隻眼の現人神《隻眼のリビングゴッド》
惨劇の夜
少年がバリーライフ家に仕えて10年の月日が経っていた。
雪がしんしんと降り積もり、屋敷を真っ白に染め上げた真冬の夜。
ティナの父親が国会に提案し続けていた、ギャングを国から排斥することを目的とした法案が可決されるかもしれないという大事な議会に向かうため、私兵を連れ、早朝から車を走らせていた当主の帰りを待つべく、ヴィンセントとティナは使用人達と共に玄関扉の前に佇んでいた。
「パパったらきっと大喜びで帰ってくるわよ!ついにこの国の悪が一掃されるのだから!! ……ママもきっと天国で喜んでるんじゃないかしら 」
ギャングを国内から追放し、虐げられる子供達を無くそうと最初に発言したのはティナの母だった。
何よりも人々の幸せを願い、活動をして来たティナの母は、娘が物ごごろ付く前に凶弾に撃たれ亡くなり、その意思を継いだのが婿養子のギャレットである。
「ええ、ギャレット様は、昔の私のように人として存在する事を許されなかった者達に居場所を与えようとしてくださっている。 奥方様も誇りに思われていると、私も考えております」
視線を宙へと浮かべ、どこか懐かしむように呟いた主に、ヴィンセントは微笑みを浮かべて一礼すると、厳かなドアをノックする音が屋敷中に響き渡る。
「パパね!! 爺や!ドアを開けてちょうだい!」
暖かな笑顔を浮かべて、老人は皺だらけの手でドアを開け放つと、丸いボールのような物が投げ込まれ、床に鈍い音を立てて転がる。
「嘘でしょ!! パパ!!パパアァァあぁあ!!」
 
投げ込まれた球体を目にしたティナは、悲痛な叫びを上げて腰を抜かし、目を覆う。
開かれたドアの前には、返り血を浴びた迷彩色の軍服を着た軍人達と、人相の悪い男達がおり、そのうちの一人が声を上げる。
「殲滅しろ。」
男達は一斉に銃を構えると、唖然とする使用人達に向けて発砲する。
「ティナ様をお守りしろ!!」
使用人達は銃弾を浴び、出血しながらもティナの前に進み出て、盾となり、次々と倒れて行く。
「ヴィンセント!! ボサッとすんな! ティナ様を連れて逃げろ!!」
唖然とする黒髪の青年に中年の使用人は叫ぶと、ハッとしたヴィンセントは、崩れ落ちたティナを担ぎ屋敷の奥へと駆け出した。
「あの二人を追え。 確実に仕留めろ」
屋敷の中へと次々に浸入した男達は、骸の山を踏み越えて、屋敷の中へと散り散りに消えていく。
「ヴィンセント!! 戻って! パパが!みんなが!!」
「ティナ様、それはできません。 皆の命を無駄にするおつもりですか」
必死にもがきながら涙を流し、振りほどこうとするティナを、冷静な声でヴィンセントは諌める。
「でもみんな死んじゃう!! 大好きなみんなが!! 私の家族が!! 貴方は何も思わないの!!」
「何も思わないわけないじゃないですか!! ですが、彼らは…… みんなは、貴方を生かすために命を捨てたのです!! ならば私は彼らの意思に応えなければなりません!!」
長い廊下を振り返る事なく走り続けるヴィンセントを睨みつけたティナは、彼の頬が絶えず濡れている事に気付き、押し黙ってしまった。
「居たぞ!! 殺せ!!」
背後から聞こえた叫び声に、ヴィンセントは舌打ちをすると、速度を上げて廊下を曲がり、近くのドアを開けて部屋に飛び込んだ。
ティナを下ろし、部屋の明かりをつけると、部屋中に並んだガラスケースと、大きな衣装棚が姿を現した。
どうやらこの部屋は、様々な宝石や金細工などの世界中から集められた宝を保管している部屋のようだった。
ヴィンセントは部屋に鍵をかけると、武器となる物を探すべく、部屋を物色する。
「ギャレット様、どうかお許しくださいませ」
部屋の一番奥のガラスケースの中に入った獅子が彫り込まれた金細工の長剣を見つけたヴィンセントは、ケースから取り出すと、鍵を外し、ドアノブに手をかける。
「ティナ様、夜が明けるまでそちらの衣装棚に御隠れください。 私が注意を引きつけます」
「嫌よ!!! 貴方まで失ったら……私は……!!」
床にへたり込み、涙を流すティナに、手を差し伸べ、微笑んだヴィンセントは、優しく語りかける。
「大丈夫です。 貴女に与えていただいたこの命、無駄にするつもりはありません。 必ず戻って参りますので、どうか私の願いを聞き届けてください」
差し伸べられた手を握り、ティナは涙を拭って立ち上がると、ヴィンセントの瞳に視線を合わせた。
「約束よ。 戻ってこなかったら許さないんだから」
ティナはヴィンセントに顔を見せぬように、すぐ背を向けてクローゼットまで駆け出すと、中に入り締め切った。
「やれやれ、嘘を付くのは久々だねえ」
ヴィンセントはドアを開け放つと、再び廊下へと駆け出した。
クローゼットの中で、縮こまったティナの耳には複数の銃声が長時間にわたって聞こえていた。
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