日替わり転移 ~俺はあらゆる世界で無双する~(※MFブックスから書籍化)
59.今こそ叫べ! 君もクリスタライズ
「ひっ!」
蓮実が瓦礫の崩れる音に肩をビクンと震わせる。
「何してんだ。置いてくぞ」
「ううー……」
最初のうちは「わたしを元の世界に帰せ!」と主張し続けていた蓮実だったが、今ではずいぶん大人しくなっている。
俺に解放する気が全くないこと。
俺には絶対に勝てないこと。
俺の側を離れて異世界で生き残ることはできないこと。
ここ2日間でそれらを嫌というほど思い知ったからだろう。
創世神である白海蓮実は決して弱小な存在ではない。
それどころか記憶を取り戻した今の蓮実には半端なチートホルダーでは全く太刀打ちできないはずだ。
創世神とは異世界を創造する力をもつ神の一種である。
神々本体の力を左右する要素は邪神や豊穣神などもだいたい同じで、以下の4つで決まる。
神性、位格、権能、信仰心だ。
まず神性。これは神としての力の総量だと思ってもらえればいい。
蓮実の場合、この神性が俺に処女を奪われたことよって大幅に減退している。
しかもその際に上下関係のはっきりしたやりとりがあったので、蓮実が俺に対して神性を発揮するような行為は原則として無効化される。
まあ、仮にできたからといって俺に通用するはずもないが。
次に神としての位。俺が『位格』と呼んでいるもの。
こいつはそのまま、神としてどれぐらいの地位にあるのかを表す。
至高神のクソ神をトップとして、最上位神、上位神、中位神、下位神、最下位神といった具合で並ぶ。
神々同士の戦いにおいて位格は非常に重要なファクターとなるが、今はそこまで語る必要もないだろう。
俺の見立てだと蓮実は最下位神で、それでもそこらの魔王よりははるかに強い。
シアンヌの親父は魔王でありながら最下位神に足を突っ込んでいたという意味で別格だったと言えるだろう。
三つ目が権能で、神々が司る属性のようなものだ。
例えば権能が破壊なら破壊神、創世なら創世神、雷なら雷神といった具合に分類される。クソ神みたいに複数の権能を持っている神もいる。
細かく分類すればするほど複雑になるので、俺も適当にしか覚えてないのは勘弁な。
とりあえず蓮実の場合、権能を使って水や食べ物を生み出したりできないところを見ると創世神としては下の下、未熟もいいところのようだ。
てっきり魔力波動も日本人に偽装しているのかと思ったのだが、真名も白海蓮実であるところを見ると元日本人が神に転生したとかそんなあたりじゃないかと思う。
最後に信仰心。
これが一番重要で、その名のとおり信者から寄せられる信仰のことだ。こいつを多く集めた神ほど位格が高くなる。
しかも信仰を集めるメリットは何も位格だけにとどまらない。
クソ神が作り出した運営システムにより、過去とは比較にならないレベルで魂のエネルギーが手に入るからだ。
これが神性を回復するリソースにもなるし、権能を振るうためにも必須である。
異世界人が信者として数えられるのはもちろんだけど『観測者』と呼ばれる宇宙の外側にいる高次存在から寄せられる関心に応じても、ガフの部屋から魂のエネルギーを振り分けてもらえるらしい。
俺も嫁からの又聞きだから詳しく知らないけどさ。
ともあれ創世神である蓮実は自分が担当ではないこの異世界では信仰を集めることができない。
位格の上昇はおろか、魂のエネルギーを用いて神性を回復することすらままならない。
手持ちの力で俺に勝てない以上、諦めるしかないということだ。
ハーレムルールにも全く納得していない様子だったが、半日俺が姿を消しただけであっさり折れた。
心細いとか怖いとか、そういうのじゃない。
単純に飲み食いするのに不自由するからだ。
飲食不要チートを持っていない蓮実は、ごく普通に水と食料がなければ生きていけない。
当然蓮実は保存食や水を持ってきていないので、頼みの綱は俺のアイテムボックスということになる。
生きていくために俺に従う……感情では到底受け入れられなくても、理性ではそう判断するしかなかったのだろう。
それでも長くはもたないだろうな。
仮にこの異世界での誓約を果たすまでついてこられたとしても、いずれ俺から離れていくのは目に見えている。
「一体、どこに向かってるのよ」
蓮実が初めて、この異世界に関わる質問をしてきた。
いよいよ帰ることを諦めたかな。
「さあな。一応、人里の在りそうな方角に向かってるんだが」
それでも急ぐ必要はないから、蓮実に合わせてのんびり歩いている。
ある理由から誓約者を探す必要も今のところ感じない。
一応、会うために必要なものを探してはいるのだが。
「ふざけないでよ!」
俺の煮え切らない返答に蓮実が悪態をついてくる。
「いや、至って大真面目なんだけどな」
今歩いている廃墟だって、元々は人が住んでいた場所に間違いない。
かつてはきちんと舗装されていたと思しき街道を辿っているから、いずれ異世界人にも出くわすはず。
絶滅していなければ、だが。
これまで空の暗雲が晴れる様子はまったくなかった。
俺も蓮実も暗闇を見通す程度の能力があるので不自由してないが、普通の人間ならロクな光源もなく歩き回れるような環境ではない。
さらにこの異世界には見渡すばかりの荒野と岩山、そして廃墟しか見当たらなかった。
食料や水も現地調達できないし、人類そのものが滅びているとしても不思議じゃない。
「早いところ、こんな汚くて埃っぽい場所じゃなくて……ちゃんとした都会に行きたいのよ! 体も髪も洗いたいし……もう、無理っ! 限界よ!」
「あ?」
砂利が立てた音に振り返ると、蓮実が両手を地面についてへたりこんでいた。
「おいおい、さっきの休憩から20分も経ってないぞ」
「嫌よ! 疲れたの! 一歩だってここから歩きたくない!」
あー、面倒くせぇ。
ぼちぼち荒野を歩かせてヒィヒィ言うところを見るのも飽きてきたし、石化して封印珠にぶち込むか。
いや、コイツを隔離する当初の目的は果たしたと言えるし、ここらで放置してもいいかな。
「だからおぶって……って、無視して行かないで! わたしを嫁にして連れていくってんなら、責任持ってよ!」
背を向けて歩き始めた俺を必死に引き止める蓮実。
「ルール6。俺はお前らを幸せにしない。お前らが自力で幸せになれ……説明したよな?」
肩越しに振り返り、冷たく言い捨てる。
自分の問題を自力で解決できない女では、どっちみち俺についてこれない……そういうルールだ。
しかし蓮実はまったく堪えず、猫なで声で俺を誘惑し始めた。
「そんなこと言って。わかってるんだから。昨日だってちゃんと戻ってきたし。なんだかんだ言って、わたしのことが好きだから放っておけなかったんでしょ?」
ああ、どれぐらいで根を上げるのかフェアチキ食いながら近くで見張ってたからな。
それにしても白海蓮実、めでたい頭をしてやがる。本気で俺が自分に惚れていると確信してんのな。
だからワガママを言ってもナァナァで済ませられると、タカを括っているわけだ。
この辺、今までリリースしてきたクズビッチと一緒だなー。
つーか、夜もシアンヌに比べて大したことない割に自分の技術に自信がありますって感じが鼻につくし……。
それでいて、イツナみたいなかわいいキャラを装う部分もあるんだけど、本性知ってると寒々しい。
今みたいにビッチビッチしてる分には好みなんだがルール6を破ってくれたし、そろそろリリースしよう。
「先に行くぞ」
「ふふ、お好きに♪」
俺の宣言にも蓮実は余裕の声だ。
戻ってくると確信してるんだろうけど。
そのまま餓死でも衰弱死でも、お好みでどうぞ。
「さて、どうするかな」
のんびり歩きながら方針を考える。
実のところ、人里を探すことにはあんまり意味がない。
俺を召喚したのは人間ではないし、拠点だってその気になればクラフトで作れる。
それに『誓約を果たすまでもなく』じきに次の異世界に召喚されるはず。
俺は待つだけでいい。蓮実と瓦礫を彷徨ったのも、ほとんど暇つぶしのためだしな。
そういうわけで縮地も使わずのんびり歩いていると。
「ひゃああああああっ!!! たーすーけーてーーーーーっっ!!!!」
背後から蓮実の絶叫が聞こえた。
振り返ると、さっきまで疲労を訴えていたはずの蓮実が全力疾走で土煙をあげながら、こちらに向かってきている。
この際、蓮実のことはどうでもいい。
その後ろ、蓮実を追いかけ回してる化物の方が問題だろう。
外見を一言で言い現すなら『魚の骨』だ。
ただし大きさは人間の数倍。
サバやサンマみたいな普通の魚の骨ではない。
ピラニアの形相をさらに凶悪にして角を無数に増やし、牙も鮫みたいにびっしり生え揃っている。
そいつをガチガチと打ち鳴らしながら水のない空間を自在に泳ぎつつ、涙目の蓮実を追い詰めていた。
「やれやれ……」
本気で見捨てるつもりだったのに、ついてきちゃったんじゃしょうがない。
白海蓮実、悪運の強い女だ。
面倒くさいと思いつつも蓮実の横を縮地で通り過ぎて、魚骨のツラを蹴っ飛ばす。
「ん?」
魚骨が吹っ飛んで向こうの瓦礫に埋もれたが、まるで手ごたえがない。
この感じ、覚えがある。ひょっとして……。
「鑑定眼」
俺の蹴りを喰らっておきながら無傷で瓦礫の中から飛び出した魚骨を凝視する。
その真名を見て、ダメージを喰らってないことには納得。
納得だが……。
「……なんか変だな」
「ち、ちょっと! 早くやっつけなさいよね!」
ええい、蓮実うるさいぞ。
お前も神なんだから戦う気骨ぐらい見せんかい。
とはいえ、最下位神程度じゃコイツの相手はきついか。
とか思ってる間に魚骨が大口を開けて迫ってくると蓮実が涙ながらに絶叫した。
「ひ、ひー!? さっきより速い!!?」
遅ェ……いつまで待たせるんだよ。
そうは思いつつも様子見を決めた俺はバックステップで牙の攻撃をかわす。
バクン、と魚骨の口が閉じられると俺の立っていた大地がまるごと消えた。
蓮実がみっともない悲鳴をあげる。
「地面が抉れて陥没してる!? と、とんでもなく強いバケモノじゃない!!」
……いや、逆だ。弱すぎる。
真名を考えたら、この周囲一帯の地面が丸ごとなくなったって不思議じゃない。
鑑定眼が誤作動してるんじゃなければ弱体化してるんだ。
そもそも骨の恰好なのも解せないが、コイツだけそういう個体なのか……?
「まあいいか、気にしたところで意味は……って」
「ひゃー!? なんでわたしを狙うのーっ!?」
魚骨が俺を飛び越して後ろの蓮実を狙い始めた。
んー、まあコイツの習性を考えたら蓮実なんていい餌だよな……。
「まあいい。そろそろ目障りだ」
完全な状態ならともかく、弱体化してるんじゃウォーミングアップにもなりゃしない。
事実、アイテムボックスから魔剣を取り出して放った魔閃はあっさり魚骨を両断した。
地面に落ちると同時、魚骨は光の粒子となって消滅していく。
「へーえ。鑑定眼はバグってなさそうだな」
魂を喰う魔剣で問題なく倒せたってことは、やっぱりアレだったってことだ。
「ふ、ふん! わたしの旦那はアンタなんかひとひねりなんだからね!」
蓮実が骨の消えた地面をげしげしと踏みつけている。
昨晩は俺の嫁なんて嫌だとか抜かしてたくせに、なんて変わり身の早い女だ……。
「いやあ、見かけばかりで大したことなかったわね! これなら次に何匹出て来たって――」
「おい」
気安く話しかけてくる蓮実の背後を指差す。
「何よ……って」
蓮実が振り返った先には、先ほどまでいなかった魚骨達が浮いていた。
その数、おおよそ20匹。
「う、嘘でしょ?」
「たいした高速フラグ回収だな。舌を巻くぜ」
普通に一匹ずつ斬るんじゃ、蓮実を守るのは無理かもなー。
ま、別に守らなくていいや。
そう決意しつつ、蓮実を盾にするようにしながら剣を構えると。
「「「「クリスタライズ!」」」」
複数のかけ声があがるとともに、瓦礫の一角から極彩の輝きが漏れた。
魚骨どもの頭が一斉に光の方へ向く。
「怪我はないか、ふたりとも!」
さらにそことは別……一際高い廃ビルの上から声をかけられる。
屋上に立っていたのは、ロングコートを棚引かせた青年――日本人だった。
「レフトーバーのことは俺たちに任せてくれ。いくぞ!」
その青年は水晶の欠片のようなものを眼前に掲げ、叫んだ。
「クリスタライズ!」
すると水晶が光輝いて、青年を包み込む。
光が収まると……そこには、赤いスーツを全身に纏った戦士が立っていた。
宝石のように透明感のある、それでいて赤みがかったスーツ。
それはまるで遠い昔、子供のころの日曜日の朝に見た姿を思わせる。
「……変身ヒーローのいる世界、ってか?」
ファンタジーに思いっきり喧嘩を売っている連中を眺めながら、俺は呆れ声で独りごちるのだった。
蓮実が瓦礫の崩れる音に肩をビクンと震わせる。
「何してんだ。置いてくぞ」
「ううー……」
最初のうちは「わたしを元の世界に帰せ!」と主張し続けていた蓮実だったが、今ではずいぶん大人しくなっている。
俺に解放する気が全くないこと。
俺には絶対に勝てないこと。
俺の側を離れて異世界で生き残ることはできないこと。
ここ2日間でそれらを嫌というほど思い知ったからだろう。
創世神である白海蓮実は決して弱小な存在ではない。
それどころか記憶を取り戻した今の蓮実には半端なチートホルダーでは全く太刀打ちできないはずだ。
創世神とは異世界を創造する力をもつ神の一種である。
神々本体の力を左右する要素は邪神や豊穣神などもだいたい同じで、以下の4つで決まる。
神性、位格、権能、信仰心だ。
まず神性。これは神としての力の総量だと思ってもらえればいい。
蓮実の場合、この神性が俺に処女を奪われたことよって大幅に減退している。
しかもその際に上下関係のはっきりしたやりとりがあったので、蓮実が俺に対して神性を発揮するような行為は原則として無効化される。
まあ、仮にできたからといって俺に通用するはずもないが。
次に神としての位。俺が『位格』と呼んでいるもの。
こいつはそのまま、神としてどれぐらいの地位にあるのかを表す。
至高神のクソ神をトップとして、最上位神、上位神、中位神、下位神、最下位神といった具合で並ぶ。
神々同士の戦いにおいて位格は非常に重要なファクターとなるが、今はそこまで語る必要もないだろう。
俺の見立てだと蓮実は最下位神で、それでもそこらの魔王よりははるかに強い。
シアンヌの親父は魔王でありながら最下位神に足を突っ込んでいたという意味で別格だったと言えるだろう。
三つ目が権能で、神々が司る属性のようなものだ。
例えば権能が破壊なら破壊神、創世なら創世神、雷なら雷神といった具合に分類される。クソ神みたいに複数の権能を持っている神もいる。
細かく分類すればするほど複雑になるので、俺も適当にしか覚えてないのは勘弁な。
とりあえず蓮実の場合、権能を使って水や食べ物を生み出したりできないところを見ると創世神としては下の下、未熟もいいところのようだ。
てっきり魔力波動も日本人に偽装しているのかと思ったのだが、真名も白海蓮実であるところを見ると元日本人が神に転生したとかそんなあたりじゃないかと思う。
最後に信仰心。
これが一番重要で、その名のとおり信者から寄せられる信仰のことだ。こいつを多く集めた神ほど位格が高くなる。
しかも信仰を集めるメリットは何も位格だけにとどまらない。
クソ神が作り出した運営システムにより、過去とは比較にならないレベルで魂のエネルギーが手に入るからだ。
これが神性を回復するリソースにもなるし、権能を振るうためにも必須である。
異世界人が信者として数えられるのはもちろんだけど『観測者』と呼ばれる宇宙の外側にいる高次存在から寄せられる関心に応じても、ガフの部屋から魂のエネルギーを振り分けてもらえるらしい。
俺も嫁からの又聞きだから詳しく知らないけどさ。
ともあれ創世神である蓮実は自分が担当ではないこの異世界では信仰を集めることができない。
位格の上昇はおろか、魂のエネルギーを用いて神性を回復することすらままならない。
手持ちの力で俺に勝てない以上、諦めるしかないということだ。
ハーレムルールにも全く納得していない様子だったが、半日俺が姿を消しただけであっさり折れた。
心細いとか怖いとか、そういうのじゃない。
単純に飲み食いするのに不自由するからだ。
飲食不要チートを持っていない蓮実は、ごく普通に水と食料がなければ生きていけない。
当然蓮実は保存食や水を持ってきていないので、頼みの綱は俺のアイテムボックスということになる。
生きていくために俺に従う……感情では到底受け入れられなくても、理性ではそう判断するしかなかったのだろう。
それでも長くはもたないだろうな。
仮にこの異世界での誓約を果たすまでついてこられたとしても、いずれ俺から離れていくのは目に見えている。
「一体、どこに向かってるのよ」
蓮実が初めて、この異世界に関わる質問をしてきた。
いよいよ帰ることを諦めたかな。
「さあな。一応、人里の在りそうな方角に向かってるんだが」
それでも急ぐ必要はないから、蓮実に合わせてのんびり歩いている。
ある理由から誓約者を探す必要も今のところ感じない。
一応、会うために必要なものを探してはいるのだが。
「ふざけないでよ!」
俺の煮え切らない返答に蓮実が悪態をついてくる。
「いや、至って大真面目なんだけどな」
今歩いている廃墟だって、元々は人が住んでいた場所に間違いない。
かつてはきちんと舗装されていたと思しき街道を辿っているから、いずれ異世界人にも出くわすはず。
絶滅していなければ、だが。
これまで空の暗雲が晴れる様子はまったくなかった。
俺も蓮実も暗闇を見通す程度の能力があるので不自由してないが、普通の人間ならロクな光源もなく歩き回れるような環境ではない。
さらにこの異世界には見渡すばかりの荒野と岩山、そして廃墟しか見当たらなかった。
食料や水も現地調達できないし、人類そのものが滅びているとしても不思議じゃない。
「早いところ、こんな汚くて埃っぽい場所じゃなくて……ちゃんとした都会に行きたいのよ! 体も髪も洗いたいし……もう、無理っ! 限界よ!」
「あ?」
砂利が立てた音に振り返ると、蓮実が両手を地面についてへたりこんでいた。
「おいおい、さっきの休憩から20分も経ってないぞ」
「嫌よ! 疲れたの! 一歩だってここから歩きたくない!」
あー、面倒くせぇ。
ぼちぼち荒野を歩かせてヒィヒィ言うところを見るのも飽きてきたし、石化して封印珠にぶち込むか。
いや、コイツを隔離する当初の目的は果たしたと言えるし、ここらで放置してもいいかな。
「だからおぶって……って、無視して行かないで! わたしを嫁にして連れていくってんなら、責任持ってよ!」
背を向けて歩き始めた俺を必死に引き止める蓮実。
「ルール6。俺はお前らを幸せにしない。お前らが自力で幸せになれ……説明したよな?」
肩越しに振り返り、冷たく言い捨てる。
自分の問題を自力で解決できない女では、どっちみち俺についてこれない……そういうルールだ。
しかし蓮実はまったく堪えず、猫なで声で俺を誘惑し始めた。
「そんなこと言って。わかってるんだから。昨日だってちゃんと戻ってきたし。なんだかんだ言って、わたしのことが好きだから放っておけなかったんでしょ?」
ああ、どれぐらいで根を上げるのかフェアチキ食いながら近くで見張ってたからな。
それにしても白海蓮実、めでたい頭をしてやがる。本気で俺が自分に惚れていると確信してんのな。
だからワガママを言ってもナァナァで済ませられると、タカを括っているわけだ。
この辺、今までリリースしてきたクズビッチと一緒だなー。
つーか、夜もシアンヌに比べて大したことない割に自分の技術に自信がありますって感じが鼻につくし……。
それでいて、イツナみたいなかわいいキャラを装う部分もあるんだけど、本性知ってると寒々しい。
今みたいにビッチビッチしてる分には好みなんだがルール6を破ってくれたし、そろそろリリースしよう。
「先に行くぞ」
「ふふ、お好きに♪」
俺の宣言にも蓮実は余裕の声だ。
戻ってくると確信してるんだろうけど。
そのまま餓死でも衰弱死でも、お好みでどうぞ。
「さて、どうするかな」
のんびり歩きながら方針を考える。
実のところ、人里を探すことにはあんまり意味がない。
俺を召喚したのは人間ではないし、拠点だってその気になればクラフトで作れる。
それに『誓約を果たすまでもなく』じきに次の異世界に召喚されるはず。
俺は待つだけでいい。蓮実と瓦礫を彷徨ったのも、ほとんど暇つぶしのためだしな。
そういうわけで縮地も使わずのんびり歩いていると。
「ひゃああああああっ!!! たーすーけーてーーーーーっっ!!!!」
背後から蓮実の絶叫が聞こえた。
振り返ると、さっきまで疲労を訴えていたはずの蓮実が全力疾走で土煙をあげながら、こちらに向かってきている。
この際、蓮実のことはどうでもいい。
その後ろ、蓮実を追いかけ回してる化物の方が問題だろう。
外見を一言で言い現すなら『魚の骨』だ。
ただし大きさは人間の数倍。
サバやサンマみたいな普通の魚の骨ではない。
ピラニアの形相をさらに凶悪にして角を無数に増やし、牙も鮫みたいにびっしり生え揃っている。
そいつをガチガチと打ち鳴らしながら水のない空間を自在に泳ぎつつ、涙目の蓮実を追い詰めていた。
「やれやれ……」
本気で見捨てるつもりだったのに、ついてきちゃったんじゃしょうがない。
白海蓮実、悪運の強い女だ。
面倒くさいと思いつつも蓮実の横を縮地で通り過ぎて、魚骨のツラを蹴っ飛ばす。
「ん?」
魚骨が吹っ飛んで向こうの瓦礫に埋もれたが、まるで手ごたえがない。
この感じ、覚えがある。ひょっとして……。
「鑑定眼」
俺の蹴りを喰らっておきながら無傷で瓦礫の中から飛び出した魚骨を凝視する。
その真名を見て、ダメージを喰らってないことには納得。
納得だが……。
「……なんか変だな」
「ち、ちょっと! 早くやっつけなさいよね!」
ええい、蓮実うるさいぞ。
お前も神なんだから戦う気骨ぐらい見せんかい。
とはいえ、最下位神程度じゃコイツの相手はきついか。
とか思ってる間に魚骨が大口を開けて迫ってくると蓮実が涙ながらに絶叫した。
「ひ、ひー!? さっきより速い!!?」
遅ェ……いつまで待たせるんだよ。
そうは思いつつも様子見を決めた俺はバックステップで牙の攻撃をかわす。
バクン、と魚骨の口が閉じられると俺の立っていた大地がまるごと消えた。
蓮実がみっともない悲鳴をあげる。
「地面が抉れて陥没してる!? と、とんでもなく強いバケモノじゃない!!」
……いや、逆だ。弱すぎる。
真名を考えたら、この周囲一帯の地面が丸ごとなくなったって不思議じゃない。
鑑定眼が誤作動してるんじゃなければ弱体化してるんだ。
そもそも骨の恰好なのも解せないが、コイツだけそういう個体なのか……?
「まあいいか、気にしたところで意味は……って」
「ひゃー!? なんでわたしを狙うのーっ!?」
魚骨が俺を飛び越して後ろの蓮実を狙い始めた。
んー、まあコイツの習性を考えたら蓮実なんていい餌だよな……。
「まあいい。そろそろ目障りだ」
完全な状態ならともかく、弱体化してるんじゃウォーミングアップにもなりゃしない。
事実、アイテムボックスから魔剣を取り出して放った魔閃はあっさり魚骨を両断した。
地面に落ちると同時、魚骨は光の粒子となって消滅していく。
「へーえ。鑑定眼はバグってなさそうだな」
魂を喰う魔剣で問題なく倒せたってことは、やっぱりアレだったってことだ。
「ふ、ふん! わたしの旦那はアンタなんかひとひねりなんだからね!」
蓮実が骨の消えた地面をげしげしと踏みつけている。
昨晩は俺の嫁なんて嫌だとか抜かしてたくせに、なんて変わり身の早い女だ……。
「いやあ、見かけばかりで大したことなかったわね! これなら次に何匹出て来たって――」
「おい」
気安く話しかけてくる蓮実の背後を指差す。
「何よ……って」
蓮実が振り返った先には、先ほどまでいなかった魚骨達が浮いていた。
その数、おおよそ20匹。
「う、嘘でしょ?」
「たいした高速フラグ回収だな。舌を巻くぜ」
普通に一匹ずつ斬るんじゃ、蓮実を守るのは無理かもなー。
ま、別に守らなくていいや。
そう決意しつつ、蓮実を盾にするようにしながら剣を構えると。
「「「「クリスタライズ!」」」」
複数のかけ声があがるとともに、瓦礫の一角から極彩の輝きが漏れた。
魚骨どもの頭が一斉に光の方へ向く。
「怪我はないか、ふたりとも!」
さらにそことは別……一際高い廃ビルの上から声をかけられる。
屋上に立っていたのは、ロングコートを棚引かせた青年――日本人だった。
「レフトーバーのことは俺たちに任せてくれ。いくぞ!」
その青年は水晶の欠片のようなものを眼前に掲げ、叫んだ。
「クリスタライズ!」
すると水晶が光輝いて、青年を包み込む。
光が収まると……そこには、赤いスーツを全身に纏った戦士が立っていた。
宝石のように透明感のある、それでいて赤みがかったスーツ。
それはまるで遠い昔、子供のころの日曜日の朝に見た姿を思わせる。
「……変身ヒーローのいる世界、ってか?」
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