隻眼の現人神《隻眼のリビングゴッド》

有江えりあ

突然の連絡

自室のベッドに隼人は寝転んでいた。
あれから3日。


ハトホルの懸命な治療により、怪我は完治していたが、隼人は大事を取って、学校を休んでいた。


天井を見上げながら、隼人はマット・ゴーマッドとの戦いの時の事を考えていた。


あの時の俺にはあいつの攻撃が、あいつの行動が、そして俺自身の権能の応用が確実に見えていた。


あれの正体さえ掴めれば、ハトホルを守るだけの強さが手に入れられる。


思い出せ、あの時の状況を…


隼人が必死に思い出していると、ドタドタと慌ただしく階段を登る足音が響いた後、自室のドアがバーンと大きく開かれる。


「隼人!! 大変です!!!」


現れたのは、身体に純白のバスタオルを巻いて、濡れた濃い藤色の髪を、くしゃくしゃに振り乱し、健康的な艶のある小麦色の肌を惜しげも無く露出した、女神の姿だった。


「ふ、服くらい着やがれ!!  痴女神ッ!!」
隼人は顔を真っ赤に染めると、両手で顔面を覆い隠す。


「え?  ああ、すみません。湯浴みの最中に電話がかかって来たものですから。隼人のような純潔を誓った聖職者には、私の眩いばかりに磨き上げられた、妖艶なる裸体は刺激が強すぎましたね」


ハトホルは真顔で言い放つと、大きな乳房を揺らしながら胸を張る。


「誰が聖職者だ!! 好き好んで童貞なんてやってねえわ!!  てか、用事があって来たんだろ!!?」


ハッとした表情になったハトホルは隼人に駆け寄る。 ばさりと音を立て、バスタオルは空中に舞い上がる。


「そうでした!! 先ほど家の電話に連絡があったのです!!」


剥き出しの裸体に、隼人はヒェと情けない声を出すも、両手で覆った指の隙間からチラチラとハトホルの剥き出しの裸体を伺いながら、平静を保とうと問いかける。


「な、ななななな、何の電話だよ……」


「來花・トニトゥルスが目を覚ましました!!!」


_______


燃え尽きたショッピングモールの跡地、そこから徒歩5分ほどで到着する位置に、病院は建っていた。


「まさか連絡先を家にしてるなんてなあ… お前、あの時どうやって家の番号調べたんだ?」


「まあ、私も世界各国様々な場所で今の文明については学びましたので。 あなたのスマホから電話番号を見つけることくらい造作もなかったですよ」
少し誇らしげな表情のハトホルは思い出したように続けて問う。


「ところで隼人。前々から思っていたのですが、和奏さんとはどういうご関係です? 透さんや、他の方々とのやり取りはものすごく淡白なのに、和奏さんとのやり取りだけ、やたらと絵文字や顔文字を利用しているようですが」


「な……!!お前!! そんなんまで覗いてやがったのかよ!!!」


「一応、肩書きとしては義姉ですしね、やっぱり義弟の交友関係は気になるではないですか、まあ不快にさせたのであればその……」
ハトホルはニヤニヤとイタズラっぽい笑みを浮かべて続けた。


「ごめんな(><)」


隼人は俯き、顔はリンゴのように真っ赤に染め上げると、両拳を握りながら、今後スマホにパスワードを設定することを心に誓った。


「さあ、隼人。 中に入りますよ?」
ハトホルは、ニヤついた表情のまま、隼人の顔を覗き込むと、自動ドアへと歩き出した。


「あいつ……いつか殺す…」
隼人は心底苦々しげに呟くと、ハトホルの背を追い、ドアをくぐる。


隼人は受付カウンターで、若いナースに尋ねる。
「すみません、來花・トニトゥルスの面会に来たんですけど、今、大丈夫ですかね?」


「トニトゥルスさんですね。 3階の305号室になります。 まだ目が覚めたばかりですので、本日は検査の予定が入っています。 なので申し訳ないですが、時間は10分程度でお願いします」


「わかりました。 ありがとうございます」
2人はエレベーターに乗り込むと、3階へと向かう。


「ハトホル、お前は部屋の前で待っててくれないか? もしかしたら、また襲われるかもしれない」


「いえ、なぜあのような行動を起こしたのか、私は彼女自身から聞かねばなりません。 なので、私も同席します。」


隼人は小さくため息をつくと、口を開く。
「わかった。 でもせめて、俺が入って来ていいって言うまでは部屋の前で待っててくれ。 ここでやり合うと、色んな人に迷惑がかかっちまうからな」


ハトホルはコクっと頷くと、電子音と共に、エレベーターのドアは開かれた。


「ここだな」


無機質な廊下の1番奥にその部屋はあった。
隼人は、ハトホルに待ってろと、手でジェスチャーすると、彼女が頷くのを確認して3回ノックをする。


「はーい! どーぞぉ!!」


扉から聞こえた、まだ幼さの残る少女の元気な返事に応えるように、隼人は横開きのドアを開ける。


「あ、やっぱり隼人さんだ! そしたらそこに隠れてるのは、おばさんかなぁ? 戦う気はないから出てきなよ!!」


まとまりの無い、淡い黄色の髪を肩にかかる程度のショートヘアに切り揃えた少女は、病的なほど青白い顔に、屈託の無い笑顔を浮かべて、ベッドの上から出迎える。


「本当に失礼な女児ですね!! 私のどこがおばさんだと言うのですか!?」


隼人のデニムジャケットと、カーキ色のスキニーを身につけたハトホルは、不愉快そうに顔をしかめながら、入り口に立っていた隼人を押しのけて入室する。


「あ! なんかこの前より若い!!  服装って大事だねやっぱ!! よし、今度からおねーさん呼びにしてあげましょー!」


ハトホルは顔だけ隼人に向けると、真剣な顔で口を開く。
「隼人、あのワンピースはその、ダサい、と言うものなのでしょうか…?」


「そうだなぁ… どちらかと言えば、ダサいだな」

ハトホルは心底悲しそうに「そうですか…」と呟くと、來花に向き直る。


「だね、僕が今まで見て来た中で五本の指に入るダサさだったよ」
腕を組み、うんうんと頷く來花の言葉に、ハトホルは崩れ落ち、ブツブツと念仏のように何かを呟き始めた。


「で、隼人さん。 僕に会いに来たってことは用があるってことでしょ? 用件は何かなあ?」
來花は、顔から笑顔を消し、真面目な表情で尋ねる。


「ああ、いくつか質問があって来たんだが、答えてくれるか?」


「うん、僕はもうクビになっちゃったし、全然大丈夫。 ただ、先に僕の方から言いたいことがあるんだけど、いいかな?」


隼人はコクリと頷く。


「隼人さん、おねーさん。 本当にごめんなさい。 そして助けてくれてありがとうございました」


深々と頭を下げる少女の言葉に、隼人は面を食らった顔で「え?」と呟き、落ち込んでいたハトホルは顔を上げる。


「なんで驚くのさ……まあ、隼人さんの事殺しちゃったし、こんな事言っても信じてもらえないだろーけど」
來花は少し寂しげに顔を伏せ、続ける。


「でもね、隼人さんの敵だった僕の事を、どこに行ってもゴミみたいな扱いをされる僕の事を、助けてくれた事は、本当に感謝してるんだ。 これだけは出来れば信じて欲しいな」


彼女は瞳に涙を浮かべ、隼人に柔らかく微笑みかけた。


「まあその、気にすんな。 なんで助けたか俺自身もわからなくてさ」


「隼人は優しすぎますからね。 和奏さんと事を成す前に、悪い女に引っかからないか心配ですよ」


照れ臭そうに頭を掻く隼人を横目に、ハトホルは軽くため息を付く。


「おい! 事を成すって何だよ!! 聖職者の俺にもわかりやすく言ってみろよ!!」


「文字通りの意味なのでわかりやすくも何もないのですが……  まあ、純潔を貫くと心に決めた隼人には、わからなくても良いでしょう」


「だ・か・ら!! 俺は童貞を守り通すつもりなんて一切無いって言ってんだよ!! この痴女神!!!」


「なっ!! 今朝から思っていたのですが、不敬が過ぎるのではないですか!!私はー」


「ふふふ、あはははははは!! 」
2人の口論は、腹を抱えて笑う來花によって中断された。


「ごめんね! そんな風に楽しそうに人が喋るの見た事なかったからさ! つい面白くて!!」


「お前ー」


隼人の言葉はドアをノックする音により阻まれる。


「トニトゥルスさん、検査の時間ですよー!」
ドアをガラガラと音を立てて、白衣の看護師が部屋へと入ってくる。


「時間切れ、ですね…また出直しましょう…」


「そうだな、すまねえ來花。 また今度会いにくるから、そん時色々聞かせてくれ」


2人は看護師と入れ違うように扉へと向かう。


「あ、一個だけいいかな!?」
出口に向かう2人を來花は呼び止める。


「僕、ものすごく感がいいほうなんだけどさ。 すっごいヤバい気配感じて目が覚めたんだよね。 多分、現人神リビングゴッドだと思う。 だから気をつけてね」


真剣な面持ちで來花は告げると、看護師に連れられ、別室へ移動を始めた。


すれ違い様に隼人は問いかける。
「お前の、元仲間か?」


「絶対に違う。 限りなくおねーさんに近いけど、僕ら寄りな感じ? どう表現していいかわかんない」
來花は怪訝な顔で呟くと、いつもの笑顔に表情を変え、2人に手を振る。


「じゃあね、またいつでも会いに来てよ!!」


看護師と來花は、向かいの部屋へと消えていった。


「ヤバい気配、か…」


「先日の件といい、嫌な胸騒ぎがしますね」


2人は再びエレベーターに乗り込むと1階へと向かう。


「なあ、ハトホル。 帰ったらホルスの事を詳しく教えてくれないか?」


「どうしたんですか、急に」
重々しい顔で開かれた口から出た言葉に、ハトホルは少し驚く。


「俺は強くならないといけない。だから知りたいんだよ、ホルスの権能の事やホルス自身のこと。 もしかしたら、なにかきっかけが掴めるかもしれない。」


「わかりました。 私が把握している限りであればお教えいたします。 ただ……」
ハトホルは少し顔を曇らせて言いつぐむ。


「ただ、なんだよ?」


「いえ、なんでもありません」
彼女は、誤魔化すように笑みを浮かべると、エレベーターの扉が開かれた。


「とりあえずお腹が空きました、お昼は食べていきませんか?」


「ああ、べつに構わねえけど、何にする?」


「この前スーパーで見たあれが食べたいです!醤油の香りが実に香ばしい鶏肉の揚げ物!!!」


「唐揚げか、ファミレスでいいな? 」


キラキラと目を輝かせ、スキップをするハトホルと、呆れ顔の隼人は、病院を後にした。

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