隻眼の現人神《隻眼のリビングゴッド》

有江えりあ

剥奪する凶眼《アイ・オブ・ジ・アヌンナク》

エレシュキガルは、始まる前から自分の勝利を確信していた。
ろくに武器を振るった事もなければ、世界を左右した災禍【ラグナロク】にも参戦せず、争い事に加担したこともなかった女神の相手など、幼い頃から冥界を統べ、どんな悪党も権能と武力で支配してきた自分の相手ではないと。


だが戦況は、エレシュキガルが予期していた物とは全く違って、彼女は全身に傷を負い、対するハトホルは未だ無傷だった。


ハトホルが操る植物によって道を阻まれ、反撃を受けていたエレシュキガルは距離を詰めることすら許されずに手詰まりの状態まで追い詰められていた。


舐めていたわ。
純粋な神であるとはいえ、戦い慣れしていないあの子がここまで自在に権能を操れるなんて……


門の召喚に力を使ってしまっている以上、これ以上の消耗は避けたい所だけど、仕方ないわね。


剥奪する凶眼アイ・オブ・ジ・アヌンナク


エレシュキガルの両眼は、サファイアのように輝 光り輝く深い蒼色から、血のようにどす黒い紅に変え、行く手を阻む木の根やツタを睨み付けると、瞬く間に枯れ果て、砕け散って宙へと舞う。
木々が砕ける破片の中、彼女はハトホルへと駆けだす。


やはり使ってきましたか。
自らの妹を屠った、死の眼差しを……
ですが、直視されている私の命が奪われていないという事は予想通り、現人神リビングゴッドであるがゆえに100%の力を引き出せていないという事ですね。


ならば、勝機はあります。


ハトホルは右手を前に突き出すと、それに応えるかのように、エレシュキガルの足元から複数の木の根が槍のように突き出す。
エレシュキガルは、軽く舌打ちをすると、高く飛び上がり、地面を貫いたら木の根を一瞥すると、木の根は朽ち果てて砕けた。


だが、下にばかり気を取られていた彼女は、辺りの木々から伸びる無数の蔦の存在に気づかず、両手両足を絡め取られ、顔に絡みついた蔦は、視界を変えることさえ許さず、空中ではりつけの状態となった。


コツコツと、足音を立てながらハトホルは歩みを進め、彼女に近づいていく。


「エレシュキガル、もうやめてください。 同じ悲しみを抱える貴女を、私はあやめたくなどありません 」


ハトホルは凜とした表情で、エレシュキガルに視線を合わせる。
その瞳は、発せられた冷ややかな声とは裏腹に、どこか哀しげで、今にも泣き出しそうなほど涙を溜めていた。


「何よ、ハトホル。 勝ったつもりでいるの? 少しは見直してたんだけど、とんだ甘ちゃんね 」


エレシュキガルは苦々しげに吠えると、彼女の身体は門が放つ不気味な紅と同色に輝き、自由を奪っていた蔦は先の方からどんどん色を失っていく。


枯れ果てた蔦はブチッと音を立て、エレシュキガルを解放すると、彼女はそのまま大鎌を構えてハトホルへと斬りかかる。


「……ッ!?」


ハトホルは斜めに振り下ろされた大鎌をギリギリで躱すと、掠めた蒼紫の毛先がハラリと宙に舞う。


続いた鎌の連撃を紙一重でかわしながら、ハトホルは再び植物を足元から突き出し、応戦するが、エレシュキガルの身体に触れると共に枯れ果てて塵と化して行く。


「貴女とは覚悟が違うの!! 私は……私は何を犠牲にしてでも!! たとえ、貴女の命を奪ってでも! 私はあの人の腕の中でもう一度温もりを感じたい!!」


長い金髪を振り乱し、一心不乱に大鎌を振るうエレシュキガルの攻撃は激しさを増し、次第にハトホルの身体は反応が鈍くなって行き、足がもつれてしまい、苔むした地面へと尻餅を付く。


エレシュキガルは、ハトホルの首元に刃を当てて怪しく微笑むと口を開く。


「貴女の【神核】を捧げれば6番目の門までは開放できる。 あとはナムタルかシグムンド、どちらかの勝利で私の悲願は果たされるわ」 


ごめんなさい、みなさん。
私は、守られてばかりで何もできない、ただの足手まといだったようです。


そしてごめんなさい隼人。
貴方を支えていくという約束、守れそうもありません。


ハトホルは静かに涙を流し、直ぐにでも首を跳ねようと鎌に力を込める、不気味な光を身に纏った女を見つめる。
刃が彼女の首筋にゆっくりと食い込んで行き、血が大鎌の曲線を伝ってポタポタと地面に吸い込まれていき、ハトホルが生きる事を諦めたその時だった。
エレシュキガルの背後から聞こえた少年の声と共に、彼女の足元から火柱が上がる。


エレシュキガルは苦々しげに右に飛び退いて躱すと、大鎌を構えて声の方向へと身体を向ける。


「ーそうかよ、だけど残念ながら4対0で俺らの勝ちみたいだぜ?」


漆黒の大剣を右手に握り、左手を女に向かって突き出した赤い髪の少年は、白い歯をむき出しに笑うと、大剣を両手で握り、小さな破裂音と共に女に向かって距離を詰める。


「隼人!!」


ハトホルは涙を拭って立ち上がると、少年が握る、魔剣グラムを見つめて笑みを浮かべる。


「彼に打ち勝ったのですね…… 貴方は本当に私にとっての英雄ですよ、隼人」


目の前でエレシュキガルと撃ち合う隼人の勇姿を見つめ、ハトホルは小さく呟いた。

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