隻眼の現人神《隻眼のリビングゴッド》
呪われし神
「いらっしゃいませ、何名様でしょうか?」
隼人は指でVサインを作り、返答すると、女性店員は手前側の席へと案内する。
そのまま、席に座ると同時にハトホルは居合のような速さでメニューを手に取ると、いつもの生真面目そうな表情を180度変えてメニューを眺める。
「隼人!! ここは理想郷ですか!?  なんですかこの見目麗しき料理の数々は!? 」
「忘れた頃にエジプト要素ぶっ込んでくんなよ…  てかお前、ホント食べ物の事になると眼の色変わるよな」
「私は美の女神ですよ? 美の女神が美食を謳歌することに誰が異議を唱えることができましょうか!?  あっ!すみません!注文をよろしいでしょうか!」
ハトホルはらんらんと目を輝かせ、店員を呼び止める。
「はい、お伺いします」
「山盛りチキンバスケットと、アボカドのシュリンプサラダ、日替わり和膳とポテトグラタン、あと食後に抹茶白玉パフェとチョコバナナサンデーをお願い致します。 隼人は何にしますか?」
隼人は、焦った様子で財布の中身を確認すると、心底落ち込んだ顔で注文をする。
「はぁ…ライス単品と味噌汁でお願いします」
店員は、注文を繰り返し確認すると、一礼して去っていった。
「これだけ頼ませてやったんだ。 ホルスの事、権能の事、色々聞かせてもらうからな」
「ええ、ではその前にこちらもお聞きしたいことがあるのですが、貴方が知る、人間の間に語り継がれるホルスはどういう神でしたか教えて頂けますか?」
ハトホルは酷く真面目な顔で問いかける。
「俺が知ってる限りだと、世界創世の時に火を作るのに参加した神で、空を自由に飛び回る隼の化身ってとこだな」
「なるほど、やはり抜けているのですね」
「抜けてる?」
「世界創世の直後、人を創り出す前の話が抜けているのです。 例えば、先日襲ってきたマットと名乗った男は身体にニンシュブルの【神核】を宿していましたが、彼女はどういう風に語り継がれているのです?」
隼人は腕を組み、少し考えこむと答える。
「女神イシュタルの小間使いで忠実な部下、って昔、親父から聞いたことがあったな。 世界創世には関わってないのに、なんであいつは権能が使えたんだ?」
「ふむ。 では神としての認識はこうです。 彼女は、冥界で姉に殺されたイシュタルを復活させるべく、知識と水の神エンキから、聖なる水とそれを操る権能を借り受け、主人の窮地を救いました。 故に、我々の知る彼女は、エンキ神より賜った聖なる水のみを操る権能を持っています」
「なんで今この話をしたんだ?」
隼人は不可解な面持ちで問う。
「この前の戦いの際、貴方から少しの間だけでしたが、感じたのですよ。ホルスの忌まわしい過去の力を…… 」
「その力について、詳しく教えてくれッ!!」
隼人は目を見開き、バンッとテーブルを両手で鳴らす。
「答えるとお約束してしまった以上、お答えはします。 ただ、貴方がもし、その力を得る事で強くなろうと考えているのであれば、その先にあるのは虚しさだけです。 それでも聞きますか?」
ハトホルは、無表情に言葉を紡ぐと、隼人は神妙な面持ちで頷く。
「わかりました。」
彼女は瞳を閉じ、ゆっくりと語り出す。
「世界創世の後、神々は自らが治める領土を決め、それぞれの土地に代表たる神、最高神を立てます。  私達、エジプトの最高神はホルスの父たるオシリス様がその座に着きました。
しかし、オシリス様を殺せば最高神の座が得られると、そう考えた弟のセトは、オシリス様の身体をバラバラに引き裂いて殺害し、目撃者たるホルスの眼球を潰してしまったのです。
私は、ホルスの眼球を治療しましたが、どうしても左目は修復せず、奥方のイシス様のご好意により、オシリス様の眼球を移植する事を許されたのです。
亡き父の眼球を得てからすぐの事でしたよ、ホルスの心に復讐の業火が燃え滾ったのは。 」
「ホルスは…何をしたんだ…?」
隼人は恐る恐る問いかける。
「結論から言うと、セトを殺しました。 しかし、あの時のホルスは私の知る、情に厚く慈悲深い彼とはかけ離れた、冷酷かつ残忍な修羅の姿でした。
神々の中でも最高峰と謳われた武神たるセトの剣を見切っているかのように紙一重で躱し、急所をわざと外しながら、終始冷やかな笑みを浮かべて槍を突き込むその姿は、まさに悪鬼羅刹という言葉その物でした。
彼は、三日三晩かけてセトを痛ぶり抜き、最後には許しを請い、泣き叫ぶセトの首を刎ねました。
そして神々の間でホルスはこう呼ばれます。
【ウィジャトの眼を持つ復讐神】と。 」
ハトホルは憂いを帯びた表情で冷水を口に含む。
「じゃあ、俺の知らない、人間の知らないホルスの権能は復讐って事か…?」
「それは少し語弊がありますね。 復讐はあくまできっかけです。 権能と呼ばれるべきはオシリス様より賜った全てを見通す呪いの蒼眼、ウィジャトです。  そして、そのきっかけは先日貴方にも訪れたでしょう?」
隼人は目を伏せ、心底悔しそうな表情を浮かべると、苦々しげに呟く。
「ああ…あの男を本気で殺してやろうと思っちまったよ。 人を殺そうとする事に何のためらいもなかった」
「でも、貴方は彼を殺さなかった。 貴方の心の優しさが、そうさせなかった。 あの状況で、不謹慎ではありましたが、私はすごく嬉しかったのですよ 」
ハトホルは立ち上がり、暖かい笑みを浮かべると、肘をつき、頭を抱えた隼人の顎に手をかけ、クイっと面を上げさせ、目線を合わせて続ける
「ホルスが苦しみ、自ら抉り出してしまったその呪いに、貴方の心の美しさが勝ったのです。 貴方はあの日、『弱くてごめん』と私に言いました。 ですが私は、貴方の事を弱いなんて思ったことなどありません。 貴方は誰よりも強い心の持ち主です。 だからどうか、仮初めの強さで自分を汚すのは辞めてください」
「でも、俺は透みたいに強くない。 お前を守ってやるだけの力がないんだよ……  俺はもう、お前が……透や和奏が傷つく所を見たくないんだ……」
隼人は、真っ直ぐに見つめるアメジストように輝く瞳から逃げるように目を泳がせる。
「ならば、別の方法で強くなるという事は許されないでしょうか?  」
ハトホルは優しく諭すと、隼人は自嘲気味に笑いながら口を開く
「……そんな方法あるわけがないだろ」
「先日の、マット・ゴーマッドという男の権能は借り物であるが故に神の中でも、最低レベルの物でした。 しかし、彼は能力の応用により様々な攻撃を仕掛け、こちらを終始圧倒してきました。
幸い、ホルスの炎を操る権能は、同じ権能を持つ神のそれと比べても一二を争う程の物です。もし、貴方があの男と同じくらい権能を扱えたのであれば勝者はどちらだったか、火を見るよりも明らかだとは思いませんか?」
ハトホルは笑みを崩さず、優しくも力強い声を響かせると、隼人の表情は少し和らげ、顎に触れている細腕をギュッと握り、口を開く。
「どうしたら権能を上手く扱えるようになるか、もちろん教えてくれるんだよな?」
「ええ、戦闘は全くと言っていい程できませんが、権能の扱いだけは自信がありますので、期待して下さっていいと思いますよ?」
「なら、帰ったらすぐに付き合ってもらうからな、覚悟しとけよ?」
隼人は口角を上げてニィと笑うと、ハトホルは心底嬉しそうに返事をした。
「……あの、お取り込み中、大変申し訳ないのですが、お料理の方を置かせていただいても大丈夫でしょうか……?」
2人は、困ったように笑うウェイトレスの顔を一瞥すると、光の速さで手を解いた。
隼人は指でVサインを作り、返答すると、女性店員は手前側の席へと案内する。
そのまま、席に座ると同時にハトホルは居合のような速さでメニューを手に取ると、いつもの生真面目そうな表情を180度変えてメニューを眺める。
「隼人!! ここは理想郷ですか!?  なんですかこの見目麗しき料理の数々は!? 」
「忘れた頃にエジプト要素ぶっ込んでくんなよ…  てかお前、ホント食べ物の事になると眼の色変わるよな」
「私は美の女神ですよ? 美の女神が美食を謳歌することに誰が異議を唱えることができましょうか!?  あっ!すみません!注文をよろしいでしょうか!」
ハトホルはらんらんと目を輝かせ、店員を呼び止める。
「はい、お伺いします」
「山盛りチキンバスケットと、アボカドのシュリンプサラダ、日替わり和膳とポテトグラタン、あと食後に抹茶白玉パフェとチョコバナナサンデーをお願い致します。 隼人は何にしますか?」
隼人は、焦った様子で財布の中身を確認すると、心底落ち込んだ顔で注文をする。
「はぁ…ライス単品と味噌汁でお願いします」
店員は、注文を繰り返し確認すると、一礼して去っていった。
「これだけ頼ませてやったんだ。 ホルスの事、権能の事、色々聞かせてもらうからな」
「ええ、ではその前にこちらもお聞きしたいことがあるのですが、貴方が知る、人間の間に語り継がれるホルスはどういう神でしたか教えて頂けますか?」
ハトホルは酷く真面目な顔で問いかける。
「俺が知ってる限りだと、世界創世の時に火を作るのに参加した神で、空を自由に飛び回る隼の化身ってとこだな」
「なるほど、やはり抜けているのですね」
「抜けてる?」
「世界創世の直後、人を創り出す前の話が抜けているのです。 例えば、先日襲ってきたマットと名乗った男は身体にニンシュブルの【神核】を宿していましたが、彼女はどういう風に語り継がれているのです?」
隼人は腕を組み、少し考えこむと答える。
「女神イシュタルの小間使いで忠実な部下、って昔、親父から聞いたことがあったな。 世界創世には関わってないのに、なんであいつは権能が使えたんだ?」
「ふむ。 では神としての認識はこうです。 彼女は、冥界で姉に殺されたイシュタルを復活させるべく、知識と水の神エンキから、聖なる水とそれを操る権能を借り受け、主人の窮地を救いました。 故に、我々の知る彼女は、エンキ神より賜った聖なる水のみを操る権能を持っています」
「なんで今この話をしたんだ?」
隼人は不可解な面持ちで問う。
「この前の戦いの際、貴方から少しの間だけでしたが、感じたのですよ。ホルスの忌まわしい過去の力を…… 」
「その力について、詳しく教えてくれッ!!」
隼人は目を見開き、バンッとテーブルを両手で鳴らす。
「答えるとお約束してしまった以上、お答えはします。 ただ、貴方がもし、その力を得る事で強くなろうと考えているのであれば、その先にあるのは虚しさだけです。 それでも聞きますか?」
ハトホルは、無表情に言葉を紡ぐと、隼人は神妙な面持ちで頷く。
「わかりました。」
彼女は瞳を閉じ、ゆっくりと語り出す。
「世界創世の後、神々は自らが治める領土を決め、それぞれの土地に代表たる神、最高神を立てます。  私達、エジプトの最高神はホルスの父たるオシリス様がその座に着きました。
しかし、オシリス様を殺せば最高神の座が得られると、そう考えた弟のセトは、オシリス様の身体をバラバラに引き裂いて殺害し、目撃者たるホルスの眼球を潰してしまったのです。
私は、ホルスの眼球を治療しましたが、どうしても左目は修復せず、奥方のイシス様のご好意により、オシリス様の眼球を移植する事を許されたのです。
亡き父の眼球を得てからすぐの事でしたよ、ホルスの心に復讐の業火が燃え滾ったのは。 」
「ホルスは…何をしたんだ…?」
隼人は恐る恐る問いかける。
「結論から言うと、セトを殺しました。 しかし、あの時のホルスは私の知る、情に厚く慈悲深い彼とはかけ離れた、冷酷かつ残忍な修羅の姿でした。
神々の中でも最高峰と謳われた武神たるセトの剣を見切っているかのように紙一重で躱し、急所をわざと外しながら、終始冷やかな笑みを浮かべて槍を突き込むその姿は、まさに悪鬼羅刹という言葉その物でした。
彼は、三日三晩かけてセトを痛ぶり抜き、最後には許しを請い、泣き叫ぶセトの首を刎ねました。
そして神々の間でホルスはこう呼ばれます。
【ウィジャトの眼を持つ復讐神】と。 」
ハトホルは憂いを帯びた表情で冷水を口に含む。
「じゃあ、俺の知らない、人間の知らないホルスの権能は復讐って事か…?」
「それは少し語弊がありますね。 復讐はあくまできっかけです。 権能と呼ばれるべきはオシリス様より賜った全てを見通す呪いの蒼眼、ウィジャトです。  そして、そのきっかけは先日貴方にも訪れたでしょう?」
隼人は目を伏せ、心底悔しそうな表情を浮かべると、苦々しげに呟く。
「ああ…あの男を本気で殺してやろうと思っちまったよ。 人を殺そうとする事に何のためらいもなかった」
「でも、貴方は彼を殺さなかった。 貴方の心の優しさが、そうさせなかった。 あの状況で、不謹慎ではありましたが、私はすごく嬉しかったのですよ 」
ハトホルは立ち上がり、暖かい笑みを浮かべると、肘をつき、頭を抱えた隼人の顎に手をかけ、クイっと面を上げさせ、目線を合わせて続ける
「ホルスが苦しみ、自ら抉り出してしまったその呪いに、貴方の心の美しさが勝ったのです。 貴方はあの日、『弱くてごめん』と私に言いました。 ですが私は、貴方の事を弱いなんて思ったことなどありません。 貴方は誰よりも強い心の持ち主です。 だからどうか、仮初めの強さで自分を汚すのは辞めてください」
「でも、俺は透みたいに強くない。 お前を守ってやるだけの力がないんだよ……  俺はもう、お前が……透や和奏が傷つく所を見たくないんだ……」
隼人は、真っ直ぐに見つめるアメジストように輝く瞳から逃げるように目を泳がせる。
「ならば、別の方法で強くなるという事は許されないでしょうか?  」
ハトホルは優しく諭すと、隼人は自嘲気味に笑いながら口を開く
「……そんな方法あるわけがないだろ」
「先日の、マット・ゴーマッドという男の権能は借り物であるが故に神の中でも、最低レベルの物でした。 しかし、彼は能力の応用により様々な攻撃を仕掛け、こちらを終始圧倒してきました。
幸い、ホルスの炎を操る権能は、同じ権能を持つ神のそれと比べても一二を争う程の物です。もし、貴方があの男と同じくらい権能を扱えたのであれば勝者はどちらだったか、火を見るよりも明らかだとは思いませんか?」
ハトホルは笑みを崩さず、優しくも力強い声を響かせると、隼人の表情は少し和らげ、顎に触れている細腕をギュッと握り、口を開く。
「どうしたら権能を上手く扱えるようになるか、もちろん教えてくれるんだよな?」
「ええ、戦闘は全くと言っていい程できませんが、権能の扱いだけは自信がありますので、期待して下さっていいと思いますよ?」
「なら、帰ったらすぐに付き合ってもらうからな、覚悟しとけよ?」
隼人は口角を上げてニィと笑うと、ハトホルは心底嬉しそうに返事をした。
「……あの、お取り込み中、大変申し訳ないのですが、お料理の方を置かせていただいても大丈夫でしょうか……?」
2人は、困ったように笑うウェイトレスの顔を一瞥すると、光の速さで手を解いた。
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