回復職が足りません!

栗塩

01 ヒーラー

時は冒険に夢見る若者たちの時代。
冒険者時代である。

この世界には生まれつき才能が与えられてこの世に生を受ける。
戦士、盗賊、魔法使い…生まれ持った才能は変えることは出来ず、一生をその才能と生きる。
中でも回復職のヒーラーは希少である。
そのヒーラー人口が更に減少したらどうなるだろうか?片手で数える程になってしまったら?

ヒーラーの居ない冒険者パーティはヒーラーの代わりに回復アイテムを買う。
長旅になればなるほど費用は増し、そして大荷物になる。
冒険に夢見る者達は金に頭を抱え、そして諦める。国のギルドは活気を失い、人々を脅かすモンスターをも野放し状態。実はそんな社会問題が今現在起こっているのだ。

これは、そんな回復職氷河期に生きる、一人のヒーラーの物語である。
 










大都市、ルゴーラ共和国。周辺国では最も栄えており、大型のギルド施設も備わっている。そんな国の国境辺りに小さな村がある。

『おいルシオ!なんで集合場所に集まってねーんだよ!お前だけ!!』

複数の男たちを連れた男─大剣を背に背負った目付きの悪い青年─が大声を出しながら目の前の人物の脚を蹴る。村の路地裏で展開されるその行為は、周囲には見えにくい。故に、蹴られて派手に地面へ転がる彼、ルシオを助ける者は誰も居ない。

『フォード…僕はお前らと討伐なんかに行かないぞ…ヒーラーは物じゃないんだ、回復が欲しいならアイテムでも買っていけばいいだろ、買う金があるならな!』

むくりと地面から起き上がった小柄な青年は、彼らの中心へと視線を向ける。フォードと呼ばれた人物は睨んでくるルシオに、額に青筋を浮かばせて再び大声を上げる。

『一人じゃ村の外にも出れない雑魚が偉そうに!お前なんて戦えもしないただの補助役だろうが!雑魚を雑魚なりに使ってやろうと誘ってやってんのに、お前のその態度が気に食わねぇんだよ!!』

怒鳴った声が村に響いたのだろうか、表通りが少しざわつく。その様子を察したのか、フォードは舌打ちをして仲間の男たちを顎で誘導する。

『もうこんな時間だし、討伐にいくならとっとこ行くぞ。こんな野郎が居なくても、モンスター討伐なんて余裕だろ。行こうぜ』

捨て吐くように言うと、フォードはルシオに振り返ることなく男たちを連れて表通りへと消えていった。その背中が見えなくなるまで、ルシオは歯を食い縛りながら眺めていた。

彼らの気配が完全に消えてから、土の着いてしまった服をぱんぱんと軽く払い、ルシオは静かに帰路に着く。彼の家は村の奥に位置し、森に最も近い静かで寂しい、誰も近寄らないような場所だった。

ただ、彼はそこを気に入っていた。フォード達のようなやつらから距離を置けるし、自分についての噂や、周りの視線もここには届かない。何より、今日のような夕焼けが見渡せて村が見下ろせる。

『ただいま。いや誰も居ないけど』

こじんまりとした家へ入れば、とりあえずそう言葉を溢してみる。返事はない。
彼の両親は既に他界していて、家族は居ない。代々ヒーラーの家系ではなかったその夫婦に、ルシオが産まれてヒーラーの素質があると知るとそれは喜んだものだ。ヒーラーは希少であったからである。そしてルシオが産まれたその年から段々とヒーラー人口は減少し、21年後の今、国の発表では、ヒーラーは世界に片手で数える程度となってしまったらしいのだ。

村はルシオに大きな期待を寄せていた。が、ルシオは争いを好む性格ではなかった。それは両親も知っていたので、討伐やクエストの依頼はことごとく断っていた。それが村の反感をかったのか、ルシオの家族は村八分状態になり、両親も辛い心境の中、病で二人とも亡くなったのである。両親はルシオを愛していた、それはルシオも痛いほど感じていた。

『こんな村嫌いだ。僕は一人が好きなんだ、パーティなんか死んでも組まない…』

独り言をまた溢してしまった。
むず痒い気持ちになり、ルシオは再び扉を開けて外ヘ出る。夕焼けは沈み、辺りは静かな闇が訪れようとしていた。
再び外へ出た理由は家の裏にある畑だ。そこで細々と野菜を育てていた。一人暮らしにはちょうどいいのだ。

足早に裏手へと回り、畑へと足を踏み入れる。すると、ふわりと風に乗り、獣のような臭いがした。そこで足を止める。

(なんだ…?まさか、モンスター…?こんなところに……?)

警戒心と共に味わった事のない緊張感がルシオを襲った。モンスターと対面は愚か、戦闘すらしたことがなかった。もしモンスターならどのくらいの距離があるのか、相手は自分に気付いているのか、逃げれるだろうか、様々な考えが頭を過っては消えた。再び風が吹く、森の方からまた漂う。獣の臭いと……これは、血の臭い…………?

『怪我をしてるんだ…』

暗い森の中で一人、怪我をしている者がいる。それがモンスターなのか人間なのか、いやきっと前者であるが心細いだろう。怪我を治せないのだ、モンスターが回復アイテムを持っている訳がないのだ。だけどあるいは自分が、治してあげられるとしたら…

緊張から浅い呼吸を繰り返しながら、ルシオは暗い森へと足を踏み入れた。









しばらく歩いただろうか、いや、緊張から、あるいは先の見えない道で感覚が鈍ったか、とにかくしばらく歩いた気がした。
風は不思議なもので木々を揺らさずに静かに森の奥から吹いていた。まるで自分を誘っているかのようだ。もし、風を操れるモンスターがいるのだとしたら、すでに自分はそのモンスターの手の内であるのだろう。

雲に隠れていた月が顔を出した。満月の光がやけに森の中を明るく照らす。月は夜の太陽のように、優しく静かな光を注ぐ。

木の幹に、何か大きなものがもたれ掛かっている。

血の臭い、獣の臭い、目的のモンスターはそこにいた。
モンスターというには人間に近い、いや、人間であるかのような体。その頭に生える獣の耳、足元には尻尾が垂れている。黒髪とお揃いの黒い毛並みだ。これは──

『ウルフ?』

『ワーウルフです…』

『うわ喋った』

独り言に返事があるとは思わなかった為、びくりと肩を跳ねさせる。ワーウルフと答えた彼、狼人は静かな瞳をルシオに向ける。それは鋭いようで、諦めを含んだような、静かに死を待つ瞳だった。

『怪我をしている…?』

『してる……じきに死ぬ………』

『モンスターにやられたの?』

『ニンゲンにやられた』

人間、と聞いてその先の言葉が出なかった。この世界に置いてワーウルフはレアな亜人種であって、本でしか見たことがなかった。しかし彼の首にちらつく首輪を見て、彼が奴隷であることをルシオは察した。おそらく、物好きに捕まり奴隷として表に引っ張り出されてしまったのだろう。では、この大怪我は…

『逃げ出してきたら、追われて、やられて、ここまで…怖かったから……ばかだった………』

途切れ途切れに、思考が定まらない言葉が続く。
出血が酷くて朦朧としているのだろうか、放っておけば本当に彼は死ぬのだろう。

『あのさ…生きたいよね、生きたいよね…?』

『………』

『噛まないと約束してくれるなら、僕が治してあげる。僕、ヒーラーなんだ。助けられる』

『………』

返事があったかどうかは分からない。ただ、ルシオには風に乗って、たすけて、と聞こえたような気がした。
ルシオは彼へと駆け寄り、傷口へと両手を寄せた。傷口はよく見えないが腹部にぽっかりと穴が空いているように見える。出血が酷い。

『ヒール…』

ルシオは両手に念を込めた。込めた手のひらから暖かな光が広がり、キラキラと夜の闇をやんわり照らす。傷口がその明かりで露になる。傷口を白い光が塞ぐように、少しの間をおいて、ぽっかりと空いた傷は、もとからそこに傷口などなかったかのように綺麗に彼の体を再生させた。

『ねぇ、治ったよ。大丈夫?』

『これは…すごい………あなたはカミサマ…』

『ではないかな!?そんな偉大な感じのやつじゃなくてただのヒールっていうかなんていうか…』

ふわりと足元の尻尾が左右に小さく揺れるのが見える。犬は喜ぶとき、尻尾を振る。ワーウルフもそうなのだとしたら、喜んでくれているのだろうか。

『ありがとう、あり──』

グウウ、と治したばかりの腹部から低く轟く禍々しい音が響いた。腹の虫というやつだ。

『……お腹が空いてるんだね。ちょうど、夕食を作ろうとしていたんだよ。良かったら家においで』

『……』

腹の虫の音にすっかり親近感を覚え、ルシオはワーウルフに微笑みかける。するとワーウルフは顔を近付けてくんくん、とルシオの臭いを嗅いできた。やばい食われるのか、と体を強張らせるより先に黒い瞳がルシオを捕らえる。

『いく……悪い臭い、しない………悪いニンゲンじゃない…』

『え?まって?匂いでわかる感じ?すご…』

『一緒に行ってもいい?ええと…』

『ルシオだよ。君はなんていう名前?』

『名前はない。名前を呼ばれたことがない』

『…………』

いきなりルシオは頭を抱えた。名前がない。奴隷のワーウルフだからだろう。と、なると君と呼ぶべきか、一時的にでも名前を考えるべきだろうか。最悪なことに自分はネーミングセンスが皆無である。彼の姿をちらりと盗み見る。がっちりとした体付きだ。顔も整っている。羨ましい。それに背も高い。耳や尻尾は、まぁ可愛く見える。髪は黒い。昔両親がいた頃に飼っていた犬を思い出す────

『………コロ』

『コロ?』

『ごめん、コロはないな。昔飼ってた犬の──』

『コロ…!オレの初めての名前!オレの名前、コロ…!すごく気に入った!コロ、コ───』

『ごめん!!ごめんね!?忘れて!?!?出来心だったの!!!ほんとごめんね!?!?』

『いや、コロすごくいい。コロがいい』

『ええ…』

大きな青年の姿をしたワーウルフ…もといコロは、見た目に反してとても純粋で子供っぽく嬉しそうに尻尾を振った。ルシオは罪悪感で死にそうになった。

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