隻眼の現人神《隻眼のリビングゴッド》

有江えりあ

透の奇策

「正直驚いたよ。 権能もろくに使えないゴリラがここまで食らいてくるとは思っていなかった」


透の放った何発もの拳は確実にヴィンセントを捉えてはいたが、当たる瞬間に霧と化す彼の身体に攻撃を与えることが出来ず、手詰まりの状態だった。
対するヴィンセントの拳は、拳速、威力共に透に劣るものの、何度も繰り返し打ち込まれた数発の攻撃は避けきれず、確実に透の身体にダメージが蓄積され、石畳に膝を付かせるまでに追い込んでいた。


どうすりゃいいんだよ。
どうすりゃ俺の拳はあいつに届く?


透は、立ち上がり拳を構えると、体制を低くしてステップを踏みながら距離を詰める。


腰を捻り、渾身の右拳をヴィンセントの腹部に叩き込むが、腹部は霧と化し、風切音と共に拳は悲しく宙を切る。


「恐ろしい拳だね。俺でなければ死んでいただろう、よッ!! 」


ヴィンセントは拳を力強く握り、透の腹部に打ち込むが、瞬時に力を入れた透の金属のように硬い腹筋に弾かれ、不愉快そうに顔をしかめる。


「どうしたモヤシ? 全然効いちゃいねえぜ、本気で来いよ」


白い歯を剥き出しに、右手の指をクイクイと曲げてヴィンセントを煽った透は、再び拳を構える。


目を見開き、「殺す」と小さく呟いたヴィンセントは、拳を黒い霧で包むと、ボクサーのように肘同士を合わせ、拳を顎の前に構えると、乱打を繰り出す。


繰り出された拳をスレスレで躱しながら、透も反撃を繰り出すが、顔、腹部、鳩尾みぞおち全て当たった先から霧へと変わった身体に吸い込まれ、空振りに終わる。
攻撃を繰り出した隙を突かれた透は、ヴィンセントの繰り出す蹴りを喰らい、背後へと錐揉みしながら飛ばされ、石灯籠に叩きつけられると、血反吐を吐いて倒れこむ。


「先程のお返しだ。 少しは気が晴れたよ、まあ、だからと言って生かす気はないがね」


あいつの身体は俺の拳に合わせて霧になるようにプログラムでもされてんのか?


いや、違う。
俺の攻撃は間違いなく2回は届いてる……
なら、確かめてみるか。


透は、全身の力を振り絞って立ち上がると、先程と同じように石畳を蹴り、距離を詰める。


「やれやれ、ゴリラゴリラと失礼な事を言ったね。 君には猪がお似合いだ」


ヴィンセントは構える事もせず、棒立ちのまま透を嘲笑うと、透の左拳が顔へと吸い込まれる。
顔の半分を霧へと変化させ、攻撃を躱そうとするが、拳は霧をすり抜ける事なく、顔面の直前で止まる。


意外そうな表情で固まったヴィンセントの顔は、次の瞬間、腹部を襲う痛みに歪ませ、視線を痛みの原因を確認すべく下に落とすと、自らの腹部には透の右拳がめり込んでいた。


「ガハっ……」


バリバリと音を立て発光した拳に、口から胃酸を吐き出して後退するヴィンセントを見据え、口角を上げた透は口を開く。


「オーケーオーケー、これで対等って奴だ。 さあ、続けようぜ?」


血を袖で拭い、先程とは打って変わって真面目な顔でヴィンセントは拳を構え直す。


あの左拳は確実に俺の顔を狙い、そして貫くべく振るわれていたはず……
奴が放った殺気が明らかにそれを物語っていた。


だが、実際に俺に攻撃を加えたのは右拳……
初撃に俺の意識を集中させ、二撃目をガラ空きの腹に打ち込んだという事か。


なるほど、考えた物だ。
まあ、二度目は食らわんよ。


ヴィンセントは身体をはちの字に揺らしながら、拳を突き出すが、透は余裕の笑みを浮かべながら、まるで見切っているかのように小さな動きで躱していく。
避ける事に専念した透には彼の拳は届かず、苛立ちから大振りな攻撃へとなっていくヴィンセントに生まれた隙を逃さずに、透は相手の拳を躱しつつ、自らも拳を振るう。
二人の腕は交差し、透の拳は雷鳴を轟かせながらヴィンセントの頰を撃ち抜く。
骨の砕ける鈍い音を響かせながら、ヴィンセントは石畳へと沈むと、既に力が入らなくなっている足で必死に立ち上がろうとする。


「諦めな、あんたの手品はもう俺には通じねえよ」


ヴィンセントに届いた二発の拳はどちらとも不意打ちだったこと。
そして、それを自動で感知して霧へと変化させるのであれば、開幕の打ち合いで、拳が重なる事があり得なかったことから、ヴィンセントが自らの意思で身体を変化させていた事に気づいた透の対策は、ヴィンセントに隙を作り、それに合わせて渾身の速度で拳を叩き込むことだった。


もはや、立ちがる事もできないか…
ティナ様、受けた御恩をお返しする事もできない不忠者を何卒お許しくださいませ……


崩れ落ち、目を閉じた彼の目蓋の裏に映ったのは、眩いばかりの笑顔を浮かべてこちらに手を差し伸べた金髪の美しい少女の姿だった。

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