隻眼の現人神《隻眼のリビングゴッド》
立ちはだかる戦神
隼人がシグムンドと撃ち合い、ハトホルとエレシュキガルの戦いが始まった頃、全てのガルラ霊を戦闘不能にした來花は、ゾワっとする寒気を感じ、必死に階段を駆け上がっていた。
おかしい、一瞬消えたはずの黒服野郎の気配がどんどん強くなっていってる。
戦ってたのは、多分透さんだね。
早く行かなきゃ、透さんが危ない……
________________
ヴィンセントを下した透は、隼人の元へと向かおうと、地面に伏した黒髪の男に背を向けた時だった。
背後から尋常ならざる気配を感じた透は振り返ると、男の身体は妖しげな赤黒い霧に覆われ、不気味な気配を放ちながら立ち上がろうとしといた。
殺気みたいに尖ったもんじゃねえ。
このモヤシ野郎から感じるのはまるで、家の中に入って来た虫を仕方なく殺すみたいな、怒りもなければ戸惑いもない事務的な殺意。
クソ、初めてだよ。 細胞ひとつひとつがビビり上がっちまって身体が言うこと聞かねえのはよぉ…
額に汗を浮かべ、硬直した透の前で、男は気怠そうに立ち上がり、パンパンと服にくっ付いた砂埃を叩いた。
「お前さんにゃ悪りぃが、兄さんの忠道を邪魔立てするような無粋な真似はしないで欲しいねぇ」
喪服を身に纏っていたあの男の声と、姿に違いはない。
だが、飄々としたその喋り方に、透は言いようのない恐怖を覚えた。
ザッザッ、と足音を響かせながら男は近づいてくる。
一歩一歩踏みしめられる度に、この場から一目散に逃げ出したい気持ちがどんどん強くなっていくが、身体は硬直したまま微動だにしない。
男と透との間合いは手を伸ばせば届く距離まで縮まり、歩みを止めると、身に纏った赤黒い霧は男の手元で形を変え、身長と同程度の長さの双頭の獅子が彫り込まれた戦鎚となり、両手に握られた。
「悪く思うなよ、あんちゃん」
凄まじいプレッシャーと共に振り下ろされた戦鎚を前に、透は絶望に苛まれる。
あまりの恐怖に透は気を失いかけたが、石段を駆け上がる足音と、まだ幼さの残る少女の声で、現実へと引き戻される。
「間に合えぇえ!! 」
少女は、右手に握った槍を思いっきり後ろに引き、力一杯に投擲する。
宙へと放られた金色の槍は、帯電し、真っ直ぐと男に向かって突き進む。
男は、轟音を響かせながら矢のように飛んできた槍を一瞥すると、振り下ろした戦鎚の軌道を変え、真横に振るって弾き飛ばす。
戦鎚と槍が接触した際に発せられた雷光に、男は目を細めるが、槍は軽々と弾き飛ばされ、少女の近くの石畳へと突き刺さった。
男は、バチバチと音を立てて戦鎚から伝わって、未だ手元に残っている電流を見つめて呟く。
「【ヴァジュラ】……てことは、その嬢ちゃんはインドラの叔父貴の現人神かい?  面倒だねぇ 」
頭を掻きながら戦鎚を地面に突き立てた男は、來花へと、身体を向ける。
身体の硬直が解けた透は、男の背後で地面に両膝をついて這い蹲ると、息を荒げて口を開く。
「お前、誰だよ…… モヤシ野郎はどうした……?」
「んー?」
男は、透に顔だけ向けて振り向くと、この場に不釣り合いなゾッとするほど柔らかな笑みを浮かべる。
「おじさんはねぇ、ナムタルってんだ。
兄さんはチィとばっかし眠ってっから、代わりにあんたらを始末しに出て来た次第だ」
ナムタルと名乗った男は、視線を戻し、今度はニヤッと口角を上げ、残虐な笑みを浮かべると、地面に突き刺さった槍を引き抜き、構えた少女に対して指をクイっと曲げて挑発する。
「来なよ嬢ちゃん。 モタモタしてっと、このあんちゃん、殺しちまうぜぇ?」
ナムタルの言葉に、目を見開き、怒りを露わにした少女は歯をギリっと強く食いしばり、一直線に男に向かって駆け出した。
「いいねぇ! 見た目はクソほど似てねぇが、性格は、まんま叔父貴だねぇ!! 」
戦鎚を片手で握り、肩に掛けたナムタルは、石畳を蹴り、來花との距離を詰める。近づいて来たナムタルに、來花は、ヴァジュラの矛先を向けて高速で突きの連撃を繰り出すが、ナムタルは手に持った戦鎚を振るうことなく、全ての攻撃を紙一重で避けていく。
怖い、怖い怖い怖い。
でも、僕が攻め続けなきゃ、透さんは殺される。
僕がこいつを倒さなきゃ、隼人さんもおねーさんも、僕を助けてくれたみんなが殺される……!!
元々、他の現人神の気配を感じ取ることに長けていた來花は、目の前の男から感じる、まるで死を具現化したかのような異様な気配に、すぐにでも逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
だが、今まで一人で、自分の身を守るためだけに戦って来た來花は、自分の命を捨ててでも他人を守りたいという、産まれて初めて感じた感情に突き動かされ、目の前の男に槍を振るっていた。
「透さん!! 早く逃げて!! こいつの気配、本当に洒落にならない!!」
來花は攻撃の手を休めることなく、悲痛な叫びを上げると、ナムタルは攻撃を軽々とかわしながら余裕の表情で口を開く。
「健気だねぇ、まあ、嬢ちゃんに免じて、逃げるなら追わないでおくよ。 兄さんの願いは、ご主人の脅威を排除することだしねぇ。 戦う意思がねぇなら殺す必要はねぇし、門の解放にゃ、嬢ちゃんと向こうでドンパチやってる奴らの命を捧げりゃ済む話だからねぇ」
ナムタルは槍の連撃をかわしながら、体勢を低く構えて來花の足に蹴りを放つと、バランスを崩し、攻撃を止めた來花の着ていた病衣の襟元を掴んでそのまま石畳に叩きつける。
「ッァ………!」
石畳の破片と、來花の血反吐が宙を舞い、ナムタルの頰は返り血に染まる。
「嬢ちゃん、ありがとよ。 おかげさまでいい肩ならしになったぜ」
ナムタルは、戦鎚を両手で握り、縦に大きく振りかぶると、來花は、どこか満たされた笑みを浮かべ、振り下ろされる戦鎚を見つめて死を待つ。
パパ、約束破ってごめんね?
でもね、幸せに生きることはできなかったかもしれないけど、僕は後悔してないよ。
何にも知らない僕の事を助けてくれた、そんな人のために死ねるんだから。
眼前に迫る戦鎚に、來花は目を瞑る。
だが次の瞬間、目を閉じていても分かるほどの稲光と共に、砲撃のような爆音が來花の耳を襲い、少女は驚きのあまり、再び目を見開く。
眼前に現れたのは、電撃を身体に走らせ、自らの前で仁王立ちする大男と、吹き飛ばされ、大木に張り付いたナムタルの姿だった。
「ごめんな、來花ちゃん。 かっこ悪りぃとこみせちまったな」
透は、來花に手を差し伸べると、差し出された手を握って少女は立ち上がる。
「バカだね……逃げてたら透さんだけでも助かったかもしれないのに」
口からペッと血を吐き出し、來花は透に向かって特徴的な八重歯をむき出しに笑いかける。
「來花ちゃんが男だったらそうしたかもしれねえけどな、残念なことに俺はフェミニストなんでね。 それに、親友に俺は何があっても負けねえって誓っちまったからよ、このまんまじゃ終われねえんだ」
向けられた笑みに対して、透も歯をむき出しに笑い返すと、大木に叩きつけたナムタルを睨みつける。
「男らしいねぇ、あんちゃんみたいな奴、おじさんは嫌いじゃねぇよ」
口から漏れたツバを袖口で拭い、体勢を立て直したナムタルは、戦鎚を投げ捨て、拳を構える。
「あんちゃんに合わせてコッチでヤり合ってやるよ。 二人掛かりでかかってきな」
大男と少女は、顔を見合わせると無言で頷き、戦闘体勢を取ると、透は蒼い雷を、來花は金色に輝く電流を身体に纏わせ、石畳を蹴った。
おかしい、一瞬消えたはずの黒服野郎の気配がどんどん強くなっていってる。
戦ってたのは、多分透さんだね。
早く行かなきゃ、透さんが危ない……
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ヴィンセントを下した透は、隼人の元へと向かおうと、地面に伏した黒髪の男に背を向けた時だった。
背後から尋常ならざる気配を感じた透は振り返ると、男の身体は妖しげな赤黒い霧に覆われ、不気味な気配を放ちながら立ち上がろうとしといた。
殺気みたいに尖ったもんじゃねえ。
このモヤシ野郎から感じるのはまるで、家の中に入って来た虫を仕方なく殺すみたいな、怒りもなければ戸惑いもない事務的な殺意。
クソ、初めてだよ。 細胞ひとつひとつがビビり上がっちまって身体が言うこと聞かねえのはよぉ…
額に汗を浮かべ、硬直した透の前で、男は気怠そうに立ち上がり、パンパンと服にくっ付いた砂埃を叩いた。
「お前さんにゃ悪りぃが、兄さんの忠道を邪魔立てするような無粋な真似はしないで欲しいねぇ」
喪服を身に纏っていたあの男の声と、姿に違いはない。
だが、飄々としたその喋り方に、透は言いようのない恐怖を覚えた。
ザッザッ、と足音を響かせながら男は近づいてくる。
一歩一歩踏みしめられる度に、この場から一目散に逃げ出したい気持ちがどんどん強くなっていくが、身体は硬直したまま微動だにしない。
男と透との間合いは手を伸ばせば届く距離まで縮まり、歩みを止めると、身に纏った赤黒い霧は男の手元で形を変え、身長と同程度の長さの双頭の獅子が彫り込まれた戦鎚となり、両手に握られた。
「悪く思うなよ、あんちゃん」
凄まじいプレッシャーと共に振り下ろされた戦鎚を前に、透は絶望に苛まれる。
あまりの恐怖に透は気を失いかけたが、石段を駆け上がる足音と、まだ幼さの残る少女の声で、現実へと引き戻される。
「間に合えぇえ!! 」
少女は、右手に握った槍を思いっきり後ろに引き、力一杯に投擲する。
宙へと放られた金色の槍は、帯電し、真っ直ぐと男に向かって突き進む。
男は、轟音を響かせながら矢のように飛んできた槍を一瞥すると、振り下ろした戦鎚の軌道を変え、真横に振るって弾き飛ばす。
戦鎚と槍が接触した際に発せられた雷光に、男は目を細めるが、槍は軽々と弾き飛ばされ、少女の近くの石畳へと突き刺さった。
男は、バチバチと音を立てて戦鎚から伝わって、未だ手元に残っている電流を見つめて呟く。
「【ヴァジュラ】……てことは、その嬢ちゃんはインドラの叔父貴の現人神かい?  面倒だねぇ 」
頭を掻きながら戦鎚を地面に突き立てた男は、來花へと、身体を向ける。
身体の硬直が解けた透は、男の背後で地面に両膝をついて這い蹲ると、息を荒げて口を開く。
「お前、誰だよ…… モヤシ野郎はどうした……?」
「んー?」
男は、透に顔だけ向けて振り向くと、この場に不釣り合いなゾッとするほど柔らかな笑みを浮かべる。
「おじさんはねぇ、ナムタルってんだ。
兄さんはチィとばっかし眠ってっから、代わりにあんたらを始末しに出て来た次第だ」
ナムタルと名乗った男は、視線を戻し、今度はニヤッと口角を上げ、残虐な笑みを浮かべると、地面に突き刺さった槍を引き抜き、構えた少女に対して指をクイっと曲げて挑発する。
「来なよ嬢ちゃん。 モタモタしてっと、このあんちゃん、殺しちまうぜぇ?」
ナムタルの言葉に、目を見開き、怒りを露わにした少女は歯をギリっと強く食いしばり、一直線に男に向かって駆け出した。
「いいねぇ! 見た目はクソほど似てねぇが、性格は、まんま叔父貴だねぇ!! 」
戦鎚を片手で握り、肩に掛けたナムタルは、石畳を蹴り、來花との距離を詰める。近づいて来たナムタルに、來花は、ヴァジュラの矛先を向けて高速で突きの連撃を繰り出すが、ナムタルは手に持った戦鎚を振るうことなく、全ての攻撃を紙一重で避けていく。
怖い、怖い怖い怖い。
でも、僕が攻め続けなきゃ、透さんは殺される。
僕がこいつを倒さなきゃ、隼人さんもおねーさんも、僕を助けてくれたみんなが殺される……!!
元々、他の現人神の気配を感じ取ることに長けていた來花は、目の前の男から感じる、まるで死を具現化したかのような異様な気配に、すぐにでも逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
だが、今まで一人で、自分の身を守るためだけに戦って来た來花は、自分の命を捨ててでも他人を守りたいという、産まれて初めて感じた感情に突き動かされ、目の前の男に槍を振るっていた。
「透さん!! 早く逃げて!! こいつの気配、本当に洒落にならない!!」
來花は攻撃の手を休めることなく、悲痛な叫びを上げると、ナムタルは攻撃を軽々とかわしながら余裕の表情で口を開く。
「健気だねぇ、まあ、嬢ちゃんに免じて、逃げるなら追わないでおくよ。 兄さんの願いは、ご主人の脅威を排除することだしねぇ。 戦う意思がねぇなら殺す必要はねぇし、門の解放にゃ、嬢ちゃんと向こうでドンパチやってる奴らの命を捧げりゃ済む話だからねぇ」
ナムタルは槍の連撃をかわしながら、体勢を低く構えて來花の足に蹴りを放つと、バランスを崩し、攻撃を止めた來花の着ていた病衣の襟元を掴んでそのまま石畳に叩きつける。
「ッァ………!」
石畳の破片と、來花の血反吐が宙を舞い、ナムタルの頰は返り血に染まる。
「嬢ちゃん、ありがとよ。 おかげさまでいい肩ならしになったぜ」
ナムタルは、戦鎚を両手で握り、縦に大きく振りかぶると、來花は、どこか満たされた笑みを浮かべ、振り下ろされる戦鎚を見つめて死を待つ。
パパ、約束破ってごめんね?
でもね、幸せに生きることはできなかったかもしれないけど、僕は後悔してないよ。
何にも知らない僕の事を助けてくれた、そんな人のために死ねるんだから。
眼前に迫る戦鎚に、來花は目を瞑る。
だが次の瞬間、目を閉じていても分かるほどの稲光と共に、砲撃のような爆音が來花の耳を襲い、少女は驚きのあまり、再び目を見開く。
眼前に現れたのは、電撃を身体に走らせ、自らの前で仁王立ちする大男と、吹き飛ばされ、大木に張り付いたナムタルの姿だった。
「ごめんな、來花ちゃん。 かっこ悪りぃとこみせちまったな」
透は、來花に手を差し伸べると、差し出された手を握って少女は立ち上がる。
「バカだね……逃げてたら透さんだけでも助かったかもしれないのに」
口からペッと血を吐き出し、來花は透に向かって特徴的な八重歯をむき出しに笑いかける。
「來花ちゃんが男だったらそうしたかもしれねえけどな、残念なことに俺はフェミニストなんでね。 それに、親友に俺は何があっても負けねえって誓っちまったからよ、このまんまじゃ終われねえんだ」
向けられた笑みに対して、透も歯をむき出しに笑い返すと、大木に叩きつけたナムタルを睨みつける。
「男らしいねぇ、あんちゃんみたいな奴、おじさんは嫌いじゃねぇよ」
口から漏れたツバを袖口で拭い、体勢を立て直したナムタルは、戦鎚を投げ捨て、拳を構える。
「あんちゃんに合わせてコッチでヤり合ってやるよ。 二人掛かりでかかってきな」
大男と少女は、顔を見合わせると無言で頷き、戦闘体勢を取ると、透は蒼い雷を、來花は金色に輝く電流を身体に纏わせ、石畳を蹴った。
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