偉人転生~異世界幼女は第六天魔王

得る知己

 ああこれは夢だ。


 目の前に広がる光景を見てそう思った。だってそうじゃないとおかしいじゃないか。


 人が倒れている。


 家が燃えている。


 辺り一面全部全部全部全部、紅い。真っ赤だ。


 こんなの私が知るわけがない。

 私が知ってるのは陽だまりのような笑顔だけだ。優しい人も、大好きな母様もいない。こんなの夢以外ではあり得ない。


 夢にはいつもの男がいた。


 こわいこわい男だ。こいつはすべてを燃やしてしまう。


 人も家も全部ぜんぶ燃やして笑っている怖い男だ。


 この夢を見るたびに思う。こいつはどうして人を真っ赤に染めるのか。どうして全てを燃やしてしまうのか。


 こいつはきっと世界の事が嫌いなんだ。だから全部を壊してしまう。


 ほら見てみろ。今も男は全部を壊して燃やし尽くして、心の底から愉快そうに笑いながら怒っている。







 ライザは今日も寝ぼけた目で朝食の席につき、レティシアと挨拶を交わす。

 貴族が人前に出る時は例え家族であっても身だしなみを整えておくものである。にも拘わらず誰も注意をしない様子の異常さをメイド長だけはため息交じりに認識していた。


 食事が終わり紅茶を飲みながら一息つけば、またいつも通りめんどくさい勉強の時間である。ライザは先ほど摂取したカロリーの全てを逃走するための計画する事に使っていたが、今日はなんとレティシアから思いもよらない事を言われてしまう。


「今日はいつもの追いかけっこはなしよ」


 ライザは一瞬何を言われているのか理解できなかった。

 普通に考えれば母親からしっかり勉強しなさいという内容を少し遠回りに言われただけの事なのだが、何分ライザはこれまで一度もレティシアに注意された事がない。 


 ライザがどんなに逃げ回り淑女として有るまじき言動をしても微笑みながら頭をコツンとする叱るというより戯れる事しかしない母親。それがレティシアである。

 にも関わらず、いきなりそんな事を言い出したのはなぜか?

 逃走計画に使用したカロリーを急転回させ考える。


「……」


 無言で周囲に視線をやると見えるのはいつものメンバーだ。

 専属であるアリシアはいつも通り空いたお皿を他のメイド達とかたずけているし、執事や他の使用人にも変わった様子はない。レティシアの言葉がなければ普段となんら変わらないいつも通りの一日が始まる。

 そこでライザの瞳はただ一人の前で止まった。


 言わずと知れたライザ最大の敵対者メイド長こと通称『ばあちゃん』である。


 年齢的には間違っていないが、その呼び方をされるたびメイド長は密かに釈然としない感情をはらんでいた。見た目的にも精神的にもまだまだ若いといえる難しい年ごろのレディである。


 ちくたくと頭の時計を鳴らしながら何かを考えだしたライザは、はっとした表情になり続いて驚愕したようにメイド長を見る。


「まさか母様をたぶらかしてっ……!」


 どこでそんな言葉を覚えたのか不明であるし意味を分かっているのかすら不明だがメイド長はガクリと肩を落とした。

 突拍子もないにも程があり、それを聞いた周囲の使用人は一瞬動きが止まった後、皆して視線をそらし笑うのを我慢するように肩を揺らしていた。

 とりあえず、こいつら後で覚えておけよとメイド長は堅く決意した。


 なお、ライザの偏った知識の一環は公爵家の第二私設騎士団の平民上がりの団長である人物から教わった。

 今回の場合、「普段優しい女が突然態度を変えたときは浮気がばれた時か、浮気相手にたぶらかされた時だ」という幼女に聞かせるべき内容ではない教えである。

 後のこの事がばれた騎士団長はメイド長にきつく叱られるのだが、それはまた別の話。


「どうしてそういう回答にたどり着いたのかじっくり問いただしたい所ですが……違います。本日は大切な用事があるのです」


 ため息交じりに弁明するメイド長は朝から非常に疲れを感じていたが、表面上にはおくびにも出さないプロ根性。


「そうよ。そんなに心配しなくても私が貴方を裏切る事なんてあるわけないわ。愛しのライザ」


 一方のレティシアは、フフフと微笑みながら両腕を広げる。すると向かいの席にいたライザはぴょんと飛び跳ねレティシアの腕の中に飛び込んだ。


「わたしも母様だいすきー!」


 ライザの脳内では大好きな母親がメイド長の妙計にハマりあわや寝取られたか!? というありえない物語の上、実に失礼な妄想が綴られていたが本人達が否定したため一安心である。


 親愛を確かめ合うために抱き合う親子を見てメイド長は一人モヤモヤとした感情を抱くのだが、物語上意味はないので割愛する。


 一方で親子で抱き合うライザとレティシアの会話は大切な用事について話されていた。


「ライザはもうすぐ誕生日でしょ? 貴族の子供は10歳を迎えると教会で祝福を受けなければいけないの。だから、今日は私と一緒にお出かけよ」


 この国の貴族は10歳を境に小さな大人として貴族の一員であることを認められる。

 それ以下の子供はあくまで貴族の子供ではあるが貴族ではないとされ、財産や爵位の相続人として認可されていない。


 また、教会でされた祝福は神からの恩恵として妙実に現れる。神秘の力である魔法や魔術。人を癒す法術や神聖術など祝福がなければ使用できない力があり、それは貴族の、特権階級の象徴であるとされ、貴族にとってこの祝福は後々にまで大きな意味を持つことになる。


 ありていに言えば祝福を受けられなかった場合は、貴族として認められないし最悪の場合で家の恥とされ放逐もしくは殺害される。

 もっとも魔力は貴族平民関係なく生物であればだれでも持つ力であるためそんな場合はこれまで報告された事はない。

 あくまで祝福とは貰えて当然。貴族としては祝福の種類や強弱が重要なのだ。


「! お外いくの!?」


 だが、無邪気で勉強嫌いのアホな令嬢ライザはそんな重大なイベントよりも過程である外出にルンルン気分であった。

 安全のため、またレティシアが過保護なため今まで一度も屋敷の外に出る事のなかったライザにとって、よく分からない祝福より目の前に広がった自由に目を奪われていたのだ。

 本当なら母親であるレティシアがことの重大性をしっかりと教えるのが普通であるのだが……。


「だから今日はメイド長との楽しい追いかけっこはしては駄目よ? ライザと初めての外出、とても楽しみだわ~」


 この母親にして娘あり。頭の中がすでに愛娘とのお出かけでお花畑状態であった。


「はーい。かくれんぼはまた明日からがんばる!」


 そしてこの娘もとことん勉強する気がない。年中頭の中はお花畑だ。


 キャッキャウフフと二人してお花畑空間を形成したライザらを見てメイド長は吠える。


「……私は楽しんだ覚えはないのですが? というより明日からではなく、勉強する様に叱ってください奥様!!」


 いつの時代もアホの周りで苦労するのはいつも当人よりも周囲の人間である


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