日替わり転移 ~俺はあらゆる世界で無双する~(※MFブックスから書籍化)

epina

1.通りすがりの異世界最強

 
 あの日のことはよーく覚えてる。
 俺がコンビニで命より大切なチキンと豆乳を買った帰りのこと。

「やあ! キミは神を信じるかい?」
「は?」

 やたらハイテンションで派手な格好をした男が、クネクネ動きながら俺の進路を塞ぐ。
 シルクハットに燕尾服。ステッキを振り回したりして、見るからにヤバそうな奴だ。

「いや、自分、無神論者なんで」
「なんだって! それはいけないなぁ」

 俺のそっけない返しにシルクハットの男はしたり顔でこう言いやがったのだ。

「実を言うと、僕が神なんだ」

 なんだ、ただのアホか。
 宗教勧誘にしたって、ヒドいもんだ。

 そんときの俺はきっとそういう顔をしてたし、そう思ってた。

「……俺、用あるんで」

 そう告げて、にべもなく男を避けようとする。
 今思えば、ここでどんなに強引にでもチキンを食っておけばよかった。
 そいつは……あのクソ神はいけ好かない顔でニヤリと笑いやがったんだ。


「そんなキミでも神を信じられるようにしてあげよう。それ以外にキミの道はない――」



「……って、またあんときの夢か」

 もう何度見たことか。

「ああ、くそっ! 思い出したらまたムカついてきた!」

 適当にその辺のモノに当たろうと首を巡らせ。
 ようやく、ここが昨晩泊まった宿屋じゃないことに気づいた。

「おお、やったぞ!」
「成功! 成功だ!」

 周りには怪しいフード被ったおっさんたち。
 やな予感がして地面を見ると、そこには魔法陣。

「またか!」

 頭を抱える俺に向かって、一番偉そうな格好をしたジジイが歩み出る。
 そして、いつものようにこう言ったのだ。

「異世界の勇者よ、我らを救いたまえ!」

 ……そう。
 俺は異世界トリッパーなのである。



 こうなったのもすべて、あのクソ神のせいだ。

「キミは異世界トリッパーとして、ここではないどこかの世界を巡り続ける運命にある!」
「ざっけんな! 俺の意志は!?」
「ないよ!」

 クソ神とのこんなやりとりの後、俺は異世界をさまよい続ける羽目になったのだ。
 いやマジで、運命とか意味がわからない。
 コンビニチキンと豆乳で幸せを感じる毎日を返せってんだ。

「――で、あるからして……おい、勇者よ。話を聞いておるのか?」

 あー、いっけね。
 聞かなくてもだいたい同じな部分はついつい聞き流しちまうんだよな。

「あー、聞いてますよ。聞いてますって」
「おい貴様! 王の御前だぞ!」

 耳をほじほじすると、近くの騎士がいきり立つ。

「へいへい」

 おざなりな返事に騎士が顔を真っ赤にしたが、とーぜん無視。
 フッと指についた耳クソを飛ばすと、騎士の歯がギリっと音を立てた。
 王が慌てて口をはさんでくる。

「我らの民も多くの魔物に命を奪われている!」
「へー、それで?」
「……魔王アクダーを倒してもらいたいのだ」

 偉そうなジジイに案内された俺は、今現在、こーして謁見の間に通されて王様の話を聞いている。
 正直クソ面倒くさいけど話を聞かないとその後の行動を決められないんで、とりあえず異世界に喚ばれたときに腹いせまぎれにブチ切れないよう気をつけてはいるんだ。

 ……んー、まあ予想通り魔王退治か。
 最初に召喚者が勇者って俺を呼ぶパターンは9割がた、これだ。
 ぶっちゃけ魔王退治は俺が喚ばれる案件の中でも、かなり簡単な部類。
 問答無用で魔王をブッ転がしてしまえばお仕事終了である。

「まー、いいよ。やってやる。魔王退治」
「おお、やってくれるか勇者よ」

 王が俺の返事に上機嫌になったが、周囲の反応はあまりよろしくない。
 俺が終始、王に対して敬語を使わなかったので、大臣とか近衛騎士がピクピクと頬を痙攣させている。
 丁寧語だけでも充分譲歩してんだけどね。

「それで? 魔王を倒す勇者へは、どのような餞別をくださるんで?」
「なっ、貴様! いい加減にしろ!」

 当然の権利を行使する俺に向かって、さっきの騎士が突っかかってきた。
 王に対する無礼とやらが、こいつの中で限界を超えたらしい。

「はぁ……」

 どーにもこーにもため息が出る。
 絶対にいるんだもんなぁ、こういう輩。

「どーすればいいですかね」

 にへらっと笑ってみせると、騎士がついに抜剣した。
 おうおう、いきなりヒカリモン出すか。沸点、ひきぃー。
 殿中ですぞ。

「よさんか、ザーナヘイム卿!」
「いいえ、我慢の限界です王よ! どうかこの男を斬る許可を!」

 ふーん、やっぱりっつーか、案外王はちゃんとしてんね。
 魔王退治を快諾した理由に、俺の態度に最後までキレなかったってのもある。
 まあ、部下が代わりにキレてるのを察したから冷静だったのかもしれんが、それでも部下と一緒に怒るアホ王もいっぱい見てきた。
 一応、この騎士も王の代わりに怒ることで自分の役目を果たしてるのかもしれんけど。

「王よ、このような小僧が勇者なわけがありません! 召喚をやり直せばよろしいではありませんか!」

 ぷっつん。

「……っせーな。ガタガタ抜かしてんじゃねーぞ、雑魚が」
「何っ!?」

 ……こいつ、俺の前で言ってはならないことを言いやがった。

「いいかゴミ騎士野郎。召喚っていうのはな、誘拐と同じなんだよ。この世界にまったくゆかりのない奴を無理矢理連れてきて、自分たちのために利用するってことなんだ。自分たちじゃ解決できねぇ問題をそいつに押し付ける……つまりテメェが敬愛してやまない民を導くべき王がそんなクソ手段を決めたってことなんだよ」

 王が苦虫を噛み潰したように歯噛みするのが見えた。
 自覚はあるようだ。

「そんな王に、どうして俺が敬意を払う必要がある。むしろ土下座して頼まなきゃいけないのは、そこでふんぞり返ってる王だろうが。あ? そんなことも理解できねーから異世界召喚なんてチャチな方法で俺を喚びつけることぐらいしかできねーんだよ」

 こちらの言い分に思うところでもあるのか、王は言い返してこない。
 だが、目の前の騎士の顔は赤を通り越して真っ青になっていた。怒りのあまり変な汗が出てきてる。

「いいか、俺以外にを増やすんじゃねぇ。それとも魔王と手ェ組んで、お前等を滅ぼそうか? 俺はそれでも一向にかまわんぞ」

 そう、構わない。
 魔王に異世界を統一させてしまっても、俺は誓約を果たせる。
 実際、それで人類を滅ぼした世界だってあるのだ。

 俺の宣言に謁見の間が静まりかえった。
 でも、それも一瞬。

「これほどの恥辱、受けたことがない! もはや我慢ならん!」
「いかん、ザーナヘイム!!」

 ついにザーナなんとかっつー騎士がブチ切れた。
 王の制止も聞かず、手に持った剣を振り下ろしてくる。

「……なぁるほど。確かにこれじゃ、お前等には荷が重いわ」

 おそらく王の側に侍る近衛騎士だから、この世界じゃ腕もそこそこ立つほうなんだろうが。
 まず踏み込みが駄目。最初の一歩の時点でその後の動き読みやすすぎ。
 剣速なんてもっと話にならない。これじゃ蚊も殺せん。

 ゆうゆう避けてから千発くらいカウンターを打ち込んでやってもいいんだけど、最後まで部下を止めようとした王に免じるか。
 騎士の剣はブロードソード。幅広の片手剣で俺の頭蓋を叩き斬る軌道を描いている。
 こいつを俺は避けることも防御することもせず、そのまま受ける。

「何っ!?」

 俺の頭に当たった瞬間、騎士の振るった剣が粉々に砕け散った。

「バカな……」
「なーにがバカな、だよ。そんな剣で何が斬れるってんだ?」

 呆然とする騎士に向かって、やれやれとばかりに肩をすくめてみせる。
 もっとも、呆然としているのは騎士だけではなかったが。

「ゆ、勇者よ! 此度のことは……」

 そんな中でも王がすぐに気を取り戻した。
 だけど言葉の続きを待つことなく、俺は踵を返して謁見の間の扉へと向かう。

「安心しな。魔王はちゃんと倒してやんよ。そしたら俺はこの世界から後腐れなく消えっから、別に後始末とか考えなくていい。お前らが喚んだ勇者ってのは、そういう存在だ」
「そなたは、いったい……」

 王の畏れと困惑に満ちた問いかけに、俺は肩越しに言い放った。 

逆萩亮二さかはぎりょうじ。通りすがりの異世界トリッパーだ」

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