隻眼の現人神《隻眼のリビングゴッド》

有江えりあ

憎悪の瞳

隼人が血溜まりが迫る方向に振り返ると、目の前には背に6つの弾痕から絶えず血液を流し続ける、仁王立ちの透の姿だった。


「隼人!透さんが…透さんが私を庇って…!」


ハトホルは膝から崩れ落ちると、瞳を潤ませる。
隼人は透に駆け寄ると虚ろな目で大男は口を開いた。
「はや、と…こばと…さんは…無事か…?」
足元の地面に血液を吐き出しながら透は問う。


「ああ! お前のおかげで傷ひとつない!! さすが軍学部のエースだぜ!!」


「そうか……は、やと、約…束守れ…なくてごめ、んな? 」


プツリと糸の切れた人形のように透は倒れこむ。
隼人はその場に屈み、目蓋を閉じた悪友の冷たくなりつつある手を握る。


「おい、透…こんな時にドッキリなんてやめてくれよ… お前の事だから内心いつ起きようかなんて考えてんだろ? そんなんされても全然笑えねえからよ!  いい加減起きてくれよ!!」


ゆっくりと氷の様に冷えていく手に暖かい雫がポタポタと滴る。


「魔女に代わり、我が神聖なる水を身体に受けるとは、愚かですねえ。人の身で受ければ死に至ることくらい猿でも解りそうな物ですがっ!」


マットは高笑いを上げながら、再び手に持った試験管を投げ捨て、懐から新しく取り出すと、口を親指でへし折り、先ほどのようにレイピアを創造する。


「ハトホル、透はまだ生きてる。傷、治せるか?」
隼人はマットに背を向けたまま立ち上がる。


「透さんの生命力次第ですが…全力を尽くします!」
ハトホルは透の身体に両手を付くと、身体全体が優しい深緑の光に包まれ、弾痕が少しずつ狭まってゆく。


「やれやれ、死体の傷など癒した所でなんの意味があるというのです!! このマット!ゴーマッドが!! まとめて冥府へと導いてさしあげましょうッ!!」


マットは体制を低くく構え、隼人に向かって駆け出し飛び上がると、首筋目掛けてレイピアを突き立てようとする。
その攻撃をまるで見えているかの様に隼人は振り返らずにレイピアの切っ先を右手で掴むと、隼人の腕は業火に包まれる。




「な、なぜ…背中に目でも付いていると言うのですかッ!!?」


「悪りぃけど、少し黙っててくれねえか」


隼人の腕を覆った業火は、大蛇の様に蜷局とぐろを巻き、レイピア全体を覆う。
マットは小さく声を上げ、手を離すと同時に後ろに飛び退くと、細剣は白い煙と化して空気中へと散っていった。


「あり得ないあり得ないあり得ませんっ!! エンキ神より賜りしこの聖なる水がッ !! 下賎な焔如きに消されるはずがッ!!!」


マットは頭を両手で力任せにかきむしると、頭皮から花弁のように髪の毛がパラパラと抜け落ちる。


隼人はゆっくりと振り向くと瞳から水晶のように透明な清水を流しながら、無表情に口を開いた。


「あんたを殺した所であいつの傷が治るわけじゃねえ。わかってるんだよ頭の中じゃさ、でもさ…」


右腕を纏った炎は棒状に形を変え、鎌の様に湾曲した、刀身が灼けた鉄の様に赤い、隼人の腕と同程度ほどの長さの剣へと姿を変える。


「俺はあんたの事を殺したいほど憎んでる」
隼人は大きく足踏みをするとアスファルトを割って裂き、現れた炎が真っ直ぐにマットへ疾走する。


「バカの一つ覚え、ですねえ」
試験管を二本取り出し、両手に握ると、3尺ほどの長さの一対の長剣が姿を現し、放たれた爆炎を十字に構えて防ぐが、爆炎を切り裂いて現れた赤銅色の剣が放つ突きが、マットのほおを掠める。


マットは軽く舌打ちをすると、刃が放たれた方向に剣を振りかぶるが、それを読んでいたかのように隼人の右足から繰り出された蹴りが手の甲を捉え、長剣は弾き飛ばされた。


辺りを包む爆炎が晴れると、目の前に現れた少年は前髪で隠した右目に、夜の闇の様に深く蒼い輝きを宿していた。

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