隻眼の現人神《隻眼のリビングゴッド》

有江えりあ

女神の目的

不気味な門の前に、金属のぶつかり合う耳障りな音が響き渡る。
真紅の髪を揺らしながら、目の前の老兵に剣を振り続けた隼人だったが、老兵はまるで手を抜いているかのように一歩も動かずに、手に持った漆黒の大剣で全てを捌ききっていた。
老兵は、隼人の攻撃の隙に蹴りを放ち、腹部に右足がめり込むと、胃酸を口から吐き出した隼人は、直立したまま背後へと押し出される。


こいつ、只者じゃねえ。
俺の攻撃が見えてるとかそういう次元の話じゃない。
俺の動き全てが完全に見切られてる。純粋な肉弾戦なら勝ち目はゼロだな。


隼人は上着の袖で口元を拭い、長剣を地面に投げ捨てると、剣は炎と化して跡形もなく消え去った。
拳を構え、両腕に炎を纏わせた隼人は、後ろ足を強く蹴り、小さな爆発を発生させると、推進力を利用して老兵の懐へと高速で飛び込んだ。


「ほぉ」


老兵は、関心した様子で剣を構え、隼人の飛び込む瞬間に合わせて横薙ぎに剣を振るう。


隼人は、怯まずにそのまま突き進む。
大剣が隼人の脇腹に触れる刹那、小さな破裂音と共に大剣は弾かれ、バランスを崩した老兵の腹部に隼人の拳は吸い込まれると、老兵は口から黄色の液体を吐き出して顔をしかめ、再び剣を構えて縦に振り下ろした。


隼人は振り下ろされた剣を右にステップを踏んで躱し、拳の乱打を打ち込む。
老兵は直角に大剣を構えると、乱れ打たれた拳全てに突きを繰り出し、防いで見せた。


「ふむ、武神であったホルス殿に比べるとあまりにも拳が軽い。 じゃが、炎の扱いに関していえば、かの御仁を凌ぐほどの実力を持っているようじゃな。 中々どうして、これならば儂の悲願も果たしてくれるやもしれぬ」


老兵は、なぜか過去を懐かしむかのような表情で笑顔を浮かべると、漆黒の大剣を両手で握り、構えた。


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確実に自身を庇いながら、隼人は戦いに挑むだろう。そうなれば彼に勝機はない。


そう考えたハトホルは、エレシュキガルに一騎打ちを申し込み、場所を変えて戦う事を提案し、それを快諾したエレシュキガルと共に崩れかけた廃寺の裏庭へと移動していた。


「随分と強気ね、ハトホル。 今まで戦いと無縁だった貴女に、私の相手が務まるとは思えないのだけれど」


妖しくも美しい笑みを浮かべ、大鎌を構えるエレシュキガルに、ハトホルは表情一つ変えずに、アメジストのような紫の輝きを放つ瞳を向ける。


「勝算もなく戦いを挑むようなことはしませんので心配は無用ですよ。 ただ、先にいくつか聞きたいことがありますので、答えていただいてもよろしいでしょうか?」


「あら、時間稼ぎのつもり? まあいいわ、答えてあげる」


エレシュキガルは大鎌を肩にかけ、金色の髪をクルクルと自らの指に巻きつけながら少し気怠そうに言うと、ハトホルは感謝の言葉を口にして続けた。


「なぜ、とうの昔に亡くなったシグムンド殿がこの地に立っているのです? それに、私の知る誇り高き英雄シグムンド殿は、神代に仕えることをよしとしないはず。 彼に何をしたというのですか……?」


ホルスが封印された後、彼は命がけでハトホルをエジプトへと導いた。
恩人であるシグムンドとの望まぬ再会に、ハトホルは心を痛めていたため、ずっと気がかりだったのだ。


「んー、別に仕えて貰ってるわけじゃないとだけ言っておこうかしら。 
彼の望みと私の望みが上手く噛み合っていたから、私の権能で再び命を与えたの。 
彼の肉体は、私が封印された後、従僕のナムタルが腐敗が始まる前に回収してたみたいだからそんなに難しいことではなかったわ。 で、次は?」


シグムンドが、自分の意思で戦いを挑んできた事に関して、ハトホルはショックを受け、瞳を伏せると、次の質問を投げかけた。


「……貴女の目的は、この世界を滅ぼそうとする理由は何ですか?」


エレシュキガルは大鎌を地面に突き立て、雲ひとつない空に浮かぶ満月を見上げると、憂いを帯びた表情で口を開いた。


「……ハトホル、貴女みたいに封印される事を逃れた神は他にもいると私は考えているの。 例えば、人間の身では足を踏み入れる事の出来ない、冥界に閉じ込められた神とかね。 
私はあの人から陽の光を奪ってしまった。 だからこの世界で、太陽に照らされたこの世界で、私はあの人ともう一度同じ時を過ごしたいの。 
それにティナにも約束したしね。また両親と一緒に暮らせるようにするからって。
だから私は……私達は負けられない」


エレシュキガルは、顔を冷徹な表情に変え、大鎌を再び握るとハトホルに向ける。


「……はなっておいたガルラ霊もほぼ壊滅みたいね。あまり時間が無さそうだし、そろそろ始めたいのだけれど、いいかしら? 」


「 ……私も夫を持つ身。 貴女の気持ちは痛いほどわかります。 ですが、私達のように家族を亡くす悲しみを、他の人々に押し付けてよい理由にはなりません!!」


ハトホルは瞳を見開き激昂すると、それに応えるように、森中が騒つき、周辺の地面は裂け、木の根が槍のようにそこら中に突き出した。



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