隻眼の現人神《隻眼のリビングゴッド》

有江えりあ

開戦の狼煙



本当に恐ろしい子ですね。 この娘の身体を蝕む病魔は約60種。 普通の人間であれば一瞬で死に至る程の物ですが、身体中に電流を流し、その進行を極限まで抑えている。


これ程までに権能を自在に操れる神などほんの一握りだと言うのに……




「小鳩さん、無理を言って本当にすみません」


額に汗をかきながら、少女の身体に手をかざすハトホルに、透は深々と頭を下げた。


「頭を上げてください。 少なからず、この少女とも面識はありますし…… それよりも、どうして透さんがこの娘を連れているのですか?」


ハトホルの言葉に同意するように、頷き、視線をやる隼人に、透は頭を掻きながら答える。


「親父とお袋の様子がおかしくなってよぉ…  気絶させて放り出して来たんだがな、なんか太鼓叩いたみたいにドッカンドッカン音が聞こえてたから気になって行ってみたんだよ。


そしたら、その子が変な男に襲われてるとこに出会っちまってさ、とりあえずぶん殴って助けて来たわけだ」


「本当にそっくりですね、2人は」


小さく笑うハトホルに、2人は一瞬目をやると、互いに見つめ合い、つられて笑みを浮かべる。


「隼人、この前は言い過ぎた。 悪かったな」


「いや、お前の言う通りだったよ。 昔の俺ならあんな事でへこたれたりしなかった。俺の方こそがっかりさせてごめんな」


「青春してるとこ悪いんだけどさ……   ちょっとヤバそうなんだよね……」


笑い合い、互いの背中をバンバンと叩き合う2人の耳に、薄く目を開いた少女の今にも消えそうな声が届く。


「來花、お前大丈夫なのか?」


「うん、おねーさんのおかげでだいぶ良くなったよ。 そこのおにーさんも本当にありがと、おにーさんがいなかったら間違いなく殺されてた」


來花は、槍を杖代わりにして立ち上がり、犬歯をむき出しに無理やり笑顔を作ると、よろよろとドアへと向かう。


「どこに行くのですか!? 貴女の身体はまだ完全には治りきっていないのですよ!? 」


「僕さ、ずっと1人で生きて来たんだ。 どんなに辛くても、どんなに苦しくてもさ、誰も僕なんか気にも留めないし手なんか差し伸べてくれなかった」


少女は背を向けたまま、顔を上に向けて口を開くと、今度は瞳に涙を浮かべて顔だけ振り返る。


「でも、ここ最近出会った人達はね、何でか知らないけど僕の事助けてくれる人ばかりでさ、すごく嬉しくて、暖かくて……
だから、僕も恩返ししなきゃって思うんだ!」


隼人はため息をつき、スタスタと少女に歩み寄ると、中指に力をこめ、バチンと少女の額を弾いた。


「痛っ!!!  何するんだよもぉ!!!」


來花は額を抑えながらうずくまると、頰を膨らませながら半ベソで隼人を見上げる。


「なにが恩返しだよバーカ!! それで死なれたら俺らが目覚めが悪いんだよ!  透、力貸してくれんだろ? 俺らも行くぞ!!」


透は、隼人の背をバンと叩くと問いかける。


「悪いけどあんまり状況がよくわかってないんだよな、分かり易く説明してくれ」


「世界滅亡の危機だ。 魔王を倒さないと俺らは死ぬ」


「思ったよりだいぶスケールがでかいな。 まあいいや、とりあえずぶん殴れって事だろ? 任せな!」


透はバキバキと指を鳴らしながら歯をむき出しにニィと笑う。


「隼人、私も行きます。 彼女を襲った男は間違いなく、女神アルラトゥの側近、死を与える疫病の神であるナムタルの現人神リビングゴッド。 私の権能があれば、一時的に彼の権能を無効化する事が可能かと思います」


ハトホルは立ち上がり、凛とした表情で隼人を見つめる。


「わかった。 だったら來花、ハトホルの護衛を頼む。 それでチャラでいいだろ?」


隼人は來花に微笑みかけ、手を伸ばすと、少女は伸ばされた手をおずおずと握り、立ち上がる。


「……わかった、おねーさんの事は任せてよ!!」
來花はキリッとした表情で槍を力強く握る。




「よし、そしたらみんな! 行くぞ!」




ドアを開け放った隼人の背に、3人は続き、夜の闇の中駆け出した。

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