誰にでもできる異世界救済 ~【トライ&エラー】と【ステータス】でニートの君も今日から勇者だ!~

平尾正和/ほーち

2-23 やり直しのために

 ハリエットさんの厚意で、無事に無属性中級魔術《魔刃》と《魔槍》を覚えることができた。
 しかし、高度な魔術には詠唱という、発動までの準備時間が必要だってのは、想定外だった。
 中級攻撃魔術を発動するのに必要な詠唱時間は、約10秒。
 あの状況で、この待機時間は……痛い。

「ちなみに生活魔術にも詠唱は必要なのよ? 《灯火》や《点火》はほとんど必要ないけど、《加熱》《冷却》なんかは5秒くらい必要ね」

 どうやら詠唱が必要なのは、高度な魔術に限らないようだ。
 しかし、《加熱》《冷却》に関しては、効果が出るまで時間がかかってるだけだと思ってたけど、最初の5秒は詠唱だったのか。
 そういや《収納》も、軽く待機時間はあるけど、なんというか、そういう仕様なんだと思っていた。
 っていうか、なんで呪文みたいなの唱えないのに、『詠唱』っていうんだろ?
 正直に言うと、カッコイイ呪文とか唱えてみたかったり……いや、いまはどうでもいいか。

「詠唱を短くしたり、同時に複数の魔術を使ったりとかは、できないんですか?」

 詠唱短縮、多重詠唱、あわよくば、無詠唱。
 8匹のグレイウルフを相手取るのに、できれば手数は欲しいところだ。

「詠唱短縮はできなくはないけど、かなり訓練が必要ね。こればっかりは魔術を覚えるみたいに、簡単には行かないわよ」
「むぅ、そうなんですね……」
「多重詠唱ともなると、努力だけでは、どうにもならないわねぇ。それこそ天啓でもないと」

 天啓……、つまりスキルか。

「まぁ詠唱短縮効果のある杖や、魔術を装填しておける魔道具なんかもあるんだけど、かなりお高いわね」

 武器や道具は、いま手に入れても意味がない。
 クラークさんから授かったミスリルナイフを、売ったままにはできないしな。

「さて、とりあえず《魔刃》も《魔槍》も問題なさそうだから、おねーさん行くわね」
「はい、ありがとうございました!」

 天啓、つまりスキル習得。
 SPを使って、詠唱関連のスキルを取れば、道は開けるか?

 とりあえず、ステータス画面を開いてみる。
 おお、SP6,000超え!!
 結構頑張ったなぁ……。
 これならスキルのひとつやふたつ……、あった!

 〈詠唱短縮〉が20,000ptで〈多重詠唱〉が50,000ptか……。

 ……無理じゃないかよっ!!
 そのあたりの便利系スキルが、高コストなのはなんとなくわかってたけどな。
 とりあえず今できることは、魔術の練習だ。
 何回も使っているうちに、なにか戦術を思いつくかもしれない品。

「覚悟しとけよ、ワン公どもめっ……!」

 俺は標的の巻き藁をグレイウルフに見立てて、《魔刃》と《魔槍》を撃ちまくった。

 しかし、魔術ってすごい。
 どう考えても『魔弾もどき』より、遥かに威力も速度も射程も命中精度も高いのに、どちらも消費MP18だ。
 たぶんデフォルトで20なのが、生活魔術を覚えたときに受講した、基礎魔道講座のおかげで、10%オフになってるんだろうな。

 さらに〈気配隠匿〉を意識しながら発動してみたが、『魔弾もどき』を使ったときと違って、消費MPが増えることはなかった。
 あと、詠唱終了後の待機を試してみたら、維持してるあいだ、MPが1秒に1減ることがわかった。
 たったこれだけのMP消費で、詠唱終了後の状態を維持できるのか。

 ……これはこれで使えるな。

 おそらく、中級攻撃魔術なら、グレイウルフ程度は1撃で倒せるだろう。
 10秒の詠唱は痛いけど、スタンバイ状態を維持しながら、なんとかやりくりすれば……いけるか?

 これでダメなら、とりあえずループしまくってレベル上げるなり、SP稼ぐなりするしかないな。
 魔術を覚えずに、ループを繰り返すよりは効率いいはずだ。

**********

 魔術士ギルドを出た俺は、冒険者ギルドの寝台に入った。
 できれば森の中とかがよかったんだが、いま街から出るわけにはいかない。
 人目につかない場所で、思いついたのがここだった。
 さすがに青銅の槍でってのは、失敗するのが怖かったので、切れ味の良さそうな鋼の短剣をレンタルした。

 寝台に座り、深呼吸を繰り返す。
 自殺行為は何度もやったけど……。

 視線を落とすと、薄暗い照明を反射して鈍く輝く、短剣の切っ先があった。
 ……怖い。
 何回も死んだけど、やっぱり怖い。
 自分でやるとなると、余計に怖い。

「でも……」

 彼女のことを思い浮かべる。
 わけもわからず森を歩いて、空腹と脱水で死にかけていた俺を助けてくれた。
 ちょっとつっけんどんだけど、優しい娘だった。
 俺が死にそうになると、涙を流してくれた。
 ぽたぽたと、頬に落ちる温かい涙。
 薄れゆく意識の中、頭に残る、柔らかな感触。
 そして、無残に食い荒らされた……。

「怖かねぇや」

 そうだ、あの光景を見ることに比べたら、こんなの全然怖くない。 

「ふぅー……」

 俺は大きく息を吐き出し、鋼の短剣を首に当てる。

「絶対に、助ける」

 決意の言葉を口にし、首に当てた短剣を、思い切り引いた。

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