日替わり転移 ~俺はあらゆる世界で無双する~(※MFブックスから書籍化)
55.第二王子ドレイク=オーヴァン
残念ながら、蓮実は俺のところに通わなかった。
というより、物理的に通えなくなった。
俺に解放された男どもに付きまとわれて、それどころではなくなったのである。
「どういうフラグが立ったの!?」とか叫びながら逃げ回ったり隠れたりしている有様だ。
俺が異世界に留まれているから蓮実も隠しキャラ攻略を諦めてはいない。
今回のハプニングもイベントか何かだと思っているのだろうな。
「ちょっと、一緒に来てもらえる?」
彩奈ちゃんが俺を呼び出したのは5日目のこと。
風呂の覗きがバレたのでは、と内心ドキドキしていたのだがそんなこともなく。
空き教室でセリーナ嬢と引き合わされた。
すると出会いがしらにセリーナが目を丸くする。
「ええと。どこかでお会いしたこと、ありませんか?」
ん?
前に会ったときは気絶してたでしょ、アンタ。
「いいや」
「そうですか、失礼いたしました。初めまして、セリーナ=ブロンシュネージュです。お話は聞いています」
「どうも、しがない異世界トリッパーの逆萩亮二です」
頭をぽりぽり掻きながら、5日目にして初めて挨拶を交わす状況に思わず苦笑した。
「いろいろと便宜をはかってくださって、ありがとございます」
「礼には及ばないよ」
既に報酬として貴女のあられもない肢体を何度となく拝見させていただいておりますので。
「それでその……ご相談がありまして。わたくしの、その、事故死について」
震える手を抑えつつ俯き、か細い声で呟くセリーナ嬢。
彩奈ちゃんに優しく肩を叩かれると、ハッと顔を上げる。
申し合わせたように頷き合うと、セリーナ嬢は意志の強そうな瞳でまっすぐ見つめてきた。
「ひょっとしたら、わたくしは暗殺されるのかもしれません」
「暗殺か……」
事故死の真相が実は暗殺だった……まあ公爵令嬢が偶然死にしましたよりは納得できる話だ。
「となると、犯人はやっぱりアレ王子か?」
「いえ、エピローグを見る限りアレン様はショックのあまりヒロイン……今回でいう白海蓮実さんとの関係を断つはずですから」
ああ、そういやそういう話だったな。
「もちろん、手の者が気を利かせたという可能性もなくはないですが。平民を殺すならともかく、わたくしは公爵令嬢です。部下が勝手にやりました、などということは考えにくいかと」
彩奈ちゃんも頷いているから、その辺はパターン的にも信じていいってことかね。
「じゃあ、誰だと思うんだ?」
「一番可能性が高そうなのは、第二王子ドレイク様かと」
「ドレイク?」
そういえば、たまーに名前が出ていたような。
「生憎とお会いしたことは一度しかありませんが……野性味溢れる逞しい方でした。この国のことを真に思っているのはドレイク王子という話もよく聞きます。あの方だとは思いたくありませんが、他には特に思い当たらないのです」
「ふぅん。アンタを殺して、そいつにどんな益がある?」
「アレン様を失脚させることができます。正式に婚約破棄が通ればともかく、今は保留している最中。ならば今のうちにわたくしを亡き者にすれば……」
「第一王子の失点になるってわけか」
表向き、セリーナ嬢は事故死と発表される。
だけど、殺されたかもしれないという噂も当然立つだろう。むしろ追い落とすつもりなら、暗殺側が積極的に情報を撒くはずだ。
暗殺となれば最初に疑われるのは状況的に考えてアレ王子や蓮実。
第二王子のドレイクとやらはこの学園にはいないのだから、実行犯との関係が明るみにならない限り証拠は出ない。
普通に考えて、そんな足がつくようなヘマはしないだろうな。
だけど事故死の真相が明らかにならない限り、アレ王子の疑いは永遠に晴れない。
そうなれば蓮実との関係も切るしかない、か……。
辻褄は合ってる気はするけども。
「ドレイクと密接な関係にある貴族家も学園に通ってるのか?」
「ええ、それはもちろんです」
となると、実行犯を学園内で用立てることもできるってわけか。
ふーむ、それなら俺が出るまでもなさそうだ。
「そういうことなら、引き続き護衛してもらってくれ。怪しい動きがあったら知らせるが……俺は俺で別方向からアプローチしてみる」
それこそ、俺にしかできないやり方があるだろうしな。
「あ、あの……!」
教室を出ていこうとした足を引き止められる。
肩越しに振り返ると、セリーナ嬢は涙ぐんでいた。
「どうしてそこまでしてくださるのですか? わたくしと貴方には、何の縁もゆかりもないのに……」
確かにこの一件は誓約と全く関係ない。
俺の自己満足、無駄で無意味な延長戦だ。
「セリーナさん。俺は別にアンタのために働いてるわけじゃないんだ」
裸を見ちゃって申し訳ない気持ちもあるにはあるが、それだけでもない。
「運命だとか、必然だとか。強制イベントだとか、無限ループだとか。 そんなくだらない理由で死ぬ人間がいるかと思うと、単に胸糞悪くなるんだよ」
そんなのは全部クソだ。
ねじ伏せてやらなきゃ気が済まん。
「それともアンタは自分と同じような境遇の人間が運命に立ち向かおうとしてても、手を差し伸べないのか?」
「……いいえ」
俺の問いかけにしばし呆然と宙を見つめていたものの、セリーナ嬢はかろうじて涙声で応えた。
「きっと、自分にできることは何かしてあげたい、と。そう思うと思います」
「善人だね、アンタ」
悪役令嬢だなんてとんでもない。
俺とは大違い、底なしのお人好しだよ。
田中さんの言う通りだ。
そういう人達の力になることが、俺の本来のあるべき姿なんだろう。
まあ、俺が正義のヒーローをやるにはゴミクズみたいな連中が多すぎるというのが悲しい現実なんだけど。
「まあ、大船に乗った気でいてくれ。俺が味方である限り、たとえ死神だろうとアンタを殺せやしない」
その夜、俺はノートパソコンの前にかじりついていた。
画面にはデコレーションされたフォントで『胸キュン☆イケメン王子様!』と表記されている。
そう、俺は《解析》した異世界データをノートパソコンにインストールし、ゲームソフトを再現したのだ。
だけどコイツは原作となった『胸ヤケ』とは違う。
俺が介入し、改変されているこの異世界自体をゲーム化したもの。
つまり、この世界の未来のフラグやシナリオを参照できるということだ。
実を言うとさっきセリーナ嬢と話すまでは事故死イベントは後の楽しみぐらいに思ってたんだけど、気が変わった。
こうなったら徹底的にやってやる。
それにコンソールコマンドだけじゃ未来のシナリオフラグやIDを検索するには参照性の点で不便である。
なら、いっそのこと完全なデジタルデータに変換してコピーしてみようと思ったわけだ。
これなら俺が見たい未来のシナリオ、すなわち「事故死の真相」が浮き彫りになるはず。
そう思っての行動だったのだが。
「は、はは……ひでえわ。こりゃひでえ」
乾いた笑みがもれる。
解析ソフトを走らせた結果判明したのは、プレイヤーに見えざる杜撰な実態であった。
「これがゲームだと? シナリオタイトルもフラグ管理も滅茶苦茶だ……」
俺もプログラム言語とかは専門じゃない。
翻訳チートのおかげで意味が分かる、その程度のもの。
いや、だからこそ『胸ヤケ』のプログラムが如何に手抜きに溢れているかを感覚で理解できた。
《解析》に時間がかかったのは俺の苦手意識のせいなんかじゃない。
断言しよう。この異世界はバグっている。
でなければ、これが仕様だとでもいうのだろうか。
しかもゲームとは関係ない箇所にプログラマーの製作日数や納期に関する愚痴が日記のように書かれていた。
「無茶だ」「無理だ」「できっこない」……この3つの単語が何度も何度も登場する、見ていて嫌な気分になるメモ書き。
そして、これが残っている時点で確定した。
「この異世界の創世神はゲームをそのまま『星』に移植したのか。何一つ、手を加えずに」
どんな創世神でも普通、そこまでの手抜きはしない。
ある程度下地を作った上で、必要な箇所にデータを上書きする。
そうしないとゲームの外側には何もない地平が広がるからだ。
だから……この異世界には下手をすると『ゲームの外』がないってことになる。
つまり、この貴族学園は箱庭異世界なのだ。
学園を出たら王国なんてものは存在せず、外に出たものは一度消滅し、時間を置いて同じ記憶を持つ人間が再出現する。無論、外での記憶とやらを植え付けられた状態でだ。
そのあたりはガフと『星』から与えられるエネルギーで充分に補えるだろう。何しろ、世界自体が狭いのだから消費も少ない。
しかもエンディングを迎えればプレイヤーがいる限り、この異世界は周回するようになっているようだ。
再びオープニングが始まり、白海蓮実がトリップするところから始まる。
それまでの出来事は無意味化し、再びゼロスタートとなるわけだ。
これは白海蓮実を殺したとしても発生する。何故なら『胸ヤケ』にはデッドエンドがあるから。死すらもエンディングの一種である以上、オープニングになると蓮実は生き返るようだ。
ひょっとすると、これまで白海蓮実は隠しキャラ以外のルートをひととおりエンディングまで見たのかもしれない。
卒業パーティでの堂々とした態度も周回を重ねることによって得た知識に裏打ちされた……一種の自信のようなものだったと考えれば納得できる。
だけど、そうなるとこの異世界を作った創世神の目的がさっぱりわからない。
もしかすると単にゲームを再現したかっただけなのか?
隠しルートとやらは今の状況を見る限りシナリオが自動生成されるみたいだけど、そんなのは『星の意思』が用意する辻褄合わせ用の最低限の機能でしか――
「……まさか、そういうことなのか?」
それが目的?
創世神も白海蓮実と同じく、先が見たいのか?
『星の意思』によってもたらされる恩恵を利用し世界を自動生成させ、隠しルートの真エンディングを作ろうとしている?
馬鹿馬鹿しい、そんなの途方もない回数の周回が必要だ。いったいどんな情熱だよ……。
――公式サイトの掲示板が炎上したみたい。
ふと、彩奈ちゃんの言葉を思い出す。
「そういえば、ここの創世神自身もプレイヤーなんだっけか」
ならば、胸ヤケ創世神も公式サイドに対して怒りをぶつけたはずだ。
炎上した掲示板に書き込んだかもしれない。
結局DLCは世に出ることなく、創世神は望んだエンディングを見られず仕舞い。
隠しキャラにも会えなかった。
――隠しキャラは人気キャラでありながら攻略ルートの存在しなかった第二王子ドレイク=オーヴァンが有力だったらしいけど、これは公式サイドが否定してるからまったく別のキャラが用意されてたみたいね。
そもそも何故公式サイドは否定したんだ?
人気キャラがDLCに来るかもしれないともなれば、話題をさらえるはず。
もし違うキャラクターが来るとしても、プレイヤーは文句を言いながらもプレイはしてくれるんじゃ……。
よほど登場シーンが少なかったりして、嘘でも登場するとはとても言えなかったとかか?
――生憎とお会いしたことは一度しかありませんが……野性味溢れる逞しい方でした。この国のことを真に思っているのはドレイク王子という話もよく聞きます。
セリーナが一度しか会ってないということは、ドレイクは学園には通っていないということだ。
学園に来てない以上、セリーナ嬢が会う機会は『ゲームの外』にしかないはず。
それどころか『ゲームが始まってない』頃の話なら、出会ったという記憶も世界から植え付けられたもので間違いない。
しかし、矛盾がある。
ドレイクがゲーム内に登場しないなら彩奈ちゃんが言うような『人気キャラ』には成り得ないはずなのだ。
……なら、ドレイク=オーヴァンは当然ゲームにも登場していたということになるよな?
ロジックから言うとそうなる。
せっかく目の前に真相の詰まったパンドラの箱がパックリと蓋を開けているのだし。
「ドレイク」で検索をかけてみよう。
そしたら該当部分はあっさりと見つかった。
「そうか、回想シーン!」
確かに学園にいなくとも、学園に登場するキャラクターが思い返す『過去』になら登場できる!
しかも悪役令嬢、セリーナ=ブロンシュネージュ視点の回想だ。
ならば、セリーナ嬢の証言とも一致する。
さすがにどんなシーンなのか気になるな。
そんなわけで再生してみると。
「あは、あはは。あははははははははは!!」
あまりのことに大爆笑してしまった。
ようやくわかった!
俺がどうして蓮実によって、この異世界に呼ばれたか!
何故、白海蓮実が俺のことを都合よく『DLCの隠しキャラ』だと勘違いしたのか!
そして……何故セリーナ嬢が俺と会ったことがあると錯覚したのかも!
セリーナ=ブロンシュネージュの過去回想シーン。
イベントCGの中でギラついた笑顔を見せている男。
すなわちドレイク=オーヴァンは、俺にそっくりだったのだ。
『セリーナ=ブロンシュネージュ。キミは国民が病に伏せ飢えに苦しんでいるときに手を差し伸べないのか?』
「しかも言ってるセリフまで似てるし!」
ゲラゲラ笑いながらマウスをポチポチして、シーンを進める。
まるで自分が本当に乙女ゲーの登場人物になったかのようだ。
出演、逆萩亮二! ギャラを寄越せギャラを!
ていうか制作会社を肖像権で訴えてやろうかな。
そういえば俺をドレイクだと認識したのはプレイヤーのふたりだけだった。
たぶん、白海蓮実は俺が同じ日本人だと思っていたんじゃない。お忍びで用務員をやってる隠しキャラのドレイク=オーヴァンだと思い込んでいるんだ。俺の話を聞いたときに蓮実が呟いてた設定っていうのも俺の素性を見破ったんじゃなくてドレイクが用意した設定っていう意味。つまり勘違い。
セリーナ嬢の方はうろ覚えかな。プレイヤーとして見た回想シーンと悪役令嬢としての記憶がごっちゃになってるんだろう。
そしておそらく、この異世界の人間は誰一人としてドレイクに会ったことがないのだ。
回想シーンにアレ王子はいなかった。だからアレ王子は設定に従って弟がいるという認識だけあって、どんな顔をしているかは知らないし、疑問にも思わない。
つまり、ドレイク=オーヴァンは実在しないということになる。
「さすがに暗殺を企ててるのが非実在青年ってことはねーわな」
となると、ガチで事故死か。
ならば怪しいのは『星の意思』による自動生成イベント。
セリーナ嬢が死亡するというテキストに従い、つじつまを合わせるためにセリーナ嬢を殺す。
そこには何の意図も感情もない。ただ、そうだからという理由でそうなるのだ。
人、それを運命と呼ぶ。
「セリーナの事故死は卒業式前。今日と6日目の生成イベントを全部さらうとしますかねー」
異様とも思える楽しさを覚えながら、俺は無我夢中でキーボードをタイピングした。
というより、物理的に通えなくなった。
俺に解放された男どもに付きまとわれて、それどころではなくなったのである。
「どういうフラグが立ったの!?」とか叫びながら逃げ回ったり隠れたりしている有様だ。
俺が異世界に留まれているから蓮実も隠しキャラ攻略を諦めてはいない。
今回のハプニングもイベントか何かだと思っているのだろうな。
「ちょっと、一緒に来てもらえる?」
彩奈ちゃんが俺を呼び出したのは5日目のこと。
風呂の覗きがバレたのでは、と内心ドキドキしていたのだがそんなこともなく。
空き教室でセリーナ嬢と引き合わされた。
すると出会いがしらにセリーナが目を丸くする。
「ええと。どこかでお会いしたこと、ありませんか?」
ん?
前に会ったときは気絶してたでしょ、アンタ。
「いいや」
「そうですか、失礼いたしました。初めまして、セリーナ=ブロンシュネージュです。お話は聞いています」
「どうも、しがない異世界トリッパーの逆萩亮二です」
頭をぽりぽり掻きながら、5日目にして初めて挨拶を交わす状況に思わず苦笑した。
「いろいろと便宜をはかってくださって、ありがとございます」
「礼には及ばないよ」
既に報酬として貴女のあられもない肢体を何度となく拝見させていただいておりますので。
「それでその……ご相談がありまして。わたくしの、その、事故死について」
震える手を抑えつつ俯き、か細い声で呟くセリーナ嬢。
彩奈ちゃんに優しく肩を叩かれると、ハッと顔を上げる。
申し合わせたように頷き合うと、セリーナ嬢は意志の強そうな瞳でまっすぐ見つめてきた。
「ひょっとしたら、わたくしは暗殺されるのかもしれません」
「暗殺か……」
事故死の真相が実は暗殺だった……まあ公爵令嬢が偶然死にしましたよりは納得できる話だ。
「となると、犯人はやっぱりアレ王子か?」
「いえ、エピローグを見る限りアレン様はショックのあまりヒロイン……今回でいう白海蓮実さんとの関係を断つはずですから」
ああ、そういやそういう話だったな。
「もちろん、手の者が気を利かせたという可能性もなくはないですが。平民を殺すならともかく、わたくしは公爵令嬢です。部下が勝手にやりました、などということは考えにくいかと」
彩奈ちゃんも頷いているから、その辺はパターン的にも信じていいってことかね。
「じゃあ、誰だと思うんだ?」
「一番可能性が高そうなのは、第二王子ドレイク様かと」
「ドレイク?」
そういえば、たまーに名前が出ていたような。
「生憎とお会いしたことは一度しかありませんが……野性味溢れる逞しい方でした。この国のことを真に思っているのはドレイク王子という話もよく聞きます。あの方だとは思いたくありませんが、他には特に思い当たらないのです」
「ふぅん。アンタを殺して、そいつにどんな益がある?」
「アレン様を失脚させることができます。正式に婚約破棄が通ればともかく、今は保留している最中。ならば今のうちにわたくしを亡き者にすれば……」
「第一王子の失点になるってわけか」
表向き、セリーナ嬢は事故死と発表される。
だけど、殺されたかもしれないという噂も当然立つだろう。むしろ追い落とすつもりなら、暗殺側が積極的に情報を撒くはずだ。
暗殺となれば最初に疑われるのは状況的に考えてアレ王子や蓮実。
第二王子のドレイクとやらはこの学園にはいないのだから、実行犯との関係が明るみにならない限り証拠は出ない。
普通に考えて、そんな足がつくようなヘマはしないだろうな。
だけど事故死の真相が明らかにならない限り、アレ王子の疑いは永遠に晴れない。
そうなれば蓮実との関係も切るしかない、か……。
辻褄は合ってる気はするけども。
「ドレイクと密接な関係にある貴族家も学園に通ってるのか?」
「ええ、それはもちろんです」
となると、実行犯を学園内で用立てることもできるってわけか。
ふーむ、それなら俺が出るまでもなさそうだ。
「そういうことなら、引き続き護衛してもらってくれ。怪しい動きがあったら知らせるが……俺は俺で別方向からアプローチしてみる」
それこそ、俺にしかできないやり方があるだろうしな。
「あ、あの……!」
教室を出ていこうとした足を引き止められる。
肩越しに振り返ると、セリーナ嬢は涙ぐんでいた。
「どうしてそこまでしてくださるのですか? わたくしと貴方には、何の縁もゆかりもないのに……」
確かにこの一件は誓約と全く関係ない。
俺の自己満足、無駄で無意味な延長戦だ。
「セリーナさん。俺は別にアンタのために働いてるわけじゃないんだ」
裸を見ちゃって申し訳ない気持ちもあるにはあるが、それだけでもない。
「運命だとか、必然だとか。強制イベントだとか、無限ループだとか。 そんなくだらない理由で死ぬ人間がいるかと思うと、単に胸糞悪くなるんだよ」
そんなのは全部クソだ。
ねじ伏せてやらなきゃ気が済まん。
「それともアンタは自分と同じような境遇の人間が運命に立ち向かおうとしてても、手を差し伸べないのか?」
「……いいえ」
俺の問いかけにしばし呆然と宙を見つめていたものの、セリーナ嬢はかろうじて涙声で応えた。
「きっと、自分にできることは何かしてあげたい、と。そう思うと思います」
「善人だね、アンタ」
悪役令嬢だなんてとんでもない。
俺とは大違い、底なしのお人好しだよ。
田中さんの言う通りだ。
そういう人達の力になることが、俺の本来のあるべき姿なんだろう。
まあ、俺が正義のヒーローをやるにはゴミクズみたいな連中が多すぎるというのが悲しい現実なんだけど。
「まあ、大船に乗った気でいてくれ。俺が味方である限り、たとえ死神だろうとアンタを殺せやしない」
その夜、俺はノートパソコンの前にかじりついていた。
画面にはデコレーションされたフォントで『胸キュン☆イケメン王子様!』と表記されている。
そう、俺は《解析》した異世界データをノートパソコンにインストールし、ゲームソフトを再現したのだ。
だけどコイツは原作となった『胸ヤケ』とは違う。
俺が介入し、改変されているこの異世界自体をゲーム化したもの。
つまり、この世界の未来のフラグやシナリオを参照できるということだ。
実を言うとさっきセリーナ嬢と話すまでは事故死イベントは後の楽しみぐらいに思ってたんだけど、気が変わった。
こうなったら徹底的にやってやる。
それにコンソールコマンドだけじゃ未来のシナリオフラグやIDを検索するには参照性の点で不便である。
なら、いっそのこと完全なデジタルデータに変換してコピーしてみようと思ったわけだ。
これなら俺が見たい未来のシナリオ、すなわち「事故死の真相」が浮き彫りになるはず。
そう思っての行動だったのだが。
「は、はは……ひでえわ。こりゃひでえ」
乾いた笑みがもれる。
解析ソフトを走らせた結果判明したのは、プレイヤーに見えざる杜撰な実態であった。
「これがゲームだと? シナリオタイトルもフラグ管理も滅茶苦茶だ……」
俺もプログラム言語とかは専門じゃない。
翻訳チートのおかげで意味が分かる、その程度のもの。
いや、だからこそ『胸ヤケ』のプログラムが如何に手抜きに溢れているかを感覚で理解できた。
《解析》に時間がかかったのは俺の苦手意識のせいなんかじゃない。
断言しよう。この異世界はバグっている。
でなければ、これが仕様だとでもいうのだろうか。
しかもゲームとは関係ない箇所にプログラマーの製作日数や納期に関する愚痴が日記のように書かれていた。
「無茶だ」「無理だ」「できっこない」……この3つの単語が何度も何度も登場する、見ていて嫌な気分になるメモ書き。
そして、これが残っている時点で確定した。
「この異世界の創世神はゲームをそのまま『星』に移植したのか。何一つ、手を加えずに」
どんな創世神でも普通、そこまでの手抜きはしない。
ある程度下地を作った上で、必要な箇所にデータを上書きする。
そうしないとゲームの外側には何もない地平が広がるからだ。
だから……この異世界には下手をすると『ゲームの外』がないってことになる。
つまり、この貴族学園は箱庭異世界なのだ。
学園を出たら王国なんてものは存在せず、外に出たものは一度消滅し、時間を置いて同じ記憶を持つ人間が再出現する。無論、外での記憶とやらを植え付けられた状態でだ。
そのあたりはガフと『星』から与えられるエネルギーで充分に補えるだろう。何しろ、世界自体が狭いのだから消費も少ない。
しかもエンディングを迎えればプレイヤーがいる限り、この異世界は周回するようになっているようだ。
再びオープニングが始まり、白海蓮実がトリップするところから始まる。
それまでの出来事は無意味化し、再びゼロスタートとなるわけだ。
これは白海蓮実を殺したとしても発生する。何故なら『胸ヤケ』にはデッドエンドがあるから。死すらもエンディングの一種である以上、オープニングになると蓮実は生き返るようだ。
ひょっとすると、これまで白海蓮実は隠しキャラ以外のルートをひととおりエンディングまで見たのかもしれない。
卒業パーティでの堂々とした態度も周回を重ねることによって得た知識に裏打ちされた……一種の自信のようなものだったと考えれば納得できる。
だけど、そうなるとこの異世界を作った創世神の目的がさっぱりわからない。
もしかすると単にゲームを再現したかっただけなのか?
隠しルートとやらは今の状況を見る限りシナリオが自動生成されるみたいだけど、そんなのは『星の意思』が用意する辻褄合わせ用の最低限の機能でしか――
「……まさか、そういうことなのか?」
それが目的?
創世神も白海蓮実と同じく、先が見たいのか?
『星の意思』によってもたらされる恩恵を利用し世界を自動生成させ、隠しルートの真エンディングを作ろうとしている?
馬鹿馬鹿しい、そんなの途方もない回数の周回が必要だ。いったいどんな情熱だよ……。
――公式サイトの掲示板が炎上したみたい。
ふと、彩奈ちゃんの言葉を思い出す。
「そういえば、ここの創世神自身もプレイヤーなんだっけか」
ならば、胸ヤケ創世神も公式サイドに対して怒りをぶつけたはずだ。
炎上した掲示板に書き込んだかもしれない。
結局DLCは世に出ることなく、創世神は望んだエンディングを見られず仕舞い。
隠しキャラにも会えなかった。
――隠しキャラは人気キャラでありながら攻略ルートの存在しなかった第二王子ドレイク=オーヴァンが有力だったらしいけど、これは公式サイドが否定してるからまったく別のキャラが用意されてたみたいね。
そもそも何故公式サイドは否定したんだ?
人気キャラがDLCに来るかもしれないともなれば、話題をさらえるはず。
もし違うキャラクターが来るとしても、プレイヤーは文句を言いながらもプレイはしてくれるんじゃ……。
よほど登場シーンが少なかったりして、嘘でも登場するとはとても言えなかったとかか?
――生憎とお会いしたことは一度しかありませんが……野性味溢れる逞しい方でした。この国のことを真に思っているのはドレイク王子という話もよく聞きます。
セリーナが一度しか会ってないということは、ドレイクは学園には通っていないということだ。
学園に来てない以上、セリーナ嬢が会う機会は『ゲームの外』にしかないはず。
それどころか『ゲームが始まってない』頃の話なら、出会ったという記憶も世界から植え付けられたもので間違いない。
しかし、矛盾がある。
ドレイクがゲーム内に登場しないなら彩奈ちゃんが言うような『人気キャラ』には成り得ないはずなのだ。
……なら、ドレイク=オーヴァンは当然ゲームにも登場していたということになるよな?
ロジックから言うとそうなる。
せっかく目の前に真相の詰まったパンドラの箱がパックリと蓋を開けているのだし。
「ドレイク」で検索をかけてみよう。
そしたら該当部分はあっさりと見つかった。
「そうか、回想シーン!」
確かに学園にいなくとも、学園に登場するキャラクターが思い返す『過去』になら登場できる!
しかも悪役令嬢、セリーナ=ブロンシュネージュ視点の回想だ。
ならば、セリーナ嬢の証言とも一致する。
さすがにどんなシーンなのか気になるな。
そんなわけで再生してみると。
「あは、あはは。あははははははははは!!」
あまりのことに大爆笑してしまった。
ようやくわかった!
俺がどうして蓮実によって、この異世界に呼ばれたか!
何故、白海蓮実が俺のことを都合よく『DLCの隠しキャラ』だと勘違いしたのか!
そして……何故セリーナ嬢が俺と会ったことがあると錯覚したのかも!
セリーナ=ブロンシュネージュの過去回想シーン。
イベントCGの中でギラついた笑顔を見せている男。
すなわちドレイク=オーヴァンは、俺にそっくりだったのだ。
『セリーナ=ブロンシュネージュ。キミは国民が病に伏せ飢えに苦しんでいるときに手を差し伸べないのか?』
「しかも言ってるセリフまで似てるし!」
ゲラゲラ笑いながらマウスをポチポチして、シーンを進める。
まるで自分が本当に乙女ゲーの登場人物になったかのようだ。
出演、逆萩亮二! ギャラを寄越せギャラを!
ていうか制作会社を肖像権で訴えてやろうかな。
そういえば俺をドレイクだと認識したのはプレイヤーのふたりだけだった。
たぶん、白海蓮実は俺が同じ日本人だと思っていたんじゃない。お忍びで用務員をやってる隠しキャラのドレイク=オーヴァンだと思い込んでいるんだ。俺の話を聞いたときに蓮実が呟いてた設定っていうのも俺の素性を見破ったんじゃなくてドレイクが用意した設定っていう意味。つまり勘違い。
セリーナ嬢の方はうろ覚えかな。プレイヤーとして見た回想シーンと悪役令嬢としての記憶がごっちゃになってるんだろう。
そしておそらく、この異世界の人間は誰一人としてドレイクに会ったことがないのだ。
回想シーンにアレ王子はいなかった。だからアレ王子は設定に従って弟がいるという認識だけあって、どんな顔をしているかは知らないし、疑問にも思わない。
つまり、ドレイク=オーヴァンは実在しないということになる。
「さすがに暗殺を企ててるのが非実在青年ってことはねーわな」
となると、ガチで事故死か。
ならば怪しいのは『星の意思』による自動生成イベント。
セリーナ嬢が死亡するというテキストに従い、つじつまを合わせるためにセリーナ嬢を殺す。
そこには何の意図も感情もない。ただ、そうだからという理由でそうなるのだ。
人、それを運命と呼ぶ。
「セリーナの事故死は卒業式前。今日と6日目の生成イベントを全部さらうとしますかねー」
異様とも思える楽しさを覚えながら、俺は無我夢中でキーボードをタイピングした。
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