チートはあるけど異世界はありませんでした

シャムゴット

10

 
 修行を開始してから3日(外では6分くらい)が経過した。


 今、俺の目の前では信じられないことが起こっている。


「おいおい、まじかよ……」


 そこには、いつも通りのすまし顔でプロ顔負けのドリブルを披露してる冬馬の姿があった。


 そのドリブルもボールが足に触れる回数がかなり多くて、まるでボールが足に吸い付いているかと思ってしまうほどだ。
 さらに言えば、ボールがただ足元にあるだけで何か只者ではない雰囲気すら感じる。


 まだ3日だぞ!3日!!


 俺は1か月くらいを覚悟して、ホームシック対策で父さんのサインやグッズを餌にして引き延ばすなんてことも考えていた。
 それでも厳しかったら他の日にしたり、無理なら作戦自体を中止にして俺一人でいろいろと動こうとすら考えていた。


 そう、俺は完全に冬馬のことを見誤っていたんだ。


 初日は軽く基礎練習をしただけで、そんなに印象に残るような出来事はなかった。
 まあ、少しコツをつかむのが早いなーくらいにしか感じてなかった。
 そして、問題は2日目からだった。


 ―修行2日目―


「確かボール感覚を養うには足裏で転がしたり、リフティングをするのがいいんだったかな?」


 俺は冬馬よりも先に起きてボールで遊びながら今日の練習メニューを考えていた。
 最近はいい練習法を見つけてはコピーをし続けていたから、どんな練習でも手本は完璧に見せることができる。


「あっ、主音くんおはよう」


「おう、おはよう。じゃあ、朝飯にしようか」


 俺はヒールリフトでボールを高く上げキャッチする。


「うわっ、すごい! ちょっと、もう1回やって!」


 あー、俺も最初に見たとき衝撃を受けたもんな。
 まあ、難しいから試合で使おうとする奴はそうそういない。
 使うのはブラジル代表のネイ〇ールくらいかな。


「じゃあ、1回だけな」


 いつものように、ボールを足に挟んで左足の踵で真上にフワッと上げる。
 冬馬は真剣にじっと見ている。
 まあ、1回くらいチャレンジさせてやるか。


「……1回だけやってみるか?」


「うん! 絶対成功させてみせるよ!」


 いや、最初から成功できるとは全く思ってないんだが……
 ボールを挟み踵でボールを浮かせてって……えっ!?


「おっ、おまっ、マジか……」


「あれ? 意外と簡単だったよ?」


 冬馬の上にあげたボールは綺麗に足元に収まっていった。


 ……こいつ転生者なんじゃないのか?
 これって、完全コピーの能力レベルだろ。
 もしかして前世でもいた、学校に1人はいるなんでもできてしまうパターンの奴か……


「なあ、冬馬は前世の記憶ってあるか?」


「ん? 前世ってなに?」


 流石に前世の記憶持ちってことはないか。


 それはともかく、これは1週間くらいで化けるかもしれないな。
 昨日の練習からわかっていたが、冬馬はかなりのセンスを持っている。


 その後、俺は思いつく限りの技を冬馬に披露することになった。


 ―現在に戻る―


 昨日の修行で俺が知っている技は全て冬馬は覚えていった。
 なんとなく予想していたが、その吸収速度は尋常ではなく、驚きを通り越してただあきれるばかりであった。


 その結果、今ではドリブルだけでなく、軸足の後ろを廻って蹴り足を交差させボールを蹴るラボーナという技術なんかもマスターしている。


 そして俺は、もう教えられることが無くなってしまった。
 仕方がないが最後に予定していたメニューをするしかない。


「悪いが俺が教えられる技術はここまでだ。今日は俺と昨日覚えた技術でひたすら一対一をしようと思う」


「おっ、勝負だね。絶対負けない!」


 俺は冬馬にボールを渡し笛を鳴らす。


 ピーッ!


 こうして、俺と冬馬は1日中技をぶつけ合った。


 ――――――――


 そんなこんなで修行最終日が終わり、休息をとった俺たちは帰りの準備を始めた。
 当初予定していた1か月の長期修行とは全く異なり、4日間という短いプチ修行となってしまったが、冬馬の出来はとてつもないものになった。


 こんなに才能があるなら、この部屋は意味がなかった様な気もするが、こんな密度があって3歳児とは思えない練習は外じゃ絶対できないだろう。
 そういう意味ではこの場所は役にたったといえる。


「冬馬、準備はできたか?」


「うん!」


 俺たちは初日の服に着替えて、扉の前に進む。


「この3日間のことは、男と男の秘密だからな。絶対誰にも言っちゃだめだぞ」


「わかってるって。ぜったい言わないよ!」


 この3日間で冬馬との距離もかなり近くなったな……
 生まれて初めての親友ってやつかもしれない。


 ガチャ


 そして、とうとう俺たちは光のさす扉の向こうへと足を進めた。




 ―――――――


「「ただいまー」」


 俺と冬馬はリビングの扉を開き中へ入る。


「あら? おやつはまだ作ってないわよ?」


「ふふっ、おかえりなさい」


 声を聞いた瞬間、冬馬は自分の母さんに抱き着きにいった。
 なんだか俺も無性に母さんに抱き着きたくなって走った。


 4日という短い期間離れ離れだったことに違いないが、俺がこんな気分になるとは思わなかった。
 俺は精神的に3歳児に引っ張られているという事なんだろうと1人で納得することにした。


「あらあら、2人とも何かあったの?」


 母さんたちは不思議そうにしている。
 俺たちはお互いに顔を見合った。


「「男と男の秘密さっ」」


 2人で同時に言って、俺たちは互いに笑いあった。

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