crew to o'linthart (VRMMO作品)

ノベルバユーザー290341

0話. ヒドゥン・ガーデン / 003. ファースト



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アイツはここにいちゃいけない
いるはずがないんだ
それだけじゃない、もう一つの違和感

おかしい、絶対何かがおかしい 
焦りのせいなのか一時的に切り離されてる自分の本当の体の額に汗が滲んで伝っていくのが分かるくらい感覚が研ぎ澄ませれてる感じがした。

あっ、声にならない声を出して違和感の存在に気づく。

息だ。

正確には息切れだ。
バーチャル…仮想世界にコネクト中に今までそんな事があったか?いや、ありえない。実際にユイナと2時間も歩いたり走ったりしても息が切れるどころか身体に疲れすら残っていない。
だってここは『仮想』世界なんだから

これはきっとシステムかなんかの不具合で身体に酸素を必要とさせ・・・でもそんな事ありえるのか?
混乱する脳内が一瞬止まる、視界にはユイナがちょうど通路の先にいたプレイヤーに話しかけたところだった。


そんなこと考えてる場合じゃない!


「ユイナ!!」


「え…?」



ユイナが大きな声をだしながら駆け寄って来る俺をびっくりした顔で見る。どうしたの?と今にも言いそうな笑みに少し安堵した。

俺の考えすぎか







グサッ、乾いた音が静寂を裂いた。

「・・・ゆっ・・うたく・・・ん」

軽く閉じられたユイナの両目の端から涙の粒が零れた。

息を吸い込む


「ユイナアア!」


考えるより先にアバターが動いた。目の前が眩しく発光する、八方に発散した光のエフェクトが収束して形になっていく。目の前に右手を出し具現化した刀を強く握りしめる。

「ハアッ!」

進むスピードを活かして、刀に重心を乗せ、両手力いっぱいに振る。

キンッ!
破裂音に近い金属がぶつけ合う音が鳴り、刀身から火花が散る。俺の刀から放たれた精一杯の打ち込みにソイツは後ずさりした。

「はあ…はあ…ユイナ大丈夫か?」

傷口から生暖かい物が溢れ続ける。そうだPOT(ポーション)待ってろ。……なんで?パーティメンバーのユイナのHPを見て戸惑った。ユイナのHPは緑色、つまりほぼ無傷だという事もう一度見てもやはり9割も残っていた。それなのに血のエフェクトが消えない。それより返事がない事に俺は焦りを感じていた。

「返事しろ!ユイナ!」

深い深い沈黙。
ログアウトしたのか?いや、だってまだIN表示に…っ!?
なんだっ…これ…
ユイナのステータス欄に見覚えのない文字があった


【erosion】67%........



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侵蝕


俺の貧相な英語力を懸命に絞りだして出した単語。erosion 侵蝕率?何を侵してるんだ、言葉に表せない焦りが思考を乱す。


「筅スnblホzggi…ソ皃ヒヌ网ソ……隍ヲハ筅ホハホ…ヌ98889ケ、筅ヲmqqdjヒzggリ…」


体勢を立て直したソイツはゆっくりと俺達に近づいてくる。
どうする、あきらかにユイナの様子がおかしい。回線トラブルか?それともコイツがなんらかのウィルスをユイナのソムニウム・ミラーに感染させて異常を起こしているのか

いや、前者はともかく複雑な防御システムや不正侵入阻止プログラムが仕組まれているソムニウム・ミラーがウィルス感染したなんて話聞いたことがない。
何数秒の間に思考を加速させてあらゆる原因を想定したが、これらしい答えはでなかった。

いま出来る最良な行動は二人でここから脱出することだ。システムタブを呼び出し、ゲーム設定ウィンドウのログアウトを押せば簡単に離脱できる・・・が俺がログアウト出来てもユイナが出来なきゃ意味がない。
それなら先にログアウトして、現実世界で端本家に行って自分の部屋でダイブ中の端本 結名(ユイナ)本人に会えば少なくとも状況が掴めるはずだ。

ユイナのアカウントに回線切断ペナルティーが科せられる事になるが回線を一時的に落として強制ログアウトすればいい。だが家まで向かう十数分もの間コイツの前に無防備なユイナのアバター晒すことになる。
一歩一歩確実に近づいてくるソイツを視界に捉える。
黒のボロボロなフードを纏い、錆びた銀色のベルトのような装飾品が体中に巻かれている。両手には長さが異なる曲刀が握られていた。

「どうやって…」

コイツはPKだ。オンラインゲーム、特にMMORPGなら必ずいるある種のプレイヤーを指す呼び名。ゲーム内モンスターや敵ではなく、自分と同じ人(プレイヤー)を襲う人のことをPK『プレイヤーキラー』と呼ぶ。
クヲーレ内にもPKは存在していて、PKクルーという集団を作り大人数で他のプレイヤーを襲う者達すらいる。だからコイツもその類のプレイヤーなのだろう。
問題なのはどこでPK行為をしているかだ。

町の中などの安全エリア内でプレイヤーのHPが攻撃によって減らされることはない

ユイナのHPバーをもう一度視認する。



先の二つの庭園も安全エリアだったように、いまいるこの場所も攻撃不可エリアだ。それなのにこの黒フードはユイナを攻撃し、HPを削り正体すら分からない【侵蝕】ステータスにしたのだ



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もう考えている場合じゃない、
簡単なことじゃねえか、攻撃をしてくるなら応戦すればいいだけだ。

ここはゲームの世界だ。

戦ってもし負けたとしてもゲーム内のお金と手持ちの装備を1つランダムに奪われた後デスペナルティーで最寄の町に強制送還されるくらいだ。
コイツがこの世界で逸脱したある種の【チート】能力を持っている。この見たことのない【侵蝕】ステータスにされ、ソムニウム・ミラーになんらかの異常が出たとしても、RVE社に持ち込んで直してもらえばいいだけ。

それなのに、
武器を握る手が震える。

「動け・・・」

武器を強く握り直しユイナの前に立つ

「・ィ・ウ。シ・ノ、ヒ、・ヒ。、マ、、、ッ、ォサキ、゛、キ、ソ、ャ」

訳の分からない言葉を囁きながらソイツも武器をかまえた。
カシャッ、構えた互いの武器が音を鳴らし、互いに出方を伺いつつ意識を集中させる。

先に沈黙を破ったのはソイツだった。

「ウヲ譁・ュ怜喧襍キ縺阪k縺ョ・溘、ソ、ャ代′襍キ縺」

前のめりの姿勢で走り出し、後方深くにぶら下げたソイツの両曲刀が不気味な黒紫色に光始めた

曲刀の太刀筋だけに集中し防御の姿勢に入る。

キィーンッ
俺の刀が二つの曲刀をどうにか弾き不快な音が耳に残る。

「っぐ!」

ここまでは狙いどうりだ。すかさず反撃に出ようと攻撃スキルを発動させる。集中してイメージを固めるとソムニウム・ミラーが反応し、システムがスキルコマンドを発動させる【風斬り・参ノ型】一瞬の発光エフェクトと共に俺の刀がスキルに込まれた攻撃パターンに移る。加速の姿勢から右斜め上の上段斬り、剣筋の流れを殺さず左斜め下から下段を凄まじい速度で入れる。

「なっ!?」

俺が選ぶスキルを予想していたかのように一撃目、二撃目をいとも簡単に流された。二撃目で完全に勢いを無くした俺のスキルが停止する。

クヲーレ内の職業は何十種類もあり、またその職業一つあたりのスキルは無数にあることから対人戦において相手の出すスキルを読むことは難しい。

それなのにコイツは俺の剣筋を読み、かわすどころか超高度テクニックPARRY(パリイ)をしてきた。デュエル(対人戦)では滅多に見られないパリイをこの状況で…

パリイを成功させると受け流された方のスキル発動者はスキルブレイクペナルティーを科せられる。

【DULL】 鈍化

鈍化した世界でソイツの短曲刀がゆっくりと俺の左肩を貫いていく。





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「――!」

声も凍るほどの激痛が左肩から全身に伝わっていく。ガクリと膝から倒れ、地面にうずくまる。頭を地につけうずくまったまま左肩に触れると伸ばした右手に生暖かい物が広がっていく。



痛い...





左肩に触れた右手は真っ赤に染まり、目に映ったその鮮やかな赤に激痛から目を覚まされ、事の異常さを思い知らされた。ダメだ...。混乱、驚愕、恐怖し、頭がパニックして停止しそうだ。

ここはゲームの世界だ。

ソムニウム・ミラーには外的および内的刺激によって引き起こされる意識現象の内の五感と呼ばれる『視覚』、『聴覚』が現実と変わりないほどに再現されていて『嗅覚』と『味覚』、『触覚』に関しては完璧とまではいかないがある程度までは再現出来ている。

クヲーレの美しい景色を眺めたり、フレンドや他プレイヤーと交流して話をしたり、モンスターが残した残り香をたよりに巣を見つけたり、空腹は満たされないがクヲーレ内で食事して、気を紛わせることも出来る。
武器を握る手に伝わる重さや、ペットとして飼えるモンスターに触れたりとバーチャルワールド・エンター型ゲームとしては間違いなく完璧に近い領域だ。



ただ一つ【痛覚】だけが無いのだ


俺には疑問があった。

ここまで完璧に近い形で人間の感覚を再現するソムニウム・ミラーになら【痛覚】だって再現出来るんじゃないか?
そりゃあ、ゲーム内で転んだりWIZ(ウィザード)の発動する火炎弾などに当たったりした時にもし痛覚が再現されてたら、たまったもんじゃない。だから、本来は再現出来るのだがそれじゃあゲームにならないし、それ以前に危険すぎるのでシステム的に遮断しているのだと俺は考えていた。
それと同時にある不安が生まれた。なんらかのトラブルで痛覚を遮断しているプログラムが壊れたら?

そんな事を俺は考えていた。


その恐れていた状況がいま俺の身に起きている。



もうありえないと言って現実逃避などしていられない。この激しく波打つ痛みは紛れもなく本物の【感覚】だ。


「・・・・・」




俺を見下ろす黒フードを見上げる




≪ファースト≫




黒い枠の中に記されたプレイヤー名が痛みの波が打つ度に脳内に深く深く刻みこまれていった


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はあ

はあ……はあ…



呼吸が乱れ、

意識が遠のいていくような感覚



鮮やかな赤で染まった右手で地面を叩く
左肩から腕にかけての感覚が無く、痛みで感覚が麻痺している




痛覚




「はっ…」


思わずため息にも近いような笑みが溢れる

この状況で笑える自分に狂気を感じる

でも、仕方ないだろ?
だってここはゲームの世界なんだから
それなのにおかしいだろ?

こんな事が起きたら笑うしかないだろ?

地に顔をつけ、うずくまる体をどうにか動かす。体中がギシギシ音をたてそうなほどに強張り、重い。


足音が聞こえる


「動っ……け………」

右腕を伸ばし体を起こそうとしたが
腕を伸ばすだけで精一杯で体が思い通りに動かない。


視線を動かし、足音の主を見上げる。


ゆっくりと振り下ろされる見る者を呑み込みそうな程に深い漆黒で禍々しい色をした曲刀にではなく、



フードの奥から覗く不適な笑みに、

俺は視線を奪われていた






ドッ

酷い眩暈と落下していくような感覚に襲われながら、目の前が真っ暗になっていった。



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