隻眼の現人神《隻眼のリビングゴッド》

有江えりあ

束の間の平穏

薄暗い研究室。
様々な色の薬品が立ち並ぶテーブルと、見渡す限りに立ち並ぶガラス製の円柱、その中には最大まで満たされた透明な液体。
そして、その中に浮かぶ翡翠色の宝石。
それを見つめる銀髪をポニーテールに結んだ、まだ幼さの残る少女は独り言を呟く。


「はぁ、 終わったら田舎に帰らなきゃいけないのかぁ……街の外に出れるって言うから引き受けたのに、 結局のところ研究ばっかで外になんか出れなかったし…… 」


暗い表情の少女は、視線を落とし、溜息を吐く。
すると、暗い部屋の中からコツコツと足音を立てながらこちらに何かが近づいてきた。


「そうボヤかんでくれよ、真秀ましゅうくん。 こちらとしてもそれなりに自由にさせてやっているつもりなんだから」


浅黒い肌とは対照の、純白の白衣を身に纏った長身の男は、無表情にそう言い放つと、少女は、彼の方に向き直り口を開く。


「先生、いくら顧問だからって、女の子の部屋に勝手に侵入するのは犯罪だと思うんですけどぉ」


「私の認識では、ここは私の研究室のはずだったのだが。 まあ、すまない。 君の研究の成果が気になってね」


表情を変えぬまま先生と呼ばれた男は、少女の横に立ち、目の前の翡翠を見つめると口元に笑みを浮かべて、彼女の方に顔を向ける。


「良い出来だね。 今度の合同研修旅行は、確か君の故郷だったろ? ご両親に報告しに行くといい」


「両親、ねぇ……  正直言って気持ち悪いんで、あんまり会いたくないんですよねー。 私もああなるかと思うとゾッとしますよ、ホント」


苦々しい顔で両手を組んで、ブルっと震えると、彼女は続ける。


「ある程度の所まで落ち着いたんで、気分転換に水浴びしてきます。 覗かないでくださいねー」


研究室のドアをバタンと閉め、彼女の階段を上がる音が遠くなり、部屋に残った音は、機械が作動する小さな音のみとなる。


「暇つぶしのつもりだったが、こうも楽しませてくれるとは。 嬉しい誤算だよ」


一人残された男は小さく呟くと、不気味な笑い声を部屋中に響き渡らせた。


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街中の人間が正気を失い、暴徒と化した事が全国ニュースで報道され、早期の原因解明を求められていた。


そのため、ヒステリーを起こした人々の精神状態や、体に異常がないかを国からの要請で行う事となり、しばらくの間、学校は休校となっていたので、休講の間、権能の副作用で身動きの取れない透と來花は、ハトホルの治療を受けるために隼人の家で療養することとなっていた。


少し賑やかにはなったが、隼人の生活には再び安寧が戻っていた。


「そう! そうですよ俊一!!  そのまま由紀子の唇を……」


「あぁぁぁ……  やだ、こっちまで照れてきたじゃないの…… 焦れっーー」


『キャァァアアァァァァアアアア!!!!!!!!』


ガラス細工の小洒落たテーブル。
ショーケースの中に入った出土品の数々。
いつもと変わらない毛並みの良い黒の絨毯に胡座をかく隼人は、革張りのソファに腰掛け、薄型テレビに顔を向けたまま抱き合い、奇声を上げる二人の女神を見つめて、ため息を吐く。


「すまないねぇ、隼人のあんちゃん…… ウチのバカ嫁が迷惑かけてよぉ……」


バツの悪そうな顔でコーヒーの入ったマグカップをテーブルに置き、ネルガルは頭を下げる。


「いや、ウチの色ボケ女神様一人でもあんな感じだし、あんたが気にすることじゃねぇよ……」


トーストにジャムを塗り、かぶりついた隼人はネルガルに頭を上げるように手でサインをすると、トーストを皿に置き、苦笑いを浮かべる。


ーー2日前の夜ーー


「あんちゃん、姉御。 本当に申し訳なかった。 俺がこいつともっと早く向き合ってたら、こんな事にはならなかったんだ……  許して貰えるなんて思ってねぇが、謝罪させてくれ……」


「 私のワガママで貴方達にも、沢山の人間にも迷惑をかけてしまったわ…… 本当にごめんなさい…… 」


ハトホルと隼人に対して、地面に膝を付き、頭を土に擦り付ける二人に困り果てた顔で、ハトホルは、小さく息を吐くと、柔らかな声色で言葉を紡ぐ。


「エレシュキガル、ネルガル。 貴女達の気持ちは私にも痛いほどわかりますから、私には貴方達を責めることはできません。 ただ、あくまでも私は、です。 隼人、貴方はどうですか? 」


アメジストの視線を向けられた少年は、困ったように笑うと、柔らかな表情で口を開く。


「まぁ、その……  なんていうかさ。 正直、許されないことをしちまってるとは思う…… 沢山の人が傷ついただろうしさ。 ……俺が偉そうなこと言うのはあれだけどさ、もし悪いことしたって思うなら、あんたらの自己満で終わっちまうかもしれねえけど、今度は、傷つけた人達より、もっと沢山の困ってる人達を助けてあげればいいんじゃねえかな? 」


「……ありがとよ、あんちゃん。 兄さんも感謝してるみてえだ。 『道を指し示してくれてありがとう』ってな」


「ティナもよ。 『パパとママが果たせなかった願いを私の手で果たす。 背中を押してくれてありがとう』ですって」


少し表情を和らげた二人は、顔を上げ、隼人に感謝の視線を送ると、立ち上がり再び頭を下げると、ハトホルは優しい笑みを浮かべると、二人に尋ねる。


「これから二人は国に帰るのですか?」


「いや、しばらくは日本にいなきゃなんねぇ。 そこのあんちゃんと、決闘の約束してっからねぇ」


ネルガルは、大いびきをかきながら大の字に寝そべる大男に視線をやると、隼人は急に思いついたように口を開く。


「だったら透が完治するまでの間ウチに泊まるか?」


隼人の言葉にハトホルは可笑しそうに笑うと、ネルガルとエレシュキガルはきょとんとした顔で彼を見つめて固まった。
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「隼人隼人! やはり俊一はやれば出来る男ですよ!? さぁ、隼人も和奏さんと熱い口付けを交わしましょう! なんなら私で練習してもよいのですよ……?」


「ネ、ネ、ネルガル? あ、あああ、あの…… ティナとヴィンセントの身体だから大変申し訳ない所存なのだけれども、そ、そ、その、夫婦なのだし、せ、せ、せ、せ接吻くらいしてもよいのではないかしら!!?」


熱を帯びた表情の変なテンションで迫ってくる女神と、顔を真っ赤にして挙動不審にこちらに迫ってくる妻に、男二人は顔を見合わせて溜息を吐くと、隼人の部屋の方から野太い男の叫びが聞こえる。


「隼人ー! 腹減ったんだがー!! 海鮮丼とカツカレーとチョコレートパフェ食いたいんだがー!! って來花ちゃんが言ってるぞー!!」


「ちょっと待ってよ、透さん!!!! そんなこと言ってないんだけど!! ……チョコパは食べたかったり食べたくなかったりするかもしれないけどさ 」


「シェフのおまかせコースでいいだろー? すぐ持っていく」


隼人はしめたと言わんばかりに立ち上がると、キッチンへとすたすたと向かうと、
わざとらしい顔で「おっさんも手伝うとするかねぇ」と呟き、彼に追従してネルガルもキッチンに向かい、用意していた朝食を持って二階へと向かった。



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