日替わり転移 ~俺はあらゆる世界で無双する~(※MFブックスから書籍化)

epina

147.魔法少女モブエ☆アルファ

「はっ……はっ……はっ……!」

 夜のネオン街をブレザーを着た少女が息を切らして走っている。
 背後から迫る影に時々後ろを振り返りながらも、その駆け足は止まらない。

「っぃた!」

 少女が足を絡ませて転ぶ。
 アスファルトで擦りむいた膝の痛みに耐えながら、再び走り出した。

「なにっ……なんなのよ!?」

 少女は見てしまったのだ。
 街灯の照明と照明の狭間、闇の中で影のような何かが蠢いていた。
 錯覚かと目をこする間に、それは瞬く間に人の成り損ないのようなカタチになって、通行人を貪り食ったのである。

 少女は悲鳴をあげて逃げ出した。
 それは追ってきた。
 少女は必死で逃げた。それはもう必死に。

 いつの間にか、まるで迷路のような異空間に迷い込んでいた。
 見慣れた街のパーツで組み上げられた無限回廊。
 誰ともすれ違うことのない街。

 空に昇るは紅き月。

 其は結界。
 魔性が張り巡らした罠。
 少女が袋小路に追い詰められるのは当然の帰結だった。

「い、いや。来ないで……」

 影が迫ってくる。
 それは声もなく近づいてくる。
 否……声を、出せなかった。

 何故なら影はすでに息絶えていたから。

 崩れ落ちる影の背後から男が現れる。
 マゼンタの革ジャンを羽織った目つきの悪い男だった。
 無造作に影のような何かを打ち捨てながら、少女に問いかける。

「坂下モブエだな」
「なんであたしの名前……ひっ! 乱暴しないで!」

 少女の願いを無視して、男は壁際に追い詰めるように手を伸ばしてくる。
 その姿は人間だったが、少女は底知れないおぞましさを感じ取っていた。 

 無理もない。
 其は世界の破壊者。
 人でありながら、人にあらざる者。

「悪いが、お前には俺と契約して――」

 鮫のような笑みを浮かべながら、男は少女にこう告げた。

「――魔法少女になってもらう」






 遡ること3日前――。






「ううううっ、フラれたあああっ!!」

 俺の目の前では三崎がギャン泣きしていた。

「いやいや。あれだけ冷たく当たってたのに、何故脈があると思ったのか」
「男の子は気になる女の子を虐めるってばっちゃが言ってたもん!」
「いや、自分で言うのもなんだけど俺のアレはDVだったと思うぞー」

 まあ、自分の内臓で敵を縛るような女に何言っても無駄かもしれんけど。
 とりあえず、さっきの告白……俺と付き合うことが願いだというなら代理誓約を立てるのは簡単だろう。
 恋愛沙汰なんてお断りだし、そもそもガチ恋殺人鬼を袖にしてもかわいそうとはこれっぽっちも思わないが――

「それにしても地球か。ずいぶんと久しぶりな気がするな」

 クソ神宇宙では地球にも無数の並行世界がある。
 とはいえ俺が巡っている異世界とは若干ズレているらしく、俺が地球に召喚されるのは珍しい。

 だからといって別にはしゃぐ気にはならない。
 なんとなく雰囲気でわかる。この地球にはフェアリーマートがない。
 つまり、俺が住んでいた地球ではないということだ。
 だから異世界といえば異世界ではあるのだが……。

「ちょっ、僕を放ってどこ行こうってのさ!」

 踵を返し歩き出した俺に三崎が追いすがってくる。

「ん、ちょっとした休暇さ」

 せっかくの地球なのだ。
 日替わりで速攻クリアするつもりは毛頭ない。
 寿司、もんじゃ、たこ焼き、毛ガニ……あらゆる現代日本グルメを味わい尽くしてから次へ行く……!

「どうせならお前も来るか?」
「えっ、いいの!?」
「お前の方がこの辺の地理に詳しいだろ」

 まあ、三崎が夜の街に詳しいようにも思えないけど。
 獲物を物色したりするのに地理には詳しそう……いや、待て。

「やっぱいいわ。そういやお前って方向音痴だもんな」
「さすがに地元では迷わないよ!」

 ぷんすかと抗議してくる三崎を、まあまあとなだめる。

「とりあえずホテルでも取りたいんだが」
「ホテル!? フッた僕をいきなり連れ込む気なの!?」
「お前がどうしてもっていうなら、それでもいいけど」
「そ、そのー。さすがにちょっと早いんじゃないかなーって……」

 もじもじする三崎。
 ピュアかよ。

「じゃ、いいよ。ビジネスどっか探すわ」
「そんな。リョウジがどうしてもっていうならラ……ラブの方でもいいよ……」

 股をこすり合わせながら顔をそむける三崎がなかなかエロい。
 なし……ではないな。なしよりのあり。

 というか、なんかこいつとの漫才にも慣れてきてしまったな。
 それに三崎がドMだという見立ては正解だったようだ。
 俺に酷い扱いを受けると三崎は肌を上気させ、ハァハァと呼吸が激しくなるのである。

 うーん……殺人鬼なんて正直ありえんと思ってたけど、扱いさえ間違えなければ大丈夫かな。
 嫁に誘ってやれば誓約達成ってことになんのかね?
 ま、決めるのは後でもいいや。

「じゃあ、とりあえず――」

 さっさと移動しよう、と提案しようとしたところで。

「本当に君は大変なことをしてくれたね」

 そんな言葉を投げかけられる。

 俺に話しかけてきたのは……黒猫だった。
 見た目はかわいらしい姿をした仔猫。
 一見なんの害もなさそうで、夜の背景に溶け込んでしまいそうな。

「やれやれ、僕たちがアレを作るのにどれだけ苦労したかわかるかい?」
「お前は――」
「タマじゃん! 人前に出てくるなんて珍しいね」

 そいつの名前を言いかけたところで、三崎の横入りに思わずぎょっとしてしまった。

「お前、と知り合いなのか?」
「え? あー、うん。そうなんだー。しゃべる猫、珍しいでしょ!」

 俺がそいつの正体を知らないと思っているからだろう。
 三崎があたふたと身振り手振りで誤魔化してくるが……。

「そういうことだったか」

 ひとり勝手に納得してしまった俺は、改めて黒猫に向き直った。

「それで? クレームついでに俺とやろうってのか?」
「まさか。僕らは暴力担当じゃないからね。それに過去の損失をいつまでもくよくよしている暇はないし。でも君のしたことを考えたら文句の一つぐらい言ってもバチは当たらないと思うけど?」
「ちょ、ちょっとちょっと。ふたりは知り合いなの?」

 俺と黒猫が会話し始めたことに一番驚いたのは三崎だった。

「……ま、そんなところだな」
「僕としては彼と一緒にされるのは不本意だけどね」

 ああ、そうだろうとも。
 俺もお前らと一緒にされたくはない。

「ともあれ、君がこの世界に来たというならさすがに無視することはできないからね。だから忠告に来たんだ」
「忠告?」
「この世界は『男が戦うことを歓迎していない』。それと『あかい月』には君も気を付けてね」
「覚えておく」

 テキトーに手を振りながら、俺はとっととこの場を辞すことにした。

「えっ! あ、ちょっとー!」

 三崎が黒猫の方を気にしながらも追いかけてくる。
 黒猫は俺たちが見えなくなるまで、ジッとこちらを見つめていた。

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コメント

  • 炙りサーモン

    絶対黒猫のcv加藤英◯里やろ

    0
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