日替わり転移 ~俺はあらゆる世界で無双する~(※MFブックスから書籍化)

epina

65.少女の願い! 戦慄のオニキス

 クリスタルゲイン本部に帰ろうと言い出した赤井の提案を跳ね除け、松田からの呼び出しもガン無視。
 そのままミドガルダの市街区をブラついていた。

「ふざけやがって……ふざけやがって!」

 最初から気に入らなかった。
 あんなエセ正義の連中に仲間だと思われるだけで、虫唾が走る。

 それでも、あいつらが真面目に世界を守ろうとしているのは疑いようがない。
 例え無駄だとしても、虚しい正義を掲げているとしても、抗う姿勢まで否定する気にはなれなかった。
 運命に抗っているのは、俺も同じ。 
 だから、クリスタルゲインに入ることにも承諾した。

 だっつーのに……何なんだ本当に、クッソ。

 俺の心の中で、すわりの悪くなってる箇所がある。
 何かがしっくりこないんだ。
 なんというかここに来てからというもの、首尾一貫できてない気がする。

 でも、それがなんなのかがよくわからない。
 だから余計にイラつくのだ。

「あ、いた!」
「あぁん?」

 聞き覚えのある声に呼び止められて振り返る。
 ここにいるはずのない、いていいはずのない女がいた。
 蓮実だ。

「お前、脱走してきたのか……」

 心底呆れながら見つめると、蓮実がぷいっと視線を逸らした。

「ついていけないわよ、あんなの!」

 まあ、強制ってわけじゃないから別に逃げようと思えば逃げられるけど。
 お局様の覚えが悪くなるだけだぞ。
 そういう意味じゃエヴァの中での蓮実の評価は最悪だろうし、問題ないか。

「そんなことよりダーリン。松田さんがアンタと話がしたいって言ってるわよ」
「俺に話すことはない。クリスタルゲインからは抜ける」
「なんですって!? わたしがせっかく頑張って取り入……仲良くしてんのに!」

 別に俺のためじゃなくて、自分のためだろ?
 何を恩着せがましく言ってんだか……。

「アンタ、わたしを嫁にするって言ったじゃない。なんなのよ、この扱いは! せめてわたしをちゃんと構いなさいよ!」
「前も言ったが、その要求はルール6に違反する。俺はまだいいがエヴァに聞かれたらやばいぞ」
「何がルールよ、くだらない!」

 こいつ、あれだけ絞られたのに全然懲りてないのか……。
 やっぱりリリースしようかね。
 ああ、でも一応……警告だけはしてやるか。

「言っておくけど、この異世界は滅びるぞ。俺ならともかくエヴァにリリース判定出されたら、世界と運命を共にすることになるんだが」
「はぁ? 何言ってるのよ。レフトーバーを全部倒せば破滅は回避できるのよ。わたしが本気になれば楽勝じゃない」
「松田が言ってたことか? アレな、的が外れてるぞ。レフトーバーをどうこうしたところで破滅の未来は変わらない」

 あいつらが滅びに抗う分には自由だ。
 だけど、誓約でもないのに俺が首を突っ込む必要はどこにもない。
 もっとも、仮に松田が誓約者だったとして俺が真面目に取り組むかは怪しいが。

「あー、クソエヴァも言ってたけど……嘘でしょ! あはっ、ルール3!」
「ルール3? お前何を言って――」
「そうやって私のことを騙して。いっしょにいたいからでしょ? わかってるわよ」

 ああ、なんてこった。
 こいつ、俺がこれまで相手にしてきたクズビッチとは一味違う。
 受け入れられない現実は全部嘘で、自分に都合のいいことだけが真実かよ。
 うん、ただ単に救いようのないクズだわ。

「わかった。好きにしろよ」

 事実上「お前のことを見捨てる」という俺のメッセージの意図に、蓮実は結局気づくことなく……。

「ふん。だったら、そうさせてもらうわね!」

 勝手に怒って勝手に去っていくのだった。



 その夜。
 結局俺は本部に帰らず、街を見渡せる高さのビルに座り込んで魔導炉の青い炎を眺めていた。

 青の輝きは星の魂そのもの。コイツを燃焼させて、この街を運営するあらゆるエネルギーが作られている。
 炎が燃え尽きるとき、それがこの異世界の最期となるのだ。

「夢見の準備が整いました、マスター」
「そうか」

 一切の気配なく現れたエヴァに、俺が驚くことはない。
 この人外嫁は自分が行きたいと思った場所にいつでも『自分がいることにできる』のだから。

「なあ、どう思う?」
「イツナさんとシアンヌさんは何も問題はありません。むしろ、よく見つけたとマスターの手腕を褒め称えたいところです。あのゴミ女神は論外として」
「いや、そうじゃなくて……この世界」

 おや、とエヴァが目を丸くしながら口元に手を当てた。
 「失礼しました」と己の勘違いを謝罪してから、感情の籠っていない機械的な声で意見を述べ始める。

「この世界はとても哀れです。そしてこの街は、とても醜いと感じます。マスターがひと思いに消し去らないことが不思議でなりません」
「なんかそうしちゃいけないっていうか、そんな気がするんだよ……」

 この異世界に来てからずっと抱いている違和感。
 暇つぶしと称しながら滅びゆく異世界を介錯しなかったり。
 深入りすまいと思いつつ、なんとなく理由をつけてクリスタルゲインに参加してしまったり。
 連中が気に食わないと思いつつも、煮え切らない態度を取ってしまったり。

 あれからここでじっくり考えたのだが、おそらく何かが俺の無意識に干渉している。
 その正体にも、薄々だけど勘付いた。
 だけど俺の考える想定と大きく矛盾するので、只の勘違いという可能性も捨てきれない。

 だから、だ。
 だから確かめに行く。
 俺の誓約者であろう星の意思に、直接問い質す。

 俺に何をしてほしいのか、と。

「そろそろ頼む、エヴァ」
「このような過程は無駄でしかないとは思いますが、マスターがそうしたいというのなら是非もありません。おっしゃるとおり夢見のリスクも低そうですからね」

 俺の安全が脅かされる指示に、エヴァは絶対従わない。
 その意志は誓約や世界の命運より優先される。
 俺を守るためなら無限ループ異世界に幽閉することも辞さない過保護嫁なのだ。

 そして誤魔化しも通用しない。
 だからこそ、エヴァを動かすには嘘偽りなく問題ないのだと納得させねばならない。
 ルール3もあるし、昔ほど俺も弱くないからハードルはだいぶ低くなってるけど。
 ただ「本当の事だと信用しつつ従わない」ということもしてくるし、ルール2で従うように強制でもしようものなら後ででかい代償を支払う事になる。

「では、寝てください」
「わかった」

 自分の脳を操作してすぐに浅い睡眠状態になる。
 夢を見始めたことを自覚して目を開くと、もう白い空間の中にいた。

 エヴァの夢見の効果は至って単純、俺と星の意思の夢を繋ぎ、ひとつにするだけ。
 俺自身に夢を操るようなチート能力はないし、下手な夢使い能力者では俺の夢を操作することなど、それこそ夢のまた夢。
 そういう意味でもエヴァにしかできない芸当と言える。

「星の意思への道」

 夢の中の俺が念じると、何もなかった空間に光輝く一筋の道が伸びていく。
 導きに従って歩いていくと、すぐ目的のものが見つかった。
 いや、それがそうだと気づくのに一瞬の間を必要としたが。

「女の子?」

 真っ白なワンピースを着た7~8歳ぐらい少女が横たわった状態でふよふよ浮かんでいる。どうやら眠っているようだ。
 周囲には小さな金魚のようなものが数匹泳ぎ回っている。

「星の意思の魂の形が人の姿っていうのは珍しいな……」

 星の意思が顕現するときの形状は魂の形そのままだ。
 単なる光の玉とか、樹とか、動物が多い。
 夢の中でも変わらないから、現実世界に顕現するときも少女の姿をしているということになる。

 近づこうとすると、金魚たちが俺を追い立てるようにツンツンとつついてきた。
 かわいいものだが、これでも星の意思の守護者。
 並の人間の魂なら触れられただけで存在ごと消し飛ぶ。

「大丈夫、お前らのご主人には何もしないよ」

 無碍に追い払わずに少女に近づくと、金魚たちも心配そうについてきた。
 うなされながら眠る少女の顔を覗き込み、じっくりと観察する。
 全身が穴あきチーズみたいに虫食いになっていて、右手と下半身に至っては完全になくなっていた。
 欠けてる部分は赤ではなく白い断面になっていて、出血もない。
 人間たちに魂を喰いつくされて、完全に死に体。
 この子の肉体、つまり星そのものは既に壊死している。だから魂の簒奪がなくなっても死は時間の問題だ。

「まあ、少しなら大丈夫かな?」

 少しずつ、点滴のような要領で慎重に魂のエネルギーを送り込む。
 封印域にプールしてある分を除いて、俺の手持ちの魂エネルギー総量は少なく見積もっても数百の世界を満たしてお釣りが来る。
 髪の毛一本分だけでも与えれば、気休めになるだろう。

「ん、ぁぅ……」
「あ、起こしちゃったか」

 少女がぐずるような声をあげながら、薄目を開いた。
 まあ、起きてもらわなきゃ話が進まないから助かるんだけど。
 おめめをぱちくりさせながら、少女が問いかけてくる。

「にぃちゃ、だぁれ?」
「通りすがりの……いや、いいや。キミに召喚されたお兄ちゃんだよ」

 俺がそう告げたことによる少女の変化は劇的だった。
 パァッと花が咲くような笑顔を浮かべ、目を輝かせる。

「来てくれた、にぃちゃ好きぃ……なでぇ……」
「よしよし」

 撫でてほしそうに頭を揺らしていたので、望み通りにしてやると……俺の触れた部分の虫食いが回復してしまった。
 一気にやり過ぎると逆にこの子を殺してしまうので、気をつけねばならない。

「にぃちゃ、おねがい、おねがいあるの」
「ああ、なんだい?」

 俺が優しく促すと、少女はすごく真剣なまなざしで俺を見据え、口を開いた。

「助けて」

 その言葉に。
 納得と了解、二つの意味で頷いた。

 ああ、そうだろうとも。
 死にかけの星の意思の望みは、常に同じ。
 自己の存続をおいて他にない。

 俺の処置方法はその時々によって違うが、見たところこのケースなら助けられる。
 おそらくこの子は人間の魂が星の意思として転生してしまった存在。
 日本人ではないようだが、別に転生でチート存在になるのは日本人だけの専売特許ではないしな。

 もし星を介錯していたら、俺はこの少女を殺してしまっていただろう。
 助けられる命、救える魂。俺も人間だから、星の意思が人間の少女だというのなら助けたくなるのが人情というもの。

 今まで俺が変だったのも、何となく予感があったのかもしれない。
 ようやく納得できた。
 ああ、そういうことなら助けよう。

 とはいえ夢見じゃ無理だから、正式にこの子を召喚するために地上と星の核を結ぶ経絡けいらくを見つけ出す必要がある。
 まあ、本気で探せばなんとかなるだろう。エヴァも手伝ってくれるだろうし。

「ああ、約束しよう。キミを助ける」

 そう思って油断していた。
 これまでの前例がすべてだと。
 全部解決できると早合点して、俺は笑顔でそう答えてしまった。

 なのに。
 なのに、この少女は。



「助けて、あげて」



 首を、横に振ったのだ。

「……なんだって?」

 何かの間違いだと思った。
 だから聞き返す。
 もう一回言ってくれ、と。

「みんな、を、助けて、あげて」

 そして今度は聞き違えようのない願いを口にされ。
 いよいよ、俺は完全に打ちのめされた。

「ぐぅっ」

 眩暈を覚えてたたらを踏み、頭を抑えながら思わず呻いてしまった。

 よりにもよって、この俺が。
 こんな無力で死にかけの女の子に。
 どうしようもなく押されてしまった。 

「わたし、どうなっても、いい」 

 自分を殺そうとしている者達の救済。
 それが、少女の願いだった。

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