日替わり転移 ~俺はあらゆる世界で無双する~(※MFブックスから書籍化)

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45.ニコポVSナデポ

 森の中での会話は一切なく、移動だけで時間が過ぎていった。
 フィリーが敵意を向けてくる以外、特に語るべきこともない。

「あった!」

 先行していたシーフ子ちゃんが遺跡を見つけて指差す。
 さらに丹念に調査すると転送魔法陣が発見された。

 ザドーが階層型ダンジョンと言っていたが、この世界では転送魔法陣でダンジョンに潜るのが当たり前らしい。
 一階層をクリアするごとに次の階層へ進むことができ、最下層まで到達するとボスがいて、そいつを倒すと貴重なレアアイテムが手に入るとか何とか。
 何故こんなダンジョンが世界各地にあるのか、理由はついぞわかっていないという。

 ちなみにダンジョンの在り方は世界によって全く異なるので、俺も分析しきれていない部分がある。
 またいずれ語る機会があれば、ってところか。

「じゃあ、僕らが先行しますので……安全が確認できたら迎えにきます」

 先ほどとは打って変わってオドオドしている祐也たちが先行して転送魔法陣に乗る。
 すると、シアンヌと俺を残して全員消えた。

「あいつ等はいったい何なんだ。見ていて気色が悪い」

 ふたりっきりになった途端、シアンヌが愚痴をこぼし始める。
 そろそろ真実を教えてもいい頃合いかな。

「この間、ニコポチートは『相手を惚れさせる能力』だと言ったな。あれは嘘だ」
「なんだと?」

 俺の言葉にシアンヌが眉をひそめた。

「正確には言葉が足りてない」

 近くの瓦礫の埃をはらって腰掛け、真相を暴露する。

「ニコポチートによって能力者と接続された者は人格を上書きされ、自我を失うんだ」
「なっ……」

 シアンヌが絶句した。

「あの女たちを見た後なら、よくわかるだろう? 自我を失った者は能力者の願望に同期され、言いなりの奴隷人形スレイヴドールになる。惚れているように見えるのも、能力者の願望に沿ってそう動いているだけなんだよ」

 そう、それが『相手を惚れさせる能力』の正体。
 ニコポチートの通称はマインドレイプ。
 相手の心を書き換え、自分を絶対裏切らない奴隷人形にする。
 だけど元の人格をベースに書き換えするので、奴隷人形は一見普通の人間に見える。
 ニコポチートが他の精神支配系チートと一線を画する点だ。

「それは……操られている者は生きていると言えるのか?」
「少なくとも一個人としては死んでるな」

 ニコポチート自体はチート能力の中において決して強力なものではない。
 対象が異性に限定される上、奴隷人形が飛躍的に強くなったりするわけでもない。
 それに能力者の好みでない異性にはそもそもニコポチートが発動しないし、自分が敵意を抱いている相手に効かないという弱点まである。

 それでもハーレムメンバー全員と肉体関係を持つようなチート能力者ホルダーは全員とは言わないが多くの場合、このニコポチートを使いこなしている。 
 ハーレム願望を抱く数多くの異世界トリッパーは女性の尊厳を現在進行形で踏みにじっている。美しい女を欲望を満たす道具とし、夢を叶えるためだけに。

「だが……あの男が?」

 シアンヌが覚えた違和感の正体はわかる。
 だけど、それを説明するのはもう少し後だ。

「一階層の安全が確認できたよー」

 転送魔法陣からシーフ子ちゃんが戻ってきた。

 ちょうどいい。
 おもむろに腰を上げると、シーフ子ちゃんに近づいていく。

「な、なに?」

 びっくりするシーフ子ちゃんに構わず鑑定眼を起動し、同期線を視認。
 転送魔法陣に向かって伸びていて、途中で消えているのを確かめる。
 その上で、あるチートを発動しながらシーフ子ちゃんの頭を撫でた。

「ふ、ふぇ……」

 するとシーフ子ちゃんの表情がトロンとして、俺を見上げる視線に艶めいたものが混ざる。
 その唐突な変化にシアンヌが双眸そうぼうを見開いた。

「な、何をしたんだ?」
「ナデポチート。あいつの奴隷人形を俺の色に染め上げた」

 ナデポチート。もちろんナデたらポッの略だ。
 頭を撫でて直接同期する点以外は、ニコポチートとまったく同じ効果である。
 女を操るという下世話さが気に食わないから、既に自我のない奴隷人形のコントロールを奪う目的以外でこのチートを使うことはない。
 とはいえ女の扱いが酷いってことなら、嫁をアイテムボックスに入れてる時点でアウトかな。

 さて、色々思うところはあるが、このまま復讐代行の路線で行くとしよう。

「始めるとしようか。真の鬼畜を決める戦いを」

 ここからがザドーが計画し、俺が脚色する復讐劇の中盤だ。
 どういうエンディングになるかは、まだ俺にもわからないけどね。



 その後もダンジョン攻略は進んだ。
 出てくるモンスターがそれほど強くないので、祐也たちも余裕で倒せている。

「さすがユーヤ」
「さすがです~」

 裕也がモンスターを斬り伏せるたびに奴隷人形たちが主人を賞賛する。
 そんな中、俺にナデポされたシーフ子ちゃんだけはのんきに口笛を吹いていた。

「どうしたの?」

 いつもと違うシーフ子ちゃんを心配したのか、祐也が声をかける。

「え、なに? どーしたのユウ?」
「う、ううん。なんでもないよ。あ、この先見てきてもらっていい?」

 祐也がシーフ子ちゃんにニッコリと笑いかける。
 しかし祐也の糸は俺の糸に弾かれ、跡形もなくかき消えた。
 祐也のニコポに、俺のナデポを上書きするほどの力がないのだ。

「うーん、あっちよりこっちの道に行きたいなー」
「えっ……」

 突然反抗し出したシーフ子ちゃんに祐也があからさまな戸惑いの声をあげた。

「ユーヤの言うことは聞かなきゃ駄目」
「ユウヤ様が間違ってるわけないです~」
「ちぇー、わかったよー」

 他の奴隷人形たちに言われて、渋々従うシーフ子ちゃん。
 すると、フィリーがジト目で俺を睨んできた。

「さっきから変。あの子に何したの?」
「別に。頑張ってるなって言ってやっただけさ」

 そんなに見られても何も出やしないっての。

「絶対に尻尾を掴んでユーヤに謝らせてやる」

 他の誰にも聞こえない捨て台詞を吐いて、フィリーは未だに呆然としている祐也を慰めに行った。

「すいません~、みんな悪い子じゃないんですけど~」

 と思いきや、プリ江さんの耳にはバッチリ入っていたようだ。
 頬に手を当てながら、間延びしているが優しい声でフィリーたちにフォローを入れ始める。

「みんなユウヤ様が大好きなんです~」
「そういう貴女はどうして暁の絆に?」

 俺の問いかけにプリ江さんが照れるでもなく、慈母の如き微笑みを浮かべた。

「なんでなんでしょうね~。あの子の笑顔を見ていると、なんだか放っておけなくて。母性本能がくすぐられるといいますか~。癒してあげたくなるんですよ~」
「そうかー」

 少し強引に肩に手を回しながら、耳元で囁く。

「じゃあ、俺のことも癒してくれるか?」
「ええっ!? あ、あの~御冗談は~……」

 はいナデポ。

「ほ、本気なんですかぁ~? どうしましょう、困ったわ~」

 プリ江さん、2秒で陥落である。

 これだからニコポナデポされた女は誰にでも股を開きそうだなんて悪評が立つんだ。
 まあ、彼女たちをそうさせるのはチート男たちのエゴであって、この人も被害者なんだけど。
 男が女に望むことなんて、決まりきってるからなー。

「あとはフィリーとかいうあの女魔術師だけだな。この調子で全員奪うのか?」
「いや、あの子は最後の最後だな」

 顎に指をあてながら悪い笑みを浮かべるシアンヌに首を振って応える。
 計画の通りなら、もうじき最下層。
 そこにはダンジョンのボスモンスターが待ち受けているのだ。



 そういうわけでボスモンスター戦である。

「やああっ!」

 祐也がボスモンスターの首を斬り落とす。
 しかし、咆哮をあげつつもボスモンスターは倒れない。
 そりゃそうだ。相手の首はひとつではないのだから。

 ボスの正体は多頭竜、いわゆるヒドラだ。
 四本脚の生えた丸い胴体から無数の長い首が伸びており、その先には蛇の頭がついている。
 しかも単に首を斬るだけでは再生してしまうという厄介なモンスターだ。
 現に先ほどから祐也が何度も首を落としているのに、切り口からは新たな首が生えてくるのである。

「気を付けてユーヤ。コイツ、強い」
「わかってる! 大丈夫……みんなのことは、僕が守る!」

 聞いてるこっちが恥ずかしくなるクサいセリフを吐きながら果敢に打ちかかっていく祐也。
 いくつかの首の注意をシーフ子ちゃんに引かせ、ヒドラの攻撃で受けたダメージはプリ江さんにちゃんと回復させた。
 とはいえ今さっき斬った首も再生してしまったし、このままじゃジリ貧だ。

「フィリー。付与魔法で祐也の剣に炎を」

 なんか見てるだけだと焦れるので、ヒントを出してみた。

「誰がアンタの言うことなんか……」
「あ、そうかっ! フィリー、逆萩さんの言う通りに!」

 少し迷いを見せたものの、祐也の命令ならば絶対である。
 フィリーが詠唱を開始した。

「エンチャントフレイム」

 無事に発動したようで、祐也の剣がゴウッと燃え上がる。

「これでどうだ!」

 祐也が炎の剣を振るい、首を斬り落とした。
 さきほどまでと同じ流れだが、ヒドラの首達が苦しげに呻く。
 祐也が改心の笑みを浮かべて叫んだ。

「やっぱり! 火傷になった切り口からは首が再生しない!」
「そこに気づくなんて。さすがユーヤ」
「適格な指示だね! さすがリョウ!」
「賢明なお考え~。さすがサカハギ様~」

 なんか称賛の嵐が面白いことになってる。
 フィリーが目を細めたけど、さすがに突っ込む余裕はないらしい。
 新たな魔法の詠唱を始める。

 包囲陣形もキチンとできているし、いいペースでいけている。
 この調子ならすべての首を切り落とすのも時間の問題だろう。

「さて、ぼちぼちかな」

 祐也とフィリーの注意がヒドラに向いている間に、アイテムボックスから封印珠を取り出す。

「封印解除」

 封印珠から取り出したるは一体の石像。
 こいつに解除魔法をかけると、あら不思議!

「……ぐ、う。ここは」

 石化が解けてザドーになっちゃった!
 はい、石化視線で石にして持ってきてました。

「ダンジョン最下層だ。計画は予定通りに進んでいるぞ、ザドー」
「お、おおおっ! よくやってくれた!」

 俺の状況説明に狂ったような笑みを浮かべたかと思うと、ザドーがぐるりと首を巡らせた。

「おお、フィリー! 会いたかったぞ!」
「なっ!? 兄上!?」

 フィリーの詠唱が中断する。
 逆にザドーは声をかけてすぐ詠唱に移り、呪文を完成させた。

「ミュート!」
「!!」

 驚愕の表情のまま餌を欲しがる金魚のように口をぱくぱくさせるフィリー。
 無音魔法で声……というより、音を奪われたのだ。
 詠唱省略能力のないフィリーのような魔術師には致命的である。

 ヒドラと戦っている真っ最中の祐也が、ここでようやく異常事態に気づいた。

「ザドー!? どうしてお前がここに!」
「スパイダーウェブ!」

 だが遅かった。
 続けて詠唱していたザドーの糸生成魔法が祐也を捕らえる。

「くぅっ……!」

 糸で床に磔にされた祐也が呻く。
 隙ありとばかりに一斉に襲い掛かるヒドラの首だが。

「悪いな、お前はもう用済みだ」

 そう言って、魔力波動を纏わせた指をヒドラに向けてパチンと鳴らす。
 すると指先から魔力を伴った真空波が生じ、ヒドラの胴体を真っ二つにした。
 胴体の装甲は並の剣じゃ抜けないけど、俺の場合こっちの方が早い。
 断末魔の悲鳴をあげながら轟音を立ててヒドラが沈む。

「くはははは! やった、やったぞ!」

 ザドーの耳障りな哄笑が響いた。
 その声に負けじと祐也が叫ぶ。

「キャミー! フローラさん!」
「無駄だ無駄だ。お前の女どもは、この魔人に操られているんだよ!」

 へいへい、悪趣味だとは思ったけど貴方様のお膳立て通りにやりましたとも。
 フィリーがやっぱりとばかりに俺を睨んでくるけど、ここは甘んじて受けようか。

「さぁて、フィリー。よくも俺を裏切ってくれたねぇ」
「……!」

 残忍そうな笑みを浮かべながら、無力になったフィリーにじりじりと近づいていくザドー。

 さぁて、計画はボス戦の最中に不意を突いて無力化するまで。ここからはザドーが好き放題するターンであり、何が起きるかは知らない。
 とはいえ、想像はつく。
 お決まりの恨み言をつらつら述べながら拷問とかする流れだろう。
 そんなの見ていて不快だし、何より芸がない。

 そういうわけで麻痺魔法さん、出番です。

「うっ!?」

 全身麻痺したザドーがうめき声をあげてばたりと倒れた。
 前に召喚奴隷の世界で貴族騎士を無力化した魔法だ。
 動けないし喋れないが、意識だけはある。

「ザドー、今から面白いものを見せてやる」

 唖然とするフィリーをスルーし、拘束されたままの祐也の下へ向かう。

「ありがとうございます! 助かりました……」
「何を勘違いしてる」

 瞳を輝かせた祐也の希望を摘み取るように訂正していく。

「騙して悪いが、ザドーの言う通り……俺は魔人だ。ヤツと契約して復讐を代行するためにお前たちをここにおびき寄せたんだよ」
「えっ……そんな、嘘ですよね?」

 再び絶望の底へ突き落されたような顔をする祐也。

「だから、お前を助けたわけじゃない」
「ひどいです……信じてたのに! 酷い事をする人だと思ってたけど、同じ日本人なら話せば分かり合えるはずだって!」

 ああー、もう。
 こいつと話してると無性にイラつくな。

「え、キャミー? フローラさん?」

 祐也がきょとんとしている。
 俺の両隣にはいつの間にかシーフ子ちゃんとプリ江さんが立っていたからだ。
 そして、少し離れた位置にはこれまでの経緯を無言で見守っていたシアンヌが。

「そういうわけだ。俺は俺なりのやり方で、ザドーの復讐を完遂させてもらう」

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