隻眼の現人神《隻眼のリビングゴッド》

有江えりあ

果たされた願い



森がざわめきだした。
ハトホルの方も始まったみたいだな。
こっちも急がねえと。


漆黒の大剣から繰り出された袈裟斬りを、隼人は炎で包んだ右手の掌底を合わせて受け止める。
受け止めた衝撃で、隼人の立っていた地面には彼の足を中心に、円形に窪みが生まれる。


老兵の振るう剣のあまりの重さに顔をしかめた隼人は、自らの足元に炎を巻き起こすと、爆発が生じ、その反動を利用して大剣を弾き飛ばし、飛び上がって身体を捻りつつ、左足で蹴りを放つ。


大きく後ろに仰け反った老兵は、焦る様子も無く剣を地面に突き立ててバランスを取り、隼人の蹴りを右腕を曲げて受けた後、振り払った。


カンッと金属を打つ音が辺りに木霊し、滞空したままの隼人に向かって老兵は地面を蹴り、突き立てた剣を軸にして回転蹴りを打ち込む。


「……チッ」


腹部目掛けて放たれた蹴りに対し、隼人は身体を丸めて腕を十字に構えて防ぐと、受け身を取り、距離を置いて着地をする。
シグムンドは剣を引き抜き、隼人に向けると、彼を讃えるべく口を開いた。


「うむ。 儂が生きていた時代の勇士達にも引けを取らぬ身のこなし、実に見事なり。 じゃが、ホルス殿にはまだまだ届かぬのぉ」


「……あんた、なんで俺を斬らなかった? あんたなら、さっきの一瞬で、その剣を引き抜いて俺の身体を真っ二つにする事くらい簡単にできただろ……?」


隼人は荒い息遣いで、余裕の表情のシグムンドに向かって問いかけると、老兵は目を細めて天を見上げ、少年の投げた問に答える。


「そうじゃのぉ、この戦いの行方は既に決まっておるから……かのぉ」


自分は相手にならず、いつでも勝敗を決する事ができる。
そう、老兵の言葉を捉えた隼人は、怒りを露わにし、カッと目を見開いた。


「そうかよ……だったら、その行方ってやつ……俺が変えてやるよ!!」


隼人は再び、拳を振りかぶり、後ろ足を強く踏み込んで爆発を起こして、シグムンドとの距離を詰める。
光の速さで飛び込んだ隼人は、炎を身体全体に纏わせ、さながら滑空する火の鳥のように老兵へと突っ込んで行く。


「一度見せた技を同じ相手に使うべきではない。 覚えておくとよいぞ」


老兵は剣を振るうことなく、両手を添えて盾のように構える。
炎の塊が剣に食い込み、漆黒の鎧が熱せられたことによって発生した身を焼かれるような高熱に老兵は顔を歪ませるが、いつまで経っても隼人の拳が打ち込まれることはなかった。


もしや、この炎はおとり……
どこへ、少年はどこへと消えた……!?


老兵は大剣を両手に握り、炎を振り払うと、拓けた視界には隼人の姿は無く、その表情からは焦燥が感じられた。


「炎の扱いだけならホルス並みなんだろ? なら、あんたに勝つにはそれしかねえってことだよな?」


頭上から聞こえた少年の声に、シグムンドは静かに笑い、目を閉じて呟いた。


「見事。 そして、感謝する」


まるで太陽のように眩い光を放ちながら頭上から迫る炎の球体は、シグムンドの身体と、彼が立っていた地面を飲み込み、大きな火柱を上げた。


火柱が収まった後、現れたのは、大の字で寝そべり全身が煤けた老戦士と、その首元に赤褐色のロングソードを当てる、隼人の姿だった。


「少年よ、名を聞かせてくれないか」
シグムンドは弱々しく笑みを浮かべ薄眼を開いて尋ねる。


「隼人、善知鳥うとう 隼人はやとだ」


老兵の顔を見つめ、首元に突きつけた小刻みに震えるロングソードをそのままに隼人は名を名乗る。


「隼人殿、ホルス殿の苗裔びょうえいよ。 遥か時を経てなお、決着する事のなかった儂の闘争に幕を引いてくれた事、心より感謝する。そして、もしよければ迷惑ついでにこの老骨の願いを聞き届けてはくれぬだろうか? 」


老兵の、どこか嬉しそうな穏やかな顔を見つめるた隼人は、怪訝な表情で口を開く。


「あんた、なんでそんな顔をするんだよ。 まるでこうなる事を望んでいたみたいに……」


「言ったであろう、この戦いの行方は遥か昔、神代の時代から決まっておった事じゃと」


シグムンドは、最期の力を振り絞り、漆黒の大剣の柄を少年へと向けると、続けて口を開く。


「神代によって鍛え上げられた魔剣、グラム。 儂を討ち取った証として、この剣を受け取ってはくれまいか。 そして叶うのであれば、このシグムンドの名を、貴殿の胸に刻んで欲しい。 ホルス殿と交わした誓い、不躾ぶしつけかとは思うが、どうか隼人殿に聞き届けていただきたい」


力強い瞳で、隼人の両眼を見つめる老兵に、隼人は心突き動かされ、真剣な顔で頷くと、ロングソードを炎へと戻し、両手でグラムの柄を握った。
刀身の重量に隼人は少し驚くが、フラつく事なくグラムを構えることができた。


「感謝する。 さあ、隼人殿。 その剣で儂を終わらせてくれ。 元より朽ち果てたこの命、奪う事に躊躇いなど必要なかろうて」


遥か昔から続く悲願を叶えるために、死霊にまで身を落とした戦士の顔は心底満たされていた。


隼人は、戸惑いながらもシグムンドの願いを聞き届けるべく、大剣を老兵の腹部に突き立てようとするが、手が震えて、うまく突き立てる事が出来ず、地面へ突き刺さる。


地面から引き抜いたグラムを再び震えた手で突き立てる。
シグムンドの身体へと刀身が触れたその時、今度は不思議と手が震えず、老兵の鎧を突き破るに至る力を込めることが出来た。




グラムの刀身が貫いたシグムンドの身体は、足先から小さな白い光の粒子と化して宙に舞う。


僥倖ぎょうこう、まさか其方自身が約束を果たしてくれるとは……


身体の全てが光に変わり、不気味な門の中へと吸い込まれていく姿を見送った隼人は、複雑な表情で両手に握ったグラムを見つめていた。



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