回復職が足りません!
06 ふかふかと狼一匹
『彼の代わりに、これは私が出しておくわね』
床へ座り込んだ二人を他所に、先程の女性が二人の手から書類を抜き取り、受付嬢の居る窓口まで行き手配を済ませた。フォードを介抱していると、女性が戻ってきて、少し落ち着きを取り戻しつつあるフォードへ三つのFと書かれたプレートを差し出した。どうやらこれが、段級の証明書のようなものらしい。
『さっきはごめんなさいね。あんなことになるなんて、思わなくて』
『ああ、大丈夫ですよ。フォードは意外に立ち直り早いんで』
プレートを握りしめたままのフォードに代わり、ルシオが対応する。ふと女性と視線が合わさる。
『ところで、さっきの書類を見てしまったんだけど、ヒーラーがこのパーティにはいるの?』
『ああ、はい、僕です』
一瞬、ほんの一瞬であるが、周りのざわめきがぴたりと止まった。無数の視線がルシオへと降り注がれる。物珍しさの視線、好奇心の視線、敵意ももしかしたらあったかもしれない。思わずルシオも表情が固まるが、女性は構わず言葉を続ける。
『そうなのね、これも何かの巡り合わせかもしれないわ。噂ではもうヒーラーは、ルゴーラで三人しか居ないらしいし、ああでも貴方で四人目ね』
『え、三人しかいないんですか?その人たちってどこに…』
『国のお抱え冒険者だったり、貴族の飼い犬だったり、のらりくらりと旅をしていたり……いい噂も悪い噂も聞くわね。でもどれも、S級冒険者よ』
『強いんだ、僕と違って…』
『誰もが最初はここで出発した初心者だったはずよ。あなたはその地点にたどり着いた。きっと彼らよりもいいヒーラーになると私は思う』
確信はないがどこかそう信じてしまいそうな、力強い声で女性は言った。誉められることに慣れていないルシオは顔が熱くなるのを感じた。
と、視線を泳がせると女性の後ろから長身の男が近寄ってくるのが見える。男はその女性の肩をぽんっと叩き、ルシオたちを見据える。
『知らないうちに居なくなるなよ。探したぞ~、騒いでるからすぐ見つけたけど』
『紹介するわ、パラディンのブレイブ。私は魔法使いのシャルル。ついでに、そこでしゃがんでるのがエレメンタラーのメルル、私たちは皆、幼馴染みで──』
『ぶっ』
言葉を遮るように吹き出して笑う声が聞こえた。声の出所を探すと、それはどうやら先程の精神攻撃から回復したフォードの声であるようだった。
『ぶはは!メルル?メルルちゃん?ずいぶんキュートなお名前だなぁ、メルルさんよぉ。しかもエレメンタラー?似合わねぇー、妖精さん~ってか?あー、腹いてぇ』
『テメェだけは殺す』
どうやら同じく精神攻撃にダウンしていた彼──メルルも回復したのかスクッと立ち上がり人を一人殺しそうな剣幕で飛びかかって…くるかと思えば、先程紹介されたブレイブという男が後ろからメルルを羽交い締めにして動きを封じる。
なんだか揉めた時よりも更に怒っているように見える。名前のことを気にしているのかもしれない。
『…この通り弟なんだけど、短気でね。本当はいい子なのよ』
実に信じがたい。が、今のはフォードが悪い。
空気を読んだのか、コロがフォードへ近づき動きを封じる。封じるといっても羽交い締めではなく、何故かきゅっと手を繋いだ。それで効果があると思うのだろうか。しかしコロは真剣のようだった。
ルシオは気が気ではなかった。村から出てきていきなり敵を作ってしまったようなものだ。これからどうする計画だったか、また村に戻るなんてことはないから、まずは拠点になるような場所を確保しなくてはならない。こんな調子で大丈夫なのだろうか。
『そう、村から……遠いのね、拠点になる場所のあてはあるの?』
『そう片道三時間ほどかかる村で、だから拠点になるとこを設けたいとおも……あれ、なんで知ってるんですか?』
心の中のぼやきに反応するように、シャルルが言葉を投げ掛けるものだから普通に会話が続いたが、ふと変なことに気づいて顔を上げる。このことを喋った覚えがないのだ。
訳がわからないといった様子のルシオの横へ、グリスが近寄り、シャルルをじと、と見つめながら小声でルシオへぼそぼそと伝える。
『あまりこの女の前で考え事をしない方がいい。読まれているみたいだぞ、心の中の言葉が。身に付けている魔法具の効果かもしれない』
『あなたはあれね、頭の中が少年のことでいっぱいのようね』
『くっ、読んだな俺の心の叫びを…』
『隠そうとしてるようには見えないわ』
ルシオは自然な動作でグリスから離れてシャルルの方へと避難した。
『ルシオ。あ、ごめんなさい、名前も読み取ってしまったんだけど……もし良かったら、私の宿屋を使わない?今回弟の強い押しがあって冒険者登録をしたけど、本業は宿屋の経営なの』
『えっ、いいんですか?』
『いいのよ。もちろん、代金は頂戴するけど。半額にしてあげる。冒険者よしみ…と言ったら嘘になるわね。ヒーラーの知り合いがいてくれたら心強いじゃない?ほら、一応私たちも初心者だから』
『だって、フォード。どうする…?』
『シャルルさんもそこに住んでるんスか?』
『自宅も兼ねているから、住んでるわね』
『おし決定!!そこを拠点にすんぞ!!コロ助離せ!俺はメル野郎と喧嘩なんかしてる暇はねーんだよ!!!』
『フォードもっと元気になった』
元気を取り戻したフォードの手を嬉しそうにコロは離してやった。メルルの反対!断固反対!という声は一ミリも聞こえていないようで、ルシオ達は案内されるままに宿屋へと向かった。
木造の、雰囲気のある洋風の宿屋だった。
年期は入っているが、よく手入れをされていて内装も女性のレイアウトだからだろうか、花が飾られていたりと、細かい所まで心配りが出来ていた。
旅に出会いは付き物というが、これは有難いことこの上ない出会いだ。
ルシオたちに宛がわれた部屋は二つ。早速誰が誰とどの部屋を使うかを、四人は部屋の前の廊下で話し合った。
『俺はルシオとで構わない』
『構う。僕が構うんだよ』
『早く決めようぜ、食堂は勝手に使っていいらしいから、飯食いたいし。俺は誰とでもいいからよー』
『なら、オレはルシオとがいい』
コロの一言が決定打になり、ルシオはコロと。フォードはグリスと二人部屋になった。
扉を開けて中に入ると、室内はこざっぱりとしているが綺麗に整頓されていた。大きなベッドが二つ並んでいて、白いシーツは見るからに気持ち良さそうだ。
ルシオは部屋の隅に置かれたタンスの上へ荷物を乗せる。長期滞在向けの宿屋なのだろう、冒険者を配慮しての作りなのか、タンスの中身は空で荷物をしまえる様になっていた。シャワーも部屋に備えられている。
『ルシオ!ルシオ大変だ、来て!』
『え!?ちょ、なに!?』
タンスへ荷物を詰め込んでいると、後ろの方からコロの叫び声が聞こえてきた。びくりと驚いて慌てて振り向いて状況を確認すると、コロはベッドに大の字でうつ伏せに横たわり、枕へ顔を埋めていた。
『すごいふかふかだ』
『アッ、ウン……』
なんだそんなことか、と遠い視線を向けるが次の言葉がコロから返ってこない。静かになってしまったコロに近付き顔を覗くと、瞼を閉じて微かに寝息が聞こえてきた。
そうだ、コロは慣れない人間の街に来て、訳のわからない手続きや、周囲の視線、騒動に巻き込まれたりと、相当疲れたに違いない。
ルシオはごろりとコロの横へと寝転がり、気持ちよさげに寝る獣耳の付いた頭を撫でてやった。
床へ座り込んだ二人を他所に、先程の女性が二人の手から書類を抜き取り、受付嬢の居る窓口まで行き手配を済ませた。フォードを介抱していると、女性が戻ってきて、少し落ち着きを取り戻しつつあるフォードへ三つのFと書かれたプレートを差し出した。どうやらこれが、段級の証明書のようなものらしい。
『さっきはごめんなさいね。あんなことになるなんて、思わなくて』
『ああ、大丈夫ですよ。フォードは意外に立ち直り早いんで』
プレートを握りしめたままのフォードに代わり、ルシオが対応する。ふと女性と視線が合わさる。
『ところで、さっきの書類を見てしまったんだけど、ヒーラーがこのパーティにはいるの?』
『ああ、はい、僕です』
一瞬、ほんの一瞬であるが、周りのざわめきがぴたりと止まった。無数の視線がルシオへと降り注がれる。物珍しさの視線、好奇心の視線、敵意ももしかしたらあったかもしれない。思わずルシオも表情が固まるが、女性は構わず言葉を続ける。
『そうなのね、これも何かの巡り合わせかもしれないわ。噂ではもうヒーラーは、ルゴーラで三人しか居ないらしいし、ああでも貴方で四人目ね』
『え、三人しかいないんですか?その人たちってどこに…』
『国のお抱え冒険者だったり、貴族の飼い犬だったり、のらりくらりと旅をしていたり……いい噂も悪い噂も聞くわね。でもどれも、S級冒険者よ』
『強いんだ、僕と違って…』
『誰もが最初はここで出発した初心者だったはずよ。あなたはその地点にたどり着いた。きっと彼らよりもいいヒーラーになると私は思う』
確信はないがどこかそう信じてしまいそうな、力強い声で女性は言った。誉められることに慣れていないルシオは顔が熱くなるのを感じた。
と、視線を泳がせると女性の後ろから長身の男が近寄ってくるのが見える。男はその女性の肩をぽんっと叩き、ルシオたちを見据える。
『知らないうちに居なくなるなよ。探したぞ~、騒いでるからすぐ見つけたけど』
『紹介するわ、パラディンのブレイブ。私は魔法使いのシャルル。ついでに、そこでしゃがんでるのがエレメンタラーのメルル、私たちは皆、幼馴染みで──』
『ぶっ』
言葉を遮るように吹き出して笑う声が聞こえた。声の出所を探すと、それはどうやら先程の精神攻撃から回復したフォードの声であるようだった。
『ぶはは!メルル?メルルちゃん?ずいぶんキュートなお名前だなぁ、メルルさんよぉ。しかもエレメンタラー?似合わねぇー、妖精さん~ってか?あー、腹いてぇ』
『テメェだけは殺す』
どうやら同じく精神攻撃にダウンしていた彼──メルルも回復したのかスクッと立ち上がり人を一人殺しそうな剣幕で飛びかかって…くるかと思えば、先程紹介されたブレイブという男が後ろからメルルを羽交い締めにして動きを封じる。
なんだか揉めた時よりも更に怒っているように見える。名前のことを気にしているのかもしれない。
『…この通り弟なんだけど、短気でね。本当はいい子なのよ』
実に信じがたい。が、今のはフォードが悪い。
空気を読んだのか、コロがフォードへ近づき動きを封じる。封じるといっても羽交い締めではなく、何故かきゅっと手を繋いだ。それで効果があると思うのだろうか。しかしコロは真剣のようだった。
ルシオは気が気ではなかった。村から出てきていきなり敵を作ってしまったようなものだ。これからどうする計画だったか、また村に戻るなんてことはないから、まずは拠点になるような場所を確保しなくてはならない。こんな調子で大丈夫なのだろうか。
『そう、村から……遠いのね、拠点になる場所のあてはあるの?』
『そう片道三時間ほどかかる村で、だから拠点になるとこを設けたいとおも……あれ、なんで知ってるんですか?』
心の中のぼやきに反応するように、シャルルが言葉を投げ掛けるものだから普通に会話が続いたが、ふと変なことに気づいて顔を上げる。このことを喋った覚えがないのだ。
訳がわからないといった様子のルシオの横へ、グリスが近寄り、シャルルをじと、と見つめながら小声でルシオへぼそぼそと伝える。
『あまりこの女の前で考え事をしない方がいい。読まれているみたいだぞ、心の中の言葉が。身に付けている魔法具の効果かもしれない』
『あなたはあれね、頭の中が少年のことでいっぱいのようね』
『くっ、読んだな俺の心の叫びを…』
『隠そうとしてるようには見えないわ』
ルシオは自然な動作でグリスから離れてシャルルの方へと避難した。
『ルシオ。あ、ごめんなさい、名前も読み取ってしまったんだけど……もし良かったら、私の宿屋を使わない?今回弟の強い押しがあって冒険者登録をしたけど、本業は宿屋の経営なの』
『えっ、いいんですか?』
『いいのよ。もちろん、代金は頂戴するけど。半額にしてあげる。冒険者よしみ…と言ったら嘘になるわね。ヒーラーの知り合いがいてくれたら心強いじゃない?ほら、一応私たちも初心者だから』
『だって、フォード。どうする…?』
『シャルルさんもそこに住んでるんスか?』
『自宅も兼ねているから、住んでるわね』
『おし決定!!そこを拠点にすんぞ!!コロ助離せ!俺はメル野郎と喧嘩なんかしてる暇はねーんだよ!!!』
『フォードもっと元気になった』
元気を取り戻したフォードの手を嬉しそうにコロは離してやった。メルルの反対!断固反対!という声は一ミリも聞こえていないようで、ルシオ達は案内されるままに宿屋へと向かった。
木造の、雰囲気のある洋風の宿屋だった。
年期は入っているが、よく手入れをされていて内装も女性のレイアウトだからだろうか、花が飾られていたりと、細かい所まで心配りが出来ていた。
旅に出会いは付き物というが、これは有難いことこの上ない出会いだ。
ルシオたちに宛がわれた部屋は二つ。早速誰が誰とどの部屋を使うかを、四人は部屋の前の廊下で話し合った。
『俺はルシオとで構わない』
『構う。僕が構うんだよ』
『早く決めようぜ、食堂は勝手に使っていいらしいから、飯食いたいし。俺は誰とでもいいからよー』
『なら、オレはルシオとがいい』
コロの一言が決定打になり、ルシオはコロと。フォードはグリスと二人部屋になった。
扉を開けて中に入ると、室内はこざっぱりとしているが綺麗に整頓されていた。大きなベッドが二つ並んでいて、白いシーツは見るからに気持ち良さそうだ。
ルシオは部屋の隅に置かれたタンスの上へ荷物を乗せる。長期滞在向けの宿屋なのだろう、冒険者を配慮しての作りなのか、タンスの中身は空で荷物をしまえる様になっていた。シャワーも部屋に備えられている。
『ルシオ!ルシオ大変だ、来て!』
『え!?ちょ、なに!?』
タンスへ荷物を詰め込んでいると、後ろの方からコロの叫び声が聞こえてきた。びくりと驚いて慌てて振り向いて状況を確認すると、コロはベッドに大の字でうつ伏せに横たわり、枕へ顔を埋めていた。
『すごいふかふかだ』
『アッ、ウン……』
なんだそんなことか、と遠い視線を向けるが次の言葉がコロから返ってこない。静かになってしまったコロに近付き顔を覗くと、瞼を閉じて微かに寝息が聞こえてきた。
そうだ、コロは慣れない人間の街に来て、訳のわからない手続きや、周囲の視線、騒動に巻き込まれたりと、相当疲れたに違いない。
ルシオはごろりとコロの横へと寝転がり、気持ちよさげに寝る獣耳の付いた頭を撫でてやった。
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