日替わり転移 ~俺はあらゆる世界で無双する~(※MFブックスから書籍化)

epina

146.魔女の夜会

 いずこともしれぬ辺境世界の大海。
 ぽつんと浮かぶ小島に、アンス=バアル第七軍の司令部がある。
 司令部に似つかわしくないこじんまりとしたコンクリートの建物は大自然に覆い隠されながら、ひっそりと佇んでいた。

 その一角、第七軍司令官の執務室。
 氷魔法の冷房の効いたオフィスで、人相の悪いアンス=バアル軍人が現在の上司に作戦立案書を提出していた。

「なるほど。この方法を使えば逆萩亮二を倒せるというわけか。随分と知恵を絞ったな、ナウデス・ダイエンド中佐」
「はっ!」

 書類に一通り目を通した女司令官が鷹揚に頷く。
 ナウデスと呼ばれた釣り目の男は手応えに笑みを浮かべて自信満々に敬礼する。

 ナウデスの心に女司令官に対する忠誠は微塵もない。
 それどころか古巣の第五軍に返り咲いた暁には目の前の司令官を自分の部下に引き抜いて、たっぷり自分の欲望を満たしてやろうと妄想していた。

 このナウデスという男を一言であらわすなら、鬼畜である。
 女のことを自分が遊ぶための道具としかみなしておらず、これまで数多の異世界奴隷を食い物にしていた。

 年下好み……というより少女趣味のナウデスだが、そんな彼から見ても目の前の女司令官は絶世の美女である。
 軍服がはじけそうなほどの豊満な胸、芸術的なまでに均整の取れたスタイル。
 針金細工のように微動だにせぬ流れるような銀髪の間から見え隠れする、怜悧な眼差しを放つ瞳。

(クク、これでこの女も俺を認めざるを得まい……)

 あからさまに自分を蔑んでいた目が羨望に変わる瞬間をはっきり視界におさめるために、ナウデスは心の準備を整える。
 嗜虐心を必死に押し隠しながら賛辞を待っていたのだが。

「もっとも……仮にこれを議会に提出したところで、作戦の発動が承認されることはないだろうな」
「なっ……ばかな!? どういうことです大佐!!」

 さして残念そうでもなく軽い調子で話す女司令官にナウデスは愕然として叫び声をあげる。
 ナウデス・ダイエンド中佐にとって今回の作戦立案は乾坤一擲の秘策であり、代案をすぐ用意できるものではない。

「よほど第五軍に戻りたいようだな。ダイエンド中佐」
「それはもちろんです。自分は、このようなところで終わる人間ではありません!」

 小馬鹿にするような微笑を浮かべた女司令官に胸の内を見透かされ、内心の苛立ちを抑えるナウデス。
 先ほどの「ばかな」の時点で充分に無礼だったし「このようなところ」も問題発言であるが、エリート意識の塊であるナウデスに自覚はなかった。
 僻地の司令官、しかも将官ではなく佐官に過ぎない女に敬語を使うだけでも充分に妥協してやっていると思っていた。

 しかしナウデスの愚挙を寛大に赦すことにしたのか、女司令官は軽く息を吐きながらナウデスを睨みつけるに留めた。

「よいかな、中佐。第七軍はオメガ級災厄対策を任される部隊だ。オメガ級の名を冠する存在は逆萩亮二を置いて他にいない。故に第七軍はこの男を専門としていることになる」

 淡々と説明する口調とは裏腹に女司令官の瞳には情欲の炎が灯っていたが、ナウデスは気づかない。

「だが逆萩亮二への対応が声高に叫ばれてた設立当初ならともかく、議会の全会一致で不可侵が決まった現在、第七軍への配属は島流しも同然だ。割かれる予算も少なく、這い上がるようなチャンスにも恵まれない。つまり、ここに来た時点でお前のキャリア人生にはピリオドが打たれているということなのだよ」

 無論、女司令官の言うところはナウデスも承知している。
 アンス=バアル軍の中でも第七軍は六芒章の頂点星のいずれにも対応しておらず、他軍の佐官があたり前のように持っている個人越界特権を持たない。
 多数の植民世界を実効支配している軍同士の政争にも参加していない。
 はぐれ者ぞろいの第六軍でさえ本部となる世界を持っているというのに、第七軍の支配領域は辺境世界の島一つというていたらくだ。

 それでも、本国上層部にコネがある自分は事情が違うとナウデスは考えていた。
 第七軍に自分が派遣されたのは、まさしくオメガ級災厄に対するカウンターのためなのだと信じて疑わない。

「ナウデス。貴様が植民世界で行った暴挙を私が知らないと、本気で思っていたのか?」
「なっ……」

 女司令官が面白そうにつぶやいた一言に、かろうじて言葉を飲み込むナウデス。
 第五軍の司令官……かつての直属の上官は酔って暴行事件を起こしたことにして謹慎で済ますと言ってくれたし、二階級降格も一時的な処置だから短い休暇だと思ってくれと肩をたたいてくれた。
 しかし、結果は第七軍への配属。何かがおかしいと思ったものの、ほとぼりが冷めて簡単な手柄を立てればすぐに抜け出せると考えていたし、何より自分がここに来ることになった本当の理由までは漏れていないはずであった。

「バックレー中将なら失脚したぞ。お前らの悪行が漏れたからな」

 だが、その淡い希望も女司令官の一言であっけなく打ち砕かれた。
 自分の不幸をどこまでも愉快そうに話す女司令官を前に、ナウデスの頭の中は真っ白だ。
 第五軍が陰で行っていた異世界奴隷売買サイドビジネスがバレたとなれば、即決裁判での極刑は免れない。終わるのはキャリアだけでは済まなくなる。
 
「第五軍は分裂、他軍に吸収されるだろう。まあ、我々は植民世界の領土や利権の切り取りにうつつを抜かすことはできんから蚊帳の外ではあるのだがな。最前線はたらきものの第六軍も事情は似たようなものだろうが……ああ、そうだ中佐。もうひとつ、いいことを教えてやろう」

 どこかの誰かのように、残酷な笑みを浮かべながら女司令官が語り始めた。

「第七軍が絶頂期にあった頃の話だが。本当にいろいろなことが試されたのだよ。大軍による包囲はもちろんのこと、当時最新のトロイメタル大量投入やエンジェルフリートの機械化惑星への誘導、百人単位の超能力者サイキッカー達によるゴリ押しなど……あらゆることをな。そして、すべてが最終的には失敗に終わっている」

 ナウデスも現状をみるに当時の軍部は相当酷い目に遭ったのだろうと思っていたが、実情は予想を上回っていた。
 特にトロイメタルと能力者のくだりについては、界喰みや星の使徒を打倒し得る戦力である。
 まるでおとぎ話を聞いているかのようだ。

「まあ要するに。大量の血税と兵の屍を積み上げて、ようやく議会も第七軍もオメガ級災厄に関わらないのが一番だという結論に至ったのだよ。おや、中佐。それは『それなら何故七軍が維持されているのか』という顔だぞ。もちろん国民へのポーズ、政治的な理由からだ。いやいや、実際そう悪いことばかりでもない。上昇志向のない者にとっては、ここは天国だぞ? デスクで爪を切っているだけでも税金で飯が食えるのだからな」

 望んでここにいるとでもいうのだろうか。
 有能で利発そうな上司に似合わない、ダメ人間じみた発言だった。
 そんなことよりナウデスは己の心配をしなくてはならなかったのだが、もはや自分が何を考えればいいのか、どんな言葉を紡げばいいのかわからないほど彼は混乱していた。

「さて、中佐。それらのことを踏まえた上での話だが……お前のこの作戦は、実に面白い。悪辣で卑劣でチート能力による事態奪回も困難であり、そもそも逆萩亮二を釣れるのかという1点にさえ目を瞑ればいい作戦だ。代理誓約もあるから永久は無理でも、かなりの時間、彼を拘束することができるだろう」
「チート? 代理誓約?」

 チート能力。ドレッド・クエスター・ナイツの超能力者サイキッカーが自分達の力をそう呼んでいたことを、ナウデスは思い出した。
 ドレッド・クエスター・ナイツ。通称『DQN』。『クラス転移』という召喚をされた者たちがアンス=バアル内に組織した『スクール』の最精鋭部隊であり、強力な超能力者サイキッカー達の集まりとされている。
 代理誓約については七軍のみが握る秘匿情報であるため、ナウデスには知る機会がなかった。

「さらにいいことに、釣り餌については私に腹案がある。ひょっとすると議会も重い腰を上げるかもしれんぞ」
「ほ、本当ですか!?」

 ナウデスの中に芽吹いたわずかな疑念は、女司令官のもたらした朗報の前に吹っ飛んでしまった。 
 もはやなりふりなど構っていられないのである。

「作戦が成功し、裁判でも積極的に証言してバックレーにすべての罪をなすりつければ、きっとお前も減刑になるだろう。わかったら、すぐに自分がすべきことをしろ。いいな?」
「は……はっ! 失礼いたします!」

 力んだ敬礼を終え、スキップでもしそうな勢いで退室するナウデスの背中を見送った後。
 女司令官が目を瞑り、呟く。
 
「人道から外れた外道にも存在価値がある。善良な者にはとてもできない発想も、ときに社会貢献となることがあるのは歴史が証明している通りだ」

 ナウデスを評する上で的を射た独白。
 いや……それは独白などではなかった。

「でも、用が済んだら殺すんだろォ? オーディン」

 女司令官の背後。
 先程まで誰もいなかった窓が開かれ、パタパタとカーテンが揺れている。
 側の壁際に、長身で褐色肌の女が腕組みをして立っていた。

 ビキニのような露出度の高い服に、雷の模様が描かれた腰巻き。ボサボサの赤黒い髪を適当に結えつけている。
 よく鍛え上げられている上に全身には戦化粧と思しき文様が塗りたくられており、背中には斧とも鎚とも取れる長竿を背負っていた。
 明らかにアンス=バアル軍人ではない女だが、オーディンと呼ばれた女司令官は振り向きすらせず、ごく当たり前のように応対する。
 
「当然だ。自由研究で飼育したボウフラが蚊に成長した記録が取れたら、夏休みが終わる前に処分するに決まっている。誰でもそうする。お前もそうするだろう?」
「悪ィけど、自由研究ってのをしたことないんでわかんないなァ。アイツの頭をカチ割ることには全面的に賛成だけどよォ」
「不思議なものだな、トール。起源を同じくしても、知識についてこうも齟齬があるのは」

 おそらくサンドウィッチ伯爵由来のサンドイッチという食べ物も知らないだろうな、と内心オーディンは思った。

「元ネタは同じ北欧神話でもアンタはゲームの登場人物で、あたいは始原神の記録継承者。全然違うからねェ。それにあたいはサリファだ。その呼び方はやめろォ」
「わかったわかった、悪かった」

 サリファと名乗った間延びしたような頭の悪いしゃべり方をする女に、オーディンが宥めるように手を振る。

「ところで、あの新人は使えそうか?」

 ナウデスのことではない。
 数年前に『彼女たち』は新たな仲間を迎えたばかりなのだ。

「どうかねェ……元々はチート転生創世神だったから知識はあるみてェだけど。そそっかしいしよォ、絶対しくじるんじゃねェかな?」
「意外と高評価だな。まあ、馬鹿とはさみは使いようということわざもある」
「だから知らんっての。ま、あたいの同期みたいなもんだから手伝いくらいはしてみるつもりだけどよォ」

 基本的に『彼女たち』は個人行動をする。
 互いに連絡は取り合っても、各々の行動指針に口出しをしたりはしない。
 しかしサリファは戦いだけを目的としているため、他の仲間のところにちょっかいをかけに行くのが常なのだ。

「フフ……それにしても逆萩亮二をガフの部屋に閉じ込める、とはな。ナウデスも考えたものだ」

 ガフの部屋。
 ここ最近、アンス=バアル合界国の研究者たちが存在を証明した全宇宙の魂魄を蓄える仮想設備だという。
 もっともオーディンもガフの部屋の存在は知っていたのだが、いざ科学的に存在が証明されたという話を聞くと少し感慨深いものがある。
 
 ナウデスの計画はずばり、この存在観測されたガフの部屋に逆萩亮二を召喚してしまおう……というものだった。

 エネルギー奔流の心臓部であるがゆえに通常の生命体では生存が不可能で、仮想設備であるがゆえに物理破壊もできない。さしもの逆萩亮二も只では済むまい……というのが計画の概略である。
 とはいえ、オーディンの見立てだと足止めをするのがせいぜいで……下手をすればガフの部屋を破壊する手段を既に所持している可能性の方が高かった。
 現在オーディンが把握している逆萩亮二の実力は遠い過去のものであるからだ。

 ナウデスの計画書に不足していたのが『逆萩亮二をどうやってガフの部屋に召喚するのか』だった。
 逆萩亮二が願いによって召喚されるという情報はオーディンが握りつぶしている。
 そのため、アンス=バアル軍は逆萩亮二の召喚条件を知らないでいた。

 しかし、かつて逆萩亮二の嫁だったオーディンは当然知っている。
 だから、ナウデスの計画に足りないピースが誓約者だとすぐに理解したのだ。

 誓約者となる存在がガフの部屋に入ればいいのだが、逆萩に会いたがっている存在に心当たりがあった。
 まさに、先ほどサリファとの話題に出ていた新人である。

 逆萩に仕返しをしたがっているため、いずれ新人のいる世界には召喚されるはずだった。
 むしろ、そのためだけに新人を自分たちに引き入れたといっても過言ではない。
 だから、新人を魂魄だけの状態にして霊体を分解されないよう細工を施し、ガフに送り込めばいずれ――

「ガフの部屋ァ……あっ、それで思い出した。伝言があったんだったよォ」
「伝言? そういうのは先に言ってくれないか、サリファ」
「悪ィ悪ィ、かっこよく登場するタイミングを図ってたから、ついうっかりしてたわ」

 はははと笑いながら、サリファはなんでもないことのように……あっけらかんとこう告げた。



「ガフの部屋、サカハギの旦那がドチャクソにぶっ壊したってよォ」



 それからきっかり57分後。
 ナウデス中佐には即決裁判で極刑が言い渡され、悪は滅びた。

コメント

  • 炙りサーモン

    続々と元嫁が登場するなー

    0
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