南国勇者〜パーティを追放されたおっさん、流れついた先は常夏の楽園でした〜
1話
天井から吊り下げられた魔晶石のランプがカラカラ音を立てて大きく揺れた。
ここはサラン海峡を越えた先の海の上。次なる大陸へ向けての、まさに冒険のまっただ中だった。
俺たちパーティーは夕食を取りながら、新大陸ではどのように冒険を進めていくかについて作戦会議を開いていた。
俺の行く末を暗示するように、海が荒れはじめていた。ギイギイと軋むような船の音が大きくなる。そのことはわかっていたが、乗客である俺たちの関心ごとではない。
Sランクパーティとなれば、それなりに金もある。ということで、高い金払って雇った上等の船がまさか時化《しけ》ごときで損壊する心配はないのだ。
「はふはふっ、はふっ」
作戦会議もそこそこに、俺は炙りたての骨つき肉との格闘に夢中になっていた。
俺の専らの心配ごとと言えば、この食いもんというやつだ。関心事というよりは、完全に悩みの種だ。
子どもが親を選べないように、我々には生まれつきの特質がある。特に冒険者はよくユニークスキルと呼ぶが、必ずしも生き抜く上で利点になるものばかりではない。真実は逆で、特質を運良く利点にできた冒険者たちが名をはせるというだけである。
みんなには黙っていたが、『食いしんぼう』というのが、情けなくてどうしようもない俺の先天的な特質だった。これが冒険に役立ったことはあまりない。せいぜい質が悪い食い物でも美味しくいただけるとか、多少腐ったものでも腹を壊さないといったくらいだ。
それよりも、すぐに腹が減るというデメリットの方が遥かに大きかった。動けばすぐには腹が減る。寝ててもすぐに腹が減る。一日中、食べ物のことが頭から離れない。日に十回は食事をとる必要があるし、一食でも抜けば、食べ物の幻覚を見ながら動けなくなる。そんな神の悪戯のごとき特質であった。
たぶん仲間たちはそんな俺のことを単なる大食漢のぽっちゃりおじさんとしか思っていないだろう。しかし、こればかりは仕方ないのだ。【食いしんぼう】としてこの世に生を受けてしまったのだから。
実際このことは、何度も仲間に説明してきた。しかし、その度にたちの悪い冗談としか受け取られることはなかった。
ちなみに勇者の特質は【超人】。なんでもスーパーにこなせてしまうという馬鹿げた能力だった。彼が自らそう話しているし、俺から見ても間違いはなさそうだった。事実、彼の力で我々【紺碧の海猫】はSランクに上りつめたようなもんだしな。
まったくこつこつ真面目に努力してきた自分が情けなくなる。それくらい、彼の力はバケモノ級だった。俺がひいひい言いながら這いつくばって階段をひとつ登る間に、アタリは涼しい顔をしてとんとんとんと三段とばしで駆け上がっていくようなやつなのだ。
「むしゃむしゃむしゃむしゃ」
気がつけば仲間たちの冷ややかな視線が、じーっと俺に注がれていた。
盗賊《シーフ》の若い娘なんかは、死肉を貪る醜悪な獣でも眺めているような嫌悪感を顔にはりつかせている。
中には嘲笑するような半笑いの者もいる。
勇者アタリがそれだった。
最近、といってもここ半年近く、彼はよくそんな表情で俺のことを見ていた。
理由はわかっていた。半年前、新しくパーティに加入してきた駆け出しアルケミストの少女、ミャンが原因だ。
はっきり言って彼女は天才だ。五年もすれば、俺は追い抜かれるだろう。14歳とは思えないほど内面もしっかりしているし、冷静で芯の優しさもある。
しかし、俺は妬んでもないし、焦ってもいなかった。逆だ。彼女を本当の娘のように可愛がっていたし、世界最高峰の補助系能力者に育てあげるつもりでいた。
だから五年。その五年で彼女を一人前にし、俺は潔く身を引こう。そう計画していたのだ。
そんなミャンだけが、むしゃむしゃと肉にかぶりつく俺のことを邪気のない目で見つめてくれていた。にこにこと楽しそうに。よく彼女の食べる分まで俺にくれることもあった。彼女だって腹を空かせているだろうに。
要するにそれくらい優しい子なのだ。もしかすると彼女だけが俺のことを尊敬してくれていたからかもしれない。
「あなたは本当によく食べますね。まるで豚みたいだ」
嘲るように勇者アタリが言い、みんながせせら笑う。そんな中でも彼女は義憤を押し殺したような顔で唇を噛み締めていた。
まだ駆け出しだという自覚があるのかもしれない。あるいは、どんな時も冷静さを失うなという俺の言いつけを守っているからか。
だから、というのはおかしいかもしれないが、俺が一杯の赤ワインを飲み干した直後、激しい眠気に襲われて机に額をぶつけた時も、彼女だけが静かに駆け寄って来てくれたわけだ。「大丈夫ですか ︎」と俺を心配する声は、流石に震えていたがな。
「う……うぅ……」
目を覚ました時、意外にも俺はまだ船の上にいた。予想ではとっくにあの世にいるものと思っていた。
「どんな気分ですか? 自分で調合した眠り薬を飲まされる気分は?」
勇者アタリは軽蔑の目で俺のことを見下ろしていた。
粗野で粗暴な田舎者は由緒ある称号や名誉を手にしたあたりから口調まで嫌味ったらしくなってしまった。
海の上は本格的な時化がはじまり、うねるような波が船にぶつかり砕ける音が続きていた。星明かりのひとつも見えない闇の広がる世界に時折雷鳴が轟いている。
ここはサラン海峡を越えた先の海の上。次なる大陸へ向けての、まさに冒険のまっただ中だった。
俺たちパーティーは夕食を取りながら、新大陸ではどのように冒険を進めていくかについて作戦会議を開いていた。
俺の行く末を暗示するように、海が荒れはじめていた。ギイギイと軋むような船の音が大きくなる。そのことはわかっていたが、乗客である俺たちの関心ごとではない。
Sランクパーティとなれば、それなりに金もある。ということで、高い金払って雇った上等の船がまさか時化《しけ》ごときで損壊する心配はないのだ。
「はふはふっ、はふっ」
作戦会議もそこそこに、俺は炙りたての骨つき肉との格闘に夢中になっていた。
俺の専らの心配ごとと言えば、この食いもんというやつだ。関心事というよりは、完全に悩みの種だ。
子どもが親を選べないように、我々には生まれつきの特質がある。特に冒険者はよくユニークスキルと呼ぶが、必ずしも生き抜く上で利点になるものばかりではない。真実は逆で、特質を運良く利点にできた冒険者たちが名をはせるというだけである。
みんなには黙っていたが、『食いしんぼう』というのが、情けなくてどうしようもない俺の先天的な特質だった。これが冒険に役立ったことはあまりない。せいぜい質が悪い食い物でも美味しくいただけるとか、多少腐ったものでも腹を壊さないといったくらいだ。
それよりも、すぐに腹が減るというデメリットの方が遥かに大きかった。動けばすぐには腹が減る。寝ててもすぐに腹が減る。一日中、食べ物のことが頭から離れない。日に十回は食事をとる必要があるし、一食でも抜けば、食べ物の幻覚を見ながら動けなくなる。そんな神の悪戯のごとき特質であった。
たぶん仲間たちはそんな俺のことを単なる大食漢のぽっちゃりおじさんとしか思っていないだろう。しかし、こればかりは仕方ないのだ。【食いしんぼう】としてこの世に生を受けてしまったのだから。
実際このことは、何度も仲間に説明してきた。しかし、その度にたちの悪い冗談としか受け取られることはなかった。
ちなみに勇者の特質は【超人】。なんでもスーパーにこなせてしまうという馬鹿げた能力だった。彼が自らそう話しているし、俺から見ても間違いはなさそうだった。事実、彼の力で我々【紺碧の海猫】はSランクに上りつめたようなもんだしな。
まったくこつこつ真面目に努力してきた自分が情けなくなる。それくらい、彼の力はバケモノ級だった。俺がひいひい言いながら這いつくばって階段をひとつ登る間に、アタリは涼しい顔をしてとんとんとんと三段とばしで駆け上がっていくようなやつなのだ。
「むしゃむしゃむしゃむしゃ」
気がつけば仲間たちの冷ややかな視線が、じーっと俺に注がれていた。
盗賊《シーフ》の若い娘なんかは、死肉を貪る醜悪な獣でも眺めているような嫌悪感を顔にはりつかせている。
中には嘲笑するような半笑いの者もいる。
勇者アタリがそれだった。
最近、といってもここ半年近く、彼はよくそんな表情で俺のことを見ていた。
理由はわかっていた。半年前、新しくパーティに加入してきた駆け出しアルケミストの少女、ミャンが原因だ。
はっきり言って彼女は天才だ。五年もすれば、俺は追い抜かれるだろう。14歳とは思えないほど内面もしっかりしているし、冷静で芯の優しさもある。
しかし、俺は妬んでもないし、焦ってもいなかった。逆だ。彼女を本当の娘のように可愛がっていたし、世界最高峰の補助系能力者に育てあげるつもりでいた。
だから五年。その五年で彼女を一人前にし、俺は潔く身を引こう。そう計画していたのだ。
そんなミャンだけが、むしゃむしゃと肉にかぶりつく俺のことを邪気のない目で見つめてくれていた。にこにこと楽しそうに。よく彼女の食べる分まで俺にくれることもあった。彼女だって腹を空かせているだろうに。
要するにそれくらい優しい子なのだ。もしかすると彼女だけが俺のことを尊敬してくれていたからかもしれない。
「あなたは本当によく食べますね。まるで豚みたいだ」
嘲るように勇者アタリが言い、みんながせせら笑う。そんな中でも彼女は義憤を押し殺したような顔で唇を噛み締めていた。
まだ駆け出しだという自覚があるのかもしれない。あるいは、どんな時も冷静さを失うなという俺の言いつけを守っているからか。
だから、というのはおかしいかもしれないが、俺が一杯の赤ワインを飲み干した直後、激しい眠気に襲われて机に額をぶつけた時も、彼女だけが静かに駆け寄って来てくれたわけだ。「大丈夫ですか ︎」と俺を心配する声は、流石に震えていたがな。
「う……うぅ……」
目を覚ました時、意外にも俺はまだ船の上にいた。予想ではとっくにあの世にいるものと思っていた。
「どんな気分ですか? 自分で調合した眠り薬を飲まされる気分は?」
勇者アタリは軽蔑の目で俺のことを見下ろしていた。
粗野で粗暴な田舎者は由緒ある称号や名誉を手にしたあたりから口調まで嫌味ったらしくなってしまった。
海の上は本格的な時化がはじまり、うねるような波が船にぶつかり砕ける音が続きていた。星明かりのひとつも見えない闇の広がる世界に時折雷鳴が轟いている。
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