擬似クルーズ・ベースの様な役割をしてくれる。
宿屋に入った俺らは、店主のNPCに話しかけて契約を済ませてからロビーに移動した。
木で出来たシンプルな掛椅子やテーブルがなかなかな雰囲気をかもしだしている。
「さて、次はいつ全員集まれるか分からないけど、これでしばらくクルー設立までパーティーで行動できるね」
「わざわざ男だらけの街にしなくてもいいのにね」
「仕方ないだろ?ここからが一番行動しやすいんだから」
「兄妹ゲンカはログアウトしてから、ゆっくり家でやってください」
言い合いを始めるソラとシズルをイナトがからかい、その横でユイナさんがその様子を微笑みながらみている。ティアはイナトの横で小さくあくびをしながら、ウトウトし始めていた。アルナはというと、相変わらず一人でうろうろしては、宿内の物を興味深そうに観察している。
「そろそろかな」
「そうだね、それじゃあ後はそれぞれに任せるよ。ログアウトは自分の部屋で頼む。」
「了解」
「うん、また明日」
「今日は楽しかったですっ!また明日学校で会いましょう」
それぞれ挨拶を済ませ、俺達は自分の部屋に向かった。
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宿の二階は下と違い、ロビーなどの広いスペースはなく、向かえ合わせになっている部屋のドアが複数あるだけだった。廊下を照らす光も僅かでしか無く、一定間隔で並べられたロウソクの光は若干心もとないが、異国に迷って訪ねた民宿のような雰囲気をかもし出していて、いい味を出している。
「206は俺とイナト、クラウンの三人で、207号室はシズルとティアちゃん。そんでその向かいの部屋の208がユイナとアルナさんね」
「まじかよ、姫とが良かったなー」
「うちは嫌です 」
「無視していいんだよティア?それじゃ、あたし達の部屋に行こっか」
「隊長、あの二人冷たいです」
「「お前が悪い」」
ソラと同時に答えると、様子を見ていたユイナさんが可笑しそうに笑った。
「それじゃ、私たちもこれで落ちますねっ」
「ああ。お疲れ、また明日学校で」
「おやすみなさいっ」
「おやすみ・・なさい・・・アルナも・・ぉやすみ・・・する・・・」
俺も部屋に入っていく二人にお疲れと短く言って、自分の部屋に入った。
「あれ?クラウンも落ちるの?珍しいな」
「今日はさすがに少し疲れたからね」
「俺はもう少しやりたかったけどなあ」
「お前は寝ろって」
まったくだとソラが返しながら、宙をタップしたりして、システムタブをいじりながらログアウトの準備をしていた。
「それじゃ、俺もそろそろ寝るわ」
「あいよ」
「また明日な」
おやすみと言うとソラのアバターの頭上に体を包むほどの大きさがある光の輪が現れ、上半身から下に向かって体を包むと、ソラのアバターは光の粒子になって消えていった。
「俺達も落ちるか」
「そうだね、お疲れ」
「「ログアウト」」
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「おかえりっ」
ソムニウム・ミラーを外すと、俺の使っているリクライニングソファーの上で体育座りをして眠たそうにしているみゆに迎えられた。
みゆにただいまと返し、頭に貼り付いている回線を丁寧に外していく。制服のままだったみゆは、部屋の温度が肌寒いようで、俺がログイン前に渡した毛布にくるまっていた。
「んん~、疲れたー」
瑛司も帰ってきたようだ。伸びをしながらソムニウム・ミラーを専用スタンドに片付けていた。
「おかえりです、瑛司先輩っ」
「姫もお疲れ」
「だいぶ遅い時間になっちまったな」
別屋に備えられていたシステムクロックは、夜中の0時をとっくに回っていた。
「もう帰らないとさすがに怒られそうだわ」
「ふぁ~ぁ…うちも眠い」
可愛いあくびを一つしてから、帰り仕度のためにみゆも渋々毛布から抜け出して立ち上がった。
あとはやっとくからと二人に言って、俺達は別屋をでた。
外は肌寒いどころか、クーラーの効いている別屋の中よりも寒かった。透き通った大気の向こうでは、無数の星々が夜空を彩っていた。
「寒くないか?」
「ん…少しだけ。家すぐそこだし、平気だよ」
「それじゃ、お先に。」
みゆになんか着ていくか?と聞いていると、バイクにまたがった瑛司は二人共おやすみとだけ言って帰ってしまった。
「帰りは早えーなあいつ」
「明日朝練があるみたいだしね」
走り去っていくバイクの音を聞きながらみゆと家を出た。時間帯のせいもあって、人の通りどころか道路を走る車もほとんど無い。
「今日は送っていくよ」
それだけ言うと今日は拒まずに、みゆはただ黙って俺の右手を握った。肌寒さのせいで、みゆの華奢で小さな手は少し冷たかった。
二人共何も言わずに家路を歩いていたが、そこには嫌な沈黙とかは無く、長年一緒に過ごしてきたせいからなのか、居心地の良い沈黙が俺たちを包んでいた。
「ここでいいよ?」
徒歩10分ほどで藤ヶ谷家の裏にあたる綾瀬家に着いた。家内には光がなく、物音も無い。
「わかった。それじゃ、また朝に来るから」
「うんっ、ありがとう」
「おやすみ」
小さく手を振って、みゆもおやすみと言ってから自分の家に入っていった。
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みゆを送って、家に着いた俺は長時間のコネクトで小腹が空いていたので、一度リビングに寄って冷蔵庫から昨日の余りのドーナツを一個手に取ってから自分の部屋に戻った。
ピピッ♪
着信1件
差出人:1st
二階は階段を照らす小さな電灯だけが光っていて、ほかに光はなかった。時間も時間だし、姉貴も母さんもとっくに寝ているのだろう。
無用心な姉貴の部屋は戸が開いていて、流しっぱなしで寝てしまったのであろう洋楽の音が少しだけ部屋から漏れている。
自分の部屋に入り、明かりを付けてから自作のハイスペックPCの電源をつけようとしたが、自分の部屋に入った安心から途端に来る疲れが体中を襲い、その気力さえ奪ってしまった。
半ばベッドに倒れるように突っ伏し、重たい瞼を閉じた。
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