日替わり転移 ~俺はあらゆる世界で無双する~(※MFブックスから書籍化)

epina

116.すべてがCになる

 
 フェアチキ。
 フェアチキフェアチキ……。
 フェアチキフェアチキフェアチキ!
 
 フェアチキはいいねぇ……人類が作り出したジャンクフードの極みだ。
 ジューシーな肉汁が口中に広がると、目の前の視界がパァって広がるもんなぁ……。

「――様! 守護士様! 一体何をしたのですか?」
「……ぇあ?」

 おや、いつの間にか目の前に死んだはずの姫さんがいるぞ……?
 何やら、こちらを心配そうに眉をひそめている。
 
「いきなりこのような暴挙に及ぶなんて! いったい彼らが何をしたというのです?」

 んー?
 一体何のことだ……。

「えっと、もしもし! ちゃんと私の話聞こえてますか!?」
「えー、あー、もちろん。魔王を倒してくればいいんでしょ?」
「ゼンゼン違いますよ!?」

 あっれー、おっかしいなー。
 たしか魔王退治を依頼されてたはずなんだけども。

「用済みになったら俺を殺すんでしょ?」
「えええっ!? そ、そんなひどいことできませんよ!」

 ガーンとショックを受けてうるうると瞳を潤ませる姫さん。
 ふっふっふー、俺は騙されないぞー。

「サカハギさん、どうしたの! 落ち着いて!」

 隣で話を聞いてたらしいイツナが俺にしがみついて抗議してくる。
 あれ、でも姫さんを追い詰めたときにイツナっていたっけ?
 シアンヌ同伴だったような……。

 いや、待て。
 そもそも、姫さんは死んだはずだ。
 ということは、目の前の姫さんはアンデッドか……。

「駄目じゃないか、姫さぁん……アンタは死んでなきゃあああああ」
「ひいいいいいッ!」

 俺が魔力波動で威嚇すると、姫さんは失神してしまった。
 フフフ、俺を嵌めようとするなんて十年早いぜ。

「にぃちゃ……」

 おや、ステラちゃんどうしたんだい?
 そんな悲しそうな顔をして。

「めっ!」
「……はっ!?」

 な、なんだ!
 ステラちゃんに「めっ」された途端ものすごく悪いことをした気がしてきた!
 霞がかっていた意識も明晰になっていく!

「こ、ここはどこだ。俺は今まで何をしていたんだ!?」
「落ち着いて、サカハギさん! いつもの異世界だよ!」

 お、おお、そうか。
 ここはどこかの異世界。
 そういえば俺は異世界トリッパーだった。

「大丈夫だ……俺は正気に戻った!」
「ほんとかな……さっきからサカハギさん、ヘンだったよ?」

 ものすごく不安そうな顔をしているイツナを尻目に、改めて部屋を見回す。
 よくあるドーム型の召喚部屋だった。
 召喚師と思しきローブ姿の女性たちも姫と同様にぶっ倒れている。

「これ全部、俺がやったのか」
「覚えてないの!?」

 ほんとに俺が犯人らしい。
 うーむ、気の毒な事をしてしまったな。
 目の前で泡を吹いて気絶している姫さんも、よく見たら俺を殺そうとした姫さんとは別人だった。
 どうやら、俺は幻覚を見ていたらしい……。

「と、とにかく。みんなを起こして、ちゃんと謝ろう? いい?」
「お、おう……」

 腰に手を当ててプンスカ怒るイツナ。
 俺はいつものような気の利いた返しができず、肩を落とした。



 しばらく前から、俺は気もそぞろのまま異世界ノルマをこなしている。
 大して話を聞かなくてもいいような魔王退治やクズどもの相手で済んでいたため、大陸の地形を変える程度のミスでおさまっていたのは幸いだった。
 だけど、いよいよまずいかもしれない。
 過去の異世界と今の異世界の区別がつかなくなるとか、完全に末期症状だ。

 実を言うとこういうことは前にもあった。
 原因も明白である。

「クソッ……早くフェアチキ増やさないと俺の正気がヤバイ……!」

 アイテムボックス内から取り出したチキンをがつがつ貪りながら、俺は焦りに焦っていた。

 ゲーム模倣型異世界の利点はせいぜいレベル操作やコマンドが使えることぐらいであり、他のチートがあればいくらでも代替えの効くものばかり。
 アイテムを《増殖》したければ模倣型異世界に召喚されるのを待つだけでよかった。

 だけど、フェアチキだけは違った。
 違ったのだ!

 今食っているのは自家製のチキンだが、かつてのような幸福感はない。
 もはや、俺の肉体はオリジナルのフェアチキに慣れきってしまい、疑似チキンでは満足しきれなくなっていた。

 では、オリジナルを食べればいいかというと、そうはいかない。
 前に子供向けの異世界で大量生産したオリジナルフェアチキが底を尽きかけている。
 ほぼ無限に近い量を作り出したにも拘らず、だ。
 量産したコピーアイテムが底を尽くなんて経験は長い放浪の旅を通しても初めてのことである。

 ほとんど無意識にアイテムボックスからチキンを取り出して食べていたため、きちんとカウントしていなかったのがいけなかった。
 今思えば悪役令嬢の異世界で量産しておくべきだったのだが、後悔先に立たず。
 何気なく食べようとしたときに、チキンが『鍵付き保護設定』されてて取り出せないことにようやく気づいた。
 万が一にも失ってはならないコピー元、田中さんのフェアマで手に入れたオリジナルフェアチキ達である。

 要するに、そうとは気づかぬうちにコピーチキンをすべて食い尽くしてしまっていたのだ。
 それでも、まだ良かったと思う。
 俺のことだから、保護設定をしてなかったら最後のひとつまで気づくことなく無意識にたいらげてしまったに違いないからな。

「いきなり暴れ出したから何か意味があるのかなって思ってたけど、そうじゃなかったんだねー」
「にぃちゃ、わるいこー」

 ねーっ、と実の姉妹のように顔を見合わせるイツナとステラちゃん。
 仲いいねえ。これぞ嫁同士の理想の関係……とは思うのだが、ルールなしでも成立してるのは、ふたりが子供だからだろう。
 一人の男を巡って女性が仲良くってのは、難しい。現実のハーレムは甘くないねぇ。

 うーん、しかしフェアチキ不足で幻覚まで見てしまうとは……どうしたものか。
 あ、そうだ。
 ここがゲーム模倣型異世界じゃないんなら、ゲーム模倣型異世界にしちゃえばいいんだ!
 やっべー、俺って天才かもしれないわ。 

 問題があるとすれば、理論上可能だというだけで今まで自分では試したことがない……ってことだろうか?
 だが、そんなのフェアチキと比べたらちゃっちいちゃっちい!

「ワールドデバックチート、起動!」

 法則改変系チートの中でも「源理に反しない範囲で世界の在り方を変える」というエヴァの完全下位互換チートを、俺は初めて起動した。
 言うなれば創世神の権能と同等のチート能力であり、神嫌いの俺が好んで使うことはなかったのだ。

 ワールドデバックチートで指定できる項目は多岐に渡るが、異世界分類は「地球と同じ物理法則のあるファンタジー異世界」「ゲーム模倣型異世界」「ログアウト不可のVRMMO」など……要するに俺が召喚される条件を満たしているものに限られる。
 ゲーム模倣型世界に変化させれば、俺は再びフェアチキをコピーできるはずである。
 しかし……これから俺が手を染めようという行為は、この異世界を、そこに住まう人々の魂を冒涜する行為に他ならない。
 果たして「フェアチキが食べたい」などという俺の手前勝手な欲望のために、あるがままにある世界を変えてしまっていいのか?

 思案のために瞑目し、すぐさま開眼する。

「さらば旧世界!」

 俺の脳内で『フェアチキ>>>越えられない壁>>>通りすがりの異世界』という不等式が完成するのに、1秒とかからなかった。




「……それで?」

 呆れたようにテーブルで頬杖を突くシアンヌの視線が、俺の曇りなき眼を射抜いた。

「俺の無意識の願いのせいで世界のすべてがフェアチキで構成されるようになってなぁ……」
「にーちゃがみんな食べようとしたんだけどね!」

 俺の膝の上で「こうね、こうね」と大きく手を広げるようなジェスチャーで必死に伝えようとするステラちゃん。
 シアンヌが幼子の意図を汲み取ろうと唸り始めてしまったので、結論だけを翻訳する。

「イツナが恐怖のあまり破壊の化身みたくなって世界のすべて(フェアチキ)を焼き滅ぼしたから、眠らせて封印珠。時間を巻き戻してなかったことにしたんだ」

 それを聞いたシアンヌはハァ、と息を吐き。

「今日ほど貴様のことを情けなく思ったことはない」

 ぎえー!
 さすがにその一言は心に刺さるぅ!

「俺が悪かった。今では反省している」
「そのセリフが全く信用できないのは何故だろうな」
「い、いや、でもマジで反省はしてるんだって! イツナが『チキンいやああああっ!!』って、かつてないレベルの覚醒イベントを起こしてお前よりまた強くなっちゃったし」
「なん……だと……? お前の娘との戦いに決死の覚悟で挑んだ、私の立場は一体……」

 がっくり、と項垂れるシアンヌさん。

「喚びましたー?」
「あ、こらアディ。さらっと召喚てくるなって言っただろーが!」

 突如物陰から現れた銀髪の美少女。未来の異世界から転生してきた俺の娘アディーナ・ローズである。
 アディは俺の旅についてきてるわけじゃないが、名前を呼ばれただけでも『召喚されたことにして』顔を出してくるようになった。

「えー、だってー!」
「だってじゃないっての。たくもー」

 唇を尖らせてぶーたれるアディの頭をがしがしと撫でてやると、案外嫌じゃないのかされるがままだ。
 それにしてもシアンヌがアディを示唆しただけでも条件満たすって、どんだけ緩く召喚キーワード設定してあるんだよ。
 母親のイツナがいるときに召喚されないのは、本人が恥ずかしがってるだけだと思いたいものだが。

「ねーちゃのこ!」
「キャーッ、ステラちゃーん!」 

 ステラちゃんとアディがキャッキャウフフし。
 シアンヌがブツブツと「そうだ殺そう。私ももっと人間どもを」とか呟いて。
 俺も犠牲となった残存時間軸で手に入れたフェアチキを好きなだけ貪る。
 イツナとエヴァは封印珠で謹慎中だけど。

 俺たちは今日もどこかの異世界で元気です!





コメント

  • 炙りサーモン

    愛が深い

    0
  • 通りすがり

    きたあああああああああああ!!!!!
    死ぬほど待ってた!
    フェアチキ狂いが表に出てるの好き。

    1
  • ノベルバユーザー288656

    待ってました!
    サカハギさん、相変わらずのフェアチキ愛で草生えますよ…
    これからも応援しています!執筆頑張ってください…!

    2
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