日替わり転移 ~俺はあらゆる世界で無双する~(※MFブックスから書籍化)

epina

131.プロのチートホルダー

「ふふっ。それでリョウジはどうするのかなぁ」

 三崎が挑発的に笑いかけてくる。

「……そうだな」

 仮面チビは未知の方法で完全に姿をくらませている。
 俺の未来視からどうやって逃れているのか……その方法がわからないとなると、どうすべきだ?
 誓約者かもしれないが、ひとまずゲームに残留するために殺害も辞さないものとする。
 相手の実力を見極める必要があるから……よし、最初にやることは決まったな。

「こいつを使う」

 アイテムボックスから黒革の手帖とペンを取り出すと、三崎が横から覗き込んできた。

「なにそれ?」
「死神手帖だ。こいつにフルネームを書かれた奴は死ぬ」
「えー、なにそれ! 完全に反則じゃん! うわっ、でも僕の鑑定スキルでもソレに名前書かれたらヤバいのはわかりたくないけどわかったちゃった……」

 三崎の鑑定スキルでも確認できたようだ。
 まあ、これ自体は大したセキュリティもかかってないアイテムだからからな。
 いざ名前を書き込もうとして、手が止まる。

「……名前がわからん」
「え? まあ、そうだよね。マント君は秘密主義だから僕も知らないし」
「いや、最初に鑑定眼で真名まで含めて視たんだけど覚えてない」

 三崎が残念そうなものを見る目をした。

「ひょっとしてリョウジって……バカなの?」
「へえ……そういうことを言っちゃうんだな? あ、そうだー。このペンがインク切れを起こしてないか確認しようか。さーて、誰の名前を書こうかねぇ?」

 ニヤリと笑いかけてみせると、きょとんとしていた三崎が何かに気づいて慌てだした。

「いやいやいやいや! それはよしたほうがいいんじゃないかな! ほら、僕とそれなりに一緒に過ごして情とか湧いてきてるでしょ? それに女を殺すのはポリシーに反するみたいなことも言ってたじゃん!」
「そこまでは言ってない」

 容赦なく手帖にペンを入れようとすると、ワーワーと手を振りながら邪魔をしてくる三崎。

「ほらほら、協力し合ったほうが脱出できる可能性が高くなるゲームだし、何より僕はこのゲームを熟知してるし!」

 必死。もう必死。
 三崎がとにかく自分の有用性をアピールしながら命乞いしてくる。

「30分時間を無駄にしたし、そういえば裏切り推奨のゲームとも言ってたよな」

 もちろん三崎は俺に油断があれば攻撃してきただろうが、そういった隙は一切見せない。
 生き残るために脳みそをフル活用していたのか頭から煙を出し始めた三崎が、一休さんがトンチを閃いたときみたいにポンと手を叩いた。

「そ、そうだ! ゲーム開始前に時間を巻き戻してマント君の名前を視ればいいんだよ! できるんでしょ!?」

 ぴたり、とペンを持つ手を止める。
 三崎の言葉を頭の中で反芻し、検討し。

「……まあ、そうだな。何をするにしても奴の真名は知っておいた方がいい」
「そうだよそうだよそうしよう! とにかくリョウジをバカって言ったことは取り消すし謝るからさ、機嫌を直してくれると嬉しいなぁ~」

 別に元から怒っていたってわけでもないのだが。

「わかった。アイデア提供ってことでチャラにする」 

 死神手帖とペンをアイテムボックスに収納すると、三崎が心底ホッとしたように脱力した。

「さて、そうすると……後のことを考えると、お前と一緒に過去に戻った方が良さそうだな」
「うんうん!」

 いつものヘラヘラした笑顔を浮かべながら、三崎が手を差し出す。
 無視して肩に手を置くと、残念そうに下げた。

「それにしてもさ」

 三崎がまるでなんでもないことにように、ケロっとした顔で口を開く。

「今、マジだったよね。ガチで僕の名前を書こうとしてたよね……表情ひとつ変えずに僕を殺そうとしてた。リョウジは……そういうことができる人間なんだね」

 三崎の瞳の中にただならぬ炎が燃え上がっている気がする。
 何だかとてつもなく嫌な予感がしたので、俺はさっさと時間を巻き戻すことにした。




「はいはーい! それでは、第二回やっていきましょー! さーてさてさて、一部のリピーターの方にはお待たせしましたぁ! 次のお題はおなじみ! 異世界ダンジョンサバイバババババババばばばばばっ!??」

 ちょっとした手慰みに御遣いをモズの早贄みたく無惨な姿に変えてから、再び時間を巻き戻す。
 そして今度こそ仮面チビを鑑定眼で視てから、三崎合流からぴったり22分後まで時間をすっ飛ばした。
 まあシークバーをクリックして、指定した時間から再生するみたいなもんだな。

「あ、もう行ってきた? どうどう?」

 さっきの通路で三崎が身を乗り出して戦果を確認してきた。

「ああ、真名自体はわかったよ」
「いい感じじゃない! じゃあ、さっさと書いちゃえば?」

 はぁ、とため息を吐きながら肩をすくめてみせる。

「とっくに書いたさ」
「へ? でも、この人、さっきと同じように死んでるんだけど?」

 今回も犠牲者は頭を撃ち抜かれている。
 俺たちが何かしらの介入をしない限り、ここで彼が死ぬのは変わりない。
 助けることもできるのだが、ゲームの趣旨からして彼にはひとまず死んでおいてもらうことにする。

「死神手帖で死んだら名前の文字が赤くなる。だけど文字は黄色になった。呪詛の防御手段か即死耐性とかで防がれたってことだ。だから仮面チビは死ぬことなく犯行を実行したってことさ」

 死神手帖から発生するのは呪詛に分類される即死効果だ。
 アイテムの力は俺の能力で威力が上がったりしないので――カスタマイズチートでいじったりしてなければだが――即死耐性や呪いを弾くお守りなどで防ぐことができる。
 例えば『耐性貫通チート』や『不死殺しチート』などの効果は乗らない。
 でも、それでいい。それこそが狙いだからだ。

「これで少なくともただの即死魔法とか呪詛で仕留められないことはわかったってわけだ」

 死神手帖の射程外にいる可能性は排除できるので、即死対策ぐらいはしてあったのだろう。
 俺の履歴ログに即死効果が跳ね返ってきた記録はない。つまり呪詛返しによる即死効果反射はなしだ。
 最初に死神手帖を使ったのは、こういった相手側の対策レベルを探るためでもある。
 もちろん死ねば死んだで問題はないが、何らかの手段で生き返る可能性もあったからあんまりアテにはしていなかった。

「うーん、じゃあ別の方法を考えなきゃかー」

 三崎が考え込んでいる。
 こいつもこいつで仮面チビの殺し方を算段しているのだろう。

「お前はあいつと戦ったことがあるんだろ? そのときも同じようなことはあったか?」
「んー、確かに姿をくらますことはあったよ。でも、あんまり参考にしないで欲しいかな。マント君と一緒のゲームは僕が参加者を無意味に殺しまくったせいで無効になっちゃってね。だから、今回は僕と彼が同じゲームでやり直しって感じなんだ。実際にはそんなに戦ったわけではないんだよね」

 なるほどね。
 その仕切り直しに俺が数合わせで召喚された、という可能性もありそうだな。

「逆に言うと、仮面チビはお前が前回唯一仕留め損ねた奴ってわけか」
「……はは。まあ、そうなるねえ」

 三崎が笑いながら、しかし面白くなさそうに首を振る。
 殺人鬼が獲物を逃がすのは愉快な思い出ではないのだろう。

「まあ、無効になったのはラッキーだったかもな。あいつは即死対策や呪詛対策だけじゃなく、時間対策もしてる。しかも俺の過去視を正面から誤魔化すんじゃなく、何かしらの単純な見落としを突いてだ……この意味、神の遊戯ゲームのリピーターのお前にならわかるだろう?」

 三崎が真剣な顔で頷き返した。

「あの仮面チビは、レベルカンストした程度で世界最強を気取る井の中の蛙でもなく、そこらの素人が転生してチートを手に入れたアラフォーとっつぁん坊やでもなく、神々を数柱打倒したぐらいでイキってるような殺神犯さつじんはんでもない」

 俺が不死身だとか、その気になればゲームごと崩壊させられるとか、そんなことは問題じゃない。
 戦い方を熟知した歴戦のチートホルダーが敵に回ってるってだけで、俺にとっては多大なリスクとなる。

 さっき確認してきた奴のチート能力自体は、ほとんど俺の記憶通りだった。

 各種装備。仮面を含め、常駐系の防御魔法つき。さらに仮面には索敵用の任意発動可能な生命感知魔法を発動させられる宝石がはめ込まれている。各属性のダメージを減らす護符が多数。いずれも使い捨てだが、エンシェントドラゴンのブレスも耐えられる性能。魔力波動だけなので断言できないが、おそらくポケットの中とかに即死対策や呪詛対策、それと能力偽装系のアイテムを偲ばせてある。真名確認を最優先したので透視まではしなかった。内容不明。
 未来歩行チート。俺の時空操作による未来移動のように無制限ではなく、最大で5分後の未来に移動できる能力のようだ。俺が所持していない能力であり、おそらく奴の『5分後の謎』の秘密はこの能力の使い方……奴自身の驚くべき発想と着眼点にあるとみて間違いない。
 過去視及び未来視の魔眼チート。見通せるのはそれぞれ1時間先、あるいは後まで。俺のと違って両目発動のみだから魔眼使用中に現在の時間を同時観測することはできない。
 時間遡航チート。自分や他人を過去に移動させたり、物体を送り込むことができる。過去視の魔眼と同期することで発射した弾丸を「視えた敵」に何かしら意識することなく撃ち込めるようだ。
 次元転移チート。一度行ったことのある転移ポイントへの瞬間移動能力。転移ポイントは100個まで設定可能で、うち74ポイントが指定済み。
 アイテムボックスチート。要領制限500kg。中身はサバイバル用品と銃器や弾丸の部品となる貴金属と火薬。装備品の予備も確認。
 現代兵器チート。材料から銃や爆弾、弾薬を作り出す能力。アイテムボックス内の材料で兵器類を作成可能。
 そして、この現代兵器チートと最高に相性のいい能力が、もうひとつ。おそらくこれが最大の切り札だ。

 あの仮面チビは、この時点で俺の脅威となり得る条件をみっつも満たしている。

 ひとつ。自由な異世界間の次元渡航手段を持っている。
 『召喚と誓約』に縛られる俺は無条件でアドバンテージを取られてしまう。
 拠点世界に逃げられたり、反撃の準備を整えられたりしないよう、早めに『次元楔』を打ち込まねばならない。

 ふたつ。俺が把握していない能力の使い方を知っている。
 これも非常に厄介だが、俺にとっては新たな学びを得る機会ともなる。

 そして最後に……これが何よりも重要だ。

「奴はプロだ。自分と同等かそれ以上のチートホルダーと戦うことを常に想定し、準備をしている。この多次元宇宙で何が脅威になるのかを把握してる。間違いなく強敵だ」

 さまざまな経験を積んだチートホルダーは、とにかく敵に回すとヤバい。
 異世界の守護者パイセンがそうだったように……勝てるとか勝てないとか、そういう次元で語るべき相手ではない。
 相手の背景から所属する組織……そして目的に至るまで、つまびらかにしてから相手をするべきだ。
 最終的に殺しておいて問題ないのかどうかも含め、きちんと精査しなくてはならない。

「…………ねえ」

 と、そこで。
 俺の話に耳を傾けていた三崎が唐突に口を開いた。

「強敵って。それひょっとして、僕も含まれてる?」

 三崎は無表情だった。
 今までずっと笑っていたから、こんな顔は初めて見る。
 だけど本当に何故かただの素、という感じがした。

「……当然だろ。むしろ、お前の方が何するかわからないって意味じゃアイツ以上だよ」

 これは掛け値なしの本音だった。

 持っている能力もわかっているし、真名もわかっている。
 本来なら脅威にはならない。

 しかし、俺はコイツと交流している間に評価を改めた。
 本当によくわからないのだが……コイツもヤバイ。
 何かがとにかくヤバイのだ。

「そっか」

 俺の返答を聞いても、それだけだった。
 相変わらずの無表情。 

「……ま、お前は時間対策も即死対策もしてないのが丸わかりだけどな」
「むぅ……次からちょっと考えるよ!」

 俺が冗談めかして言うと、三崎は悔しそうに頬を膨らませる。
 
「で、それでどうするの? もっとここを調べてみる?」
「いや、ゲームの時間を進める。今のところ、これ以上の手がかりはなさそうだし。ったく、結局んところ、なーんもわかってないようなもんだよな。まあ、無駄じゃあなかったかもしれんけど」
「そうだね。結局『5分後の謎』もわかんないままだし。でも、リョウジ……なんだか、すごく愉しそう」

 三崎が口元を抑えてクスッと笑った。
 その何でもない仕草に……なんだかドキッとさせられてしまう。
 そのときだけは三崎恍が得体のしれない殺人鬼ではなく、ただの女の子のように見えたのだ。

「僕もとっても愉しいよ」

 輝くような笑みを向けてくる三崎を見て、俺はこう思った。

 もし、こいつが俺の誓約者だったら最悪だな……と。

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