日替わり転移 ~俺はあらゆる世界で無双する~(※MFブックスから書籍化)

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107.異世界の密室殺人

 
 俺が15杯目のハイボールを注文しようとハンドベルを鳴らそうとしたとき。
 談話室に新たな候補者が通されてきた。

「わあっ! お客さんがいっぱいですね! さすがは賢者様!」

 現れたのは、やたら目をキラキラさせた金髪の少女だった。

「アンナといいます! よろしくです!」

 そして聞かれもしないのに全員に向かって自己紹介。
 俺を含めた全員が面食らっていた。

「あ、あの。賢者様はどちらにいらっしゃるのでしょうか!?」

 さらにアンナちゃんが談話室の中をキョロキョロと見回しながらよくわからないことを口走った。

「は? 賢者は死んだんだろ?」
「またまたー、ご冗談を! あっ、そうだ! メイドさん! 屋敷の中を見て回ってもいいですか?」
「はい、かまいません。鍵のかかっている部屋以外でしたら、お好きなように見回りください」
「わかりました!」

 元気よく答えるやいなや、アンナちゃんは一目散に駆け出していった。

「な、なんだったのだ?」
「まるで嵐みたいだったな」

 それにしても賢者が生きてる……ねぇ?
 あの少女の言葉に想い馳せようとする暇もなく、さらなる来客がやってきた。

「フン! 遺産目当ての連中が雁首揃えておるわ」
「ヒヒヒ、そうでございますねぇ!」

 いかにも悪いことしてのし上がりましたって感じのデブ魔術師と、痩せぎすの従者。

「ルアフォイス、貴様がどうしてここに!」
「ほっほう、誰かと思えば落ちこぼれのディアドではないか!」
「ディエドだ! 名前を間違えるな痴れ者!」

 唐突に立ち上がったロリババアとデブ魔術師との間で火花が散る。

「知り合い?」

 一応確認すると、ふたり揃ってエキサイトし始めた。

「このデブはな、親のコネで成り上がった魔術師なのだ!」
「何を! 貴様の方こそ魔術を立身出世の道具にしか思っていない女狐の分際で!」

 いやあ、小物同士で気の合いそうなことで。
 その後も「賢者にふさわしいのは自分」「いや自分だ!」とお決まりのやりとりが始まってしまったので、俺は仕方なく自前のフェアチキと注文したハイボールで幸せを満喫する。

「フン。こんな女と同じ部屋にいられるか! ワシは自分の客室に篭もらせてもらう! 他の候補者とやらが来たら知らせに来い、いいな!」

 死亡フラグ全開のセリフを言い放ったかと思うとティーネの返事も待たず、デブ魔術師はのっしのっしと部屋を出ていく。従者が慌てた様子で付いていった。

「ん、俺もトイレに行っていい?」
「どうぞ。ここから一番近いお手洗いは扉から出て右の突き当りです」

 ティーネに礼を言ってから談話室を出る。
 やはりというかロリババアもついてきた。

「おのれ、ルアフォイスめ。ヤツだけには賢者の遺産を渡すわけにはいかん……!」
「なんか因縁があるみたいだなー」
「ヤツとはな、魔術学院時代にいろいろとあったのだ。その後も謂われのない悪評を広めたり、工房に陰湿な嫌がらせをしてきたり……ええい、許せん! 思い出すだけで腹が立つ!」

 廊下を歩きながら悪態を吐いているロリババアをスルーしつつ、周囲の様子を探る。
 やはり時々お邪魔するような貴族の屋敷と同じような作りだ。だいたいこの手の建築様式は神々が人類にもたらす画一化された知識コピペ、あるいはそのアレンジバージョンなので、パッと見は違和感がない。ないけど……なんとなく雰囲気が嫌な感じ。

「なあ。あんまりこの屋敷を無闇にウロつかないほうがよさそうだぞ」
「む? まあ、それはそうだろう。賢者候補としてあるまじき振る舞いは減点になるであろうしな」
「……それなんだけどさ。なんか変じゃないか?」
「む、何が変だというのだ?」

 これっぽっちも怪しさを感じてないっぽいロリババアに、経験則からの疑問をぶつける。

「その賢者の称号ってのと、遺産を継ぐための候補者を選定するっつールールの説明。それが到着してからまったくないって、おかしくね?」
「別に何もおかしくないだろう。あのホムンクルスが候補者の集まる部屋へと案内してくれたのだ。全員揃ってから説明するのが普通であろう?」
「その候補者って、いつ揃うんだ?」
「それはもちろん、今日中には揃うであろうよ。そうでなければあの部屋に全員を待たせておいたりはしないはずだからな!」

 確かに、ロリババアの言うことには一理ある。
 本来あるはずのものが、あるべき箇所にあったなら。

「あの案内状が届いたのは、いつだ?」
「ん? そうさな、今から半年ほど前だ。そこから準備を進めて――」
「俺を召喚した。んでもって、当日中に到着した」
「そうだな。それが何かおかしいか?」
「あきらかにおかしいだろ。アンタが今日到着したのは、偶然。たまたまなんだ。だってあの案内状には、参加者を一同に揃えて……いわゆる『ゲーム』をするには絶対になくちゃいけない『日時』の指定がないんだから」
「あっ!」

 ようやくロリババアも気がついたようだ。
 ちょうどお手洗いに到着したので、お互い用を済ませた後に語を続ける。

「仮に、あの案内状が今日到着した候補者全員に届いているとする。でも、届いた時期も、届いてからここに到着するまでの時間すらもバラバラ。だから、今日集まっている魔術師たちがたまたま今日到着しただけと考えた場合……」
「今日中に候補者が全員揃う、などということは有り得ない……か」
「そゆこと。まあ、俺の疑問は前提から間違ってる可能性もあるんだけどな」
「前提?」
「まず、案内状の内容が全員同じである、っていう前提。正直、これはかなり怪しくなってきてると思うな。ひょっとしたら日時の指定がある案内状とかあるかもしれない。それどころか、内容すらまったく違う可能性がある」
「内容か。確かに有り得るな」
「ああ。だから与えられた情報に齟齬があるかもな。そもそも日時なんて指定しようがないのかもしれない。その場合――」

 そう言いかけた直後。

「キャアアアアアアアッ!!!」

 実にいいタイミングで絹を裂くような少女の悲鳴が。

「とっくの昔に選定ゲームは始まっているってことになるな! いやあ、面白くなってきた!」

 言いながら、俺はロリババアを置き去りにして光翼疾走を発動し、光になって駆け出していた。



 悲鳴は屋敷中に轟いていたが、音の発生源を辿るぐらいなら能力を使うまでもない。

「あ、あああ……」

 開かれた扉の前でアンナちゃんがへたりこんでいた。
 その視線には恐怖が張り付いたまま、部屋の奥の方へ固定されている。
 言うまでもないが、悲鳴を挙げたのはアンナちゃんだ。上着をかけてやってから、俺も部屋の中を覗き込む。

 正直に言って、俺にとっては見慣れたものだ。
 だから、その凄惨さをうまく説明できないかもしれない。
 一応、やってはみるが。

 部屋の中央に死体があった。
 いや、人間が細かく切り刻まれた肉片の集まりとでもいうべきか。四肢どころか全身をバラバラに切り刻まれており、人の原型を留めていない。
 部屋の床や壁は飛散した血で赤く染め上げられ、部屋の元の色彩がまったくわからない。
 それなりに広い部屋だ。普通に鋭利な刃物で切りつけられただけでは、こうまではならない。

 そんな光景を目撃した俺は。

「やっぱりか。なるほど、今回はそういう趣向なんだな」

 人里と隔絶された屋敷で催される謎の企画。
 現場に居合わせる探偵。
 尋常ならざるバラバラ殺人。

「そういうことなら、を視てくるか。そのほうが何かと不便で面白くなりそうだし」

 普段は滅多に使わない、あるチート能力を発動する。
 次の瞬間、目眩のような感覚を覚えてふらついた。森に侵入したときにレジストした魔法効果を受けたのだろう。
 この能力を使うと、俺の抵抗力はガクンと下がる。クソ神から受けた呪いの類を除いて、ほとんどの力が使えなくなるから当然だが。

 今の俺はノーチート、ノーマジック。
 正真正銘ただの人間、逆萩亮二。
 デメリットしかないように思えるかもしれないが、今回はこれでいい。
 
「何があった!?」

 走って駆けつけてきたのは談話室にいた巨漢だった。
 その少し後ろに魔女、幼女、ダンディ。優雅に歩いてくるのがイケメン魔術師。だいぶ遅れて息絶え絶えのロリババア。
 色白魔術師の姿は見えない。

「ん、ああ。誰か殺されてるな。見るか?」

 到着した連中にも部屋を確認してもらう。

「これは……」

 巨漢が眉間にしわを寄せて難しい顔をする。

「あら、すごいわね」
「へーえ」

 呑気なリアクションをしたのは魔女と幼女だ。

「こ、ここで一体何が起きたのだ……」

 ロリババアが一番唖然としていた。
 一方、冷静に状況を観察していたのは英国ダンディとイケメン魔術師。

「ここに来ていないのは、ミスター・ルアフォイスとミスター・カロン。ミスター・カロンは談話室に残っていたから、あそこで死んでいるのは屋敷の関係者やホムンクルスでなければ、ミスター・ルアフォイスかその従者ということになる、な。あるいはふたりともここで死んでいるのかもしれないが」
「なんだと!? あのルアフォイスが……死んだというのか……?」

 英国ダンディの話を聞いたロリババアが呆然としている。
 確かにパッと見だとひとりなのかふたりなのかわからない。そのぐらい凄惨な現場だ。

「皆様、どうかされましたか?」

 いつの間にか現れていたのはホムンクルスメイド、ティーネだった。

「どうかされましたも何もあるか! ルアフォイスが死んでいるんだぞ!」
「左様でございますか。皆様には大変不快な思いをさせてしまいました。申し訳ありません。亡くなられた方にはお悔やみ申し上げます」

 ロリババアの抗議に、まったく感情のない定型句を返すティーネ。
 あまりにも異様なやり取りだったが、この異世界の魔術師達にとっては当然のことなのだろうか。誰も何も言わない。
 むしろこの現場において一番まっとうな人間臭い反応をしているのがロリババアだった。

「他に候補者はいたのかね?」
「いいえ。今のところ到着している候補者は全員、ここにいる皆様が会っております」

 努めて冷静にティーネに確認を行ったのは、イケメン魔術師。
 その証言が本当ならば消去法で、死んでいるのはルアフォイスかその従者、あるいはその両方ということになる。
 イケメン魔術師の確認作業はさらに進む。

「ここはルアフォイス殿の客室だったのかね?」
「いいえ、こちらはディエド様に提供する予定だった部屋となります」
「なんだと!?」

 ティーネの回答に驚いたのは当然ロリババアである。

「そういうことか。彼が殺されたのは言うまでもないがルアフォイス殿が談話室を出た後、ということになる。何人かを除いて我々は全員談話室にいたし、そうなると犯人は――」
「い、いやいやいや。待て待て待て!」

 話の雲行きが怪しくなってきたことを察したロリババアが必死に弁明する。

「談話室を出ていたのはアンナ殿、オブリオ・ディエド殿、トーリス・ガリノイ殿。このいずれかがルアフォイス殿を殺害した、ということになるか」
「わ、わたしではない! 違うぞ!」
「あたしだって犯人じゃありません!」
「一応言っとくと俺でもないぞ」
「ふむ。少なくともその3名にはアリバイがないということにはなる、な」

 英国ダンディが補足するように発言する。
 ありゃりゃ、これってひょっとして犯人側にされちゃう流れ?

「いやいや! ひょっとしたら従者が裏切ってルアフォイスが殺したということも有り得るのではないか!?」
「その発言は魔術師として本気で言っているのだとしたら失笑ものだぞ、ディエド殿?」

 イケメン魔術師の口調は犯人と決めつけているというよりも、発言そのものの迂闊さを批難するような響きをはらんでいた。
 
「見ればわかるだろう。あの手口は常人に可能なものではない。犯人は明らかに魔術師。おそらくは風属性、真空波の魔術によるものだ。切り裂くのと同時に風が吹いていなければ、部屋中にああも血がつくはずがないのだからな」

 イケメン魔術師が的確に状況を整理していく。
 そして、彼の見立てはおそらく間違っていない。あの死体は風の魔法によって瞬時に、バラバラに切り刻まれたのだ。

「もちろん、実はあの従者のほうが魔術師だったというのであれば話は変わるが」
「い、いや……あの小男に魔術は使えない。確かだ。わたしが証言する……」

 がっくりと項垂れたロリババアに向けられる一同の視線が一気に厳しくなる。
 こうなるとルアフォイスが無礼を働いた従者を真空の刃で切り裂いたのでもない限り、犯人はルアフォイスと因縁があり、動機もあるであろうロリババアということにされてしまいそうだが……。

「あ、あの!」

 へたりこんでいたアンナちゃんがいきなり立ち上がって、慌てて弁解するように身振り手振りを交えながら話し始めた。

「実は鍵がかかっていたので、ノックしたんです。そうしたらひとりでに扉が開いて……覗いてみたら中に死体が」

 ほうほう。その話が本当なら……。

「ミス・アンナの言葉が真実なら……部屋は密室だったことになる、な」

 英国ダンディが俺と同じ考えを口にした。

「密室? そのようなもの施錠の魔術を使えばいくらでも取り繕うことができるであろう」
「……やれやれ。オカルトは専門外なのだが、ね」

 イケメン魔術師がにべもなく切り捨てると、英国ダンディが肩を竦めた。

「まあ、ルアフォイス殿が誰に殺害されたのか……そのようなことは瑣末事だ。問題はむしろ、別のところにある」

 殺人事件をあっさり瑣末事と言ってのけるあたり、このイケメン魔術師も尋常ではない。
 もっとも……道徳やら倫理観やらに基づいた反対意見も出ないあたり、他の魔術師も同じことを考えているのだろうが。

「残念ながら、このような事件が起きてしまったわけだが。賢者の称号の継承儀式は中止になるのかね?」

 そう。
 ここにいる全員、殺人鬼に自分も襲われるかもしれない、なんて心配はしていない。自分なら返り討ちにできる自信がある者ばかりだ。
 皆が皆、ここに集まった理由や目的を考えれば当然のこと。

「いいえ。その点に変更はありません」
「そうか。それは良かった」

 ティーネの返答にイケメン魔術師が笑顔を浮かべる。
 これまで見た中でも一番、ほりの深い笑みだった。

「もう一つ確認なのだが、候補者の選定はすでに始まっていると考えて良いのかね?」
「その質問について、わたくしにはお答えいたしかねます」
「よろしい、結構」

 ひとつ咳払いをして、イケメン魔術師が全員に振り返り、両手を広げた。

「聞いてのとおりだ、諸君。どうやら今回の催しは『そういうこと』らしい。で、あれば……もはや我々が談話室で一同に会する必要もないと思うが、どうかね?」

 反対意見は出ない。
 出るわけがなかった。

「では、各人の武運を祈らせていただこう」

 イケメン魔術師が背を向けて去っていったことをきっかけに、ひとり、またひとりと現場を去っていく。
 各々の目的のために動き出すのだろう。

「で、どうする?」

 ロリババアに問いかける。

「……訊くまでもなかろうよ。賢者の遺産を手に入れるのに相応しいことを、示すのみだ」
「ははっ、そうこなくっちゃな」

 こうして、俺達もまた動き出すのだった。

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