日替わり転移 ~俺はあらゆる世界で無双する~(※MFブックスから書籍化)

epina

110.謎はだいたい解けた


 第二の事件は、その夜に起きた。

「あれって、きっとルアフォイスさんの従者さんなんですよね……」

 か細い声で確認しながら頭上を見上げているのはアンナちゃん。

「ふぅむ。ここが異世界でなければ不可能犯罪に見えるところだが、ね」

 同様に天を仰ぐのは英国ダンディ。
 集まった他の魔術師たちは言葉もなく、かの死体を観察していた。

 現場は俺たちが屋敷に来たときに通ったロビー。
 従者の死体は胸に突き刺さった一本のフックによって、天井から吊り下げられていた。
 もっとも、直接の死因はフックではなく全身に打ち付けられた無数の杭だろう。今もポタポタと血液が滴り落ちて、床に染みを広げている。

「これは、死体を浮かび上がらせてフックに吊り下げたと考えて良いものかね?」

 屋敷のロビーは吹き抜けとなっている。しかも3階建てだ。つまり、ロビーの天井とは3階の高さにある。10m程度の長さのはしごで死体を運んだり、滑車などを使ったのでもない限り、確実に魔術が絡んだ殺害方法だった。

「わ、私ではないからな! あの魔術は初歩で、ここにいる者なら誰にでも使える!」

 いちいち墓穴を掘っていくスタイルのロリババア。
 もし俺がついていなかったら、きっといの一番に死体になってたんだろうなぁ……。

「さて、どう思うかね。トーリス君」
「まあ、犯人がこいつかどうかはわからんけど……」
「お、おい! 頼むぞぉ!」

 へいへい、わかってやすって。

「少なくとも、犯行現場はここじゃない」
「ほう、それは何故だね?」

 イケメン魔術師が微笑を浮かべて確認してくる。
 というか、気づいてないのは多分ロリババアだけだろう。

「天井から落ちてる血の跡が明らかに少ないからな。ここじゃないどこかで殺された後に天井から吊り下げられたと考えた方が自然だ」

 床の血の滴は数えられるほどしかない。仮に殺害されたタイミングが今さっきだとしても、ここで殺害されたのなら、もっと多くていいはずだ。
 俺の見立てだと、あの従者が殺されたのはデブが死んだのと同じぐらいの時刻だろう。全身の肌が青白く、だいぶ血が抜けた後だというのは死体を見ればわかる。

「それにしても、あの……カロンとかいったか。また来ていないのだな。案外、あの男が犯人なのではないか?」

 ロリババアが実に見事に色白魔術師の死亡フラグを立てているが、誰ひとり耳を貸さない。
 むしろ、俺は他の魔術師どもがまた集まって来たことのほうが意外だったよ。

「ねえ、早く降ろしてあげませんか?」

 アンナちゃんの提案で、死体が早急に床へと運ばれることになった。
 さっきの捜査のときと同じく浮揚の魔術で天井まで行って、志願した俺と巨漢が作業を行なった。
 そして英国ダンディにより死体の見聞が行われたわけだが……。

「なるほど。やはり、彼が持っていたか……」

 従者の懐から案内状が見つかった。
 奇跡的に杭は刺さっておらず、血に塗れて真っ赤になっていたが、かろうじて文字は読むことができた。
 このように書かれている。

『候補者のすべてに告げる。賢者の遺産ほしくば、我が森へ来たるべし。汝が最も忌み嫌う者の工房から、それは見つかる』

 それは俺が予想していたよりも直球でダイレクトな文面だった。

「ふむ。ディエド殿の部屋でルアフォイス殿の死体が発見されたのは、こういうことだったか」

 得心したように頷くイケメン魔術師。

「あの、ティーネさん。ルアフォイスさんにディエドさんの部屋を教えたりしましたか?」
「いいえ。ですが、客室の配置はあちらに貼ってありますので、あの方が知ることは可能です」

 アンナちゃんの質問にティーネがロビーの一角を指差す。
 そこには館の間取りの書かれた地図が貼られていた。ご丁寧に、客室にそれぞれの名前が書き込まれている。
 名前が書かれていないのは唯一、俺だけだ。

「さて、と。そろそろ説明してもらおうか」

 イケメン魔術師が怒りを抑えた声で、ティーネに迫った。

「これは一体、どういう趣向なのだね? 案内状の言う通りに捜索した者が、そこに書かれた場所で死体となって発見された。偶然とは考えられん。一体、賢者は何のつもりで我々を集めたのだ?」
「賢者の遺産を継承する方を決めるためと理解しております」
「とぼけるのもいい加減にするがいい!」

 イケメン魔術師が手にしていた錫杖でティーネの頬を殴りつけた。
 ガツン、と硬いもの同士がぶつかった音がロビーに木霊する。
 殴られたティーネは微動だにしない。表情も変わらない。
 加害者であるイケメン魔術師のほうが腕を痺れさせたようで、苛立ちながらも手の甲をおさえた。

「このような茶番に付き合い続けるほど私は暇な立場ではないのだ。賢者の称号の継承とやらがデタラメなのであれば、私は明日にでも帰らせてもらう」

 そう言い捨てて、イケメン魔術師は場を辞した。
 今すぐに出ていかないのは、もう夜も更けて人里も遠いからという判断だろう。
 その判断が命取りにならないといいが。

「あーあ。なんか白けちゃったねー」
「部屋に戻りましょうか……」
「そうね。夜更かしは美容の大敵だわ」

 女性陣も早々に部屋へと帰っていった。

「私は今しばらく屋敷を探索して本当の殺害現場を探すとするか、ね」
「オレも手伝おう」

 英国ダンディと巨漢はどうやら捜査を続けるらしい。

「で、俺らはどうする?」
「……探していたものはひとまず見つかっただろう。今日は寝て、あとは明日考えることとしよう」

 ショックを受けたのか、沈んだ声で答えるロリババア。

「そういうことなら、俺も寝直すとするかな……」

 ロリババアはだいぶ堪えてるみたいだ。
 実際、眠った方が頭のキレはよくなるだろうし。
 俺だって今は睡眠不要ってわけにもいかない。

 ……とまあ。このときの俺は、少しばかり気軽に考えていたんだ。
 事件が一気に終幕へ向かうとも知らずにな。



 結論から言ってしまおう。
 早朝、屋敷の地下で死体が発見された。

 被害者は行方の知れなかったカロンとかいう顔色の悪そうな色白の魔術師。
 見つかったとき、全身がミイラみたくカラカラに乾いていた。脱水の魔術で水分を抜き取られていたのだ。
 この男の死は半ば予想できていたことだし、案内状の内容も地下を調べれば遺産が見つかることをほのめかしていたってことを含め、意外性はまったくなかった。

「まさか……彼まで不覚をとるとは」

 ロリババアが沈痛そうな面持ちで呟く。
 そう……発見された死体はひとつじゃなかった。

「この杖と服はライン殿のだな……」
「こっちはあの女の衣装だ」

 こちらの死体が見つかったのは昼前。
 地下の現場に現れなかった者のうち、イケメン魔術師と魔女のが屋敷の外で発見された。
 奇しくも現場は被害者のイケメン魔術師と初めて出会ったのと同じ場所で、ふたりとも衣服を残して白い灰と化していたのだ。分子分解の魔術を喰らえば、ちょうどこんな感じになると思う。

「一体全体、何がどうなっているのだ……」

 ロリババアが茫然と呟く。

「この分だと、今朝地下に来なかったでかい男もどっかで死んでるかもな」

 今ここにいるのは俺とロリババアのふたりだけ。
 英国ダンディとゴスロリ幼女は地下の現場を調べているし、アンナちゃんも同行している。
 他の魔術師の姿がさっぱり見えないので探してくるという名目で外に出てみたら、この有様だったのだ。

「そやつが犯人である可能性は……いや、さすがにないか」

 さすがのロリババアもそこまで脳天気ではなかった。
 ここが犯行現場となったことに加え、昨日の彼らの発言を鑑みるに、遺産の存在に見切りをつけて森から出て行こうとしていたのは火を見るより明らかだ。
 つまり彼らはリタイア組であり、候補者のライバルに殺される理由がない。このふたりの死体は賢者の遺産を巡って魔術師同士が殺し合っているという前提を完全に覆すものだ。

「さて、と。どうやら事件もクライマックスみたいだな」

 実を言うと俺が屋敷の外に出たのは昨日の違和感の正体を探るためだったんだけど、外に出た時点で理由はあっけなくわかった。
 だからこれは念のため、最後の確認だ。

「なあ……賢者の遺産は屋敷のどこかにあると思うか?」
「何を今更……当然であろうが。その選定のために喚ばれたのだからな」
「そうだよな」

 改めて、あたりの景色を見渡す。
 森が広がるばかりで、屋敷以外には何もない。

「……ああ、そうだろうさ。すべての謎はだいたいわかった」

 驚くロリババア尻目に、俺はニヤリと笑うのだった。

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  • 炙りサーモン

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